ウィズ・ア・サムライ

五巻マキ

第1章 邂逅

プロローグ  ―出会い―


「ただいまー」


 学校から帰宅すると、玄関口で母ちゃんがにんまりとした笑顔で出迎えた。

 この笑顔の時は大抵頼みごとなんだよなぁ。


正汰せいたお願い! 倉庫の中片付けてくれない? お母さん他のとこ掃除しなくちゃで手が回らなくて」


 片目を閉じ、ちょこっと舌を出す四十代。

 

「うわぁ……」

 

 年の割にうちの母ちゃんはそこそこ美人だ。二十代後半と言っても誰も信じて疑わないだろう。だが息子の俺からするとやはりキツイ。


「何よ」


「いや、なんでもないよ」

 

 どこか不満そうな顔をする母ちゃんをスルーし、さっそく倉庫へ向かった。


 制服のまま倉庫がある庭へ行くと、錆びれていかにもな貫禄を醸し出している倉庫が依然として佇んでいた。引き戸を開き中へ入ると、見事なまでにとっ散らかり、おまけにカビとホコリで充満している。


 どこから片付けたもんかと悩んでいると、隅に立てかけてある一本の棒の様な物に目がいった。それは大分使い込まれて来たのだろうか黒ずんで所々が欠けており、時の刻みを感じさせるのには十分な程に古びた木刀だった。


「うちに木刀なんてあったか?」


 何度かこの倉庫に入った事はあるが木刀なんて今まで置いてなかったはずだ。母ちゃんが買うわけ無いし妹だって、父ちゃんは……あの世から送り付けてくるわけないしな。

 

 古びた木刀に疑問を抱きつつも、思わず手に取ってみたくなる衝動に駆られた。男という奴は昔から棒状の物には目がない生き物なのだ。

 

 思えば中学の頃の修学旅行で、お土産に木刀を買って帰ったら母ちゃんに「こんな物を買うために正汰にお小遣いを渡したわけじゃないのよ!」って言われて木刀へし折られたんだっけなぁ。あれ以来、母ちゃんに逆らわないようにしようと思った。

 

 そんなことを思い出しながら、軽く埃を払って木刀の柄の部分を握った。


 握った瞬間、何か得体のしれないものがゾクゾクと流れ込む様な感覚に襲われ、全身に鳥肌が沸き立ち寒気と吐き気が押し寄せる。


 木刀の柄を握るこの手から侵入してくる様な感覚があった。

 も、もしかして、寄生虫か!? 寄生された事無いからよく分かんないけど。


「なんだこれ……うぉぇ……すげぇ気持ちわるい。ただ木刀を握っただけ……なのに……」


『気持ち悪いとは失礼でござるな』


 突如、若い男の声が聞こえた。だが倉庫内を見渡しても誰もいない。

 それじゃどこからだ? 倉庫の外からだとしてもあまりにも耳元ではっきりと聞こえる声だった。まるで身体の内から聞こえてくる感覚。


「誰だッ!」


 大声で叫び倉庫内で俺の声が反響し、静寂が数秒訪れる。

 叫ばずにはいられない。女子で言うところの「キャー」と同義だ。


『……そういきり立つでないでござる。拙者は、高ノ宮剣士郎たかのみやけんしろうと申す。ケンシローって呼んでくれてもいいでござるよ 』


「……」


『今現在、お主の身体の内から語りかけているのでござる。まあそれはそれとして……憑依先がかわゆい娘でなかったのは残念でござるなぁ……。いや本当、残念でござる……』


「……」


 目に見えない所から、しかもやけに耳元でささやくその若い男の声に不気味さと恐怖が入り混じる。だがどうやらこの声の主は俺に話しかけているらしい。空耳ではない。確実に俺を相手にした内容だった。

 

 「憑依」と、この声の主は言った。ご丁寧に自己紹介まで……。

 俺の頭の中は現実を中々受け入れずにいた。あまりに突然すぎてどうしていいか分からない。


「意味分かんねぇよ……。何者なんだお前は!」



 これが、俺とケンシローの出会いだった。

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