第五話 指導

 

 聞き覚えのある声——

 3年で剣道部主将、鬼塚おにづかまことだ。


 実は俺は剣道部の幽霊部員である。先輩達にぱしらされたり……いや、単純に行くのがめんどくさくなったので行かなくなった。

 ぱしられるのもそうだが、俺はこの鬼塚真が特に気に食わなかった。主将という権力を使って後輩をこき使い、あげくの果てに気に入らない奴がいれば竹刀で滅多打ちにする。

 皮肉にも剣道の実力は高く、学校側からも期待を掛けられているためその分たちが悪い。


「おい、お前月城だよな? 久しぶりじゃーん。 しばらく部活に顔出してないけどどしたの?」


「えーと……肩痛めてて」


「そーなの? おかしいなぁ、お前が背負ってるその女と一緒にマット運んでるところ見たんだけど? 俺の幻覚かー? んー?」


「……」


 にやりとした表情で鬼塚は俺を見ている。後輩を竹刀で滅多打ちする時の顔だ。


「あの変態の方がまだましだぜ……」


「あ? 今なんか言ったかおい!」


「いえ……なにも」


 鬼塚よりあの変態サムライの方がまだいい。そう思ってしまう程に俺はこの男が嫌いだった。気に食わなかった。


『うぅ、正汰殿……。拙者の方がましとは……嬉しいでござるよぉ』


 俺が余計な事言ったせいであいつの感嘆の声がやかましく俺の中で響く。だが今は構っている暇はない。


「部活サボって女の子といちゃいちゃ校内デートかぁ、いいねぇ! しかも? 体育倉庫から出てきたと思ったらその女ぐったりしてんじゃねぇかよー。一体中で何してたのかなぁ? んー? お前みたいな奴はいっぺん指導してやんなきゃだめだよなぁ」


 鬼塚がゲスな笑みを浮かべてそう言った瞬間、鬼塚の背後から新たに二人、俺の前に立ちはだかった。そいつらはどちらも剣道部員で俺をぱしらせていた先輩だ。


「よっ月城ぉ、久しぶりだな。——!? なんだぁその女は! すげーかわい子ちゃんじゃねーか。あとで連絡先教えろよ」


「おいおいずりぃよ、俺にも教えろ!!」


 新たなモブ二人の登場にため息をつきたくなる。

 本当についてなさ過ぎだろ。どっかでフラグでも立てたか俺?


「よーし月城、指導してやるから格技室へ来い」


 途端二人のモブ達が俺の背後に回り、逃げ道を無くした。あーほんとついてねぇ。早く一ノ瀬を保健室に連れて行かないといけないのに。それに……ちゃんと一ノ瀬に謝らないといけない。


「……分かりました。行きます」


 俺は仕方なく鬼塚について行き、一ノ瀬を背負ったまま格技室へと向かった。



 


 ♢♦♢♦♢♦♢





「あのー……もしかして指導って試合の事っすか? 試合にしてはどっからどう見ても1対3に見えるんすけど。先輩ルールとか大丈夫っすか?」


 鬼塚の言う指導とは試合の事らしい。だがどう考えても1対3で、それに向こうは面をかぶっているが俺にはない。


「いいんだよ、細かい事は気にすんな。これは鬼塚ルールだ。俺達が気が済むまで滅多打ちするだけで終わりだ」


 三人は竹刀を構え、今にも俺を滅多打ちにする準備は万端の様だ。一応ちゃんと俺にも竹刀は持たされているが、俺の剣道の腕は素人に毛も生えないレベル。なぜなら高校に入って初めて剣道を始め、速攻で幽霊部員となったからだ。それに——

 

 1対3なんて勝ち目などそもそもない。ただのリンチじゃねーか!


『さっきから聞いておれば、許せないでござるな。多数で一方的に一人を痛めつけようとは、剣を持つ者として不届き千万! 武士道のかけらもござらんのかッ!』


「ケ、ケンシロー?」


 いつものあいつらしくないセリフに、俺は咄嗟に名前で読んでいた。

 憑依の所為なのか俺にはあいつの怒りがひしひしと伝心してくる。俺だって許せないさ。でも、俺が滅多打ちにされればそれで済む話だ。それが終わったら、一刻も早く一ノ瀬を保健室に連れて行かな……きゃ……。あれ? 意識が……。

 突如として意識が朦朧とし、そして途絶えた。


 ふと気が付くと、相変わらず目の前には竹刀を持った3人の先輩がいる。……ってあれ?

 身体が動かせない!? 一体なにがどうなってるんだ!? 


『おい! 動け俺の身体!』


 声は出せる。なのに口が動いていない。声が俺の身体の中だけで反響しているみたいだ。


「貴様らは……拙者が成敗するでござる!」


 俺の身体は、俺の意思に反して竹刀を構え始めた。その構えは【脇構え】。相手の攻撃を誘いやすいが、相手の視線や意識から遠い横からの攻撃を仕掛けられる構えだ。


『あれっ? なんで俺、いつの間に竹刀構えて……てか俺の口から勝手に言葉が出てきたんだけど!? しかも妙にあいつっぽい口調だし……もしかして完全にあいつに憑依されちゃったの!? このタイミングでか!?』


 突然意識が朦朧としだしたと思ったら完全に憑依されてしまった。てことは今はあいつが俺の身体を支配してる状態って訳か。てかこれ元に戻れんのか?


「成敗? お前がか? 笑わせんな月城。口の利き方には気をつけ……てかお前口調おかしくなってんぞ? いつの時代の人間だよ。ビビっておかしくなったか?」


 鬼塚とモブ二人が腹を抱えて笑いだす。

 一頻ひとしきり笑い終わりと、鬼塚がいきなり竹刀を振り上げる。それに連なる様に二人のモブ達も一斉に竹刀を振り上げ俺の脳天へ三方向からの打撃が加わろうとした瞬間——


「哀れな」


 刹那、ケンシローは鬼塚達よりも早く竹刀を振り抜いていた。風切り音とともに横から三人の手の甲を的確に打ち、竹刀が次々にこぼれ落ちていった。

 あまりにも一瞬の出来事に三人は愕然としていたが、後から来た痛みに手の甲を押さえうずくまる。それもそうだろう。三人とも面は着けているが下はなぜか制服のままなのだ。素手を竹刀で打たれたら誰だって痛い。


「まだ続けるでごさるか?」


 ケンシローは竹刀の先端を三人に向け、続行の意思があるのか尋ねた。

 三人は黙って自分達に突き付けられている竹刀を見つめ黙りこくっている。


『お、お前すごいな! 初めてお前がサムライである事を自覚したわ』


 実際本当に驚いている。ただの変態やろうかと思っていたが、竹刀の動きが見えない程の剣技を俺の体越しだが見せつけられてしまった。

 俺の身体でもこの動きが可能であることが嬉しかった。


「そんなこと……ないでござるよ。それよりも、続けるでござるか?」


 ケンシローは俺にどこか含みのある返答をして、再び三人に続行の意思があるのかを問う。


「「「……」」」


 完全に戦意喪失だ。後輩の一年にたったの一振りでここまでされたら、プライドなんてものはズタボロになっていることだろう。主将という肩書きにひびが入ったに違いない。


「おいお前らッ! なにやってんだ!!」


 誰かが怒鳴り声を上げて格技室に乗り込んで来る。竹やんだった。

 そこでまた俺の意識が朦朧としだし、そして途絶えた。

 気が付くと俺はいつも通りに四肢を動かす事が可能になっており、完全な憑依が解けていた。

 ちくしょう! なんならついでに憑依自体も無くなってろよ……。


「今日は格技室使用禁止だろうが。まったく……っ!?」


 竹やんは格技室の隅にもたれかかっている女子生徒に気づいた。そう一ノ瀬だ。

 一ノ瀬は俺の指導が行われる際に、格技室の隅にもたれかけさせておいていた。だが今は竹やんに色々聞かれるのはめんどい。だから俺は、速やかに一ノ瀬をおぶり、竹やんをスルーすることにした。


「先生すいません」


「ちょ待てよ! 月城!」


 俺は一言そう言って、竹やんには悪いが保健室へと走った。

 突然の完全憑依に正直かなり動揺している。身体を短時間とはいえ乗っ取られたのだ。

 だが今はそれどころじゃない。早く保健室に一ノ瀬を連れて行かなければならない。

 一ノ瀬は今もなお苦しそうな荒い呼吸をしている。


 俺は一ノ瀬を背負い、格技室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る