第2章 七人のサムライ
第十四話 長谷川伊月
「私たちの看病のおかげかな?」
「まだ痛いけどな」
俺は苦笑気味にため息をつく。
波乱万丈で過保護すぎる看病の末に、俺の身体は通常の筋肉痛レベルにまで回復した。全く心臓に悪い三日間だったよ。
ま、朝にこうして千尋と一緒に通学できるようになったのも、千尋と沙彩のおかげだしな。今度なんかプレゼントでも買ってやるか。
『この三日間の出来事はなかなかに興奮させてもらったでござる。まさか千尋殿があんな……』
こいつ、この三日間ずっと控えめだったクセにまたいつもの調子かよ。この声が俺にしか聞こえないってのが唯一の救いだな。周りに聞かれたら困る。
「ねーねー正汰くん。なんかこっち見てる女の子がいるよ? 他校の子かな」
「え?」
千尋が見ている方へ目を向けると、確かにこちらを見ている女の子がいた。見ているというよりかは睨み付けているんだが。
「気味悪いし早く行こうぜ!」
俺は千尋と速足でその場を逃げるように学校へと向かった。
『正汰殿。あの娘……』
やっぱそうか。俺も感じ取れるようになってきているんだな。
♢♦♢♦♢♦♢
「おはようございます。月城君」
「おう、おはよう」
礼儀正しくあいさつをする美少女、一ノ瀬夜宵だ。先日、体育倉庫で高熱を出し学校を休んでいたのだが、すっかり元気そうだ。あの事を思い出してなければいいけど……。
「もう身体の調子は大丈夫なのか?」
「はい! もうすっかり。あのう……先日はありがとうございました」
一ノ瀬は深々とお辞儀をした。やばい、周りの男子から鋭い視線が来る。
「いいっていいって。俺も一ノ瀬の体調に早く気づいてやれなかったしさ。だから気にすんなよ」
「でも……」
『おや、まさか』
一ノ瀬は気まずそうに俯く。神経質だなぁほんとに気にしなくていいのに。てかおい、変態サムライ。「おや、まさか」ってなんだ。
「正汰くんがそう言ってるんだし大丈夫だよ一ノ瀬さん。ほら、朝のホームルーム始まっちゃう!」
そう言うと千尋は一ノ瀬の肩を掴んで席に座らせた。俺も同様に。
まだ体痛いんだからもっと優しく扱って欲しいんですけど。
「おらぁ、お前ら席に付けー! ホームルーム始めるぞ!」
朝からうるせえなぁうちの担任は。落ち落ち寝られないじゃないか。頬づえを突いてため息を吐くと隣の席の一ノ瀬がニコリと微笑んだ。
「て、天使だ……」
「天使?」
「い、いや、何でもない」
つい心の声が表に出てしまった。何ですかあの笑顔、魔性どこじゃないぞ。
「今日は新しいクラスメイトを紹介する。入れ」
クラス中が騒めく。
は? 転校生? ついこの間一ノ瀬が来たばっかだぞ?
ドアが開かれ、目つきの鋭いポニーテールの女の子が入って来た。あれ、何処かでみたような……
「正汰くん! あの子、朝正汰くんの事見てた子だよね!」
「あっ! 確かに」
千尋が後ろを振り返って興奮気味に話す。
それにしてもまさかあの子が転校生だとは思わなかったな。
「自己紹介をしてくれ」
「あたし、長谷川伊月。よろしく」
結構さばさばしている子だな。可愛いというよりも美人の部類だ。あ、やべ、また睨まれた。怖ェェ。
「はいはーい! 長谷川さんって彼氏とかいるのー?」
クラスの女子がお決まりの質問をする。一ノ瀬の時は男子がはしゃぎ過ぎて質問どころじゃなかったからな。
「いない。でも倒したい男はいる」
クラス中が静まり返る。
おいおいなんだ倒したい男って、質問した女子の顔が引きつってるじゃねーか。
『正汰殿』
分かってる。今一瞬長谷川から俺へ向けて殺気の様なものを感じた。
おそらく彼女は俺や亮と同じく憑依されている。そこには長谷川一人なのに二人いるように感じるのだ。朝見た時もこの感覚があった。
しかし、なぜ俺へ殺気を向ける? 今まで長谷川とは今朝以外一度も会った覚えは無いし、ましてや恨まれる様な事をした覚えも無い。
「席は……そうだな。月城の後ろに席を作るか。月城は空き教室から机と椅子を持って来てくれ。以上でホームルーム終了!」
「はぁ!?」
普通に教室を出ていく竹やん。
ちょっと待って、それって担任の教師がやるべきことなんじゃないの? 今俺の身体は筋肉痛の強化版で物理的に不可能なんですけど。
あと長谷川の席が俺の後ろというのはマズイ。確かに窓側の列は机の個数が他の列よりも少ないけどさぁ。ただでさえ、多分だけど俺は長谷川に悪い方の意味で狙われてるっちゅうのによ。
「正汰くん。私も手伝うよ! まだ身体本調子じゃないもんねー」
「月城君! わ、私も手伝います!」
「ありがとうな、二人とも。竹やんマジゆるせん」
男が女子二人に手伝ってもらうとか情けねぇなぁ。嬉しいのに嬉しくない感じ。
あ、そういえば長谷川が放置されて……
「長谷川さん! スタイルいいね! なんか秘訣とかあるの?」
「長谷川さんお肌綺麗だね! どういうスキンケアしてるの? 教えて欲しいなぁ」
「あ、いや、その、あたしは特に……」
なんだ以外と上手くやってんじゃん。心配して損した。
俺と千尋と一ノ瀬の三人で教室を出る。今から授業が始まるって時に教室を出るのは何かと緊張するもんだな。男子の鋭利な視線に刺されて緊張してるってのもあるけど。
「たかだか机と椅子を運ぶくらいで三人はさすがに大げさだったんじゃないか?」
「そんな事無いってば。正汰くんは病人と同じなんだから。竹やんが悪いんだよ」
「私は、月城君にお礼も含めてお手伝いしたいんです」
なんだこのギャルゲー的展開は。俺は言葉のチョイスに気を付けなきゃいけないのか? うっかりミスってヤンデレ化とか勘弁してくれよ。まぁこの二人が俺に好意を持っている訳無いし余計な心配なんだが。千尋は幼馴染として好きって感じだろどうせ。ああほんと俺って自意識過剰。
三人で雑談している間に、今は使われてない空き教室に着いた。
教室内は全体的に汚い。床に埃が溜まり空気中にも舞っている。
千尋はすぐさま空き教室のカーテンを開き、窓を開けた。積みあげられた机を三人で下ろし、床に重ねられている椅子を運ぶ。案の定机も椅子も埃で凄い事になっていたので拭く事にした。
「事務室から雑巾借りて来るね!」
千尋は走って空き教室から出て行った。おーい廊下は走っちゃだめだぞぉ。
「私達、どうしましょうか」
「そうだな、特にやる事ないな」
『襲っちゃうでござるよ! この娘はおそらく押しに弱いでござる! 「どうした一ノ瀬! 嫌嫌言ってる割には抵抗しないんだな」「うぅ、月城君のいじわるぅ」みたいな感じに……』
やっべぇなこいつ、いきなり右ストレート打ってきやがった。いや、あいつにとっては軽いジャブ程度なのか? お陰様で危うく声に出して怒鳴るとこだったぜ。
「ああそう言えば、弁当の量は減らしてもらえたか?」
「はい。シェフの皆さんはがっかりしていましたが、一般的な女の子が食べるサイズにしてもらいました」
「一般的ねぇ……」
俺もいつか言ってみたい。
シェフがいる事は知ってたけど「皆さん」って事は複数人いるって事だろ? 複数人で一つの弁当を作っていたということか。半端ないな。
「月城君……体育倉庫の時のことなんですが……」
「体育倉庫? ああいいっていいって、気にすんな」
「そうではなくて……あの時……」
――ギィィィ、ギギギ
何だ今の音は。
そう思った時には俺と一ノ瀬の後ろに積み上げられた机が頭上に迫っていた。人というのは不思議なもので、こういう身に危険が迫る瞬間視界がゆっくりになる。そして思考が早くなる。
やばいやばいやばいどうしよどうしよどうしよ死ぬ死ぬ死ぬ。
こんな事を頭の中で唱えていてもゆっくりと机が迫っている様に見える。
長谷川の机を机の山から降ろした時にぐらついたのだろうか。そんなことより死にたくない。頭に落ちれば普通に死ぬ可能性は高い。良くて脳震盪だ。
それでも、隣にいる一ノ瀬だけでも――
守りたい。
死なせたくない。
生かしたい。
ガガシャンッ!!! ガンッ!! ガンガン……
気づくと一ノ瀬を抱えて黒板前まで移動していた。
机の山は大きな音を立てて次々と崩れ床に落ちていく。あのままあそこにいたら間違いなく俺達は死……あれ? なんで俺一ノ瀬抱えて黒板前まで移動してんの?
『いやー危なかったでござるなぁ。気づいたら完全憑依してて慌ててこの娘を抱きかかえ回避したでござるよぉ。ほんと死ぬかと思ったでござる』
完全憑依? え、いつの間に? なんで? 完全憑依の起因は良く分かってないけど何か起因になる事でもあったのか?
一人困惑していると、俺に抱きかかえられ……お姫様抱っこされている一ノ瀬から声をかけられた。
「つ、月城君……そろそろ、その、下ろしてもらえますか?」
「ああ、ご、ごめん」
すぐに一ノ瀬を下ろすと、お互いの間に気まずい雰囲気が生まれた。
しっかしこの机の残骸どうするよ。俺らで片付けるか?
「……月城君……かっこ良かったな……」
「ん? 呼んだか?」
「い、いいえ! な、なんでも無いです!」
何故か赤面している一ノ瀬だが、それより後始末が大変だ。なんかいっぱい先生達来てるし。音デカかったから来るとは思ってたけど。あーめんどくせ。
「正汰くん大丈夫!? すっごく大きな音したけ……ど……え? 何コレ!?」
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