第一話 ケンシロー
生まれてこの方十六年。
人生の中で心霊現象を体感したことは今まで一度も無かった。
今起きていることは現実なのか? はたまた夢か? 考えたところでどうにかなるわけではない。一旦落ち着け俺。パ二くる前にまずは状況整理だ。
俺は倉庫内で木刀を見つけ、思わず手に取った。握ったその手から何か得体のしれない物が身体に侵入する様な感覚に襲われ、ケンシローと名乗る若い男の声が身体の内側から聞こえてきた。
「なんかの呪いとかだったらどうしよう……」
『安心するでござるよ、ただの憑依でござる』
俺の言葉に返答してくる。憑依されていることは確実。
「…………」
『…………』
試しに心の中で話し掛けてみたが返答は無かった。つまり声に出せば会話可能、声に出さなければ会話不可な訳か。これは不便極まりない。
「お前、なんで俺に憑依したの?」
『ほんとにたまたまでござるよ。お主が木刀に触れた、ラッキー憑依出来るでござる! みたいな?』
「ラッキーってそんな軽いノリで俺に憑依したのかよ! ちゃんと俺に申請してから憑依やらなんでもしてくれ。もちろんその時は断るけどさ!」
木刀を握っただけでいきなり憑依されたんだ。しかもこんな軽いノリで。こっちはたまったもんじゃない。
が、既に憑依されているのが現実。取り敢えず今は受け入れるしかない。
「憑依の事は良くないけど良いとして、お前は……あれだ、幽霊なのか?」
憑依したとこまでは百歩譲っていいが不可解な点が多々ある。憑依自体が既に不可解極まりない事ではあるが、憑依というと霊が取り憑いて体を支配するというイメージがある。例えばイタコ。口寄せをして、死者を己の身体に憑依させ生きている者との仲介役となるらしいのだが、俺の場合、これとはなんか違う気がする。
何より、特に支配されている感じはしないし思考する事も身体を動かす事だって出来ている。
『うーむ。まあ幽霊っていう認識で間違いは無いでござるな。拙者は死後天国なる所でのんびり過ごしていたのでござる。そこで神たんといざこざを起こしてしまったのでござるよ……』
「あーやっぱり幽霊だったか……って神たん!? お、お前はその……神たん? に何したんだ?」
神たんって神様のことだよな。本当にいたんだ……神さまって……。
『神たんはどえらくべっぴんさんでござってな、アタックにアタックを重ねたのでござるが神たんはちーっとも相手にしてくれなかったのでござる。仕方無しにラッキースケベを装って神たんの胸を転んだ拍子に揉みしだくという荒技を行使したのでござるが、神たん怒っちゃって拙者を現世に追放したのでござる。加え、適当な物に魂を定着させたのでござるよ』
「あっ……。それは……大変っすね、お疲れ様です」
神こと神たんの怒りの元となったこいつの行動はあまりにも下品で、どうしよもないものだった。何がラッキースケベだ。俺でも追放しとるわ。
俺は聞いた事を後悔し、次の質問へと切り替えた。
「もしかしてお前の生前の時代って刀とかブンブン振り回してた?」
会話の中で「拙者」や「ござる」を頻繁に使うから気になっていた。
もしそういう口調を好んで使う特殊な人が憑依したのならば、ショックで鬱になってしまう。ただでさえ憑依された事自体がショックなのに。
『そうでござるよ。拙者も武士の端くれ、日々鍛錬に励んでいたでござる』
「はぁ、良かった。……てかおまえサムライなのか! へぇ、すげぇじゃん」
『そ、そ、そんなことあるでござるよー』
あるのかよッ! と勢い良くツッコミかけたがなんとか踏みとどまった。なぜなら——
「正汰……あ、あなた大丈夫?」
俺がツッコミを踏みとどまったのは、いつの間にか倉庫の前にいて不審そうに俺を見つめる母ちゃんと目があったからだ。
「だだ大丈夫だよ!? 母ちゃん。いつも通りピンピンしてるし平常運転だぜ!」
「本当に? 1人で誰かと話してるように見えたけど……」
「気のせいじゃないかな? ははは……」
不意打ちの母ちゃんの声にテンパった。いくら倉庫でもノックくらいしてくれよ、思春期なんだから。
だが想定外の母ちゃんの出現によって思わぬ収穫もあった。あいつの声は俺にしか聞こえないということだ。つまり俺があいつと話す時は、周りから見ると1人で会話してる痛い奴に見える。どうりで母ちゃんが俺をあんな目で心配する訳だよ、気を付けないとな。
「そう? ならいいけど……。それにしても全然倉庫片付いてないじゃないの」
「ごめんごめん。急いで片付けるよ」
そういえば倉庫に入ってから木刀にしか手を付けてなかったな。
ぶつぶつと独り言を言い、片付けもしない息子を見た母ちゃんの気持ちを心底察するよ。
俺は急ピッチで倉庫内の片付けを再開した。
あらかた片付いて終わりにしようとしたところでふと、あの木刀に目がいった。あいつが俺に憑依したきっかけになったものだ。
「この木刀どうしようか……まあ、このままでいいか」
なんかまだ気味悪いし、下手に捨てたりしたらやばそうだからこのままの方が良いだろう。
俺は木刀をそのままにし、倉庫を後にした。
♢♦︎♢♦♢♦♢
「本当にご飯食べないの?」
「うん。ちょっと気分悪いから寝るわ」
本当はお腹ぺこぺこなのだが、今は憑依されたばかりとあって気持ちの整理をしときたいのが一つ。それと憑依されてから体が妙にだるく調子が悪い。これが憑依の弊害なのかどうかはまだ分からない。
俺は自室に行き、ベットに横になった。
『もう寝るでござるか』
「うぉっ!」
誰もいない所から突然声を掛けられる訳だからびっくりする。
あいつからは好きに話しかける事が出来て、俺が話す時は声に出さなきゃならないという設定は中々に厄介だ。声に出さず心で会話とかだったらまだやりようがあるのに。
「お前に憑依されてから体が怠いんだよ、だからもう寝る」
『そうでござったか、てっきり賢者タイムなのかと思ったでござるよ』
やっぱこいつこういうスタンスで話す奴か。
こんなうぜェ奴に憑依されるなんてついてない。それこそ可愛い女の子とかの方が良かったわ。
「うるせェ、もう寝るからな」
『おやすみでござるー』
会話するだけストレスが溜まるだけだ、早く寝てしまおう。もしかすると今日の出来事は全て夢かもしれない。
俺はゆっくりと目を閉じ眠りについた。
『ガガァァァァー!! ゴォォォォー ガガァァァァー!!』
「うぎゃーッ!! うるせェェ!!」
怪獣のような大きなイビキに夢から現実に引き戻され、思わず大声をあげた。
俺にはあいつからの声を塞ぐすべが無い、耳を塞いだって身体の内から聞こえるからだ。
「勘弁してくれよ……」
明日も学校だ。だから、お願いだから早く寝かせて欲しい。
今日の出来事が夢であると信じて、仕方無しに、覚悟を決めて、いびきがうるさい中再び目を瞑った。
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