第三話 転校生
引き戸が開かれクラスの視線が一斉に集中する。
現れたのは、ショートボブでタレ目の女の子だった。顔立ちは整っており、守ってあげたくなるようなほわほわとした雰囲気を漂わせている。
「そんじゃー自己紹介よろしく」
教室内がざわつく中、女の子はこくりと頷く。
「わ、私の名前は、一ノ
緊張しているためか、おどおどとした自己紹介だ。
男子勢は突然の女神降臨に喜びの歓声を上げており、踊り出す者や、膝を床に着け雄叫びを上げる者、祈りを捧げる者、各々が己の喜びを体現していた。
「おい野郎ども! 嬉しいのは分かったが落ち着け。おいそこ! いつまで祈ってんだ!」
竹やんが呆れ顔でため息をつく。何も先生だけじゃない。女子勢(千尋と一ノ瀬を除く)も先生と同じ様に呆れ顔でため息をついていた。
「そんじゃあ一ノ瀬の席どこにすっかなぁ。 月城の隣は空席だったよな? んじゃあそこに座ってくれ」
竹やんが俺の方を指差し、一ノ瀬が俺の方へ向かってくる。周りの男子の鋭い視線を感じるがしったこっちゃない。俺には千尋がいる。転校生がいくら美少女だろうと気持ちは揺らがない。
一ノ瀬は俺の隣の席に座ると、何やら深呼吸のようなものをしてから俺の方を向いた。
「よ、よろしくお願いします。月城くん」
「ああ。よろしく」
あれ、近くで見るとかなり可愛いな。しかもなんか凄くいい匂いがする。
まあ? それでも? 千尋の次くらいに可愛いかな。 そこだけは譲れん。
『めっちゃベッピンさんでござるなぁ。正汰殿、早く襲っちゃうでござるよ! 男は度胸でござる』
はぁ。こいつ本当女好きだな。あといつのまに俺のこと名前で呼んでるし。
大体ここで襲ったら普通に竹やんに取り押えられて終わるわ! てか襲わねぇよ! アホかてめぇ!
『この娘はちょろいでござるよ。拙者の経験がそう言ってるでござる』
お前の経験なんてしらねぇし知りたくもねぇ!
「あー、そーだった。おい月城! お前放課後一ノ瀬に学校案内してやれ。よし決まり。んじゃホームルーム終了。次の授業の準備しろよー」
竹やんはさらっと言って、さらっと教室を出て行った。男どもの視線がさらに強くなり、殺気まで込められたものもちらほら。
俺が学校案内? なんで俺が、めんどクセェ。女子に任せりゃいいだろ。一ノ瀬だって同性の子に案内された方が良いに決まってる。
そんなことを心の中で愚痴っていると一ノ瀬がニコニコとした笑顔で俺を見ていた。
やばい何これ普通に可愛いんだけど。守りたい、この笑顔とはこの事か!?
悲しいことに、俺の心は笑顔一つで容易く翻った。
笑顔に弱い俺である。
俺が千尋のことを好きな理由の一つでもある「笑顔」。これは人類の武器だと思う。ただし千尋の場合のみ武器は神器へとクラスチェンジするので注意。
「一ノ瀬! 案内は俺に任せとけ!」
「はい! お願いしますね!」
行き高らかに宣言すると一ノ瀬は嬉しそうに返事をした。
何度も言うが俺は本当に笑顔に弱い。千尋の笑顔の可愛さには毎日元気と癒しを貰っている。だが一ノ瀬のそれは魔性に秘めた笑顔で男女問わず魅了してしまいそうな凄みがあった。それもおそらく本人は無自覚だろう。一ノ瀬なら、千尋の神器級の笑顔にまで到達するやもしれんな……。
「なぁ千尋、まず最初にどこから案内した方がいいかな……っておーい聞いてるー?」
「……ん? あ、ごめんね。ボーっとしてた……でもちゃんと聞いてたよ! 私なら今いるA棟の3階から下に向かって順番に案内するかなぁ」
「OKんじゃそうするわ! ありがとな千尋」
俺の礼の言葉に、千尋は満面の笑みで返した。
やっぱ癒されるなぁこの笑顔には。さすが神器級。でも……若干苦笑い気味だった様な気がするような……。しかも、どこか悲しそうな……いや、気のせいか。
『正汰殿は本当鈍感でござるな。罪な男よ』
俺が鈍感? 適当なこと言うな。
♢♦♢♦♢♦♢
「また菓子パンばっかり! ちゃんと栄養あるもの食べないとだめだよー」
『千尋殿はやさしいでござるなー』
「美味けりゃいいんだよ」
今は昼休み。この時間も朝の登校と同様、俺の好きな時間である。
二人で弁当を食べながら雑談をする。実に最高だ。周りの目なんか気にしない。
だが今日は、いや、今日からはこの時間さえもあいつが介入してきやがる。いちいち合いの手なんか入れてきやがって。
「もう! 私が明日からお弁当作ってあげる。うんそうしよ。拒否権はないからね!」
『まじぺろぺろしたいでござる』
「あああああああああ!」
「っ!? ど、どうしたの?」
ふぇぇ……あいつウザ過ぎるよぉ……。
「わ、悪い……幻聴が……」
「そう……なの? 体調悪いんだったら病院行こ? 私もついてってあげるから」
「いいって。別に大丈夫だから。大袈裟だなぁ千尋は」
本気で心配そうな表情で言ってくる千尋を見ていると、罪悪感が芽生える。
しかし一緒に病院に行こうとする癖は相変わらずだな。確か俺がうんと小さい頃病院に行くのが嫌で駄々をこねていた時に、千尋が今のように「私もついてってあげるから」と言って、一緒に来てくれたんだよな。その日以来かな、ことある事に一緒に行きたがってくるようになったのは。いい加減俺も成長したし、病院くらい一人で行けるっての。
「お、お二人は仲がいいんですね」
一ノ瀬がもじもじしながら話しかけてきた。
「ああ。幼馴染だからな」
「そうなんですか。とっても羨ましいです」
——? どっちの意味だ。幼馴染というその存在自体が羨ましいのか、はたまた、月城正汰という幼馴染が羨ましいのか。さあ! どっちなんだい! ……あーいかん。童貞の俺はこんな分かり切った事でも気になってしまう。そんなの前者に決まってんのに。
「わぁ! 一ノ瀬さんのお弁当、とっても豪華だね!」
「そ、そんなことないですよ。よかったら少し食べてくれませんか? いつも量が多くて困っているんです」
確かに女の子が一人で食べるにはかなり多いお弁当だった。
見ただけで分かったが、これ絶対お高い奴だ。せっかく食べてくれと言われたんだし食べないわけにはいかないよなぁ? うん。これは使命だ。俺はお高いおかずを胃袋へ入れなければならないのだ。
「じゃあお言葉に甘えて……その肉とエビフライもらうわ」
「もう正汰くん! 素手で取らないの!」
「気にしなくてもいいですよ。黛さんもどうぞ」
「それじゃあ……この卵焼きを」
俺と千尋は一ノ瀬からおかずを貰った。どれもめちゃめちゃ美味い! ちなみに肉はA5の黒毛和牛、エビフライは伊勢海老だそうだ。他にもキャビアらしき粒上の物がチラッと見えたが見なかった事にする。
一ノ瀬は裕福な家庭なのだろう。裕福と言ってもピンキリだが、おそろくかなり上位に位置する裕福だ。このお弁当にいくら掛かってんのか考えただけでブルってしまう。
「一ノ瀬さん。これからも一緒にご飯食べよ! それと、お弁当の量が多いなら多いってちゃんとお家の人に言わなきゃだめだよ?」
「そうですね。ちゃんとうちのシェフに言ってみます!」
「「え……」」
俺と千尋は唖然とした顔でしばらく固まっていた。
放課後の学校案内の時間はすぐに訪れた。何か嫌な予感がするが大丈夫だろう、きっと。
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