一年の冬~001
………………
何だ?今の訳解んねー夢は…
髪がすげぇ長い、真っ白な肌の綺麗系の女が、俺の中学の制服を着て語りかけて来る夢。
そして、果てしなく理解不可能な文面。
だが……何度も何度も会った事があるような…
夢だけじゃない、勿論現実でも会っているような……
でもあんな女見た事も無い。同じ中学……でも無い…
「……まぁいいか……」
微妙に痛む頭を押さえながら、上半身を起こす。
「うわ…すげぇ寝汗…」
自分で自分の寝汗に引いた。
起きたついでにスマホで時間をチェック。
「少し早いが…まぁ許容範囲かな」
勢い良く飛び起きてジャージに着替える。
日課の早朝ロードワークをする為だ。
実は最近少しサボっていたのだが習慣は習慣、やらなきゃ気持ち悪いレベルにまで達していた。
サボっていた理由…
頭が末期な俺は、期末試験で、果てしなく残念な結果に終わった。
ウチの高校は、夏休みの補習を避ける手段が存在しており、それは追試で赤点を回避すれば補習免除になる。その追試の為の補習を希望者だけは請けることが出来る。ナイスな救済処置と言えよう。
その追試に向けて、ロードワークも練習も全て投げ打って、勉強していたのだが…
所詮頭が末期の俺に、追試をクリアする実力がある訳でもなく、ロードワークも練習も捨てて勉強した意味がまるで無かった。
つまり夏休み、皆が青春を謳歌している中、俺は補習を受ける羽目となったのだ。
因みに練習とは、ロードワークと言う単語で連想できるだろうが、ボクシングの練習である。
俺は中学時代、目つきがキツいと言う理由でよく絡まられていて、よく囲まれて、よくフルボッコに遭っていた。
それだけが理由では無いが、要するにボクシングを始めた切っ掛けだ。
今ではそこそこ強い部類に入るまでになり、ジムの会長にプロテスト受けろと言われている。
だが、プロになるつもりは無いので、誤魔化して濁して逃げている。
だってプロになって所謂不良とは言え、素人をぶん殴ったら犯罪になるし。
要するに俺は自己防衛の為にボクシングをやっているので、それ以上踏み込むつもりは無いって事だ。
まあ兎も角、ロードワークを終え、シャワーを浴びて、朝飯食って、夏休み真っ最中だと言うのに学校に行く。
行ってきますと外に出た瞬間、待ちかねたぜ、とばかりにポニーテールの女がニヤニヤしながら俺に近寄って来る。
「隆、今日もお勤めご苦労さん」
「……朋美…お前わざわざ嫌味を言う為に、夏休みの朝に俺が出てくるの待っていたのかよ…」
須藤朋美。ご近所に住んでいる、俺の同級生で幼馴染だ。
俺が制服を着ているのと対称的に、こっちは半袖にジーンズ。つまり私服だ。
「いやね、プールのチケットゲットしてね~」
ヒラヒラと目の前でチケットを舞わせる。
「ほう。そりゃ良かったな」
夏休みを補習で拘束されている俺には全く関係ない話だ。目の前のポニーテールには関係あるのだろうが。
「このプールのチケットはだねぇ。8月いっぱい。つまり夏休み最後の日までなのだよ」
ずいっと身体を近付けてくる。
近いがおっぱいは当たらない。いいものは持っているんだが、惜しい。だが超接近。俺の行動次第では事故が起こりそうだ。
おっぱいに触れたら触れたで非常にラッキーだが、触れた後で面倒臭くなる可能性がある。
なので軽く身を引いて、朋美のおっぱいから俺の腕を守った。
「何引いてんの?まぁいいや。幾ら何でも毎日学校って事は無いんだよね?」
「一応日曜日は完全休業だ」
その他午前だけとか一限だけとかの日もあるが、日曜日だけは先生も面倒を見てくれないのだ。
「んじゃさ、日曜日…明後日か。プール行こうぜ」
親指を立てながらウインクなんかして、キメポーズで誘われた。
やべぇ可愛い。
朋美は、中学の時から結構告白されている程、可愛いかったりする。
告られている朋美を何回か目撃した事もある。
その都度『好きな人がいるから』と断っているようだ。
果たして本当に好きな男がいるのか、ただの断る為の口上なのかは不明だが、朋美なら直ぐに男ができるだろうに勿体無いとすら思う。
かく言う俺も、実は初恋の相手が朋美だ。
可愛いとか差し引いても、小さい頃から一番近くに居た異性だから、当然と言えば当然かも知れない。
まぁ、絶対言わないが。
「つか、俺じゃなくて、友達誘って行けばいいだろ」
哀れな補習組の俺に気を遣わないでさぁ。と、自虐的に言ってみる。
「うーん…実はさぁ。私の友達が大沢と仲良くなりたいって言ってんのよ。んで、取り持つ為に大沢をプールにご招待した訳なんだけど、男一人じゃ嫌だとかチキンな事を抜かしてねぇ」
朋美は肩を竦めながら、だから付き添いの形で悪いけど誘った、と申し訳無さそうに言った。
成程ヒロか。
ヒロ。大沢博仁。
中学三年からの親友だ。ウニみたいなトゲトゲの頭の分際で塾通いしていると言う、真面目なのかなんなのか意味不明な男である。
「別にいいけど雨降るぞ?」
流石に雨天時にプールは嫌だ。全天候型のプールなら構わないけど。
「日曜日は天気予報では晴れだったよ?何で知ったかしてんの?」
「…何でだろ?」
首を捻る俺。その日は雨が降ってプールは中止になる筈…
何で知ってんだ?
「まぁ…雨が降ったら別の手を考えるからさ。日曜日空けといてくれたらいいよ」
「ん…ああ」
少し不思議に思いながらも、俺は補習に行かねばならんので、朋美と別れて早足で学校に向かった。
赤点が無いのは現国くらいだったので、解放されたのは午後三時過ぎた頃だった。
次回は絶対絶対絶対に赤点だけは逃れなければならない。と、九割折れた心を奮い立たせて、校門を這うように出る。
実際這ってはいないが。
俺は徒歩通学で、つまり家から一番近いこの白浜高校に入学したのだが、特に進学校でも無いのにレベルはそこそこ高いらしく、まぁ、要はついて行けなくなった訳だ。
近いからって理由で選ばなきゃ良かったと後悔しまくりだ。
このままでは進級もマジでヤバい。
なので家に真っ直ぐ帰らずに、電車に乗って5駅、大型書店に向かう。参考書を買う為だ。流石に焦っている訳だな。
そう呑気に考え事をしている内に駅に到着。そのまま書店を目指す。
駅から徒歩で15分。目指した先の大型書店に到着。
さて参考書、参考書…………
気付いた時には、俺は漫画の単行本を立ち読みして声を殺して笑っていた。
果てしなく自己嫌悪に陥り、悲しくなった。
だが、エロ本を立ち読みしないだけまだ理性があった事は素直に讃えて欲しい。
兎に角自己嫌悪過ぎる程自己嫌悪…
読んでいた漫画を戻して項垂れる。
訳でも無く、何故か再び漫画を物色してしまう。
なんだ俺は。もう少ししっかりしないといけないだろが。
一人突っ込みなんかして虚しい限りだ。
とか思いながらも、陳列棚から目を離せない。
「ん?これは…」
偶然目に留まった本を手に取る。
それは俺が中学時代に読んだ事のある漫画だった。
まだ連載していたのかと驚いつつ、懐かしく思った。
ある日、主人公の前に現れた月から来たかぐや姫の末裔が、主人公宅に住み着いてどーのこーの。
人外が嫁になると言う、ありふれたストーリーだ。
この漫画のヒロイン、かぐや姫の末裔が可愛くて好きだった。
超長い黒髪パッツンロングで、やたら肌の色が白…
チリッ…
なんだ?疼く…
頭が痛む…疼く…
その疼きに反応したように気付く。
このヒロイン、俺が…今日見た夢に出て来た女とそっくりだ…
何だ?女は中学時代に好きだった漫画のヒロインを夢に現せたのか?
確かに好きな漫画だったが、夢に見る程好きだったと言われたら…それ程じゃない…
だけど俺は聞かれた事があった。
好きなタイプは?
それに対して答えたのが、このヒロインだったのだ。
その時は適当に答えただけだが…何か物凄い大事な事があるような気がする…
あるいは忘れているのを思い出す切っ掛けの様な…
軽く頭を振り、その『不吉』な予感を振り払う。
「さて参考書参考書~」
わざと声に出してまで頭から追いやる。
気のせいだ。気のせい。
「参考書はどこかなぁ~」
払拭するように声に出しながら、参考書を探した。
そして参考書の本棚を発見し、適当な物を選んで手に取った。
もう用は無いので帰ろうとしたその通路の先。
分厚い眼鏡を掛けた陰気臭いショートカットの女子が、高い位置にある参考書を取ろうと、精一杯伸びをして頑張っている姿があった。
まるで瓶底眼鏡のような眼鏡は、その女子の目を確認する事が不可能な程だ。
つか、凄い頑張って取ろうとしている。
足がプルプル震え、歯を食いしばり、指先まで限界に伸ばしている様。
素直に店員呼べばいいのに、と思いながら俺は参考書を取った。
「これ?」
目は確認出来なかったが、多分驚いていたと思う。
半開きの口がそれを証明している。
未だに返事が無かったので、再び訊ねた。
「これが欲しかったの?」
そこで漸く耳を澄まさないと聞こえない程、小さい声で返事が来た。
「……はい…」
俺は漸く参考書を瓶底眼鏡女子に渡す事ができた。
小柄な瓶底眼鏡女子は、何回か俺にお辞儀をし、去って行った。
何だか人見知り…恥ずかしがり屋…無口…そんな印象を受けるが、やはり最初に感じた陰気臭いとの印象は変わらなかった。
前髪で顔を隠して、なるべく人目に晒さないように努力しているような感じもしたし。
まぁいい。俺は参考書をレジに持って行き、お金を払い帰路に付く。
つか、参考書たけーな。 漫画の単行本なら数冊買えたぞ。
俺は現国以外末期な訳だから、全部の参考書を買うとなると財政が破綻してしまう。
誰かに教えて貰おうか。
っつてもヒロと朋美くらいしか頼れる奴いねーしなぁ。
ヒロは塾通いだが成績は真ん中程度だし、朋美も同じ感じだ。
つか、塾通いしながら、塾通いしていない朋美と同じレベルってどーよ?末期な俺に言われたくねーだろうけどよー。
ホント友達少ないってこんな時困るよなぁ。
因みに俺は目つきが怖いとか言われて、男女問わず同級生に避けられている。
これは少し悲しい事実だ。
女子なんか、あからさまに避けている節があるし。
だが、そんな俺でもミラクルをかました事はある。
あれは夏休みに入る少し前、もう直ぐ期末テストの時期。
いきなり、何の前触れも無く、Cクラス(因みに俺とヒロはEクラス)の楠木美咲と言う、超可愛い女子が俺に告白してきたのだ。
最初は何かの罰ゲームかペナルティーでも喰ったのかと勘ぐったが、俺相手にそんな暇な事する奴は居ない。もし居たとしたらぶち砕くし。
顔を真っ赤にして俯きながら、一生懸命頑張って勇気を出して告白してくれたのだ。
俺はその時かなぁり動揺してしまい、つい断ってしまったが、当然ながら後々狂いたくなる程後悔したが、あんないい子と釣り合う自信は無い。
断って良かったんだと、後ろ向きに無理やり納得した。
その後は気まずくて、Cクラスの前は極力通らないようにしている。
ヒロからはお試しに付き合えばいいのに、と残念そうに言われたが、朋美は断った事を何故か誉められた。
このような場合は慰めるとかじゃね?と思ったが、断ったのが他ならぬ俺だから、俺を慰めるのは滅茶苦茶筋が違う事を指摘されて、暫く落ち込んだものだ。
そして帰宅した俺は買ったばかりの参考書を開いて…
寝た。
……いや、言い訳をさせて貰えれば、買った参考書が逆に難しくて、意味がさっぱり解らなかったのだ。
適当に選んだのが大失敗したと言う…
「……今度ヒロに付き合って貰おう…」
ロードワークを終え、朝飯食って制服に着替えて学校に行く。
今日は午前中で終わりな筈だ。
よし、善は急げだ。午後からヒロに頼んで参考書選びに付き合って貰おう。
そしてカリキュラムを終えて帰宅時間…
校内では一応携帯電話は禁止なので(守っている奴は誰もいないが)校門まで出て早速ヒロに電話しようとスマホを取り出す。
「ん?」
体育館方向、部活で頑張っている連中の後ろから、およそ爽やかとは縁遠い風貌の女子が、俯きながら校門に向かって歩いて来る…
牛乳瓶の底のような分厚いレンズ、目を覆っている前髪、昨日本屋であった女子だ。
「同じ学校だったのか」
しかし、部活なんかやっている感じじゃなかったが…
失礼極まりないが、かなり凝視していたと思う。
校門に差し掛かった頃、女子は漸く俺に気付いた。
「……あ…」
ども、と頭を下げる俺。女子も同じように頭を下げた。
「同じ学校だったんだ」
「……そうですね…昨日はありがとうございました…」
辛うじて聞き取れるくらいの小さな声。
決して顔を上げず、ただ呟いているようにも見えた。
つか、会話が続かない…
ちょっと困っていると、女子の方から会話を振ってくれた。
「……補習ですか?」
助かった感が全開だ。有り難く乗らせて貰う。
「うん。頭末期だからね。昨日も参考書を買いにあの本屋に行ったんだ」
失敗したけど、と自虐的に付け加える。
「……どの教科ですか?」
「現国以外」
「……………」
絶句された。悲しい…かなり悲しい……
「……じゃあ…」
女子は鞄を開け、昨日買ったであろう(俺が取ったであろう)真新しい参考書を見せた。
「……このシリーズは解りやすいですよ…」
「おお!ありがとう!いや、参考書なんか買う時無いからさぁ」
スマホを開いてタイトルを入れる。これで残念な頭の俺でも、買いそびれる事は無くなった。
「……新しい機種ですね」
「うん。夏休み直前に壊れてさ。買い替えたんだよ」
厳密に言えば壊したと言っても過言では無いが。楠木さんからの告白を断って後悔して項垂れてポケットから落として踏んで…厳密に言わなくても壊したんだな。うん。
「さて、タイトルも控えたし本屋に行くかな」
「……それではこれで…失礼します」
女子は最後まで顔を上げる事無く、一礼して俺より先に校門から出て行った。
その日はあの女子のおかげで良い買い物ができた。
つまり予習ができたと言う事だ。
少し末期状態から脱出できる光が見えた気がした。
今度会った時お礼言わなきゃな。
つか、名前聞くのを忘れた…
先述の通り、俺は目つきが悪い。なので同級生に怖がられている。あんな風に話した事は皆無と言える。
友達になってくんないかなぁ。と思う反面、俺みたいな悪目立ちする男なんか願い下げだろうとも思う。
あんな大人しい子、俺には不釣り合いだ。
楠木さんに告られて、少しばかり調子に乗ったかな。ほんの少し前まではそんな事考えた事も無かったのに。
「まあ、取り敢えず今日は勉強したなぁ」
椅子に背中を預けて伸びる俺。
明日はプールだっけ。でも中止になるような気がするなぁ…
何故か確信めいた物を感じ、椅子から立ち上がって電気を消した。
ロードワークの時間まで少し頭を休めておこう。
ジムにも顔を出していないから、明日中止だったら行ってみよう。
そんな事を思いながら俺は目を閉じた。
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