第四話 体育倉庫
「ここが図書室。読みたい本があれば司書さんに頼むと仕入れてくれるよ」
案内は順調に進んでいる。千尋にも同伴を求めたが家の用事があるとかでだめだった。
一ノ瀬を案内すると覚悟を決めたのはいいが、俺は彼女いない歴=年齢。ご察しの通りすぐにきょどる……はずだった。案内中、あいつが俺の内側から卑猥な戯言をべらべらとしゃべり続けるもんだからきょどりが苛立ちにシフトチェンジしてしまった。おかげで一ノ瀬と普通に会話が出来ている状態となったが、イライラが溜まり続けているというなんとも言えない状況だ。
「次は体育館。体育館はB棟の西側から行けるよ」
剣城ヶ丘高校はA棟とB棟があり、A棟が校舎の入り口側で1年と2年の教室があり、B棟には3年の教室がある。
「おー、案内無事に進んでるかー?」
体育館の入り口から話しかけてくる体育会系の男性——担任の竹やんがそこにいた。
「はい。今のところは」
「月城くんが丁寧に案内して下さるのですぐに覚えられそうです」
「それは良かった。ところで悪いんだが……体育館に敷かれてるマットを体育倉庫に運んでくれないか? 俺さっき校長に校内放送で呼ばれちまってな。お前らも聞こえてただろ? だから頼むぞ、それと重いから二人で協力して運べよ! んじゃ」
俺達がB棟と体育館の間にさしかかった所で竹やんはそう言い残すと、さっそうと校長室へと向かっていった。
「あいつ俺に押し付け過ぎだろ」
「きっと月城くんの事頼りにしてるんですよ」
絶対にそんな事は無いとは思うが、頼まれたものはしょうがない。
さっそく体育館へ行くと、マットが計5枚並べられていた。
俺と一ノ瀬はマットを体育倉庫へと順調に運んでいった。分かってはいたがマットというのは中々に重い。運動不足の俺にはかなりハードだ。
「結構キツイな。一ノ瀬は大丈夫か?」
4枚目を体育倉庫内のマットの山に積み上げたところで俺は言った。
「ええ。大丈夫です」
「そっか。なら良かったけど無理すんなよ」
一ノ瀬の足元が若干ふらついている様に見えるが本人が大丈夫と言ってるなら大丈夫だろう。
最後の一枚も運び終わり、俺たちは体育倉庫から出ようとするが引き戸を引いてもびくともしなかった。
というかおかしい。さっきまでは開いていたはずなのに何故か閉まっている。
風で閉まる……訳ないか。誰かが意図的に開かなくしたのか? 鍵は開いているから棒状のものがつっかえているのだと思うが。
「やばい、開かないぞ」
『こぉれはチャンスでござるよ!』
「助けを……待つしか……ありませんね」
一ノ瀬はマット運ぶのに疲れたのか途切れ途切れの話し方になっていた。
やっぱり無理してたんだな。
『絶好のチャンスでござるよ! 拙者なら押し倒して流れで……ぐへへ』
こんな時でも相変わらずの変態でなによりだよッ! 取り敢えず今はこの状況の打開策を考えないと。
それにしても、さっきからなんで一ノ瀬は頬を赤くしているんだ? もしかして熱でもあるんじゃ……。
「本当に大丈夫か?」
「だい……じょうぶ……ハァハァ、です。なんとも……ハァハァ、ないですよ?」
「おいやっぱおかしいって。——!?」
突如一ノ瀬が力なく膝からくずれ落ちた。俺はすぐに支えに駆け寄るが、勢い余って体勢を崩し一ノ瀬を上から押し倒す形となった。
顔と顔が近い。お互いの息がかかる程の距離だ。
一ノ瀬は妙に艶っぽく、そして火照っていた。お互いに見つめ合い、唇と唇との間隔が徐々に狭くなっていき……
「んっ……あんっ」
突然一ノ瀬から嬌声が聞こえた。
気づけば俺は押し倒してしまった際に一ノ瀬の両胸を掴み、無意識に揉んでいたようだ。
すぐに手を離すべきはずなのに理性がそれを拒む。
相手にも聞こえるのではないかという程に心臓の鼓動が激しさを増し、今にも破裂寸前だった。
だめだだめだ! やめろ俺! 止まってくれ!
「月城……くん……」
「一ノ瀬……俺……」
雰囲気と勢いのままに俺は——
『その意気でござるよ! むふふ』
「っ!」
あっぶねー! あぶねあぶね。完全に目が覚めた。
あいつの声を聞いた途端に我に返り、今起きている現状を理解した。
「あああ!! 俺はなんてことを……」
俺はすぐに一ノ瀬から顔を遠ざけ、胸からも手を離した。
危なかった。あいつに話しかけられていなかったら勢いのままに、危うくとんでもない過ちを犯すところだった。
パタンッ
ふいにパタンと棒が倒れる音がした。
これはもしかしてと思って、俺は気まずそうにその場から引き戸の所へ行き、引き戸を引くとすんなり開いた。そこにはバッドが落ちてあり、こいつが開かなくなった原因だと分かった。だが最初体育倉庫に入る時にはバットなんて置いてなかったからやっぱり誰かが……いや、気のせいだよな。
無事開いた事を伝えようと一ノ瀬の方を見ると、汗をかき苦しそうに呼吸をしていた。急いで駆け寄りおでこに手を当てるとやはり熱を出しており、それもかなりの高熱だった。
「い、今、保健室に連れてってやるからな!」
俺は熱で弱りきった一ノ瀬をおぶって保健室を目指し、体育倉庫から足を踏み出した瞬間誰かに声を掛けられた。
「おい、待てよ月城」
なんなんだよこんな時に!
それは聞き覚えのある、そして聞きたくもない声だった。
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