第十話 拉致
今はというと、
あいつの性格上女子に話しかけられたら無視なんて出来まい。結局セクハラ紛いな事を言い、寄ってきた女子は全員去って行き俺の株は上がったり下がったりだった。
「ねーねー正汰くん。野球で活躍したんだって? あの運動音痴の正汰くんがねー、私信じられない」
「俺も本気出せばこんなの余裕だよ」
俺っぽくしゃべってくれるのはありがたいが、出来ればあまり調子のいいことは言わないで欲しい。だって……戻った時の埋め合わせが大変なんだよ!
「ふーん。あ、そうだそうだ昨日言ってた約束のお弁当作って来たよ」
「おおぉ、ありがとう千尋。これは美味そうだな、どれ」
俺が「おいしい」と言いたい所だが、俺の身体は現在あいつの支配下である為、味を感じる事は勿論、食べた感触もない。実に無念だ。
「うん。美味しいよ千尋」
「本当に? 良かったぁ。美味しくなかったらどうしようって思ってたの」
「いやー本当に絶品絶品。ぜひ俺のお嫁さ——」
『おぉぉッッッい!!!』
「——ラダも美っ味い! シャキシャキ新鮮!」
いい加減にしろよ本当。でも回避には成功した。お嫁さラダという謎の単語が生まれてしまったがそこはスルーで。
取り敢えずまぁ、良かった……って思ったのもつかの間、あいつのさらなる追加攻撃が繰り出される。
「なぁ千尋。俺にあーんってしてくれよ」
「正汰くん!? 昨日もだけど、朝からなんか変だよ! なんか不埒というかなんというか、本当にどうし——」
「千尋! お願いだ。してくれないか?」
千尋が言い切る前に
あいつどうしたんだよ。ふざけたり真面目になったり、かと思ったらまたふざけたりもう分かんねぇよ。
「そこまで言うなら……しょ、しょうがないなぁ……はい。あーん」
顔を赤くして千尋はあーんをしようとしている。
また千尋を困らせしまった。くそッ、どうせされるなら
千尋のあーんが徐々に迫って来る。卵焼きを摘まんだ箸は徐々に
「ふぐっ、んん!?」
千尋の箸が俺の口に入った瞬間、
あまりの早業に、千尋より俺がビックリだった。
「もぐもぐ、ふぅ。二人で同時あーんがしたかったんだ。あれ? 千尋どうしたの?」
器用な同時あーんを決行したあいつは「どうしたの?」とほざいているが、どうせただ千尋の恥ずかしがる顔が見たかっただけだ。この変態め。
それに沙彩にもこれと似たようなことしてたし、あいつの好きなプレイが露見してきている。別に知りたくないが。
「う、ううう。正汰くんのバカぁ。また私の事からかってー!!」
「ごめんごめん」
さらに顔を赤くして、照れてるのか怒ってんのか分からない表情をしている。あいつが見たかったこの千尋の顔……悔しいけど最高ッス。
「もうお弁当作ってあげないもん!」
「そうか……俺は栄養が不足している菓子パン生活に戻るのか……。あ、いいんだよ? 俺が千尋をからかったのが悪いんだ。美味しい美味しい栄養満点の千尋のお弁当が食べれなくなっても当然だ……クッ!」
「えっ? あ、やっぱり今の嘘嘘! ちゃんとお弁当作るから!」
『お前……結構策士だな……。千尋の性格を良く分かってる……』
ここまでの一連の流れが全てあいつの計算通りだとでも言うのか。
恐ろしや。高ノ宮剣士郎。生前もこんな駆け引きを楽しんでいたのか?
妙にあいつに感心してしまった所で昼休み終了のチャイムが鳴った。
♢♦♢♦♢♦♢
「遅いでござるね、千尋殿」
『ああそうだな。教室に忘れ物を取りに行ったにしては遅すぎるよな』
学校の帰り、千尋が忘れ物をしたと言って教室に戻ってから既にに数十分経っている。何かあったのか疑うのが自然だ。
『教室に行こう』
「了解でござる」
教室に到着すると、そこには誰もいなかった。
千尋の机にはスクールバックが置いてあり、千尋はまだ学校にいるという事が分かった。だとしてもどこに行ったんだ。トイレか?
トイレという可能性も考えて、しばらく教室で待ってみた。だが来ない。
「やな予感がするでござる」
『ああ。俺もだ』
偶然にも、あいつと俺の考えは同じだった。
そんな時、俺のスマホに一通のメールが来た。千尋からだ。メールには、「助けて」と書かれていた。
『おい! 千尋に電話しろ』
俺はあいつに指示し、千尋に何度も電話を掛けたが……
『おかけになった電話番号は......』
『くそッ! 出ねぇ』
千尋は電話には出なかった。「助けて」とは一体何事なんだ。何か手伝って欲しいという意味の「助けて」なら、千尋は詳細を詳しくメールに書くだろう。だがそれをしないって事はマジに「助けて」って事だ。
千尋が助けを求める状況、誰かに危害を加えられているかもしれない状況。
それならば千尋の所へ一刻も早く向かわなければ。
『千尋のバックはあるから取り敢えず校内にはいると思う』
「正汰殿」
『だとしたらどこにいる。王道に体育館裏とか体育倉庫か?』
「正汰殿ッ!」
あいつは強めの声で俺の名を呼んだ。
「朝の話、覚えてるでござるか? あの亮って輩が殺気を放っていたって話でござる。手掛かりがない以上、一番怪しいのは亮って輩ではござらぬか?」
「……」
分かってる。分かってるけどそれでも疑いたくなかった。
あれでも俺の中学からの友達だ。中学でなかなか友達が出来なかった俺に最初に声をかけてくれたのも、イジメられた時に助けてくれたのも亮だった。
そんな亮を疑うなんて……俺には……。
『……行こう……亮の所に。今日の野球部はオフのはずだから亮は一人で自主練をしているはずだ。その場所で、人に危害を加えるのにうってつけな場所といったら……野球部の部室だけだ』
「なるほどでござる。それで、野球部の部室はどこにあるのでござるか?」
俺はあいつに野球部の部室の場所をナビゲートしながら、全速力で向かった。
俺の身体とはいえ、あいつが動かすと以前の俺の足の速さと比べても桁違いに速い。筋肉がぜんぜんない俺の身体でよくこれだけ走れるな。なんだか俺の身体じゃないみたいだ。
あいつは変態野郎だが時々やけに真面目に親身になってくれている。そこは見直す。だがいつもの感じじゃなくなるのはやはり調子が狂う。
以前はこんな変態野郎のことなんて微塵も理解しようとも思わなかったが、これから憑依が続くかもしれないと思うと、多少なれど理解は必要だ。
以外にもあいつはただ変態という訳では無く、武士道を重んじたり千尋の心配をしたりと真面目な所があった。
『その部分だけ切り取れば最高なんだけどな』
そんな事を思っていると、既に野球部の部室前に到着していた。
「ついたでござるな」
『よし、開けろ!』
ギィギギギギギギ
部室のドアは引き戸式になっており、サビが酷く不愉快な音とともに戸が引かれていく。
「『千尋!』」
他の部室よりもいくらか広い野球部の部室で千尋は椅子に座らされていた。口には縄が巻かれ、両手首、両足首はそれぞれ縄で拘束されている。
「んんんんッ! んんん!」
『亮……やっぱりお前が』
「よぉー遅かったなぁ正汰ぁー」
亮は千尋の背後に立っており、下衆な笑みを浮かべ俺がここに来る事をあたかも知っていたという口ぶりだった。
「お前……なんでこんな事」
「んー? なんでもいいだろぉ?」
亮は俺を見てニヤッとすると、千尋の頭を撫で始めた。
千尋は嫌がり抵抗を見せるが拘束されてるため身体を揺らす事しか出来ない。
亮は満足するまで撫で続けると、千尋の口の縄を解いた。
「正汰くぅん……ひぐっ……助けて……!」
「今助けるからな!」
「うるさいなぁ千尋ちゃん。お口はチャックだよぉ? 」
「んんんっ!」
亮は自身の口で千尋の口を塞いだ。
千尋は涙を流してジタバタしている。
『亮! お前ッ!』
「おい、その汚ねぇ顔どけるでござる」
「怖いことすんなぁ正汰ぁ。あれぇ? そんな悲しんじゃって……千尋ちゃんもしかしてファーストキスだった? もしそうだったらごめんね? はっはっはっはっはっ!」
瞬間、亮は横に立てかけてあったバットを握り、凄まじい速さで
広い部室内に金属の甲高い音が響き渡る。
亮はバットを薙ぎ払った後、『構え』を始めた。
「その構えは……
「憑依? ああ憑依ね。一昨日からだな。だが俺のとこはお前んとこと違って人格ごと体を乗っ取られていない。憑依した奴の力だけを表に体現出来る」
「やはり拙者の事に気づいておったでござるか。まあそうでござろう、貴様が憑依した者の力を利用できるのなら感覚や気配で拙者達のことに気づくのも当然のこと」
亮は俺と同じく一昨日に憑依されていた。だが俺との相違点は身体を乗っ取られていないという事。尚且つ力を利用できるらしい。俺の完全憑依前はあいつの力を利用なんて出来なかった。
「でもなぁイライラしてる時しかこれ出来ないんだよなぁ。いやぁ不便不便」
「やはりそうでござるか……。だが、拙者に刀、いや物が違えど棒状の物を向けられている以上もう容赦はしないでござる」
あいつは
「いざッ」
キーーーーーン
甲高い音が部屋中に響き渡る。
瞬間、
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