その青とひとつになれたら

牡丹 一華

その青とひとつになれたなら

 その日はうだるような暑さだった。

 太陽は気が狂ったかのようにさんさんと照っていて、雲ひとつ無い青空だった。ニュースでは毎日のように最高気温が更新されたと言っていたが、今日は特に暑いのではないかと思うくらいだった。私たちが乗っているバスは古いせいかろくに冷房も効かず、少しでも暑さを和らげようと錆び付き動かしづらい窓を無理やりこじ開けた。 

 そのとき、ちらと横目に見た同級生たちは何が楽しいのか馬鹿みたいに騒いでいた。まるでこれから旅行にでも行くように。今から行くところはそんな楽しいところではないのに。

 嗚呼、きっとこれは八つ当たりなのだろう。みんなにはそんなつもりがきっとないのだ。それはわかっている。たが、私だけが悲しんでいる、私が一番彼のことを思っていると思い込みたいのだろう。わかってはいる。そんなことをしたっても意味なんてないって。自分の浅ましさをよりいっそう際立たせるだけだって。だけど、止められない。何にも悪くない彼らに恨みがましい目を向けることを。 

 こんなこと考えているなんてばれてしまったら怒られるかな。なんでクラスメイトにそんな目をしているんだ。そんな風に怒っている彼のことを想像して思わず小さく笑ってしまった。

 窓から入ってくる風でめちゃくちゃになってしまった髪を押さえ、これから行く場所にいる彼に思いを馳せながらそっと目を閉じた。


 


 私には幼馴染がいた。

 小学生の途中までは私の家の隣に住んでいたが、小学校に上がって4回目の夏休みの初めに遠くに引っ越してしまった。それ以来、いろいろと忙しくて連絡等は取っておらずそのまま疎遠になってしまい、互いの近況を知ることすらなかった。

 しかし、高校で再開した。廊下で突然呼びかけられたときには一瞬誰かわからなかった。それもそのはずだ。彼には小学生の頃の面影はあまり無く、すっかりと変わってしまっていた。最後に見たときには私のほうが10センチくらい背が高かったのに、その時には私を軽々と越していた。声も少年の特有のかわいらしいものから、低く大人の男性のようになっていた。

 それでも優しいところと昔から大好きな笑顔は変わらなかったようで、しょっちゅう、にっこりと私に笑いかけながら話しかけてくれた。話に上がるのは大体昔のことで、小学生の頃のお前は泣き虫だったとか、おばさんの作る料理がおいしくてしょっちゅう家にお邪魔していたとか、家の近所にあったやたらと安い駄菓子屋さん去年お店やめちゃって取り壊されたとか。とりとめもないことを短い時間だがひたすら話していることが、とても楽しかった。彼と話をしている間は時間の流れがとても速く感じられた。幸せだった。とても愛おしい時間だった。この時間を失いたくは無いと思ってしまった。

 それに気がついた日から、気がつけば彼を目で追っていた。彼は優しくてかっこいいから誰に話しかけられてもしっかりと返答して。その相手が女の子だったときには意味も無く焦った。そのあまりに彼と女の子の会話に慌てて入ったこともあった。その後は大抵自己嫌悪に陥ったけど。それでも、なけなしの勇気を振り絞って、自分から駅まで一緒に帰ることを誘ったりもした。それで一緒に帰れた日にはまた楽しい時間を過ごせるのだ。

 そんなことを何度も繰り返していれば、嫌でも自分の気持ちに気づいてしまうしかなくて。

 きっと私は彼のことが。




 バスの揺れが収まり、閉じていた目をゆっくりと開けた。瞳に飛び込んできたのは痛いほど白い建物で、そこから雲ひとつ無い青空に向かって伸びている煙突が普通の建物ではないことを物語っていた。ここに来るまではなかった実感と言うものがいまさら降って降りてきたかのようだった。

 優しい人だった。あんまりにも優しすぎた。自分以外のために命を投げ打つことが出来るほど。人のために生きて、その結果自分をなくすなんて、あんまりじゃないか。

 そうだ。本当にこれで彼とはさよならなのだ。永遠に会えない。まだ、気持ちも伝えなかったのに。この思いを伝える手段は永遠に途絶えてしまった。

 ぼうとその建物を見ていてしばらくすると、煙がふわふわと揺蕩い始めた。あれが彼の最後なのだ。人は最後には煙となり、空とひとつになってしまうんだ。そう思ってしまったらあのひどく美しい青空がひどく、ひどく、憎らしく見えてきてしまった。そんな空を視界に入れないように再び目をきつく閉じた。

 彼の最後の色と大好きな笑顔を瞼の裏に映して。

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