第九話 MVP
登校中、何度も
あいつは俺の口調、というより現代の若者の口調でやけに話す事が出来る。確かにトイレで口調について注意はしたがそれでも上手過ぎないか? ……まるで現代に慣れているかの様で……。
あいつの謎は深まるばかりだ。
学校に到着し、千尋と教室へ向かって歩いていると、「ひゅーひゅー」と一人の男子が煽って来た。
こいつは
「お二人さん今日も夫婦で登校ですか? アツアツだねぇ」
「ちょっと何言ってるのっ!? 長谷川くんっ!」
「アツアツ? ああその通りだ。言っとくがこの熱は冷める事はないぜ……永遠にな」
「正汰くん!?」
しまった、完全に油断した。これは亮に誤解される。こいつにかかれば校内中にあっという間に噂が広まってしまう。
『おい、早く誤魔化せ!』
「……おいおいやっぱ出来てたのか。こいつは大スクープだぜ」
「早く行くぞ、千尋」
「えっ、えっ?」
一体あいつは何考えてんだ。俺を困らしたいのか。
『おい、どういう事だよ!』
「正汰くんどうしちゃったの?」
俺と千尋で同時に問い詰める。
「いいから。行くぞ」
それは俺に言ったのか、それとも千尋に言ったものなのかは分からなかった。
俺と千尋はお互い自分の席に着いた。ふと前の座席の千尋を見ると、どこかそわそわしながら俺の事をちらちらと見てくる。
『おいトイレに行ってくれ、まだ時間はあるから』
「千尋、俺トイレに行ってくる」
「うん……」
スマホで電話する振りをしてあいつと話すことにした。これ以上勝手されたら困るし、千尋を困らしたくない。
『なんで誤魔化してくれなかったんだ、千尋が困ってるだろ。しかも亮にかかればあっという間に、』
「その事についてはすまないでござる。それよりも早く教室へ向かった方が良いと思ったのでござるよ」
別に時間には余裕はあったはずだし急ぐ必要なんて無かったはずだ。
『どうして』
「あの話しかけてきた男、おそらく何者かに憑依されているでござる。あの男はずっとこちらに殺気の様なものを放っておった。拙者は危険と判断して今は逃げた方が良いと思ったのでござるよ」
……亮が憑依されてる? そんなばかな……。俺以外にもそういう奴がいるのか!?
それよりもなんで殺気なんて放ってんだよ……。俺ら中学でも仲が良かったじゃないか。
『分かった。もう教室戻ろう』
『いいかげん怒ってんだろうな……嫌われたらお前のせいだからな!』
千尋は悲しそうな顔をしていた。だが今は耐えろ、この完全憑依さえ解ければ……。
♢♦♢♦♢♦♢
「あれ? 一ノ瀬さん来てないの?」
「昨日の放課後、俺が学校案内してる時に一ノ瀬熱出したんだよ。だから今日は来ないと思うよ」
「え!? そうなの!? 大丈夫かなぁ」
分かってはいたが、一ノ瀬はやはり学校を休んだ。
熱で気を失うくらいだ、体が弱いのだろう。若干会うのは気まずいが、早く体調を回復して欲しい。
授業は居眠りで過ごすことはできた。だが、
『げ、次は体育か』
実技は居眠りじゃ過ごせない。
今日の体育の授業は野球で、俺は運動が全般的に苦手であり球技は特に苦手だ。
だが今日は俺であって俺ではない。俺の身体を動かすのはあいつだ。
体育の授業は二クラス合同で行っている。俺は5組で、亮は6組だ。5組と6組は合同で行う。
さっきあいつから聞かされた事が本当なら亮には十分に警戒しなきゃならない。
『次は俺の打順みたいだぞ、お前野球出来んのか?』
「この金属の棒で、投じられた玉を打てばいいのでござろう? 余裕でござる」
「おーい、独り言ってねぇで月城の打順だぞ。今日こそは打てよな」
『おい気をつけろ、お前が俺と話す時は独り言になるんだからよ』
あいつはその場で頷くとバッターボックスへ向かい、左打席に立った。そしてバットを構えると周りからざわめきの声が広がった。なぜなら、あいつは金属バットをあの時の【脇構え】で構え、ピッチャーの亮を睨み付けているのだ。
「おい、どうした正汰! ふざけてんのか?」
「ふざけてねぇよ、さっさと投げろ」
「ふん、知らねぇぞ」
亮はあきれ顔で
亮は小、中と野球をやっていて今現在も野球部で一年ながらレギュラーの座を勝ち取っている。
そんな亮が放ったボールは真っすぐキレのある高校生にしては中々早い球だ。ボールはバットを掠めずミットに収まるであろうと誰しもが思った。だが——
カキーーーーン
ボールは金属音と共にきれいな放物線を描いて亮の頭上高くを伸びあがり校舎の上に落下した。誰もが唖然とし、何が起こったのか分かっていない。
だがこの目で見ていた俺には分かる。あいつは【脇構え】の状態から居合切りの要領で、バットを斜め上に振り抜きボールを切った。いや、打ったのだ。あまりにも早業で誰も気づく事は無かったがたしかにあいつはありえない打ち方でボールを打った。
「す、すげぇな月城!!!」
5組男子は一気に盛り上がる。
この快挙は学校中に広まり、野球部からの勧誘が来たがもちろん断わらせた。完全憑依が解けたら俺はただの運動音痴なのだから。
その一方で——
「正汰ァ、覚えてろよ……」
亮はただの悔しいという気持ちではなく、人が抱いてはいけない部類の感情で正汰を睨みつけていた。
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