一年の冬~004

 春日さんが朋美以来の女子の友達となった翌日から、俺は昼休みにはカスタード&生クリームDXをムサい男が群がる購買からゲットしてあげたり、逆に勉強を教えて貰ったりした。

 相変わらず春日さんは学校では俯いて暗い雰囲気を出してはいるが、俺に対してはちゃんと顔を上げて、良く笑って話してくれるようになった。

 つか、俺だけが知っている。

 春日さんが滅茶苦茶可愛いのを。

 密かに優越感に浸っていたりもするのだ。

 この日も、放課後に春日さんに勉強を教えて貰いに図書館に行こうと、ルンルンとしながら歩いていると、背後から話し掛けられた。

「緒方君、この頃ご機嫌ですね~」

 振り向くと、爆乳三つ編み女子、槙原さんが、含みのある笑みを浮かべながら近付いて来た。

「槙原さんか。なんか久し振りだな」

「同じ学校なのになかなか顔合わせないのもおかしな話だけどね」

 そういやそうだな。

 つか、よく考えたら朋美とも顔合わせていないな。

 そんな事を考えていると、不意に槙原さんが言う。

「牽制されちゃ何にもできないしねぇ…」

 おどけるように肩を竦める槙原さんだが…それは朋美の台詞と同じだった…

「あ、別に物騒な話題じゃないから気にしないで」

 慌てて繕う槙原さんだが、気になるもんは気になる。

「誰かに脅されてんのか?何ならぶち砕いてやるよ」

「だから、そんなのじゃないから。うん、私の言い方が悪かったね、ゴメン」

 頭を下げられては逆に困ってしまう。

「いや、謝る事じゃ…」

「言い方また変かも知れないけど不可侵条約?あっちもそれに応じているからね。私も彼女程じゃないけど、誉められた事していないから」

 またまた物騒な話のようだが、如何せん情報が足りない。

 敢えてぼかして、いや、言えないと言われているような感じだ。

「何か解らないけど、腕っ節担当なら任せてくれ」

「あはは~。ありがとう。でも腕っ節は必要無いかな」

 暴力が必要無いならそれに越した事は無いが、いや、言わないのなら敢えて聞くまい。

 そしていきなりと言うか、唐突に話題を変えた。

「もう直ぐ体育祭だよね」

「ああ、そうだな。聞いた話じゃ、大玉転がしとか玉入れとかあるらしいぞ。小学校かよ」

 普通に体育祭でもダルいと言うのに、そんな細かい競技があるんじゃダルいを越えてアホらしくなる。

「私は実行委員だから競技に参加はできないけど、緒方君はどれに出る予定?」

「え?まだ何も決めてないけど…」

 強いて言うなら短距離走だな。毎朝走っているからイタい結果にはならないだろう。

 槙原さんは怪しく笑って提案する。

「借り物競争なんか面白いかもよ?」

 借り物競争って、やっぱり小学校かよ。せめて障害物競争とかにしてっ!!

「あはは~。その表情だと突っ込みたいけど、実行委員に突っ込むのは悪いかなぁ。って所かな?」

 ずいっと近付く槙原さん。

 だからおっぱい当たるって!!その爆乳は凶器だよ!!

「うん、でも」

 今度は両腕を後ろ手で組み、胸を張る。おっぱい強調し過ぎだぜ。

 対して前屈みになりつつある俺。健全な男子高校生だからな。当然だ。

「借り物競争…面白いのあるかもよ?私も協力できるのあるかも」

「借り物競争で協力ってどんなんだよ?」

「んー…例えば、緒方君って女子に避けられているよね?」

 男女問わず避けられているよ!!悲しい突っ込みさせんなよ!!

 と、心の中で言ってみた。

「女子の協力が必要な物ってあるじゃない?女子の制服とか、女子の体操服とか」

 ……そんなの借りなきゃならんのか。どんだけハードな借り物だよそれ。

「それを私が貸してあげられるって訳」

「制服とか体操服とか縦笛とか借りたくねぇよ」

「縦笛は流石に入ってないなぁ…」

 じゃあ制服とか体操服は入っているんだ…

 貴重な情報だなソレ。益々やりたくない競技だよ。

「借り物競争は最終候補くらいには入れるよ」

「あはは~。それはやらないって事じゃない。まぁ、そっちはあっちに任せる事になっているけどさ」

 ん?そっちはあっちって何?

 俺の預かり知らない所で、何か陰謀でも張り巡らされているのか?

「何にせよ、絶対協力するから。じゃね」

 凄い良い笑顔で去った槙原さん。

 振り返る時に、おっぱいが激しく弾んだのを、俺は見逃さなかった。

 だが、あの口振りだと、俺が借り物競争に参加する事は確定なのか?

 ああ言うのは、基本的に立候補と推薦だぞ?

 だけど俺自身、借り物競争に参加する事になるのを心の奥底で肯定していた。

 前にもこんな経験をした事があるような…

 漠然とだが、そう思った。


 図書館にて、目の前の春日さんは参考書を開いて予習しているが、俺はシャープペンシルを鼻で咥えながら、椅子の背もたれに全体重を預けて伸びている状態だ。

「……どうしたの緒方君?今日はいつも以上に集中していないけど…」

「いつも以上って事は、いつも集中していないって事ですね…すいません」

 バイトが無い日に、わざわざ俺の為に、時間を割いて勉強を教えてくれている春日さん。

 本当に申し訳無く思って頭を下げた。

「……や、やめてよ…他の人に見られたら何て言われるか…」

 慌てる春日さんだが、図書館には俺達しか居ない。予習しているヤツなんか皆無だった。

「いや、体育祭何に出ようか迷っててね」

借り物競争以外に。

「……緒方君ならスポーツ出来そうだから、何に出てもいい結果出せると思うけど?」

「いやいや、この学校、玉入れとか玉転がしとかあるらしいじゃん」

「……ああ…体育祭としてはアレだけど、イベントとして捉えたら結構面白いかもね」

 イベントねぇ…まぁ、何も無いよかマシだろうけどな。

 因みに、と聞く。

「春日さんは何に出るの?」

「……確か障害物競争…」

 障害物競争か。ふーむ。じゃあ俺もそれにしようかなぁ。

「……でも私、運動あまり得意じゃないから…」

「んじゃ、俺が春日さんの障害物を全部蹴散らしてやるよ」

「……失格になっちゃうね。でもいいかも」

 その後は二人で逃避行と行こうぜ。と言いたいが、冗談が通じる相手とは思えないので言わなかった。

「……でも、本当に緒方君なら、何に出ても大丈夫だと思うよ?」

 借り物競争以外ならな。

 縦笛とか借りられねぇし。

 縦笛は無いんだっけか?

「無難に短距離でお茶濁そうかな」

「……毎朝走っているんだよね。うん、短距離いいかもね」

 一応相槌は打ってくれるが、体育祭自体に興味が無いのか、どこか適当な感じだ。

 まぁいいや。俺も興味が無いしな。

「さって、続きやるか」

「……うん。解らない所あったら聞いて?」

「全部解らないんだけど」

「…………」

 春日さんは俺を可哀想なヤツを見るような目で見た。

 いや、確かに俺は末期だったが、少しはレベルが上がったんだぞ。

 末期から可哀想にな。

 自虐も程々にしておかないと、ある種のダメージが蓄積され、どんどん悲しくなってくる事が解った…


 ……クスクスクスクスクスクスクスクス……


 気が付けば辺りは真っ暗となり、例の女が空気椅子に座っているように宙に腰を浮かして座っていた。


――体育祭…短距離走に出るの?

 あ?お前に関係あんのかよ?

 毒ついてみるも、女は冷笑を浮かべながら言った。

――それとも借り物競争に出るの?

 借り物競争には絶対出ねぇよ。何が悲しくて女子から縦笛借りなきゃならねぇんだよ。

――縦笛は入ってない

 そうだった。

 女は黒いキャミソールから覗く真っ白な脚を組み換えて、呆れ顔になる。

――女子の縦笛にそんなに興味あるのかしら?

 縦笛に興味があったらド変態だろが。

――私のを貸してあげましょうか?

 貸して下さい。

 瞬時に頭を下げて願い出た。

――ド変態ね

 俺を見る目が険しくなった。

 冷笑とは言え、笑みを浮かべていた唇も、最早歯を食いしばっている。

 冗談だよ。つか、体育祭に何かあんのかよ?

 仕切り直しとばかりに、見えない椅子の背もたれに身体を預ける女。

――アドバイスだけど…明日のホームルームは絶対に出なさい

 いきなり意味が解らない事を言い出す。

 ホームルームは毎日出るだろが普通?

――明日は風邪を引いても怪我をしても絶対に学校に行きなさい

 それは咎める目。

 何だろう、行かないと何かヤバいのだろうか?

――色々と妨害があるかも知れないけど…絶対に行きなさい…ホームルームに出なさい…

 妨害?何それ?そんな重大なイベントだっけかホームルームってのは?

――行かないときっと後悔する事になる…今はこの忠告が限界だけど、一年の冬を乗り越える為にはとても重要なの…

 忠告?アドバイスじゃなかったか?

 一年の冬って、漸く秋になったばっかじゃねーか。

――絶対に絶対よ?約束よ?

 今度は哀願するような瞳で俺を直視した。迫力ぱねぇ。

 まさに鬼気迫ると言った雰囲気を、その女は全身から発していた。

 解ったよ。明日はちゃんと学校に行く。ホームルームにも出る。と言うか、それが普通だろ?

――約束よ…絶対に……絶対……

 女が段々と遠くに行った。

 絶対を何度も繰り返しながら。

 そして、その姿が完全に消えた所で闇が晴れた…


 …………


 また夢……

 何なんだ一体?マンガキャラを模した女が俺に一体何なんだ?

 軽く頭を振る。


 ズキ


「っ…頭痛ぇ…」

 前にあの女の夢を見た時より、若干痛みが強い。

 言い知れぬ不安を感じ、空気を入れ換える為に窓に近付く。


 フッ


 鼻孔を擽る香り…

 不快な匂いじゃない。花の匂い……

「あの女…『居た』のかよ……?」

 背筋がざわめき、慌てて窓を開けた。

「……意外と眩しい…」

 太陽の光が目に入り、固く目を瞑った。

 しかしそれは問題じゃない。

 こんなに日差しが強いと言う事はだ。

「……ロードワークサボっちまった!!」

 久し振りに寝坊した!!それどころか遅刻じゃねぇか!!

 慌てて着替えて朝飯も食わずに飛び出した。

 ホームルームは一限。

「ちくしょうあの女!風邪引くな怪我するなと自分で言いながらっ!!」

 多少遅刻しようが、流石に勝手に出場競技を決められるとは思わないが、女の言葉云々以前に借り物競争は絶対に嫌だ!!

 俺はロードワークをサボった分を取り戻すが如く、学校にダッシュで向かった。

 久々に駆けた。

 駆けて駆けて、息が続く限り駆けて…

 校門前まで差し掛かった時、予鈴が聞こえた。

「ぜー!ぜー!ほ、ホームルームには何とか…」

 間に合いそうだ。

 校舎に飛び込み、靴箱で上履きに変える手間まで惜しいが、これは仕方無い。

 もたもたしながら上履きに変える。周りを見ると案の定誰も居ない。

 遅刻確定か!だがホームルームには…

 その時目の前に飛び込んで来たのは、フラフラしながら歩いている槙原さんの後ろ姿。

 槙原さんも遅刻か?それにしては何故フラフラ?

 そう思った次の瞬間、パタンと槙原さんが倒れてしまった!!

 俺の目の前でっっっ!!

 慌てて駆け寄り、声を掛ける。

「お、おい槙原さん、ど、どうした?」

 槙原さんは弱々しく振り返り、これまた弱々しく口を開き、更に嘘臭い笑顔を作り…

「ちょっと具合が悪くて…」

 演技がかったような口調。

 虚勢か?大丈夫な振りしてんだな。

 遅刻確定だし、多少は仕方無い。

「保健室連れて行ってやるよ」

「あはは…大丈夫大丈夫…」

 立ち上がる槙原さんだが、膝がかくんと曲がり、床に腕を突っ張った。

「大丈夫じゃねーだろ。おかしな遠慮すんなよ」

 無理やり槙原さんの手を引っ張って立ち上がらせる。

 歩くのも辛そうな槙原さん。

 だから俺はそぉ~っと、そぉ~っと保健室に連れて行った。

 ベッドに寝かせると、槙原さんはありがとうと言って目を閉じた。

 静かぁにドアを閉じ、ゆっくり離れる。

 離れて離れて、猛ダッシュをした。

「ホームルーム終わっちまうだろがああ!!」

 本当に叫びこそしなかったが、絶叫さながら突っ走る。

 そして教室のドアを勢い良く開けた!!

「おはよう緒方…遅刻だな」

 先生がそう言った。 クラスメイトはキョトンとしながら俺に視線を向けていた。

 そんな空気をド無視して、呼吸を整えながら黒板を見た。

「借り物競争じゃねぇかあ!!」

 漸く絶叫できた。

 黒板には多種多様の競技が白いチョークで書かれており、その下には参加選手の名が書かれている。

 借り物競争 緒方隆

「誰が縦笛競争に推薦したああああああ!!」

 借り物イコール縦笛となってしまっているが、縦笛は入っていない。

「あ、俺が推薦しといたわ。って、縦笛?」

 ウニ頭を傾げながら言うヒロ。

「お前かああああああああああ!!」

 俺は脳を揺さぶるように、ヒロの肩を掴んで激しく揺った。

「おおおおおおっっっ??待て待て待て待て待て待て待て待て!!」

「テメェウニ頭!何て事してくれたんだ!!女子から縦笛借りるなんて冗談じゃねぇぞ!!」

 尚も揺する俺。

「たたたたたた縦笛は入ってないっっっっっ!!」

 言われて揺さぶる手を離す。

「……なんでお前が知っている?」

 ヒロは頭を軽く振る。

「そんな物騒なアイテム入れる訳ねぇだろ!成績だけじゃなく思考も末期かお前は!!」

 叱られた。だが成程、物騒だな。

 借りる方も借りられる方も色々物騒だ。

「ちょっと待て!そもそも何故俺を借り物競争に推薦した!?」

「ああ、頼まれたからな」

 頼まれた?誰に?

 俺を借り物競争に出場させようとする裏の組織でもあるのかよ?

 どんなメリットがあるんだよその組織は?

「あー…緒方」

 あん?思って先生を見る。

 先生は指をドアの方向に差す。

「気が済んだら、取り敢えず廊下に立っとけ」

 俺はこの時代、この歳になって廊下に立たされると言う快挙を成し遂げた伝説を打ち立ててしまった……


 そしてその日から俺は頭痛に苛まれ、毎日気だるく過ごしていた。

 春日さんが心配してくれて、色々と世話を焼いてくれたのが嬉しかった。

 一人で頑張ってカスタード&生クリームDXを買い、親切にも俺の分まで買ってくれたり。

 何でも「……甘い物を食べたら大抵は良くなるよ」だそうで。

 缶のブラックコーヒーを三本飲みながら、やっとの思いで完食した事は内緒だ。

 放課後の図書館での勉強も、ただの雑談に切り替えてくれたり(頭痛が酷いなら頭に入らないだろうとの配慮だ)。

 凄い心配してくれて、凄い気を遣ってくれて、凄く頑張って話してくれた…

 瓶底眼鏡の向こう側の春日さんの瞳が、凄い優しかった。

「……勉強してないから…なんかデートみたいだね…」

 そう言って真っ赤になり、俯いたのが凄い可愛くて。

 本当にデートしたいなぁと頭痛に悩まされながらも思ったりもした。

 そして体育祭前夜…

 夢の中であの女が再び出て来た。

 歪んだ笑みを浮かべながら嘲笑うように言う。


――死ぬのは冬のようね…


 クスクスクスクスと耳障りに笑いながら消えた……


 そして目覚めたら、体育祭当日の朝になっていた……

「……ちくしょう…晴れやがったか…」

 一縷の望み、雨天中止に全てを託していたが無駄に終わった…

 雲一つ無い蒼天である。

 こうなりゃ借り物は縦笛…じゃない、女子に借りる物以外に期待するしか無い…

「オッス隆」

 後ろから肩を叩かれて振り返る。

「なんだ朋美か」

 ポニテが無駄に体育祭に似合うなぁ。と感心した。

「何だとはご挨拶だなぁ。何?借り物競争に出るってか?」

 悪戯に笑う朋美。

 可愛いんだよなぁ…この笑顔。

 この頃は嘘臭い笑顔しか見せなかったような気がするが、うん、気のせいだな。

「あー…うん、不本意ながらな。ヒロのバカが勝手に推薦しやかってよぉ」

 意識しているのか意図的に視線を外してしまう俺。

「うんうん。隆友達少ない、いや、少な過ぎ、いや、私と大沢しか友達いないもんねぇ。借り物競争は拷問みたいなもんだよ」

「うるせぇよ」

「仕方ないなぁ、仕方ない。女子の物が借り物だったら私を頼りなよ。うん。私しか貸せないよね普通」

 ……似たような事を槙原さんに言われたような気がするが…

 しかし、確かにそれしか手は無いように思える。

「あ、いたいた。須藤さん、400メートルもう直ぐだよ」

 声を掛けてきた人は槙原さんだった。

「……今行こうと思っていたんだよ…」

 ?明らかに渋い顔になって視線を外したよな?

「おい朋美…」

「じゃね隆。400メートル応援よろしく」

 最後に『嘘臭い』笑顔を俺に向けて駆け出して行ってしまった。

 何だ一体…

「……須藤さんと何を話していたのかなぁ?」

 こっちはかなり含みの笑みを浮かべている槙原さん。

「いや、借り物の事でさ」

「ああ、だからいいよ。女子の借り物なら私が貸してあげるから、心配しないで」

 ……有無を言わせぬ迫力を醸し出しているが…

 笑顔怖いんだけど。

「ブラとかパンツとかも貸してあげるし」

「貸して下さい」

 瞬時に願い出た。美しい辞儀までかまして。

「あはは。うん、いいよ。その代わり他の人に見せないように」

「見せない見せない見せるもんか。肌身離さず懐に入れとくし」

「必死で若干引くけど…借り物に入って無くても、個人的に貸してあげるよ」

 どこまでが冗談なのか不明過ぎる…

 本心のような気も…いやいやいやいや、ブラとパンツを貸すって、幾ら何でも冗談だろ。何を悩んでんだ俺は。

 その後暫く雑談し、女子の借り物は私が貸すと再三念を押して、槙原さんは仕事に戻って行った。

 つか、女子の借り物当たらないようにと願わずにはいられない。

 当たったら、朋美と槙原さん、俺は果たしてどちらから借りるのだろうか…

 そんな事を考えていたら、治まっていた頭痛が徐々に酷くなって来た…

 そして障害物競走とか400メートルリレーとかのメニューをこなし、遂に借り物競争の時間となった。

 やりたく無いのだか、スタートラインに立つと、是が非でも勝ちたくなるのは何故だろうか?

 そういやヒロもダリーダリーを連呼して、仕方無く参加した筈の大玉転がし競争で、マジ走りして見事優勝していたし。

 応援していた俺含むクラスメイトも白熱していたしなぁ。

 まぁ何だ。やるからには勝つ、って事だ!!

 パアン!と乾いた鉄砲の音と共にダッシュを決める俺。

 ロードワークをする毎日が実を結んだか、ぶっちぎりで封筒を取る事に成功した。何か一番とり易い位置に置いてあった封筒だったし。

 どれ、俺は何を借りたらいいのだろう?

 封を剥がして中を確認した途端、俺はフリーズした。

 え?何コレ?なんかの罰ゲーム?

 唖然として立ち竦む。

「隆ー!女子関係なら貸すからなあ!!」

 朋美の声がやけに通って聞こえる…

「緒方君!!大丈夫だから!!ねっ!?」

 槙原さん、大丈夫じゃねーよコレ。

 実行委員だよな。意図的なのか?

 俺の借り物…内容は………


【現在気になっている異性】


 借り物じゃねえ!!公開告白だろ!!

 嫌な汗ばかりが噴き出る。

 どうする?気になっている異性?誰だよソレ?棄権するか?んなもん居ないって言って?

「隆ぃー!!」

「緒方君ー!!」

 気になっている異性、幼なじみで初恋の相手の朋美?この頃結構話する爆乳の槙原さん?

 確かに気になるっちゃー気になるが……

 観客席をぐるんと見渡す。

 朋美も槙原さんも大声で貸す貸す言っているが…

 ちくしょう!!まだ縦笛の方がマシだ!!

 気になる異性、気になる異性……

 思考がグルグル回る最中、隅っこで一人ポツンと体育座りをして、俺に視線を送っている女子と目が合った。

 いや、結構な距離、しかも相手は瓶底メガネを掛ける程目が悪い筈なので、目が合ったとはとても言えないが、確かに目が合った。

 俺は考える隙も無く、その女子に向かって真っ直ぐに駆ける。

 そして女子の前に立って右手を伸べる。

「春日さん、来てくれ!!」

 瓶底メガネの向こうで、恐らくはびっくりして目をまん丸にしているであろう春日さん。

 俺は借り物のメモを春日さんに見せた。

 キョトンとしてメモを見ると、瞬間真っ赤になって俯いてしまった。

 やっぱり迷惑だったか…仕方ない、棄権しよう。

 そう思い、伸ばした右手を引っ込めると同時に、春日さんの右手が俺の右手に絡まって来た……

 春日さんの手を握って駆け出す。

 つか遅ぇ!!春日さん足遅ぇ!!

「……あの…あの…ごめんなさい…」

「え!?いや、別に責めている訳じゃ…」

「……え?」

 春日さんは可愛く首を傾げてキョトンと言った感じ。

「え?な、何が?」

「……借り物競争…気を遣って選んでくれた…でしょ?」

 あー良かった。足遅ぇって声に出したかと思ったぜ。

 じゃなく!そうじゃなく!!

「ええ?何で気を遣う必要が?」

「……でも、あの、あの内容は……」

 思い出したようにボッと赤くなった。

 ちくしょうやっぱ可愛い!!

 微妙に握った手に力が入る。

「…………」

 対して黙って握り返された。

「内容がアレだから春日さんに来て貰った」

「……うん…」

 俺的には早足の部類に入るスピードで、それでも頑張って走ってくれた春日さん…

 最初のぶっちぎりはどこへやら、結果はブービーになってしまったが、その時間だけ手の温もりを感じる事が出来た。俺的には結果オーライ以上だった。

 ゴールして名残惜しいが手を離した。

「……あの…また後で…あの…」

「今日一緒に帰ろっか?」

 耳まで真っ赤になりながらも笑って頷く。

 恥ずかしいのか、瞬間俯いてそのまま走り去ってしまった。

 その後ろ姿を眺めていると、後ろから槙原さんの低い声。

「へー。緒方君、ああ言う子が好みなんだ」

 振り向くと、ニコニコ笑顔だが眉尻が上がっていた。

 何故だろう?何か怒らせたか?だが質問にはちゃんと答えよう。

「うん」

 ピクッとこめかみが動いたような気がしたが、気のせいか?

「てっきり須藤さんが好みかと思っていたけど」

「朋美は朋美で大事だよ。好み云々じゃない」

「へー。あ、そう。あ、仕事があるから」

 微妙に震えながら、俺に背中を向けて去って行った。

 つか、借り物競争の内容知っていただろ絶対。あの内容では冗談でも槙原さんに頼めねーよ。そんなに肝が太くないつもりだぞ。

「…隆…ああ言う感じの子がタイプだっけ?」

 今後は朋美がいつの間にか傍に来ていた。俺なんかしたっけか?

「隆はもっとハキハキした強い子が好みだったんじゃ…」


 ズキン


 いつの間にか治まっていたあの頭痛が再び襲って来た。まるで朋美の言葉に反応したように…

 痛みに耐え切れず、思わず頭を押さえて片膝を付いてしまう。

「ちょ…ちょっと大丈夫?そうだ、槙原…」

「槙原さんに何の関係が…つっ…」

「ああ…槙原は保険委員だからね…不本意だけどあの子に頼まないと…」

 朋美はそこまで言って、慌てて口を噤んだ。

 二人は友達関係だと思っていたが、実際はそうじゃないようだな。

 俺は痛みを堪えながら立ち上がる。

「大丈夫大丈夫。ちょっと頭痛いだけだから」

「顔色悪いけど…ねぇ、さっきの借り物競争だけど…」

 気遣いを見せながらも気になるのか、遠慮がちに聞いて来た。

「あの子の事気になるの?私もだけど、槙原も多分あの子の事知らないんだよね…」

「知らないって言うよりも興味が無いだけだろ?」

 興味を持たれても困るが。

「あれってさ…公開告白みたいな内容だよ?」

「だから冗談でも他の女子に頼む訳にはいかないだろが。いい晒しモンだぜ全く…」

 それを言っては、春日さんも晒されたようなもんだな…

 やっぱり悪い事したかなぁ…

「俺ちょっと行ってくるわ」

 まだ何か言いたそうな朋美を無視する事は申し訳ないが、俺は春日さんの所へ向かった。

 いつもは一人で俯きながら座っている春日さんの周りに、同じクラスだろう生徒が群がっている。

「ちょっと春日さん、借り物競争のアレ、マジ?」

「……うん…」

「あの緒方君だよ?ちょっと羨ましいかも…」

「でもやっぱり格好いいよね。公開告白とかさあ」

「……うん…」

 ただ相槌を打っているだけだろうが、やっぱり照れているようで可愛過ぎる。

 つか、俺の評価が意外と高いような…気のせいか?

 まぁいいや。俺は群がって壁を作っている女子に一応断りを入れて、道を開けて貰った。

 その際女子は軽くビビっていたようだが…傷付くって。

 そして春日さんの前に立つと、春日さんは真っ赤になりながらも、ちゃんと顔を上げて俺を見てくれた。

「何か晒したようで悪いな」

「……ううん…」

 微かに首を振って否定する。

「帰りまで待ちきれなくて、今来たってのも理由なんだけど」

「……私も…」

 いよいよ顔から火が噴き出さんばかりに真っ赤になり、それでも頑張って続けた。

「……私も待ちきれなかったから…」

 それを聞いて、隣に腰を降ろす事を躊躇する事はなかった。

 そして俺達は体育祭が終わるまで、仲良くお喋りをした。

 とは言え、俺が殆ど一方的に喋っていたんだけど。

 だけど楽しかった。周りの視線が気にならない程に楽しかった。

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