第十九話 連鎖


 この町の商店街は一続ひとつづきにアーチ状になっている、いわゆるアーケード商店街だ。飲食店や八百屋、魚屋などが出揃い、幅広い年代に支持されている。夏には阿波踊りのイベントがあり、数十万人以上もの見物客が訪れる。

 今日も相変わらずの賑わいを見せている商店街だが、いつもよりも幾分か人が多い気がする。おそらくはプリン専門店【スイート・グランデ】の支店とも言うべきフードカートが、ここの商店街に来たという事が理由だろう。

 連日フードカートの前には長蛇の列が出来あがり、お一人様二個までという条件の基すぐに完売してしまう程の人気プリンなのだ。


「商店街に来たはいいけど、なんか買いたい物でもあるのか?」


「着いてからのお楽しみだよ」


 にこりと笑って歩を進める千尋。

 どうせ買うんだから秘密にしなくたっていいのになぁ……。

 段々と千尋の歩くペースが速くなっていき、普通に歩いていたら置いてかれる程だった。


「千尋、どうしたんだよそんな早足で」


「んーやっぱ間に合わないかも! 正汰くん走るよっ!」


「ちょっ、うぉ!」


 千尋が俺の手を握って走り出した。

 間に合わないって、何が間に合わないんだ? 今の時間帯ならどこのお店もまだ閉まってないと思うけど。 それと、柔らかくそれでいて暖かいこの手はなんだい! ドキドキしちゃうでしょうが!


 千尋に連れられるままに走っていると、長蛇の列が出来ている黄色のフードカートが見えてきた。

 そこの看板には、大きく【スイート・グランデ】と書かれている。あ、そゆことね。


「良かったー! なんとか間に合ったよ。んーまだ残ってるかなぁ」


「千尋はプリンを買いたかったのか」


「そうだよ! ここのプリン凄く美味しいんだから。正汰くんもビックリすると思うよ! なんと言っても――」


 千尋は両手で小さくファイトのポーズを取ってここのプリンの素晴らしさについて力説を始めた。余程美味しかったのだろう。

 自分の好きな物とかって友達におすすめしたくなるんだよな、曲とか食べ物とか。

 

 一生懸命に力説してくれるのはいいんだが、実は一度ここのプリンを食った事がある。母ちゃんが仕事帰りに買ってきてくれたのだ。

 牛乳瓶を縮小した様な瓶に入ったプリン。コクのあるカスタードの甘味と、その表面にかかるホロ苦さがたまらない濃厚カラメルソースが見事にマッチしており、一度食べたらもう一度食べたいと思わせる非常に美味な一品だった。そういえば沙彩も美味そうに食ってたっけ。

 ……買ってくか、沙彩に。ついでに長谷川を釣る餌としてもう一つ買っておこう。計二個になるがこの店はそもそも二個までしか買えないからギリセーフか。

 俺の分は別にいい。だっていつでも買いにいけるし。


 千尋の力説が丁度終わった所で俺達の順番が回ってきた。

 千尋が一個、俺が二個買って店員にプリンの入った袋を受け取った所で、


「えーただいまをもちまして、濃厚カラメルプリンは完売致しました。またのご来店をお待ちしております」


 後ろからため息や舌打ちが聞こえ、否応なしに罪悪感を感じる。別に悪い事してないのに!


「いやーまさか残り三個だとは」


「そうだね。私達より後ろに並んでいた人達に申し訳ないよー」


 申し訳ないなんて事はない。俺達はきちんと並んで、規定内の数を買ったまでだ。確かにせっかく並んでいたのに買えなかった時のやるせなさは分かる。だが八つ当たりにため息とか舌打ちとかするのはやめて! 俺そういうの気にしちゃうタイプなの!


「で、どうする? 帰るか?」


「えーっとね……ううん、まだ行きたい所があるの」


 千尋は一度にこっと笑うと、またも俺の出を握って歩き出した。

 いい加減恥ずかしいなこれ。本来なら俺が手を握ってリードすべきなんじゃないのか!?


『はぁ、正汰殿。黙って見ておれば……もっと男らしくするでござる! このままお持ち帰りするぐらいの気持ちで臨まなくてどうするでござるか!』


 変態に説教された。不覚にも少し心に沁みてしまったのが悔しい。

 千尋に連れられるまま歩いていると、見えてきたのはペットショップだった。

 自動ドアを潜り中へ入ると、独特な動物臭と鳴き声が出迎えた。

 店内の右側には縦三横四の犬のショーウィンドー、左側には縦三横三の猫のショーウィンドーが陳列されていた。千尋は一目散に右側の犬のショーウィンドーへ直行した。


「いやーん! 可愛いっ!」


「千尋は昔から犬好きだもんな」


「うん! だって可愛いんだもん。あっ、このわんちゃん正汰くんに似てるかも! このパッとしないところとか特に! ああーんもう可愛いっ!」


 今のは宣戦布告と受け取ってよろしいですかね? てかパッとしない言うな! 俺は構わないが犬が可哀想だ。犬に罪はない。

 同情の目でこいつを見ていると、新たにお客さんさんが入店した。その足音から猫の展示へ直行したという事が分かり、まさかこいつのパッとしないオーラが客を猫の方へ追いやったのではないかと不安になってしまう。

 いや、考え過ぎか。


「俺ちょっと猫見てくるわ」


「分かった。私もすぐ行くからね」


 このままこいつの前にいると軽い同族嫌悪を感じてしまうため一時猫へ逃げる。

 相変わらず千尋は犬に対してどろどろに砕けた口調で話しかけているが、猫のショーウィンドーの方にも猫語? を話す、ポニーテールの上からキャップを被っているスタイルの良い女の子がいた。

 今さっき入店したお客さんか……ん? あれ? どっかで見た事あるような……。


「にゃー、そうにゃー。プリンかえなかったのにゃー」


「……長谷川?」


「なぐさめてくれるのかにゃー? やさしいにゃー」


「おーい、聞こえてる?」


 だめだ、完全に自分の世界に入ってやがる。

 

「あーかわいいのにゃー…………あ、あ、ぁぁぁぁあああ!! つ、月城!? いつからここに!?」


「いやついさっきだけど。にしても長谷川……お前猫好きなんだな。猫語が話せるとは恐れいったわ」


 軽くいたずらな笑みで言ってやった。案の定長谷川の顔がみるみる内に赤くなり、顔の半分を帽子のツバを下げて隠した。


『今のいいでござるなぁ! 拙者ニヤニヤが止まらないでござるよ!』


「ど、どこから聞いてた……」


「『にゃー、そうにゃー。プリンかえなかったのにゃー』、『なぐさめてくれるのかにゃー? やさしいにゃー』、『あーかわいいのにゃー』ってとこだけしか聞いてないから心配すんなって。なっ?」


「ぜ、全部じゃないか!」


 長谷川は「あぅ」と小さく声を漏らし赤くなった顔を両手で覆い俺に背を向けた。

 なんだよ、結構可愛い所あるじゃんか。亮、悪いな。お前の妹、弄るの超楽しい。


「だ、誰にも言わないでくれ……頼む……」


「えー、どうしよっかなぁ」


 そんなにしおらしく女の子っぽく言われるとまた弄りたくなってしまう。

 もしかするとケンシローの性格が俺の性格にまで影響を及ぼしているのかも知れない。以前ならこんな感情は無かった……はずだ。断言はできないけど。  


『グッフフ。正汰殿とはこれからも仲良く出来そうでござるな』


 ケンシローに同類認定されてしまった。いや、ほんとそれだけは勘弁して。


「正汰くーん! どんな猫ちゃんいるーってあれ? 長谷川さん? こんな所で奇遇だねー」


「っ! お前は確か……同じクラスの」


 千尋が無邪気に挨拶すると、長谷川はすぐに背を向けてしまった。

 長谷川は今でも顔が真っ赤なのだ。余程、俺に猫と会話をしていた所を見られた事が恥ずかしかったんだろう。


「長谷川さん耳真っ赤っかだよ? 熱、あるんじゃない?」


 そこに触れてやるな千尋。本人も耳にまで気を配ってはいなかっただろうに。

 恥ずかしかったり怒ったりした時に顔が赤くなるのは分かるんだが、何故か耳も赤くなるんだよな。人間ってのは。

 しかも今の長谷川の様に顔は隠せても耳が晒されている状態では、頭隠して尻隠さずだ。


「あーあのな、千尋。長谷川は猫と会話してるところを俺に、」


「ああああああ!! やめろぉぉ!!」


 長谷川が素早い動きで俺の背後に回り、右手で口を塞ぎ、左腕でがっちりと身体をホールドされてしまい身動きが取れなくなった。

 こいつ、サムライの力使ってるだろ。でなければ身動きが取れないなんて事はない筈だ。

 長谷川は俺とは違ってサムライの力を己の力として利用できるタイプだ。俺の完全憑依に比べれば断然扱いやすい。どうせ憑依されるんだったら俺もこういうタイプが良かったな。


「んんっー! んんっー!」


「は、長谷川さん!? どうしたの!? 正汰くんが苦しそうだから止めて!」


「あ、悪い……」


 千尋の一言で長谷川の手が俺から離れる。


「ぶはっ! はぁはぁ、し、死ぬかと思った」


 こいつほんとに俺の事殺そうしたんじゃないか!? サムライの力で口を塞がれ、身体を締め付ける左腕なんてアナコンダのような巨大なに巻き付けられている様だった。骨とかリアルに軋んだし。いつか丸呑みにでもされるのではないだろうか。マジで。


「あ、あたしはもう帰るからっ!」


「あ、ちょっと待ってよ長谷川さん」


 千尋の静止の呼びかけに構わず、長谷川は店を飛び出した。

 ああ、プリン渡しておけば良かったな。猫にプリンを買えなかったと報告するぐらい好きなんだなあいつ。てか時間的に一緒の列に並んでたんじゃね!? なんか悪いな。


 しかし、今日はなんていい日なんだろう。長谷川の弱みを握ってしまいました☆ これは大収穫。


「帰ろうぜ、千尋」


「うん。帰ろっか」


 二人で店を出て、帰り道を進む。商店街からだと千尋の家の方が近い。勿論千尋を家まで送り届けますよ? 俺紳士だから。いや、それ以前に当たり前の事か。


『いよいよお持ち帰りの刻がやってきたでござるなぁ。グフフ。まずは流れでござる! 流れが最も肝心でござるよ!』


「何が流れだっ!」


「せ、正汰くん!?」


「あ、いや……ほ、ほらそこっ! ナニガナガレダって虫がいるぞ! こいつすっごい珍しいんだよ!」


「えっ? どこー? どこにいるのー?」


「あー、もう飛んで行ったみたいだ。残念だったな千尋」


 千尋は頬膨らませて悔しそうにしジト目で俺を見た。なんという破壊力なんだ。これが噂に聞く生物兵器か!?

 

 千尋を騙す結果となったがやむ負えない。ナニガナガレダ? 何それ。そんな虫聞いたことも見たこともありません。第一、俺虫大っ嫌いだから虫に興味を持つことだってありません。本当にごめんなさい。


『強引な切り替えしでござるなぁ』


 誰のせいだよっ!

 おーし危ない危ない、今度は心の中で言えた。ダレノセイダヨという架空の虫を生み出すところだった。



「ねえ、正汰くん」


「ん? どした?」


 商店街からの帰り道、千尋が突然足を止めた。このシチュエーションに軽くデジャブを感じているが、俺はもう騙されないぞ。例え夕暮れ時で、たまたま周りに人がいなくて、尚且つ真剣な眼差しで俺のことを見つめていたとしてもだ。

 ……あれ? やっぱもしかするともしかするんじゃね?


「公園に寄っていきたいなぁ。だめかな?」


「え、あ、公園? おお! 別にいいぜ」


 何なのこの子は! 一体何度俺の心を弄べば気が済むのっ! 


 千尋が行きたいと言った公園は、どこにでもある様な児童遊園だ。俺の家からも千尋の家からも近く、子どもの頃はよくそこで一緒に遊んだものだ。


 歩くこと数分、目的の公園に到着した。ここへ来たのは数年振りだった。

 滑り台、ブランコ、砂場、ベンチ。至って簡素だが、子どもの頃はこれでも十分に楽しめた。


「懐かしいな」


「そうだね! なーんにも変わってない……あれ、ブランコに誰かいる」


「え? あ、ほんとだ。……っ!?」


 ブランコに座り、頭を抱え何やらうめき声をあげる上下白の制服姿の男がいた。

 あいつ……憑依されてる。


『正汰殿、かなりやばめでござる』


 クソっ、変な所で遭遇してしまった。俺が気づけるのなら、当然向こうも俺に気づいているだろう。憑依されている奴がいる、と。

 この場はすぐに立ち去った方がいい。何があるか分かったもんじゃないからな。


「千尋、やっぱ帰ろ……ってあれ? どこに……ああああ!」


 千尋はいつの間にかブランコに座る男の方へ駆け寄っていた。ちょっと目を離した隙に。

 普通初対面の人の所に行くか? 何考えてるんだ。


「あのーどうしたんですか?」


「く、くそぉ……ん? 僕に……何か用かな」


 男は顔上げ、千尋の顔を見てポカンとしていた。

 な、なんだこの男、イケメンじゃないか。線が細いし眼鏡がすげー似合ってるし。てかあの制服の校章……ここ近辺じゃ有名な進学校のやつだ。なんだよ、頭良くてイケメンかよ。


「すごく辛そうだったから、どうしのかなーって思って」


「そんな理由で……君は優しいんだね」


 男は軽く微笑み、視線を落とした。


「いやなに、大した理由ではないんだ。最近商店街に【スイート・グランデ】のフードカートが来ているんだ。知ってるかい? 今日はそこのプリンを買おうとして列に並んでいたんだ。そしたら売れ切れてしまってね、結局買えずじまいさ。いつでも買えるというのは分かっている。だが、どうしても今日食べたかったんだ。猛烈にプリンの気分だったんだ!」


「「あっ……」」


 俺と千尋の声が被った。

 この男、あのとき列に並んでいたのか。長谷川も並んでいたみたいだし、あの時憑依された奴が三人も同じ列に並んでいたっていうのがなんか笑える。

 だが、並んでいたのなら少しでも憑依の気配を俺は感じ取れていた筈だ。俺が出来なくてもケンシローなら確実に感じ取っていた。だがその肝心のケンシローにそんな反応は無かった。どういう事なんだろうか。長谷川の憑依の気配すら、あの時は感じなかった。


「そ、そうだったんだぁ。……っあ、そうだ! 私のプリンあげるよ!」


「っ!? いや、悪いよそんな……」


「はいこれ。食べたい時に食べた方が美味しいもんね!」


 千尋は男に強引に手渡し、微笑んだ。男はまるで女神と出会ったかのような、信じられないものを見たという顔で千尋を見上げた。

 そうなんだよ、千尋って女神なんだよ。俺は小さい頃から知ってた。


「ありがとう。本当にありがとう。この御恩は絶対に忘れない。して、名前を教えてはくれないだろうか」


「いいよ! 私の名前は黛千尋だよ!」


「黛千尋……いい名前だ。僕の名前は薬師寺日日日やくしじあきら。お日様の日を三つ書いてあきらと読むんだ。変わってるだろ?」


 男は苦笑してブランコから立ち上がり、もう一度千尋に「ありがとう」と言うと、俺の方、つまり出口に向かって歩き出した。

 うわっ……身長まで高いとか、いよいよ反則級だな。どっかで爆発しないかぁ。

 そんな皮肉めいた事を思っていると――


「君とはまたすぐに会える気がするよ」


「え?」


 俺の横を通り抜けざまにそう言うと、男は公園をスタスタと去っていった。右手に千尋からもらったプリンの袋を握りしめて。


間違いなくやばい部類でござる。正汰殿、気を付けるでござるよ』


 そうか? イケメンで気に食わないけど悪い奴には見えなかったけどなぁ。


「おい千尋、いいのか? プリンあげちゃって」


「……せ、正汰くーんっ! プリン、あ、あげちゃったぁ……」


 悲壮な表情で、尚且つ潤んだ瞳で話す千尋を見て、「困ってる人がほっとけなくて思わずあげちゃったのー」っという悲しい心の声が聞こえた。可愛すぎる。


「はぁ。ほら俺の一個やるから。丁度二個あるし」


 長谷川の餌として買った奴だが、優先順位など考えるまでもない。


「だめだよっ! 正汰くんが食べて! でも……明日……また一緒に、買いに行ってくれる?」


「……ああ、いいよ。明日一緒に行こうな。んじゃそろそろ暗くなってきたし帰ろうぜ」


「うん!」


 ぱぁっと晴れた様な顔をした千尋をみて、一先ず安心した。

 しかし……上目遣いで「また一緒に、買いに行ってくれる?」と言われた時は思わず抱きしめてしまうところだった。ふぅ、危ない危ない。


『はぁはぁ。正汰殿……今のは……やばいでござるな。はぁはぁ』


 今こいつに完全憑依されていたら、間違いなく千尋は襲われていただろう。そう思わせるほどに、ガチで洒落にならない声のトーンだった。


 さて、今は早く家に帰って沙彩との仲違いをどうにかしないとなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る