第六話 看病


「先生!!」


 俺は勢いよく保健室のドアを引き、先生の名を呼んだ。

 保健室の中は加湿器のおかげで適切な湿度に保たれ、空調は丁度良い温度に設定されていた。だが、いつも通りの保健室なのに何かがおかしい。


「……いないのか?」


 保健室の鍵は開いているのに室内には誰もいない。


「どこに行ったんだ! この必要な時に」


 保健室のベッドは先生の許可がなければ使用する事はできない。だが今は緊急事態だ、止む終えない。

 俺は一ノ瀬をそっとベッドに寝かせた。ここまではいい。だが一ノ瀬は熱でかなり汗をかいていた。体が冷えるから早く拭いてあげないと、でも……俺が拭いてもいいのか?

 保健室には俺と一ノ瀬の二人だけ。今、汗を拭いてあげる事が出来るのは俺だけだ。だけど本当にいいのか? 俺なんかが体を拭いても。体育倉庫では流れと雰囲気であんなことになってしまった手前、罪悪感がある。


『早く拭いてあげるでござるよ。それはもう体の隅々まで……ぐふふ』


「さっきまでのカッコ良さはどこへいったの!?」


 さっきまでの態度とはまるで一変、いつも通りの変態野郎に戻っている。

 調子狂うからキャラは一つにして欲しい。


「……ってそれよりも一ノ瀬の汗!!」


 悩んでる場合じゃない。今拭いてあげられる人が俺しかいないのなら俺がやるべきだ。勿論あいつみたいな淫らな考えなんて抱いてないし、ささっと拭いてやるだけだから大丈夫だ。多分。


「よし、いくぞ……」


 俺は最初に一ノ瀬のブレザーを脱がし、ブラウスのボタンを上から順番に一個ずつはずしていった。するとこれでもかとばかりに胸が存在を主張してきた。

 かなりの上物だぞこれは。一ノ瀬は着痩せするタイプなんだなぁ……っていかんいかん、まじまじと体を見てると理性がふっ飛ぶ。

 俺は汗を拭くことに集中する。濡れタオルで優しく首すじから肩、胸周りを拭き、お腹のあたりに差し掛かったところで、


「ひゃんっ!」


「うぉっ!」


 一ノ瀬が急に嬌声を発した。

 やべ起きた!? この状況をどう説明したらいいんだ。一ノ瀬からしたら、目が覚めた途端自分のブラウスが脱がされていて同級生に体を拭かれているこの状況……。俺が一ノ瀬なら悲鳴を上げて発狂するぜ間違いなく。……あれ? 一ノ瀬……起きて……ない?

 かなり大きめの声だったもんだから絶対に起きたかと思ったが、くすぐったくて反射的に声が出ただけだったんだな。


「心臓に悪いからそんな可愛い声だすなよ……無駄に慌てちまったぜ」


『さっきの嬌声を録音してリピート再生したいでござるなぁ』


 ちくしょう。それは悪く無いかもとか思っちまったじゃねーか! もしかして憑依した奴の性格とかが少しずつ似てくるとかあんのか!? それは困る。本当に困る。

 ついでに少しでも憑依の利点を見いだそうとしてみたけどまったく無いなこいつの場合は。


「ふぅ……よし。どうにか拭き終えた」


 無駄に神経を集中したが、無事一ノ瀬の体を拭き終えることが出来た。

 拭く度に身体が小さくピクって動くし、火照っていて息が荒いし、やっぱりいい匂いするし。こんなにも俺の理性を決壊させようとする出来事が今までにあっただろうか。

 

 一ノ瀬から香る女の子特有の良い匂いが鼻をくすぐる中、ボタンを下から一つずつの留めていく。

 ボタン外す時は緊張し過ぎて気にして無かったけど、胸デカいせいでブラウスぱっつんぱっつんだぞこれ! そんなに胸を押さえつけたいのかよ一ノ瀬! そういえばブラも若干きつくなってる様にも見える。あぁ、もったいねぇよ一ノ瀬! もっとラフにいこうぜ。


 などとくだらない事を思ってる間に、俺は一ノ瀬のブレザーをベッド横にあるカゴに畳んで置いておいた。


「後は冷たい濡れタオルをおでこに乗っけてっと……」


 俺は濡れタオルが乾く度に何度も交換して看病を続けた。


 



 ♢♦♢♦♢♦♢





「あ……れ? ここは……どこ? 」


 私は目を覚ますと、目の前には白い天井、そして周りは白いカーテンによって覆われたベッドに寝かされていた。この独特な匂いは保健室でしょうか……。

 たしか私は体育倉庫で月城くんとマットを運んでいて、出られなくなって、それから……それから……。

 それからが思い出せない。何度も頭を働かしても記憶は体育倉庫から出られなくなったところまで。


「お! 具合はどうだ? まだ熱あると思うから寝てた方がいいぞ」


「つ、月城くん!?」


 突然白いカーテンが開き、月城くんは濡れタオルと水が入った桶を持ちながら私に話しかけてきた。


「急に熱出して倒れたから心配したよ。急いで保健室に連れてきたけど保健室の先生がいなくてさ、俺が代わりに看病してた。悪いな。 それと……体育倉庫での事……ごめんな」


「はい? 月城くんは何か私に謝るような事でもしたんですか? それよりも熱を出した私を保健室まで運んで下さりありがとうございます」


「……え!?」


 月城くんは一度驚いた顔をしてから黙ってしまい、頭を搔いて気まずそうにしている。

 どうして私に謝っているのか私には覚えがない。記憶がない。ぽっかり抜けている。

 それにしても……なんだか体がさっぱりしている気がするのは気のせいでしょうか。熱が出ているみたいですから汗をたくさんかいてべたついていてもおかしくないはずです。まして体がさっぱりするわけがない。……っ!? もも、もしかして、月城くんが私の身体を拭いたんですか!? やだどうしましょう男の子に身体を見られてしまいました! それだけではなく、拭いてもらってしまうなんて。うぅ……恥ずかしいですよぉ。

 で、でも、月城くんはやさしい……です。わざわざ私を保健室まで運んでくれて、しかも身体まで……拭いてくれて。私の身体なんて、拭きたくなかったでしょうに。

 学校の案内をしてくれている時に、しょっちゅう誰かと話す様に独り言を言うから変な人だなって思っていましたけど、私に丁寧に案内をしてくれたり、マットを運んだ時には何度も私の事を気遣ってくれて……。あれ!? やだ、なんで私ドキドキしているの? 身体もいつもより熱いし……。あっ、私まだ熱があるんだったわ! そう、きっと熱のせいです!


「つ、月城くん……私、お休みしますね」


「おう、おやすみ。保健室のソファーに座ってるから何かあったら呼べよ?」


「分かりました」


 私は了承すると、赤くなった顔を隠すため勢いよく頭まで毛布を被った。

 いざ寝ようと思っても頭の中で月城くんがちらついてドキドキが止まらないし眠れない。もしかして、これが……恋!? 恋愛した事がないから分からないのだけれど、こんな気持ちは初めてです……。


「あぅ……眠れません……」



 

 ある不埒なサムライはこう言った。「この娘はちょろいでござるよ」と。

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