二年の春~001

 桜並木を駆け抜け、楽勝で登校した。

 今日から二年生。一年の時のように、いちいちテストにビビらないようにしなければならない。

 一年の夏の期末試験は夏休みを補習でパーにしてしまったし、冬の期末試験は綱渡りに等しいギリギリだったしな。

 ヒロのように塾にでも通おうかなぁ…

 因みにヒロとは中学の時からの親友だ。

 俺が通っている、ボクシングジムの会長の甥にあたる。

 外見は派手なウニ頭だが、根はいい奴だ。

 そんな事を思いながら、クラス替えが貼られてある掲示板の前に無理やり割り込む。

「……D組でヒロと同じクラスか…」

 口では迷惑そうに言ったが、実のところかなり嬉しい。

 友達と言ったらヒロくらいしか居ないので、心強くもあった。

 そのまま知り合いの名前を探す……

 楠木さんの名前は無いか。

 去年の夏に学校をクビになったんだったな…

 しかし、俺に告白してくれた楠木さんが、薬の売人紛いの事をしていたとは…

 告白を断った時には惜しい事をしたと思ったが、結果的には良かったのかも知れない。

 俺の事だ、客とのトラブルやボディガード紛いの事をして西高生とやり合っていたに違いないからな。

 春日さんはまたB組のようだな。

 春日さんとは去年の夏に知り合い、体育祭前に少しだけ仲良くなった。

 そういやヒロが借り物競争に俺を推薦していやがったが、俺は強引に長距離に回り、事なきを得たんだっけ。

 春日さんは前髪と牛乳瓶の底のような眼鏡を掛け、いつも俯いて顔を隠そうとしていたが、実はすんげぇ可愛いのだ。

 一人ではとても行けそうに無いファミレスでバイトしている。

 この事は二人だけの秘密だ。少し得した気分になる。

 っと…朋美も変わらずA組か。

 朋美とは小さい頃からずっと一緒の幼なじみだ。俺の初恋の相手でもある。

 少し疎遠だったが、高校入学からちょっと遊ぶようになったが、去年の体育祭前からまた疎遠になった。

 確か朋美から遊ぶ約束を取り付けられて、当日ドタキャンされた辺りからか?

 その辺りから、ちょっとよそよそしくなったような気がする。

 自分でした約束をドタキャンしたからと言って気に病む必要は無いとは思うし、俺は全く気にしていないから問題は無いんだが、女子的には気まずく思うんだろう。

 女子の気持ちなんて解らないけどな。

 そしてもう一人の知り合い…

 お?

 おおおおお?

「槙原さんが同じクラスとはっっっ!!」

 あまりに驚いて掲示板に貼り付いてしまう。

 いやー縁があるなぁ~いやー!!

 心なし後ろにスキップ気味で掲示板を離れた。

 ぱゆん

「ん?」

「おっす緒方君」

 ………

「うわあああああっっっ!?」

 神速の勢いで、柔らかい感触から飛び跳ねて離脱した。

「なによ?緒方君からぶつかって来たんじゃない?」

 太く束ねた三つ編みをかきあげて、微笑を零しながら言う。

「不可抗力だ不可抗力!!不可抗力だからなっっっ!!決してその胸に飛び込んだ訳じゃないからなっっっ!!」

 変に言い訳して、泥沼と化す事は良くある事だ。

だが、この女子、槙原さんとは違う。

「別に顔を埋めてもいいよ?なんならそのままギュッて抱き締めてあげるし」

 そう言って悪戯っぽく笑う。

 槙原さんはこんな感じで俺をからかう。

 去年の借り物競争も、女子の物が必要なら、体操服でも、制服でも、下着でも、縦笛でも貸すと言われたし。

 下着と縦笛は言われてないか。

 だが、俺が本気にしたらどうするつもりだろう?

「まぁまぁ、せっかく同じクラスになれた事だし、これから仲良くやって行こうよ?」

 そう言って右手を差し伸べる槙原さん。

「ん?うん、よろしく」

 握手する俺。

 指ほっそ!俺の人を殴る為に鍛えた拳とは雲泥の差だ!!

「ん?どうしたの?」

「いや、いい素材だと思って。眼鏡っ子巨乳で線も細い。堪らん」

「あはは~。んじゃ、いっその事付き合おっか?」

 …だから本気にしたらどうするつもりだっ!!

「付き合えば、念願の縦笛も普通に貸し借りできる間柄になるよ?」

「俺はどんだけマニアだよ!貸し借りはしない!借りるだけだ!!」

「借りはするんだ…」

 綺麗にオチが付いた所で手を離す。

 しっかし…マジで付き合えたら嬉しいだろうなぁ…

 可愛いし、巨乳だし、線が細いし、巨乳だし。

 …巨乳は大事だから二回言ったけど。

 二年に無事進級できたのも、冬休み以降槙原さんが勉強を教えてくれたおかげだし。

 秋までは春日さんが教えてくれたんだよな。

 この二人には感謝だ。

「そう言えば、去年の今頃だよね。緒方君に助けられたのは」

「だから助けた訳じゃなく、俺は弱い者しか相手にできないカスとか糞が大嫌いなだけだってば…」

 槙原さんと出会ったのは去年の春。入学して間もなくの頃。

 上級生に囲まれて、困って俯いていた時だった。

 俺は弱い者を多勢でいたぶる連中が大嫌いなので、先に槙原さんを逃がして場に居た上級生全員ぶち砕いた。

 弱い者の気持ちが解るから。

 だから代わりに、いや、自分の為にぶち砕いたんだ。

 俺は目つきが悪いと言う理由で、中学生の頃は所謂不良と呼ばれる人種に、よく絡まられていた。

 中学一年から二年の終わりまで、ずっと、だ。

 遊び、いや、暇つぶし程度に殴られ、蹴られ…おかげで中学一、二年生時代は友達と呼べる奴は二人しか居なかった。

 一人は朋美、だけど思春期真っ只中で、少し距離は開いていた。

 もう一人は…

「っく…」

 立ち眩みのような感覚。思わずよろけてしまう。

「ちょっと、大丈夫緒方君?そう言えば去年から頭痛がするとか言っていたよね?」

「あ、ああ、大丈夫大丈夫。病院でも異常無し診断受けたし」

 ……まだ引き摺っているのか…

 あいつの事を思い出すと頭痛がしたり、眩暈がしたり、とにかく体調を崩してしまう…

 俺の代わりに死ん… いや、俺が殺した……

 日向麻美ひゅうがあさみの事を…

 麻美…

 去年の秋…命日に、俺は目を逸らせて、お前の墓に行かなかった…

 俺の代わりに死んだお前に、どのツラ下げて会いに行けばいいのか解らなかった…

 俺を庇ったばかりに、麻美……

 知らず知らずに涙が零れた。

「え?そんなに酷いの?保健室行こうよ?それとも早退して病院行く?私付き添うよ?」

 …アホか俺は。昔の事を思い出して泣くなんて、格好悪過ぎだろ…

 槙原さんにも余計な心配掛けちまうしよ…

 駄目だな、駄目だ。

 多少腕っ節が強くなっても、心は未だに弱い儘。

 だから俺は…

 袖で涙を拭い、誤魔化すように言う。

「いや、欠伸だよ。昨日夜更かししちまってさ。ロードワークもやったし、寝不足の欠伸だよ」

「そう?それならいいんだけど…」

 凄く心配そうな槙原さん。

 保健委員だからと言っても面倒見が良すぎる。病院に付き添うとか、保健委員の枠から飛び出ているだろ。

「そうだ、俺は悲しいんだった。槙原さん、その胸の中で泣かせくれ!!」

「え?うん、そう望むなら、いいよ。はい」

 両手を広げて迎える形を作った槙原さん。

「冗談に決まってんだろ!人の目があるわ!!」

「それって人の目が無ければする、って事だよね?」

 ……俺は槙原さんに言葉のやり取りで勝った事は無い。

 だけど、このやり取りが楽しいんだよな。

 麻美を殺した俺が楽しんでいても良いのだろうか…?

 滲んだ涙を堪え、俺は槙原さんと暫くの間、このやり取りを楽しんだ…


 二人で仲良く教室に入ると、ヒロと少しだけ知っている女子が話をしていた。

 里中さん、通称さとちゃん。

 朋美の友達で、去年の夏に訳わかんねー理由で、ヒロと朋美と四人で出掛けた事がある。

 俺はゴルゴ13のように気配を消して背後に回り、鞄でウニ頭が潰れる程度に叩いた。

「いって!誰だコラァ!!」

 怒りながら振り返るヒロ。

「俺だ。俺の席はどこだ?ナビしろよヒロ」

「隆かよ。席はまだ決まってねぇみたいだよ。好きな所に座っとけ……!?」

 ヒロが俺の後ろに居る槙原さんに気付き、険しい顔を作る。

「やっほー大沢君。一年間よろしくね」

 対してにこやかに対応する槙原さん。

 何故か知らないが、ヒロは体育祭辺りから、槙原さんを敵視している節がある。

「槙原…まさか同じクラスになるとはな。得意の操作活動の賜物か?」

「あはは~、何その操作活動って?私は何処にでも居る眼鏡っ子巨乳だよ。っと、そこに居るのは確か須藤さんの友達の?」

 さとちゃんこと里中さんは、物凄い複雑な表情を作りながら、無言でお辞儀をした。

「里中まで調査済みかよ。里中にまで飛び火させやがったら…」

 段々マジにキレてくるヒロ。いたたまれなくなり、割って入る。

「ストップだヒロ。お前何言ってんだよ?俺にも解るように説明しろよ」

「……だから言えねぇって。言ったらバラした事になる」

 もう最高潮に訳解んねーよ。

 俺は深い溜め息を付いて、嫌悪感をアピった。

「あ、あの、緒方君、夏休みに一緒に遊んだ事覚えてる?」

 この妙な空気を打開しようとしてなのか、いきなり話題を変える里中さん。

「うん。あの時は申し訳ない。ファミレスで暴れちゃってさ。不快な気分になっただろ?ずっと謝りたかった」

「ああ、夏にメイド服が名物の、味が普通のファミレスで西高生相手に立ち回った事?あれ意外と評判良かったみたいよ?西高生はたち悪いから、あのファミレスでよく悪さとかするらしいから」

 全員一斉に槙原さんを見た。当然俺も。

「……なんで知ってるの槙原さん?」

「あのファミレスで中学の時の友達がバイトしてるんだ」

 槙原さんはあっけらかんと謎解きをする。

 最初はマジびっくりしたが、種が解れば意外とシンプルだ。

「……いけすかねぇなお前は。全部手のひらか?」

「あはは~。だから友達がバイトしているんだってば。他意は無いよ。その件に関してはね」

 すげえ目で睨み付けるヒロ。対してにこやかに受け流す槙原さん。

「あ、あの…」

 おずおずと手を上げる里中さん。

「せっかく同じクラスになれたんだから、こう言う雰囲気は、ね?大沢?」

「………そうだな…取り敢えずはやめとくか。だけど槙原!!」

「あはは~。解ってるって。ここからはガチ。あらゆる制約を解く約束だから。私も悪者になりたくないからね」

 ……何か三人の間で折り合いはついたようだ。一人蚊帳の外的なのは俺だけだ。

 何となく中心に居るような感じなのだが、蚊帳の外って一体?

「まぁいいや、おいヒロ。お前この席か?」

 そう言って隣をキープする。

「じゃ、私その斜め前にしよっかな」

 言って俺の左斜め前に座る槙原さん。

「里中さんは?」

「あ、うん。私は大沢の後ろにしようかな。新しいクラスにはそんなに仲良い子も居ないからね。これから一年間よろしくね緒方君」

 笑顔での対応。うん、いい子だ。里中さんには確か彼氏が居たんだったな。俺もこんないい子の彼女欲しいぞ。


 始業式は半日で学校が終わる。ジムに行くにも早い時間だ。

 そんな訳でヒロを引っ張って駅に来た。

「付き合うのはいいけどよ、どこ行くんだよ?」

「どこって訳でも無いけど、取り敢えず気になる所へだな」

 首を傾げるヒロを引き連れ、電車で五駅。

 ついた先は…

「……あのファミレスかよ」

 一年前の夏に暴れた、春日さんがバイトしている、メイドコスが名物の、味は普通のファミレスだった。

「お前がこの店気に入ったなんて驚きだ」

「違う!…いや、気に入っているっちゃ気に入っているが…」

 それはあくまでも春日さんのコスがお気に入りなだけで、他は特に気に入った訳でも無い。

「槙原さんの友達って人に会うんだよ」

「はあ?槙原のダチに会う?何のために?」

「そりゃ単に気になるからだよ。何でわざわざ俺が暴れた事を槙原さんにリークしたかさ」

 店で暴れる客は珍しいかも知れんが、それをわざわざ他校の槙原さんに話す必要があるのだろうか?

 それでなくとも、あの時は全員私服だったから、どこの生徒か解らない筈だ。

 何よりも、春日さんに会いに来たのが一番の理由だが、春日さんがここでバイトしているのは二人だけの秘密だから、ヒロには言えない。

 言う訳も無いけど。

 ドアを開けると、来店を知らせる軽い鈴の音がして、奥からメイドコスのウェイトレスさんが営業スマイルで喫煙か禁煙か訊いて来た。

 お約束ってかマニュアルだろうが、俺達は未成年に見えないのだろうかと心配になる。

 試しに喫煙と言ったら「禁煙席ですね~」と、ドスルーされる始末だった。

 食い下がって喫煙と言ったが「はい、わかりました~」と禁煙席に案内された。聞いちゃいねーようだ。

 これが春日さんならジト目で俺を咎めるんだが。

「で、槙原のダチってのはどいつだ?」

「確か紫メイドコスの人だと思った」

「よく知ってんなぁ?聞いたのか?」

 ……何で知ってんだ?

 昔に本人から聞いたような…だけど話した事は無いんだよなぁ…

 腕を組みながら首を傾げる俺を見て、呆れてため息を付くヒロ。

「忘れちまったのかよ?相変わらず残念な脳みそだな」

「塾通いしてんのにクラス平均の奴に言われたくねーな」

「俺は誉められて伸びる子なんだよ!!」

「つまり誰もお前を誉めない訳か…」

 言ったら項垂れてテーブルに頭を付けたヒロ。図星を付くと、人は激しく傷つくものだ。

「いらっしゃい…あれ?」

 見ると、お目当ての紫メイドコスのウェイトレスさんだ。

 紫メイドさんは俺とヒロを交互に見て、知ってる知ってると頷く。

「去年の夏に西高生追い払った人達だよね?」

「ん?ああ、覚えていたんだ」

「覚えているよ。そっちの髪ツンツンの人が、お金払って最後まで残って頭下げてたもん」

 驚いてヒロを見る。

 ヒロはそっぽを向いて知らぬ素振りを決め込んだ。

 こいつ、俺の暴走の後始末をしてくれていたのか…有り難くて涙が出そうだ。

「緒方君はあれから二回くらい来たよね?」

「…なぜ俺の名前を知っている?」

 紫メイドさんは慌てて口元に手を置く。しかし、俺とヒロの威圧的な視線を感じてか、直ぐに口を割った。

「あの事を友達に話したら、その子が白浜でさぁ…直ぐに緒方君だって解ったみたいで…いろいろ聞いたんだよ」

「俺達の学校に友達がいる訳か。槙原さんか?」

 少し驚いた表情を作るが、直ぐ様納得したように頷く。

「遥香は情報収集家だからね。何か言われたんでしょ?昔からそんな事する子だったから、気にしなくて大丈夫だよ」

 いろいろ考えさせる弁だった。一歩間違えば弱みを握って脅していると言っていると捉えられる。

 ヒロは露骨に舌打ちをし、勝手にドリンクバーとポテトフライを頼んで引っ込めさせた。

 紫メイドさんが仕事に戻り、せわしなく動くのを確認すると、やはりヒロは面白くなさそうにドリンクバーに向かう。

 慌てて追う俺。

「おいヒロ、何不機嫌になってんだよ?」

「槙原が情報収集して何かやってんのは知ってんだよ。今更ながら再確認して胸糞悪くなっただけだ」

 コップに氷をガラガラ乱暴に入れ、コーラを注ぐ仕草で、苛ついているのは充分伝わるが…

「お前槙原さんに何かされたのか?」

「……俺はされてねぇ」

 んじゃ、なんでそんなにキレてんだ?キレやすい若者かお前は。

 俺もコップに氷をガラガラ入れて、アイスコーヒーを注いだ。

 席に戻り、ポテトフライが来るまで尋問タイムだ。

「誰が何をされた?」

「……言えねぇって」

「俺に関係ある事か?」

「……だから言えねぇってば」

 それは俺に関係があると認めたに等しいぞ。塾に通っている金が勿体無い脳みそだな。

 呆れる俺だが、追撃する。

「因みに俺は槙原さんには何もされていない。寧ろ色々助けて貰っている」

「そりゃお前はな……おい、いきなり話題変えるぞ。お前は確かに目つきが悪くて怖がられているが、それなりに女子に人気があったのは知っているか?」

 変えすぎだウニ。しかもよりにもよって、俺が人気あるだと?

 じゃあ何で俺はバレンタインとかクリスマスとかのイベントは、一人寂しく過ごしてんだよ。

「俺は中学のあの時の事は知らないが、あの時もお前に好意を寄せていた奴は知っている」

「……あの時って…何の事だよ」

 目を逸らす俺。だがヒロは俺の肩に手を掛けてそれをさせない。

「あの時の話は又聞きだから、俺はお前に何も言ってやれない。だがな隆、お前に好意を寄せていた奴はお前のそんな様を…」

 肩に掛かっている手を払い退ける。

「……麻美は俺がどうしようも無い程弱いのは知ってんだよ…そんな様も何も、俺は昔からこんな様なんだ」

「……認めたな?お前が寧ろ人を避けている事を」

 …ヒロの言う通り、俺は意図的に親しい人間を作らないようにしている。

 目つきが怖いのは昔からだが、更に意図的に鋭く睨みを利かせるようにしているのも事実。

 それは俺が怖いからだ。

 親しくなった人間が、麻美のように死んじまったら…

 だけどやっぱり人は一人じゃ生きられない訳で…

 去年の夏、楠木さんに告られた事は本当に嬉しかったし、その後春日さんと仲良くなった事も、俺にとっては財産に等しい。

 彼女達には、殺されても構わないとまで思っている。

「まぁ、お前が人を避けて生きようが生きるまいが、ぶっちゃけて関係無い事なんだが、お前実は結構人気あるって知ってた?」

「いや、それさっきもそう言っていたけど…え?えええ???」

 さっきまで沈んでいた気持ちが一気に跳ね退ける。なんで戯言を抜かしてんだこのウニ頭?

「人気あるって、女子は愚か、男子まで俺を避けてんだろが」

 只でさえキツい目つき、それをキツい口調に変えてまで人付き合いを避けて来た俺だ。

 それ以前に、話し掛けられた事なんかほぼ無いって言うのに。

「中学時代になるけどな、俺が紹介頼まれただけで五人いる」

「五人も!?つか何故その時言わないんだこの野郎!バレンタインデーにコンビニでチョコ買おうとしてやめた俺の気持ちが解るかコンチクショウ!!」

「チョコくらい普通に買え馬鹿」

 呆れるように溜め息を付き、コーラを一気に煽ってゲップまでしやがるヒロ。

「お前は目つきキツいから怖がられているとか、自分は不細工だとか思っているが、実はそうじゃない、昔にお前にそう言った奴がいる筈だ」

 昔に言われた事…

 つか、朋美に今でも言われているわ!

 隆は目つき怖いし不細工だから、話してくれる女子は私くらいだね~とか言われる始末だよ!!

 そんな昔から不細工認定されていた俺に、好意を寄せてくれた女子が最低五人いるとは…

 流石に頭を抱えて項垂れるしかなかった。

「お前に不細工と言っている奴は何人いるんだ?」

「あ?何人ってそりゃ……」

 あれ?

 よく考えたら朋美とヒロくらいじゃねぇか?

 目つきキツいとは確かに大抵の人には言われるが、不細工と言われた記憶は、この二人しか居ないような…

「又聞きになるけどな。お前を格好いいよと言ってくれた女子が、中学時代に一人いた筈だ」

 ………麻美か…

 所謂不良に遊びでぶん殴られていた中学時代。

 毎日ボロボロだった俺に、麻美だけは優しくしてくれた。

 傷口に濡らしたハンカチなんか当ててくれて。

 可愛らしい笑顔で、隆の格好いい顔が台無しだよ。と…

 思い出した…

 その時麻美は言っていた…

 いつもは目立たない所を殴られているみたいだから気付かなかったけど、今日は顔だから直ぐに気付けて良かった。と。

 俺は顔だけは殴られなかった?

 いや、勿論イレギュラー的に顔に入った事はあるが、意図的に顔面への攻撃は皆無と言っていい。

 何か理由があるのか?

 何かの意思が働いていたのか?

 俺が過去を目まぐるしく思い出していたその時、あの葬儀の花、百合の花の香りが鼻腔を擽った。

「ちょっと喋り過ぎちまったな。まぁ、お前は自分が思っている以上に好感度があるっつー事だ」

 ヒロが発した事によって思考が遮断される。

「おいヒロ…」

 問い質そうとしたその時、紫メイドさんがポテトフライを運んで来た。

「お待ちどぉさまです~。ご注文は以上ですか?」

 無言で頷くヒロ。そんな様子を見て溜め息を付く紫メイドさん。

「何があったのかは知らないけど、遥香はそんなに嫌な奴じゃないよ。目的の為なら暴走する時もあるけどさ」

「……まぁいいさ。あっちも人の事は言えないだろうからな。俺は隆が良いなら良いだけだ」

 また俺の預かり知らん所で話が…

 紫メイドさんは営業スマイルを作り、ごゆっくりどうぞと言って去ってしまった。

「お、おいヒロ、目的の為なら暴走するとか、あっちも人の事は言えないとか、一体何なんだよ?」

「……さぁな。だけど俺はお前の味方だ。どっちを選ぼうが、それとも別の誰かを選ぼうが、俺はお前が良ければなんでもいいんだよ」

 世界最強に意味解んねーよ!!

 何語のなぞなぞだよそれは!!

 俺の果てしない疑問を余所に、ヒロは一人ポテトフライをもりもり食べていた。

まるで、早く食って早く帰ろうとするように。


 ウニ頭が高速でポテトフライを食いやがったおかげで、思いの外早く店を出てしまった。

 春日さんのゴスロリメイドコス見たかったのに!

 そう言えば春日さん見なかったな。今日は休みなのだろうか?

「おい隆、あれ見ろ」

「あん?」

 言われて指を差した方向を見ると、髪の毛ボサボサの青白い痩せこけた女が、目を見開いてウロウロ彷徨っている。

 通行人はその女をあからさまに避けている事から、普通じゃないと思わせた。

「あれ楠木だぜ」

「へ~、楠木さんか。懐かしいなって!何だとお!!」

 超びっくりし、その女を二度見三度見と繰り返す。

 変わり果てた姿となってはいるが、ヒロが言う通り、楠木さんだった。流石に唖然とする。

「薬は本当だったようだな。じゃなきゃ、ああはならねぇ」

 薬…売人紛いの事をして、その報酬で貰っているとか何とかの噂か…あの姿を見ると、俺ですら噂を信じざるを得ない…

「隆、さっきの訂正だ」

「あ?」

「お前が誰を選ぼうが俺はなんでもいいって言ったけどな、楠木は駄目だ。全力で阻止する」

 言いながら俺の肩を叩き、早く離れようと促すヒロ。

 ヒロは多分正しい。間違っちゃいない。

 だけど、仮にも俺に告白してくれた女子が、あんな姿になったのを見ると、俺はどうしてもやるせない気持ちになってしまう。

 あの時、俺が告白を受けていたら、楠木さんはああならなかったのかも知れない。

 そう思ってしまう。

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