第11話 森の奥へ -1-

 穏やかに風が通っていく花畑。今日も彼はそこにいた。

「こんにちは」

「ん。やっと来たか」

 声をかけると、彼は立ち上がって、

「じゃ、行くか」

と歩き出した。

「どこへ!?」

 慌てて追いかける。

「決まってんだろ。森を案内してやる」

 偉そうに言う彼の表情は、後ろからじゃ見えなかった。


             *****


 森の北へ進み始めて、きっと30分くらい経つ頃。

私たちは緑色に囲まれていた。

その中でも一際大きな木の陰に2人で身をひそめる。

「……あっち」

 彼の指さす方を見ると、

「わぁっ……」

幻想的な光景が広がっていた。

 ウサギ、シカ、リス、トリ……様々な動物たちが集まっている。

木々の葉の間からこぼれている太陽の光が、そこをより美しく彩っていた。

「…………っ」

「どうだ?」

 言葉を失った私に、話しかけてくる。

「すごく綺麗……。連れてきてくれてありがとう」

「気に入ってもらえたなら良かった。あ、こっちも来いよ」

「え、ちょっと」

 彼は私の手を引き歩き出す。

 そしてやって来たのは、水の澄んだ湖だった。

「森の奥にこんな所があったなんて」

光が反射してキラキラ光る。

「で、ここ」

誘われ彼の元へ行く。湖のほとりの岩場。そこには小さな洞窟があった。

中へ入って行く彼を追い、私も入って行く。

 そんなに広くはないけど、2人入るには充分だった。

「ここへはよく来るの?」

「それなりに。落ち着くんだ、こういう場所」

「その割に広い花畑にいるんだね」

「あれはお前がいろって言うから」

クスッと笑って彼の方を向くと、同じように彼も私の方を向いていた。

 交わる視線。


――――あ、まただ。


 心臓が音をたて始める。

 ここは狭くて薄暗い小さな洞窟。この世界に2人しかいないような感覚になる。

 緑色の透き通った瞳。近づく距離。

 このままだと私たちは、どうなるんだろ……。


「――――ねぇ」


 おかしな感覚に耐え切れず、私は口を開いた。

「あなたの名前、私まだ知らない」

「……オレの? 別に知らなくていい」

「知りたい」

 目線は逸らしたまま言う。

「……また今度な。そろそろ出ようか。日が短くなったから」

そう答えると、王子様は洞窟から出るから、私も続いた。

 立ち上がると、

「痛っ」

かかとに痛みを感じた。

「どうした?」

 小さな反応に、私の方を見る。

「いや、なんでもない」

「嘘つけ、赤いぞ」

足元へ視線を落とすと、靴擦れに気付いたよう。

「のれよ」

 彼は私に背中を向けると、膝を曲げた。

「え!? そんな、恐れ多い……」

「うっせ、さっさとしろ」

尻込みすると急かされたので、大人しくその背中に身を任せることにした。

「……ありがとう」

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