第十五話 仇
今、俺は保健室のベッドで横になっている。
治りかけの身体で完全憑依によるケンシローのハードワークによってトドメを刺されたのである。
あの後、俺達三人と先生達で崩れ落ちた机と椅子を戻し、長谷川の机と椅子を無事1年5組の教室に運び込んだ。
だが、途端俺の身体は悲鳴をあげ、身体を動かすことが不能となった。ケンシローの動きは俺の身体へのリスクが大きすぎるみたいだ。本格的に筋トレしないとダメだなこりゃ。
『正汰殿の身体はポンコツすぎるでござるよ。完全憑依の時も拙者の実力の半分も出せないでござる』
「うっせ! 余計なお世話じゃ!」
あの動きで実力の半分以下とか、生前はどんなだったんだよ……と思った矢先――
ガラガラピシャ!
乱雑に保健室のドアが開かれ、誰かが俺がいるカーテンで締められたベッドへ向かって来る。
「正汰くん! 大丈夫? 死んじゃった?」
「大丈夫だし生きてるよ。あと勝手に殺すな」
ベッドのカーテンが開かれ、幼馴染の千尋が押しかけて来た。すると間髪入れずにまたもドアが開かれ誰かがこちらへ向かって来る。
「はぁ……はぁ……。月城君、大丈夫ですか?」
「おお、一ノ瀬も来たのか」
千尋の後から遅れて一ノ瀬がやって来た。顔を紅潮させ、肩で息をしている。
なんだ一ノ瀬も走って来たのか? ほんとどしたのお前ら。
「ちょっと〜君達? 保健室じゃ静かにしてちょ〜だいよ? でも~どうしても声が出ちゃいそうな事するんだったら〜黙認してあげるから安心しなさい!」
「なっ!」
ニヤニヤと笑う朝比奈先生。
俺らの反応を期待しているようだが、生憎と千尋は天然で恐らく理解してないし、俺はこういうのに慣れてるから無表情。一ノ瀬だけが紅潮していた顔をさらに赤くし、あわあわとしている。こういう事には疎いと思ってたけどそんなことなかった。
しっかし朝比奈先生とケンシローって意外と気が合うんじゃないか? 考えてることが同レベルだ。
『くっ、このナイスバディ……なかなかやるでござるな』
何ライバル意識燃やしちゃってるんすかねぇ。これ以上頑張らないで欲しんですけど。いや本当によ。
「良かった! 正汰くん生きてた! あっそうそう、お弁当持ってきたよ」
「えっ? 弁当?」
保健室にある時計を見ると既に12時を回り昼休みの時間になっていた。時間経つの早いな、どうりでお腹が空いていると思ったよ。
「んじゃあありがたく——」
「ダメよ君達。保健室は飲食禁止よ〜」
今度は意地悪な笑みを浮かべ、デスクでコーヒーを啜る朝比奈先生。
ちくしょう、わざと言ってやがるな。いつもならこういう事には寛容的な筈なのに。
「いいじゃないですか別に。今までの勤務態度を校長にチクリますよ?」
「っ!? ちょっと待ってよ〜。本当にダメなのよ、衛生的に。奥の部屋でなら構わないから〜チクらないで〜」
そう言って保健室の入り口とは違う別の扉を指差す。まあ衛生的ならしょうがないか……って朝比奈先生コーヒー飲んでんじゃん! はぁ。もういいや。
俺は一度会釈し、ベッドから降りようとすると何も言わずに千尋が肩を貸してくれた。この前と違って歩けないって訳ではない。筋肉痛が普通よりちょっと酷いってだけだ。寝てたおかげってのもあるかもしれないけど、以外と身体が慣れてきているのかもしれない。
保健室の奥の部屋には三人は座れるソファと、その目の前にテーブルがある。他にはジャケットが掛けられたポールハンガーや、無駄に高価そうなバッグが置かれたデスクがあり、どちらも朝比奈先生の私物と思われる。
ソファに三人で腰を下ろす。俺は千尋から手作り弁当を受け取り、一ノ瀬は自前の弁当を取り出した。
今思えば幼馴染に弁当作ってきてもらうってラノベ主人公みてぇだな。にしても……。
「すげぇ……女の子サイズの弁当とは聞いていたけど中身が豪華の極みだな」
簡単に説明すると、この前の高級和牛やら海老フライ(伊勢海老)、その他豪華おかずが入っていた弁当をまんま縮小した様な感じだ。この弁当一つ作るのにいくらかかってんだよ。その点千尋の弁当は実に家庭的で安心感がある。
いただきますをして、初手に卵焼きを箸でつまむ。
「あれ、正汰くん? あーんしなくていいの?」
「はぁ!? いや、あれはあいつのせいで」
「あいつ?」
キョトンとした顔で首を傾げる千尋。憑依ってのは本当めんどくさい。説明しずらいんだよ。というより、そもそも説明したくない。
「な、なんでもねぇよ。あーんはしない。はいこの話終了」
そう言って俺は千尋お手製の卵焼きを頬張る。うん、美味い。菓子パン生活に比べれば雲泥の差だな。
完全憑依のせいでこの前はお預けを食らったが、今は味覚も触感もある。これがどんなに幸せなことか。
「そういえば、転校生の長谷川さん、以前この学校にいた男子生徒の妹さんだそうですよ?」
「え?」
「……」
突然の一ノ瀬から放たれた情報に頭が処理落ちする。
妹? 以前この学校にいた男子生徒? まさか……でもこんなことってあるか?
おそるおそる千尋を見る。弁当を食べる箸を止め、俺のブレザーの裾を握り、その握る手は少し震えていた。
「千尋、大丈夫。大丈夫だから」
「うん……!」
千尋は俺ににっこりと笑った。
『正汰殿はまたしても千尋殿を堕としたのでござった……』
見当外れな事をほざいてるナレーターさんがいらっしゃるが、堕としてもないし堕とそうとしたつもりもないわ!
「あ、あの、何かあったんですか?」
一ノ瀬が困った顔で俺と千尋の顔を伺う。そうだった、一ノ瀬は知らないんだもんな。
「ああいや、転校生な、もしかすると俺の友達の妹かもしれなくてな」
かもしれないではない。おそらく長谷川伊月は亮の双子の妹だ。亮に妹がいることは本人に聞いていたが、実際に会ったことはなかった。いやどこかで一度は会ったのかもしれない。今思えば亮と顔が良く似ていた。どうして気づかなかったんだろう。
亮の顔はかなり整っている方だし長谷川伊月が美人なのも頷ける。
「そ、そうだったんですか。お兄さんの方はどうして学校を去ってしまったのでしょうか……」
ちょっと、その話は重たくなるからあかん。やめたげて。
「きっと事情があるんだよー! ささ、お弁当食べよう!」
「お、おお! そうだな!」
「……そうですね。食べましょう!」
千尋の機転でなんとか話をせずに済んだ。まあ適当に誤魔化すつもりではいたけど。
お弁当のおかず交換が始まり、俺と千尋はこぞって一ノ瀬のおかずと交換した。一ノ瀬は俺らの食べる一般的なおかずが新鮮なようで、とても喜んでいた。
俺らとしても、高級なおかずが食べられて喜びを隠せない。千尋の手作りの方が勿論美味いけど高級食材もやはり美味い。美味いものは美味いのだ。
『正汰殿! まだ肝心なオカズ交換がまだでござるよ! 何をもたもたしてるでござるか!』
「あああああッ!! うるせぇっ!!」
あ、やべ。
「せ、せせ正汰くん!? どうしたの!?」
「つ、月城君!? どうされたんですか!?」
気をつけていたつもりだったのについ声に出してしまった。あー絶対変な奴だって思われた。
千尋と一ノ瀬は不安そうな顔をして俺を見る。
「あー、えっとな、耳鳴り……そう! 耳鳴りがうるさくてな! つい叫んじまった。驚かしてごめんな」
なんだよ耳鳴りって!? 耳鳴り如きで叫ぶ訳ないだろ! なんでもっとマシな言い訳が出来ないんだ俺は!
「良かったぁ、耳鳴りかー。私がうるさくて怒っちゃったのかと思ったよ」
「わ、私もです。耳鳴りで安心しました」
「え? ああ、ほんとごめんな?」
おい! チョロくないか!? この二人だったら「実は俺、変態サムライに憑依されているんだ」と言っても普通に信じそうな勢いだぞ。
千尋と一ノ瀬は安堵の息を吐き、再び弁当を食べ始める。俺も食べようとすると保健室のドアが勢いよく開けられる音が聞こえた。これで三回目だな。いい加減ドアが可哀想だよ。優しくしてあげて。
「月城はいるか! いるんだろ! 出て来い! あたしと決闘しろ!」
この声、長谷川か? なんでまた決闘なんて……あの剣道部主将じゃあるまいし。
朝比奈先生がいつもの調子で対応しているみたいだが、それを振り切ったのかこちらの部屋まで足音が近づいてくる。あーめんどくさいぞこれは。
「ここにいたか! おい月城! あたしと戦え!」
「長谷川さん? そんなピリピリしてどうしたの?」
千尋は首を傾げ不思議そうに長谷川を見る。
一ノ瀬はびっくりしたようで、なんか固まっちゃっている。可愛い。
「なんだよ、俺になんか用か?」
「だから! あたしと戦えと言っている! 兄貴の仇を取ってやる!」
千尋は不思議そうな顔から怪訝な表情をした。一ノ瀬は不思議そうな顔をしている。可愛い。
千尋は野球部の部室で
「ちょっと何言ってるか分からないんでー、お引き取り願えますでしょうか」
だるそうな態度で言ってやると、長谷川の鋭い目つきが一層鋭利さを増し、俺を睨みつける。だから怖いって本当! せっかくの綺麗な顔が台無しだよ。
「ふんっ、まあいい。放課後、格技室とか言う所に来い! いいな?」
そう言うと足早に保健室を出て言った。俺はため息を吐いて項垂れる。
まためんどい事になったなぁ。
「正汰くん! 長谷川さんに何したの?」
「つ、月城君。長谷川さんに何をしたんですか?」
「ちょっと〜月城君? あの子に何したの〜? 男女関係のトラブルだったら先生相談に乗るわよ?」
なんで三方から詰め寄られてるんですか!? 怖いんだけど!
『修羅場たまらんでござるな!』
お前は少しだまれ。
「み、身に覚えが無い。俺を信じてくれ!」
「何かある人はみんな決まってそう言うのよ〜? 月城君〜?」
三人は形だけの笑顔で俺を見る。こっわ! 千尋だけはいつもの曇りのない笑顔でいてくれよ! 初めて見たぞ千尋のそんな笑顔。
「だから何もしてないって言ってるだろぉ!!」
結局、昼休みが終わるまで尋問された。
無事疑いは晴れたが、まさか一ノ瀬に誘導尋問までされるとは思わなかった。あの温厚そうなタレ目が光を失った時はゾクッとしたわ。勿論恐怖の意味で。
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