第十三話 想い
「お昼ご飯出来たよ!」
午前の時とは比べものにならない程軽い足取りで千尋が俺の部屋へ入って来た。
どうやらお昼のメニューはうどんのようだ。だしの効いた良い香りが鼻を擽り、食欲を掻き立てる。
またあーんして食べさせられるんだろうけど、うどんはきつくね?
千尋がうどんの入った容器を持って俺に食べさせようとするが、「あっ」っと声を出して一度容器をベッド脇の折り畳みテーブルに置いた。どうやら気づいたらしい。
そしてしばらく困った顔をして悩むと思ったら、突然パァっと明るい顔をしてうどんを食べ始めた。
あれ、千尋が食べんの? まあさっきまでワンワン泣いてたしお腹空いてたのかな。
千尋は真剣な面持ちでうどんをもぐもぐと咀嚼している。すると、何を思ったか、口にうどんを含んだままの状態で俺の方へ近づいて来た。
えっ? どしたの? てかなんだその恥ずかしそうな顔は。うどん食べるだけでそんな顔にはならないと思うんだけど!? あとなんで近づいて来るの!?
「ごまがくじだがら、ふごっ、ごれでじょぐぜづ、ぶぐっ、くぢに」
「アホかお前は!!」
「ふぇ?」
俺は千尋にチョップを食らわそうとしたが出来ないので叱咤に留め、すぐにうどんを飲み込むよう言った。
要はアレだ。口の中で食べやすくしたうどんを俺の口に直接ぶち込むという荒技をやろうとしたんだこいつは。
天然恐ろしや。行動に一切の迷いが無い。一応照れてはいたようだけど普通やるか? やっぱりまだ自暴自棄になっているんだなきっと。思ったより千尋の心の傷は深かった。
結局普通にうどんを食べさせてもらった。
分かってたけど、うどんって食べ物はですね、結構跳ねるんですよ。
俺がうどんを啜る度に多少なれど千尋の顔に汁が飛び散ったりしたのだが、千尋は顔にかかった汁を拭うことなく、気にした素振りもなく、ニコッと笑うだけで引き続き俺にうどん食べさせてくれた。
申し訳なさと恥ずかしさがごったがいしになって俺は千尋に顔が向けられない。過保護に天然は危険だよほんと。
俺にうどんを食べさせてくれた後、千尋も自分のぶんのうどんを食べ、食後には二人でお茶を飲んで一先ず一服。
食後はたわいもない会話を時間を忘れる程に話し合い、気付いた時には既に日が暮れていた。
「すっかり話し込んじゃったな」
「そうだね! あっ……」
突然千尋が何かに気づいた様子で俺の首元を凝視する。
「どうしたんだよ、そんなに険しい顔して」
「正汰くんの首に虫が止まってる。許すまじ」
千尋は俺の方へ近づきながら、手をハエ叩きの様にして構えている。
普通女の子は虫とかは苦手だと思うんだがなぁ。ましてや素手とか普通無理だろ。
そんなことを思いながらベッドに乗り上げてくる千尋を見ていると……
「ふぐっ!?」
こけた。
千尋がベッドに膝をかけた瞬間、体勢を崩して俺の両足の間、いや、俺のアレの手前に顔から突っ込み情けない声をあげた。
まさか千尋にラッキースケベ体質があろうとは……。
俺のアレの前で未だ突っ伏している千尋に苦笑していると、ガチャンと玄関のドアの開閉音が聞こえ、誰かがドタドタドタと階段を猛スピードで駆け上がる。
「ただいま! お兄ちゃん体調はど……う……!?」
俺の部屋のドアが勢いよく開いた。そして入って来たツインテールの女の子は目を見開き、硬直し直立していた。
「お、おお兄ちゃん!? 千尋お姉ちゃんとなな、何してるの!?」
みるみる内にこのツインテールの女の子、もとい俺の妹の沙彩は顔を真っ赤に染めていく。
「え? 何って……あっ……」
沙彩の位置からだと俺と千尋が如何わしい行為をしている男女に見えることだろう。なんたって俺のアレに千尋が顔を埋めている様にしか見えないからな、そっちからだと。遠近方ってやつだ。
沙彩は赤くなった顔を手で覆っているが、指と指の間からちらっちらっと覗き見ている。
まずいな、取り敢えず沙彩の勘違いを正そう。
「おい沙彩、よく見ろ」
「え?」
沙彩は恐る恐るベッドの所まで来ると、状況を把握したようで安心するように息をついた。
が、それと同時に腰に手を当ててぷぅっとむくれた。
千尋が俺のアレの手前からイテテと声を出して起き上がり、眼前にいた沙彩と目が合う。
「あ、沙彩ちゃん。おかえりー!」
「た、ただいま。千尋お姉ちゃん……」
千尋がニコニコ笑いかけているのに対して、沙彩の方は引きつった笑みをしている。心なしか俺を睨んでいるように見えなくもない。
千尋はそんな沙彩に首を傾げているが、俺もなんで沙彩が引きつった笑みをしているのか分からない。
するといきなり沙彩がベッドに乗り上げ俺の左側に来ると小さい声で……
「まさかお兄ちゃん……千尋お姉ちゃんと、その……シてないよね?」
「お前はアホかッ!!」
『なんとッ!!』
本日二度目の「アホか」が部屋中に響き渡る。
すると沙彩のツインテールが悲しんだ犬の尻尾の様に萎れた。え、動くのかそれ?
俺の声に紛れてケンシローが驚愕の声を上げていたが、お前はそもそも俺と視界共有してんだから驚くこと無いだろが! てかいきなり出てくんな!
「はぁ……なんなんだよこいつら……」
♦♢♦♢♦♢♦
あの後、俺は沙彩の誤解を正した。沙彩は自分の誤解に顔を赤くして恥ずかしがっていたがしったことか。自業自得だ妹よ。
日が良い感じに暮れて来ているので千尋にはもう遅いからと言って帰らせようとしたが千尋は頑なに拒否。なんでも最後までちゃんと看病したいらしい。……そうは言ってもなぁ。
……結局三人で晩御飯を食べることになった。
今日の晩飯は千尋と沙彩が作ってくれるみたいだ。二人とも料理が上手いから俺の舌は喜ぶ一方なんだが、また千尋か、はたまた沙彩のどちらかに食べさせられることだろう。
嬉しいと言えば嬉しい。だけどな、なんか俺が赤ちゃんみたいでほんと恥ずかしいんだよ、これ。口回りが汚れると拭いてくれたりするし……ああ、思い出すだけで恥ずかしい。
案の定、二人に食べさせられることになった訳でして……。まあ分かってたけどね。
晩御飯のメニューはビーフハンバーグ、野菜スープ、そしてライスだ。ビーフハンバーグから香るほんのり甘くそしてビーフの香ばしい匂いで急速に唾液が量産される。
ハンバーグは俺が食べやすいように一口サイズにカットされており、千尋と沙彩が変わりばんこにあーんをして俺に食べさせる。
う、美味い……。この二人ほんと料理が上手いなあ。とうに母ちゃんの飯より美味いわ。
最後にス―プを飲み切り二人に美味しかったと告げるととても嬉しそうにしていた。
ご飯を食べ終えた後も、千尋に帰る気配はまったくなく「お風呂借りるね!」と言ってそそくさと風呂場へと直行した。
完璧泊まる気満々じゃねーか! さすが筋金入りの過保護だよほんと。
千尋が風呂に入ってる間、沙彩が看病をしてくれた。暇だから今日学校であった話とかを色々聞いてみたが、まさかまた男子に告白されているとは思わなかった。いつも通り振ったみたいだけど。
にしてもモテるな俺の妹は。俺とは大違いで羨ましいぜこんちくしょう。
「ところでお兄ちゃん、具合はどう?」
「まだ痛いけど明日には少し楽になるんじゃないかな」
雑談を止め、沙彩が心配そうに聞いてくる。
「やさしいな沙彩は……いでッ!」
沙彩の頭を撫でようとしたが腕に激痛が走った。まだ痛いよこれ、今更だけど俺の体大丈夫なの? 骨折とか脱臼はしてないと思うけど。
「だ、大丈夫お兄ちゃん!?」
「ああ大丈夫だよ。沙彩の頭をナデナデしようとしただけだから。痛くて出来なかったけどな」
俺が照れ笑いしながら言うと沙彩の顔が赤くなりはわはわと口を動かし始めた。
あれ? また心配させちゃったか? 余計なこと言わなきゃ良かったな。
沙彩は次第に落ち着いていき、俺のことをジト目で見つめてくるとおもむろに俺の両手を優しく握った。
「私ね、今日一日中ずっとお兄ちゃんのこと心配してたんだよ。大丈夫かな、辛くないかなってさ。お兄ちゃんはたった一人の私の大好きで大切なお兄ちゃんなの。だからね、私のこともっと頼って欲しいな。私、千尋お姉ちゃんに負けないように頑張るから」
「沙彩……」
笑顔を作ってはいるが俺の手を握る沙彩の手が小刻みに震えている。俺は沙彩にこんなにも心配されていたのか……。いい子過ぎる俺の妹。
あーほんと頭撫でてやりたい! 動いてくれー俺の腕!!
「沙彩……ありがとう。ほんと心配かけてごめんな。兄ちゃんだって沙彩はたった一人の可愛いくて大好きで大切な妹だよ。だから遠慮なく兄ちゃんのことも頼ってくれよ? もちろん兄ちゃんだって沙彩を頼りにするからな!」
「……うん!! お兄ちゃん大好き!!」
沙彩は俺に勢いよく抱き着いてくるがいかんせん俺の身体はボロボロだ。走る痛みに悶絶し、そして叫びそうになったところで千尋が俺の部屋に入って来た。ナ、ナイスタイミング……。
沙彩は千尋に気づくと俺からサッと離れベッドに腰かけた。
やっぱこういうとこ見られるのは恥ずかしいのかな、おおー赤くなってる。
「さっぱりしたー! ってあれ? 沙彩ちゃんお顔真っ赤だよ?」
「わわ、私お風呂入って来るー!」
沙彩は颯爽と階段を下り風呂場へと向かった。
沙彩も風呂から上がり、俺も入ろうかと思ったが物理的に無理なので今日はあきらめた。
「あー身体べたべたするなー」
俺のこの一言に千尋と沙彩の目が一瞬光った様な気がした。するとすぐさま濡れタオルを持って来て二人で俺の体を……これ以上言う必要はあるまい。
俺はすっきりした体で一息つくと、ある疑問が思い浮かんだ。
「もしかして夜中も俺の看病するの?」
「ん? もちろんそのつもりだよ」
ちょ待て、いくら看病って言っても男女が夜に同じ部屋はダメだろ。教育上よろしくない。それに変に意識しちゃって絶対眠れねぇわ!
「いや待て、千尋は沙彩と同じ部屋で寝ろ。さすがに夜はダメだ、ダメだからな?」
「うーー。正汰くんがそこまで言うなら……もう、しょうがないなー。でももし何かあったら大声で呼んでよ? すぐ行くから」
俺は笑って頷く。そして沙彩の部屋に二人が行くのを見届けるとふぅーと息を吐き、部屋の扉を眺めた。
二人ともやけに俺の事心配してくれるんだよな、いや嬉しいけどさ。身体動かせるようになったら何か二人にしてあげないとな。どんな事したら喜ぶかな。
あ、そういえば……。
「ケンシロー」
『なんでござるか』
やっぱいることにはいるんだな。
「気い使ってあんま喋らなかったんだろ? ありがとう」
俺以外誰もいない部屋で呟く。側から見れば独り言のように見えることだろう。でも俺には、俺の中には確かにその存在がある。
『なんのことでござる』
「ま、いいけどさ」
俺は小さく笑い目を閉じた。
思えば今日1日だけで色んなことがあったな。そういえばケンシローと出会ってから落ち着いた日が無いよな……。だけど平凡だった俺の毎日にいい刺激になっているのかもしれない。まあ平凡な毎日の方が気が楽なんだけどな。
また目が覚めたら完全憑依してた、なーんてことになったらやだな。
そんなことを思いながら、俺は睡魔に身を委ね深い眠りに落ちていった。
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