第二十一話 弱点
「ごめんね、今日も付き合ってもらっちゃって」
「いいよ別に。気にすんな」
俺は千尋との約束通り、今日もプリンを買いに商店街に来ている。
ある意味ではあのイケメン野郎には感謝しなければならない。あいつが千尋からプリンを貰ったお陰でこうして二人でデート紛いな事が出来ている。幼馴染と言えど気恥ずかしくて俺から誘う事など出来ないから都合が良い。
商店街は相変わらずの賑わいを見せていた。昨日よりも人口密度が高いのではないだろうか。
「わー、すごい行列だね」
「これじゃ買えないかもしれないな」
昨日とほぼ同じ時間帯に来たのだが、『スイート・グランデ』のフードカートの前にはもう既に長蛇の列が出来上がっていた。
昨日買えなかった人達が早めに並んでいるのかもしれない。
千尋と列の最後尾に並ぶ。
「買えるといいなぁ」
「買えなくてもうちに一個あるからそれやるよ」
「それはダメ」
「なんで」
「なんでも」
腕を組んで不満そうに言う千尋。
しかしなぁ、変なとこで頑ななんだよな。そんなに俺から貰いたくないのだろうか。ちょっと傷つくなぁ。
『この殺気……昨日のあやつのものでござるな』
殺気? ……っ! 確かに感じる、背筋が凍りつくような、凶々しい殺気。
『邪蛇剣流の双子が正汰殿に放った殺気とは比べものにならないでござる。本当に人を、殺めようとしている』
強い殺気は感じるが、それは決して俺に向けて放たれているものではなかった。それはつまりここ近辺で他の誰かが今まさに殺されようとしている最中であるということ。
だがそれがなんだ? 事実俺が殺される訳ではないし全くの他人が殺されようとしているだけ。殺す方も勝ってに殺すだけ。そもそもこの日本において、いや、こんな目立つ商店街付近で殺人なんてやらかせば間違いなく豚箱行き確定だ。警察をなめちゃいけない。
今は千尋と楽しく雑談しながら並び、プリンを購入する。そして家に帰る。たまたま俺の境遇の所為で殺気なんてものを感じ取れたが本来なら分からないものだ。だがら俺には関係ない。関係ないんだ……。
「……千尋、ごめん」
「えっ?」
気付いた時には一人列から抜け出して走り出していた。背筋が凍るような、凶々しい殺気が強く出てる方へ向かって。
正確な出所は分からないがケンシローが殺気の発生源を感じ取ってナビゲートしてくれている。目的地には着く事は出来るだろう。
俺は別に、完全憑依をされて自分の意志に反して動かされてる訳ではない。現にケンシローのナビゲートを聞きながら、自分の意思で走っている。
正直自分で自分が信じられない。あれだけ関係ないとシラを切るつもりまんまんだったのになんなんだこれは。千尋を置いてまで他所の誰かを助けに行こうとしている。
アーケード商店街を駆け抜け、ケンシローのナビを頼りに無我夢中で走った。いつの間にか人気のない路地裏へと差し掛かり、そこで見た光景に俺は思わず息を呑んだ。
「……っ!」
『これは……酷いでござるな』
行き止まりの路地。ゴミ箱が置いてあるいたって普通の路地だ。乱雑に積み上げられた人の山さえ無ければ。
「まったく、君達の様なゴミがいるからこの町の風紀が乱れるんだ。大人しくしていればいいものを……ゴミはこれだから困るよほんと」
「てめぇは……ば……バケモノだ。頭……いかれてやが……る……」
「なんだいまだしゃべれたのか。それは驚いた、褒めてあげるよ。しかし、今二つばかり気になる事を耳にしたんだが、化け物? いかれてる? はて……それはもしかして僕に対して言ったのかい? まったく……これだからゴミは!」
上下白の制服を身に纏った長身の男は、右手に持った血濡れのパイプを振り上げ乱雑に積み上げられた人の山の一番上で苦しそう息をしている男へ振り下ろそうとした。
「止めろ!」
「……ん? ああ! 君か! またどこかで会える気がするとは思っていたけど、こんなすぐに会えるなんてね。嬉しいよ。黛千尋ちゃんは元気かい?」
「そんなことはどうでもいい! なんなんだよこれは!」
ただ人が山のように積み上げられているだけならどれ程良かったか。
腕や足が本来なら曲がる筈がない方向へ曲がっていたり、歯が折れていたりとそれはもう酷い有様だった。
辺りは血の跡が蔓延り、鉄のような臭いが充満している。
「なんなんだよって、ゴミを掃除しただけさ。このゴミ達酷いんだよ? 商店街でちょっと肩がぶつかっただけなのに難癖つけてきてさ。そしたらお仲間さんが次々と現れてこの路地裏へと連れて来られたんだ。お金まで取られたよ全く。そしたらゴミ達、僕がせっかく並んで手に入れたプリンまで取り上げて僕の目の前で食べたんだ。これはさすがに痛い目に合わせなきゃいけないと思ってさ。どう? 僕可哀想でしょ?」
「確かに可哀想だ」
『正汰殿!?』
「そうだろ? 君なら分かっ、」
「と、同時に哀れだ」
「……どういう意味かな?」
薬師寺はニコニコと笑いながら聞いてくる。だが、溢れんばかりの殺気はその笑顔と裏腹に、まるで今にも俺のことを射殺するような鋭さだった。
「確かに話聞くかぎりじゃ可哀想だな。たまたま肩ぶつかっただけで金取られてプリン食われて。いやーほんとドンマイ。でもさ、その後お前がしたことはそこに積み重なっている奴らより屑で低脳でおバカに見えるんだよな。あー哀れ哀れ」
「……なんだと?」
薬師氏の笑顔が消えた。額に青筋をはらせ、俺の顔を睨み付けている。
やばい。また何も考え無しに煽ってしまった。何やってんだよ俺のバカっ! アホっ! 死にたがりっ! 彼本気で
「薬師寺、どうしたんだよパイプなんて構えて……構え!?」
「君とは仲良くなれそうだったんだけどな。どうやら馬が合わないようだ。君もこのゴミ達の氷山の一角になりなよッ!」
薬師寺が俺に詰め寄りパイプを上から下に振り下げた。だが、振り下げた場所に俺はいなかった。そのままパイプは地面へと叩きつけられる。辺りに「キィィーン」と金属音が鳴り響いた。
薬師寺は目を丸くして驚き、何が起きたのか分かっていないような表情を浮かべていた。そしてゆっくり口角を上げる。
「驚いた。なんてスピードだ。あの攻撃を躱すゴミなんてそうそういない。そもそも躱せる訳がない。一体君は何者なんだい?」
「地面に振り下げただけで鉄の棒が曲がり、握力で鉄の棒に指痕が出来るような輩に言われたくはないでござるな」
『ん、この感覚は……完全憑依されたのか。おいケンシロー! あいつやばいって! 普通パイプあんな曲がり方しないよ!? 指圧でパイプに指痕なんて出来ないよ!?』
しばらくの静寂があった後、
「……っ!?」
「君の攻撃は軽いな。なんだい、拍子抜けだよ。スピードだけなのか君は」
薬師寺が
『だ、大丈夫か!』
「いちち、大丈夫でござるよ正汰殿。受け身には自信があるでござる。さて、どうするでござるか……奴はおそらく……また厄介な流派でござるなぁ」
何事も無かったかの様に、
「驚いた。今の攻撃で無事なのかい? ふふ、ふふふふ、嬉しいな。今までは一回の攻撃でゴミ達は動けなくなってしまうからつまらないと思っていたところだったんだ。君なら何度でも起き上がってくれそうだね。あー楽しいな」
「はぁ。拙者は全然これっぽちも楽しくないでござるよ……」
「さあ! もっと打ち合おう! 僕に君を打ちのめさせてくれ」
「お主がかわゆい娘ならば大歓迎なのでござるが……」
『なにお前余裕なの? 大丈夫なの!?』
気の抜けたケンシローの態度に不安になってきた。お前が大丈夫でも身体は俺だからね? 後遺症とか勘弁よ?
薬師寺は不敵な笑みを浮かべパイプを強く握りしめ、【中段の構え】をとる。
「一ついいでござるか?」
「どうしたんだい?」
「お主、
「……なぜそれを」
した途端、薬師寺の顔が
『え、何? どういう事?』
「お主の流派、
そう言って
「痛ぁぁぁああああああああああああ!!!」
大して早く投擲した訳では無いのだが、小石が薬師寺の脛に当たるや否や膝を抱え地面をごろごろと転げ始めた。悲痛な表情で目には涙を浮かべている。
『え? 本当に身体弱いの? ……よし! これなら勝てる! 勝てるぞ!』
「いあまあ、だからと言って棒状の物を持たれたら代償を補う程にめちゃ強なことには変わりないのでござるが……あいや困った」
『はっ?』
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