一年の夏~006

 ……クスクスクスクス…

 出やがったな…相変わらず顔も姿も見えないなお前。その花の香りは香水か?

――見たいなら見てもいいのよ、と何回も言っているけど?見ようとしないのは貴方……クスクスクスクス…

 ふざけんなよ。見よう見ようとしてんのはお前も知ってんだろが。

――じゃあ見たら?ほら、直ぐそこにいるわよ?

 耳元で囁かれる。激しい花の香り。いつも以上だった。

――そうそう、質問に答えてあげなきゃね。この香りは花の香り。断じて香水じゃない。そして貴方は何度も嗅いでいる

 確かに何度も嗅いでいる。あの頭痛の始まったあの日から。

 あの女が俺から離れてくるくると回った。

 いや、見えていないから回ったのかは定かではないが。

――そうじゃ無くて…貴方自身が何度もこの花の香りを嗅いでいる…私も私自身、花の匂いを嗅いでいる。私の匂いを貴方も嗅いだ事がある……

 何を言っているのかサッパリだ。悪いが俺は末期な頭の出来だっつーの。

 独り言で自虐的な事を呟いた。

 だが、女はそれを無視して勝手に続けた。

――そしてもう直ぐで自分の花を嗅ぐ事になるわ

 見えないが…見えないけど何故か解った。

 女は落胆し、哀しんでいる。

 それは諦めたとの感じで…

 

 …………


 目が覚めた…

 あれから直ぐに帰宅し、頭痛と耳鳴りが酷くてベッドに転がり込んで…

 いつも通りにそのまま寝入ってしまって…

 今何時だ?

 枕元に転がっているスマホを開く。

「……何だよ…」

 吐き気を堪えるのがやっとだった。

 非通知着信…

 昼からついさっきまで、何度も何度も…

「素性も明かせない奴が電話なんかして来るんじゃねぇよ…」

 気持ち悪くてそのままスマホを閉じて、八つ当たりのように枕に投げつけた。

 同時にメール着信音が鳴り、ややオーバーリアクションではあるが、仰け反って驚く。

 恐る恐る開くと、美咲からだった。

 ふっと安堵し、若干の余裕ができた。

 知っている人間、それも彼女からの連絡がこんなに安心するものだとは。

 余裕ができたとの事で、全ての受信メールをチェックする。

 昼休みに朋美から、じゃあ代わりに明日おごってやる、と。

 放課後あたりか。ヒロから。ちゃんと話したか?と。

 後はファーストフード店のイベントメールとか、特に気にする事の無いメールのみ。

 そして若干のワクワク感を以て、美咲からのメールを開く。

 件名は無い。

 内容が…たった4文字…


 たすけて


 漢字変換の手間すら惜しんだような、シンプル過ぎるメール。

 慌てて美咲に電話を掛ける。

 俺にメールを送ったばかりが幸いしたか、スマホを手に持っていたようで、美咲は直ぐに電話に出た。

『……たっ、隆君…た、助けて…!』

「今どこだ!?」

 俺は既に家から飛び出して外に出ていた。

『…わっ…私の…家の近くの……駅…』

「駅?そこに居て大丈夫なのか?」

『…う、うん…今隠れているから…っ、早く来て…』

「今行くから待ってろ」

 電話を切って走る。

 ちくしょう、木村の報復か?

 こんな深夜で駅に隠れているなんて心細いだろうに。怖いだろうに。

 走る俺。だが美咲の家は遠い。何しろ電車で5つ先だ。

 悪いと思ったが緊急事態だ。

 近くの家の駐車場、カーポートに車と一緒に停めてあった自転車に跨がり、走った。ママチャリだが走るよりは早く着く。後で謝りに来ればいい。

 ここの所ロードワークをサボっていたとは言え、頭痛に悩まされていたとは言え、体力に余裕はあった。

 いや、木村とやり合った後で速攻で家に帰り、そのまま気を失ったように眠ってしまったから、幾らか復活したと言うべきか。

 立ち漕ぎで限界以上、ペダルを踏んでも然程疲労は感じ無かった。

 寧ろ感じる暇なんか無かったのだろうけど。

 それでも美咲の最寄り駅はやはり遠い。流石に息が切れて来る。

 そんなタイミングで美咲から着信が。

「は、はい!!緒方…」

 こんな状況でも名乗ろうとした俺を誰か褒めてくれ。

『早く来てよっ!怖いよ!!』

 さっきは息も絶え絶えだった美咲だが、少し休んで回復したようだ。そしてやっぱり褒めてはくれなかった。

 それよりも、心なしかいつもの美咲より高圧的なような気もする。

「今行くから!!」

『何分くらいで着く?』

「30分…かな…」

『遅いよ!1分で来て!!』

 無茶な要求を一方的にして一方的に切る美咲。。

 いつもはおどけるようにはしゃいでいる美咲だが、やはり急場は素に戻るのか。

 ………素?

『こっちが美咲の素』と何故言い切れるんだ?

 ……いけない、今はそんな事を考えて頭痛を発症する訳にはいかない。

 俺はスマホをズボンのポケットにねじ込んで、ペダルを踏む足に今まで以上に力を込めた。

 どんなに急いでも短縮できる時間は限られている訳で。

 やはりと言うか、何と言うか、到着したのは30分後だった。

 正確には28分だったが、2分程度の短縮で喜んではいられない。

 勝手に借りたママチャリを駐輪場に置く手間すら惜しんで、駅前に豪快に駐輪し(駐輪禁止の立て札が目の前にある)転がるように駅の中に駆け込んだ。

 終電にはまだ若干の余裕があるのか、まだ駅の明かりは消えていない。

 とは言えこんな片田舎。最終電車を利用する人など限られている。

 三人程度の乗客が、半分寝ながら自分が最後に乗る電車を待っている状態だ。

 当然ながら美咲の姿は無い…

 隠れているようだから、そりゃ人目に付く所に居る訳は無い。

 呑気に缶ジュースなんか飲んでいたら、それはそれで驚くだろうし。

 スマホを開いて美咲に電話。ワンコールもしないのに直ぐに出た。

「着いたぞ。どこにいる?」

『ハァ!ハア!西、西口!』

「追われているのか?今行く!!」

 俺もいい加減ヘロヘロだったが、最後の力を振り絞って、西口目指して駆け出した。

 西口に行くには通常ルートの他にショートカットルートがある。

 駅の中を移動するのが通常ルート、一端外へ出て踏切を渡るのがショートカットルートだ。

 だが、これには絡繰りがあって、ショートカットルートは人混みにのみ通ずるルート。

 つまりは、終電間近の今は、通常ルートを使った方が早く到着する。

 そんな初歩的な事を忘れるくらい、俺は焦っていた。

 習慣に倣い、迷わずショートカットルートを選択してしまったのだ。

 それに気付いたのは踏切に接近してから、つまりは半分以上進んだ後だった。

「間抜けか俺はっっっ!!」

 本当に間抜けな話だ。丁度良く遮断機が降り、警報が点灯する。

「あーっ!もおおおっっっ!!」

 無視して突っ切ろうと右、左と確認。幸いに電車の姿も影も無い。

 遮断機をくぐり抜け、線路を半分渡った時、俺の視覚に飛び込んで来たのは…

「美咲…」

 美咲が見えただけなら俺は止まらなかっただろう。寧ろ駆け出した筈だ。

 だが美咲を追っていた男を見て、俺の足は止まってしまった。

 必死に逃げ走る美咲を追っている奴は俺の良く知る男…

 親友であるヒロだったのだ。

 踏切警報器がうるさいので良く聞き取れないが、ヒロが罵倒しながら追っている事は何となく解った。

 対して声を発する事もせず、脇目も振らずに一心不乱に此方へと逃げ、走る美咲。

「何やってんだよヒロ?朝の話か?あれは誤解なんだよ!!」

 踏切警報器で俺の言葉が掻き消される。

 二人は俺の姿を未だに確認せず、ただ此方へ走ってくる。

「美咲!ちゃんと説明してやれよ!誤解だって言ってやれ!!」

 だが、やはり警報によって声は届かない。

 そしてとうとう美咲が踏切近くで転んだ。

 それを逃さず美咲の髪を掴んだヒロ。

「クソ楠木が!!ふざけやがって!!」

 拳を振り上げるヒロ。

「やめてー!!殴らないでー!!」

 腕を交差して抵抗を見せる。

「木村がわざわざ舎弟使って教えて来たんだよ!もう全てバレてんだ!!」

「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

 殴る事こそしなかったが、迂闊な事を言った瞬間に、その拳は美咲の顔面に叩き込まれていただろう。

 それ程までにヒロはキレていた。

 つか、木村がヒロに何か言ったのか?

 美咲は木村に付き纏われている…訳じゃないのか?

 木村と美咲の関係は何だ?

 何が何だか解らずに立ち竦む。

「木村君とは友達で…」

「嘘つくんじゃねぇよクソ楠木ぃ!!!」

 とうとうヒロは美咲の顔に拳を振るった。

「おいヒロ!!おい!!」

 流石にこれは許せない。どんな事情か知らないが、殴るのは良くないだろ。

 俺は一歩踏み出す。

 ヒロのパンチによって転がっていた美咲と目が合った。

「た、隆君!!誤解だよ!違うんだよ!!」

 縋るような瞳を俺に向け、俺にとっては意味が解らない言い訳をし始めた。

「隆!?お前何でここに……?」

 ヒロが驚いたように近寄って来る。だが、その足が止まる。そして口を開ける美咲。

 何か起こったか解らないが、少しだけ言わせろ。

「おい、お前等一体こんな時間にこんな所でなにをやってんだよ!!ヒロ!殴った理由を聞かせてくれんだろうな!!」

 俺は更に一歩踏み出した。

「何やってんだ!早く来い!くっっ!!」

 ヒロが蒼白になり俺に向かって手を伸ばす。

 と、同時に回転を無理やり止めた音と、直ぐ傍で聞こえたクラクション。

 そして其方を向くと、目を覆いたくなる程の眩しい光がすぐ其処にあった――


 ………………………


 一瞬凄まじい衝撃が襲ったと思ったら、俺は空に浮いていた。

 空から見下ろした形になるが、止まった電車の近く…ヒロが泥か何かを被ったように汚れていて、その後ろでは蹲り、吐いている感じの美咲の姿。

 一体何があったんだ?

 近くに行こうにも、どうやって行けばいいのか解らない…

 困惑していたその時、俺の周りの景色が黒一色となった。

 一瞬にして俺の、いや、俺以外の時間が止まった…そんな感じだ。

 なんだ…いや…


 知っている…


 俺はこの現象を知っている……!!


――やれやれ…やっぱり今回もダメだったわね


 背後から温かみが全く感じられない、実に事務的な声…

 ゆっくり、ゆっくりと振り返る…

 髪が異様に長くて真っ白な女が、椅子に座り頬杖を付きながら、此方に冷笑を浮かべていた。

 その冷淡な瞳を俺に向けて、咎めるように笑っていた。

「……よぉ…漸くツラ拝めたなぁ…」

 対して俺は引き攣った笑いを向けた。

 教室で一瞬だけ見えた制服は、以前見慣れた制服だった――

――漸く?いいえ…かなぁり前から見ている筈よ…貴方とは以前から、遥か昔からお付き合いがあるもの…

 クスクスといつもの耳障りな笑い声を上げる女。

 以前から…そうだな…

 俺は知っている。

 俺が『死ぬ度』に現れる、この女の事を……

「つまりは、俺はまた失敗したのか」

 失敗…生き延びる事への失敗…

 俺はこうやって『死んでから』何度も蘇って、いや、時間を戻っては生き延びる術を探していたんだ。

――貴方は本当に残念な男ね。何回同じ失敗をしたら気が済むのかしら?

 残念とか言われた。

『死神』に残念とか言われるとは…

――その『死神』も厳密には違うから…何度も言わせないで。いえ…いいわ…それで通して頂戴

 もう説明も面倒臭いと言わんばかりに、眉根を寄せてシワを刻み、首を振る女…

 馬鹿だと言われているようで、なかなか傷つく。つか言われているか。

――まぁ…それはそうと、やっぱり一年の夏を越える事が一番難しいと言わざるを得ないわ

「何だっけ…かなりの確率で付き合う事になるから、だっけ?」

――そう。過去から今まで女の子から告白された事の無い、モテない哀れで可哀想な童貞野郎には、一年の夏の壁はあまりにも厚い

 咎めるように目を細める女。対して俯くしか手段が無い俺。

 一年の夏に美咲…楠木美咲に告白され、八割の確率で付き合う事になるらしい。

 残り二割は断るか、もしくは告白されないらしいが、断ると言う選択肢が俺から生まれる方が、奇跡的なような気がする。

――つまり…貴方は、一年の夏に自分を含めた三人を殺す事になる

「…………………」

 沈黙で応える他手段が無い…

――見なさい。いえ、『もう一度』見なさい…

 女は酷く冷たい声で、下方向の電車を指差した。

『もう一度』と言ったが、もう一度どころではない。一年の夏に死ぬ度に見ている。

 それは戒めの為か、俺を苛む為か、真意は解らない。

 電車に轢かれて死んだ俺だが、その返り血と肉片を浴びたヒロ。

 そしてその様子をハッキリと見た美咲。

 その精神的ダメージは計り知れない。

 俺も初めて見た時は、もう一度死にたくなった程だ。

――貴方はその後を知る由も無いでしょうから私が教えて上げるけど…大沢博仁は毎夜貴方の轢かれた状況を夢に見て、精神が壊れて自殺。楠木美咲は食事を取る事もできなくなり、やはり精神が壊れて自殺…

 そうなのだ。俺だけじゃない、一年の夏に俺が死ぬ事で、親友と恋人を結果的に殺してしまう事になるのだ。

――恋人?

「少なくとも一年の夏では美咲は恋人だ」

――ふぅん…おめでたいのね。ああ、楠木美咲の目的は貴方には解らない事だったわね。いいわ。美しい思い出を大事にしなさい

 特別興味は無いと俺から視線を外す女。

「俺はまたあそこに戻るのか?」

――そうよ。約束したじゃない?貴方を助けてあげる。代わりに私を見つけなさい、と。これはゲーム…何度も死ぬ貴方を見る私の喜びを断つ為に、貴方が受けたゲームなのよ…

 クスクスと耳障りな笑い声をわざとらしく上げる女。

 確かに俺はそのゲームを受けた。

 一番最初に死んだ、一年の夏のあの時に。

――貴方があまりにも不甲斐無いから、今回から色々とヒントを出してあげたけど…

 残念な頭じゃお手上げね。と、大袈裟に肩を竦めた。

「頭痛とかデジャヴとかかよ?寧ろこの記憶を持ち越したいね。残念ながら、残念な頭なもんで」

――それじゃゲームにならないじゃない。残念な童貞野郎が

 最早普通に悪口だった。

 口元に微笑さえ零しているし。

「お前を捜せってもよ、お前は俺が死んだ後に出てくる死神だろう?」

 それが正体だろう、と俺。

――忘れているパーツがあるのよ。そしてそれが解った時こそ貴方は救われる

 そしておどけた表情から一転、怖いくらいに真剣な顔になり、続けた。

――私も救われる

 それが本筋だろう。と、死ぬ度に思う。

 要するに自分が救われたいが為に、俺を何度も何度も高校生活初日からやり直させているのだ。

 その対象が何故俺かは知らないが。

――勿論意味があるわ。一年の夏、私は確かに居ないけど、ヒントらしき、いや、ヒントにすらなっていないけど、取っ掛かり程度なら…

 だから、その取っ掛かり程度で、俺の残念な頭から知り得る事など無い。

 他ならぬお前が残念と言っているだろう。

――貴方は永遠に死ぬ。私を捜さない限り。私は永遠に貴方を殺す。貴方が私を捜さない限り…

「殺すって、俺が勝手に死んだだけだろう」

 それも親友と恋人を巻き込んでだ。

 最初の頃は生き返る(?)為に、俺なりに足掻いて足掻いて、それでも駄目で何度も泣いた。

 今じゃ巻き込ませない為にやり直しているまでに達観した自分がいる。諦めにも似たような感じだが。

――理由なんか何でもいい…私を捜しなさい。それが唯一、貴方の希望を叶える手段だと心得なさい…

 ……こいつ、たまに悲壮になる時があるんだよな…

 俺が諦めに入って捜すのをやめようとか思った時に。

「一応だが、お前の正体に迫るヒントは見えているんだせ?」

 一瞬明るくなった表情だが、再び微笑を浮かべる冷血な顔に戻る。

「お前の着ている制服だが、俺の中学の女子の制服だ。だけど、お前の事は見た事も無い」

 こんな長すぎる髪とか、真っ白な肌とか。例えば他のクラス、違う学年だとしても、どこかで見た記憶くらいはあるだろう。

 言っちゃあ何だが美人だし。

 だが、俺には本当にこの女を見た事も無い。

――こんな物、今更取っ掛かりにもならないじゃないのよ。この残念大王が。一回死んでみなさい

 ……

 いや、一回どころか何回も死んでいるじゃねーかよ。

 お前が蘇らせて(?)高校初日まで戻して。何だっけ…俺が死なない未来があるから見付けろ。いや、無理やり作れ。だっけ?

 この死神女は、俺が死なない未来を作る手助けをする代わりに、自分を発見して欲しいと言う『取り引き』を提示している訳だが、生憎と俺に拒否権は無いらしく、半ば強制的にそれを成している。

 んで、死神女が俺を罵倒しているのは何の事は無い。最初からこの制服を着て現れているからだ。

 そりゃ取っ掛かり云々の話じゃない。

 俺が高校入学前に三年間ずっと見てきた制服だからだ。

――貴方と話していると、まともな人間ならキレて暴れ出しているわよ。人格者の私に精々感謝する事ね

「いや、お前人間じゃねぇし」

 言われて吃驚と死神女。

 そして確かに、と微笑を零した。

「兎に角、一年の夏では情報が足りない。解っている事はヒロと美咲も死ぬ事くらいだ」

 一番繰り返しているのが一年の夏。

 ヒロと美咲も何回も巻き添えで死ぬ未来。

 俺はこうやって『同じ魂』をやり直して死ぬ辛さを知っているが、ヒロも美咲も毎回『初めての死』だ。

 自殺まで追い込んだのは俺なのは間違い無い事で、それについては責められても弁解の余地も無い。

――楠木美咲と大沢博仁が何故揉めていたのかは興味が無いの?

 クスクスと笑う。

「聞いても教えてくれねぇだろが」

――そうよ。何回も言ったけど『生き延びて自分で知りなさい』よ

 これは即ち、一年の夏を越えたら理由が解る事を意味する。

 全部知り得る訳じゃないが、少なくとも『楠木美咲』と言う俺の初カノが、どんな女子なのかが解るって事だ。

――随分と無駄話をしてしまったわ。そろそろ戻る?

 言われてヒロと美咲に目を向ける。

 本人は轢死体となり、正直見たくない程の有り様なので見ない。

 ヒロは駅員に囲まれながら何か語りかけられていたが、放心から脱していない。俺の血を拭う事もせず、ただ固まっている。

 美咲は救急車に乗せられて病院に搬送される最中。

 この世界での俺は永遠に終わった儘だ。

 親父とお袋、そして朋美に一言悪いと言いたい所だが、それも叶わない。

――叶わないわよ。私はお人好しじゃない。私は貴方とのゲームを楽しむだけだし

「だからお前人間じゃねぇし。お人好しは違うだろが」

 死神は『お別れの言葉』を言う時間すら与えない。人間の情など知る由も無いだろうから。

 それに対しては恨み言を言うつもりは無いけれど。と、言うよりも、最初の頃に散々言ったが、無碍にされただけだった。

 つまり諦めた。

「いいぞ。やってくれ」

 どの道ゲームに付き合わなきゃ、クリアしなきゃ終わらない。

――ふぅん…最初の頃から比べると随分アッサリしたものね…

 満足そうに笑う女。

――じゃあ次は、ご褒美にもう少しヒントを散りばめてあげましょう。

「頭痛とデジャヴの他にかよ。大盤振る舞いだな」

――より一層頭痛を酷くしてあげる

「単なる嫌がらせじゃねぇか!いらねーよ!」

 あの頭痛も今回からのサービスだが、あんまり役に立たなかったような気がするし。

――冗談よ。と、言うよりも制約が掛かっていてね。実を言うと、あれ以上私にできるサービスは無いのよ

 制約…よく解らないが、色々と事情があるんだろう。

 俺を『生かす為』にかなり無理をしているような感じもするし。

 それ程『自分の正体』が大事だとも言える。

――だから応援はするわ

 その瞳に真摯な様が見える。

 だから俺はこう言った。

「任せろ」

――死ぬ都度言う台詞よね、それ

 毎回言っていて信用ゼロだった。

――それじゃ目を閉じて……

 言われて目を閉じる。

 ただでさえ暗い空間。目蓋越しに光なんか感じない。雑音も無い、全くの静寂―――

 その静寂の中考える。

 アホみたいに掛かっていた非通知着信。

 中学時代、何かしらを隠していたヒロ。

 何かを知っていた槙原さん。

 ざっとだが、これも実は知ってしまったのだろう、俺は。

 だが、今回の俺は一年の夏までの記憶しか無い。

 越えて自分で知るしか無い。

 死神女の正体を暴かなければ、終わらない。

――毎回決意だけはいいのよね

 茶化されるが、突っ込むのも面倒だ。

 だから代わりに別の台詞を言った。

「次は見直させてやる」

――それも何十回も聞いた台詞よ

 ……記憶が残らない俺と違って便利だよな。口を噤むしかねぇだろが。

――ああ、私も毎回言っているけど…

 徐々に薄れていく俺の存在…

 思考すら薄れていく最中、女が言葉を発した。


――待っているわ


 閉じた目を開ける事は既に叶わないけど、あの女は優しい笑顔を俺に向けながら言っている。

 そう、不確かな確信を持って俺は頷いた……

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