第十六話 事後


 問題の放課後になった訳だが。


「正汰くんどうするのー? 校門まで来ちゃったけど」


「うーん。それなんだけどさ、行かねぇわ」


 事実、これが一番懸命な判断だろう。

 まだ身体が本調子で無いに加え、長谷川が何で決闘をするかも分からない。あの剣道部主将鬼塚真のように剣道での打ち合いだったとしても、俺の剣道の腕は素人に毛も生えない程度だ。

 拳と拳の肉団戦だった場合、殴り合いの喧嘩をした事も無い俺は速攻でやられる。殴られたことはあるが……。

 

 それに――


 何よりの理由は長谷川が憑依されているという事だ。


 長谷川がどんな奴に憑依されてるのかは知らないが、めっちゃ強いだろ、多分。

 亮もだが、俺でさえあんなアクロバットな動きが出来る程だしな。

 これ以上怪我をしたくない。


「そっかぁ。なんか一人で待たせて可哀想だね」


「それを言われると痛い」


 憑依云々関係なく長谷川は女の子だ。やはり申し訳ないと感じないことも無い。


「あっ、わざと負けて相手を勝たせたら問題解決じゃね?」


「んー勝手に帰るよりはいいかも」


 千尋は苦笑した。


 そうだよ。長谷川が何で決闘するかは知らないが、速攻で俺が負ければいいんだ。

 俺は一瞬痛い思いをするがそれで相手は満足し、もう突っかかってくる事もないだろう。お互い楽しいスクールライフを送れる。ウィンウィン。まああの変態サムライの所為で存分に楽しむ事は出来ないが。


「じゃあちょっと行ってくるよ。千尋は先に帰ってて」


「私も残るよ!」


「いや、嬉しいけど大丈夫。わざと負けるにしても、負けるとこを千尋に見られたくないかな」


 千尋は少し心配そうな顔をして、やがて笑った。


「精一杯負けてこい! 正汰くん!」


「おう。精一杯負けてくる」


 俺は校門で千尋と別れた。


 さてと、格技室に行きますかね。あそこに良い思い出ねぇんだよなー。


 下駄箱で上履きに履き替え、格技室へ向かう。


『正汰殿。本当に行くでござるか?』


「しょうがねぇだろ。これが最適解だ」


『死ぬでござるよ』


「え?」


 え、死ぬの? 一発相手の攻撃食らうだけでしょ?


『今だけ完全憑依ができれば良いのでござるが……』


 え、なに、結構ヤバ目な感じなの? あっちゃー困ったな。

 精一杯負けてくるどころか精一杯死んでくるになっちゃう。


 ……落ち着け。ここは学校だ。いくらなんでも本気で殺す訳ないでしょ。だって殺人だよ? 捕まっちゃうぜ?


「大丈夫だよ。本気で殺す訳ないじゃん」


『だといいでござるが…………』


 俺は割と気楽な気分で格技室の戸を開けた。

 そこにはポニーテールで鋭いつり目のキレイ系女子が竹刀を二本持って仁王立ちしていた。


「遅かったな! 月城!」


 元気良いなおい。


「ああ悪い。さっさとやろうぜ。竹刀持ってるって事は打ち合いなんだろ?」


「そうだ! ただあたしは剣道のルールとか良く知らないからただの打ち合いだ!」


 ルールを知らない? なのに竹刀で打ち合いなのか? ああ、亮の時みたいな感じか。

 よし。とっとと一発受けて降参しよう。


「おっけー分かった。早く竹刀寄こせよ。まさか俺だけ素手でやれってか?」


「ふん。軽口を叩ける程余裕みたいだな!」


 そう言って長谷川は竹刀を俺へと投げた。

 受け取り、俺はそれっぽく見せるために【中段の構え】をとる。長谷川は特に構える事なく俺のことを見据えている。


 これで精一杯やられる準備が整った。後はもう何もすることは無い。一発受けて、大袈裟に倒れて、降参すればいい。


 長谷川がどう出るか注意深く観察していると、長谷川の姿が忽然として消えた。そして——


「ぐはっ!」


 脳天に響く音、衝撃、痛みが一度に襲い視界が暗転する。やべ、これ本当にやばいやつか……も……。




 





「くっそぉ! なんでよぉ……。なんで勝てないのよぉ……ひぐっ。兄貴の仇は……あたしが討つって決めたのにぃ……ひぐっ」


「少々詰めが甘かったでござるな。動き自体は悪くないでござる。邪蛇剣流には驚いたでござるが、其方の兄上の方がまだその力を使いこなしていたでござるよ」


「くそぉ……お前を倒さないと意味が……な……い……」


「…………」




 ♢♦♢♦♢♦♢




 ううぅ。身体がダルい、頭も痛い。目を開ける事すら億劫だ。あと何か忘れてる様な気がする……


「……あっ! 決闘っ!!」


「あら、起きたの月城君?」


 俺の顔を覗き込む綺麗な女性――朝比奈先生だ。

 察するにここは保健室か。

 とは言え、どうして俺は保健室のベッドの上で寝ているんだ? 決闘は? あれれ?


「すごく困惑しているみたいだけど~月城君がその子を抱えてベッドに寝かせたと思ったら月城君まで寝ちゃうんだもん~先生困っちゃったわよ~」


「この子? ……えっ、えええっ!?」


 俺の隣にはポニーテイルを解いた長谷川伊月がすやすやと寝息を立てていた。さっきからなんかいい匂いがするなと思っていたがそう言う事か。納得納得……って違ぁぁぁう! なんで長谷川が隣で寝てるんだよ! もう意味分っかんね!


「二人とも付き合ってるの~? 昼休みの時はごたごたしてたみたいだったけど~まあ、それも一種の愛情表現よね~」


「違います。付き合ってませんから。てか女性と付き合ったことありませんから」


「え~そうなの~? てっきり千尋ちゃんか夜宵ちゃんと出来てると思ってたんだけどな~」


 ったくこの先生は恋愛事になると事欠かないな。

 んな事よりどうしてこんな状況になってるんだよ! 決闘の時、俺の目の前から長谷川が一瞬にして消えて頭に強い衝撃を受けた事は覚えている。それからが全く思い出せん。

 くそ、長谷川の奴のんきに寝やがって……なんか猫みたいだな。鋭いつり目も閉じてしまえば愛嬌あるな。


 あ、前髪が口に入ってる。どけてやるか。


「んん……!? なっななな何をしているんだ月城!」


「おー起きたか長谷川。お前の前髪が口に入ってたからどけてやっただけだけど?」


「よ、余計なことをするなっ!」

 

 顔を赤くして憤慨する長谷川。面白い。


「ここはどこなんだ?」


「保健室だ」


 長谷川は周囲を見渡し、そして困惑の表情を浮かべた。

 長谷川も何故自分がここにいるのか分かっていないのか。


「あら、あなたも起きたのね~。月城君にギューッて抱き着きながら眠ってて可愛かったわよ~」


「っ!? う、嘘だ! あたしがそんな、こ、こんな破廉恥な男に!」


「証拠もあるわよ~」


 てんぱってる長谷川に、朝比奈先生は白衣のポケットから取り出したスマホのディスプレイを見せた。すると長谷川の顔がみるみる内に赤くなっていった。

 てか何勝手に撮ってんだよ先生! 訴えるぞ! それともし宜しければその写真後で俺に下さい!


「月城君はこの子の寝顔を隣で見てどう思った~?」


「え? そりゃあまあ猫みたいで可愛かったですけど」


「なっ……!?」


 長谷川はさらに顔を赤くしてベッドに倒れた。あれ、動かなくなったぞ!? 大丈夫か!?


 朝比奈先生は期待通りの反応だったのかニンマリとした笑顔でコーヒーを啜っていた。この先生はなんかもう色々とアウトだよ。


「んじゃ朝比奈先生。俺帰ります」


「あら~行っちゃうの? この子に添い寝しなくてもいいの?」


「別にそういう関係じゃないんで。失礼します」


 保健室の引き戸を開け廊下に出る。

 

 決闘するはずが気が付くと保健室のベッドで寝てて、しかも長谷川が隣に寝ていた。そして俺の身体が決闘前より重く、ダルく、頭も痛い。

 

 さてと――


「おい、俺に何があったんだ?」


『いやはや! またしてもフラグを立ててしまうとは! 拙者、素直に感服しているでござる』


「話そらすな! 何があったんだ?」


『決闘は拙者がサクッと終わらしたでござる。そして力尽きたあの娘を抱えここまで来たでござる。すると完全憑依が解け今に至るでござるよ』


 ようは何か? 俺は長谷川の攻撃を貰いブラックアウト。その時にこいつが完全憑依して決闘を終わらした。そこで力尽きた長谷川を抱え保健室まで来たと。

 ベッドに寝かせた際に完全憑依は解けてしまい俺はそのまま長谷川と一緒に眠ってしまったという事か? 


『いやー実にからかいがいのある娘でござったなぁ……あっ、なんでもないでござる』


「お、おい。どういう事だ」


 からかった? こいつがからかう時って……っ! ヤバイ! どうしよ! 絶対恥ずかしいセリフや行動をしたに決まってんじゃん!

 どおりで、いちいち長谷川が俺に対して動揺していた訳だ。


『からかうと言っても大した事は言ってい ないでござるよ? 「可愛い」とか「天使みたいだ」とか「誰もが見惚れる」とか「魅力の権化だ」とか「良い嫁になる」とか「いい匂いだ」くらいしか言ってないでござるよ?』


「全部大した事あるけど最後のはダメだろ!!」



 うん。


 終わったなこりゃ。


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