第42話「いかり」

 ―もしもし、俺です。グリフォンが来た事により、無事任務は完了した様です―


「それはよかった。彼らに怪我などはありませんでしたか?」


 ―はい、多少自滅的な行動はありましたが怪我はなかった様です。5頭ほど討伐してしまいましたが、あれぐらいの被害であれば、むしろ帝国からも感謝されるでしょう―


「そうですね。それぐらいであれば他国侵入の罰と思って流してくれるでしょう。国王の思惑とズレましたが、この結果であれば何も言えませんね。では、気をつけて帰って来てください」


 フォートナーは机の引き出しにプレートをしまうと、まずまずの結果だと微笑んだ。


 ガーベラからの話しを受け、フォートナーは自分の部下に御者をやらせ、その他の者にはドワーフが住む山へ向かわせていた。急な依頼だった為、間に合うか多少焦ったが、無事グリフォンはミナセ達を助けたと聞いて一安心した。


 ガーベラさんからミナセ達の旅の話しを聞いてなかったら、危なかったかもしれませんね。グリフォンがキマイラ種の長で助かりました。この偶然……ミナセ達は神にでも愛されているんですかね……。


 そんな事を思いながらフォートナーは次の準備に取り掛かった。ガーベラの話しではミナセ達が依頼を成功し無事に戻ったら、確実にプラチナに上げるつもりだと言っていた。フォートナーもそれは間違いないと思っていた。


 多分、国の危機を救った褒美と称してプラチナに上げ、国王と謁見させるつもりだろう。その時に探し人の話しを出し、ミナセ達に帝国と争わせる算段を立てているはずだ……。と、なると国王はもうその探し人の所在を知っているのか? 知っていると考えた方がいいか。部下達に探し人の捜索を中断させて、国王の近辺を張らせた方が得策か。国王の手に渡る前に保護できればいいが……。あぁ、こんな時ブレイクさんがいれば早いのだがな。あの人は一体、どこまで知っているのだろうか。…………いや、よそう。知っていればあの人情に溢れた人が黙っているはずがない。


 気さくな笑顔を分け隔てなく向ける、王国切っての剣の達人を思い出して、フォートナーは自分がありもしない疑惑をかけている事を恥じた。分け隔てなく接する人だからこそ、あらぬ疑いをかけられやすく、そんな人だからこそフォートナーは彼を信じていたのだ。


 先程の疑いを消し去るように頭を振ると、各地に商売と情報収集の為に点在している商人達に、連絡を取ろうとフォートナーは動き出したのだった。



 ********************




「よしよーし、うい奴めっ、このこのっ。ここか? ここがええんか? おーおー、いい反応するなぁ」


 キマイラが飛び去った後、ミナセはグリフォンを盛大に撫で回していた。グリフォンも嬉しいのか、一生懸命ミナセの高さに合わせて頭を下げ喉を鳴らしていた。ミナセもそれが嬉しくて頬を寄せたり、体中まんべんなく撫でてあげたりしていた。


「……変態……」


「ぐはっ!!! クータローさん、久々に話したと思ったらそれはないんじゃないですか? 俺は単純に助けてくれたグリフォンさんを褒めてるだけですよっ。言うなれば男同士の友情を確かめあってる的な?」


「え、ご主人。その子は雌ですよ?」


「えっ」


「……変態……」


 雌と分かっただけで、クータローのつっこみが一気に真実味を帯びてきたが、ミナセは「変態ではない! 博愛主義者なんだ!」と叫ぶとグリフォンをさらに撫で始めた。

 猫達から嫉妬と軽蔑が混じった視線を向けられるが、ミナセは気づいたら負けだと言い聞かせ、気づかないフリをするのであった。


 名残惜しそうに鳴くグリフォンを見送り、ミナセ達は御者が待つ馬車へと向かって行った。相変わらず何も言わずに御者台に座ると、全員が乗った事を確認し走り出した。


「ねぇジュン。もう少しさ、どうだった? とかお疲れ様ですとかあってもいいと思わない?」


「まぁまぁ……きっと長旅で疲れてるんだよ」


 確かに……。あんまりグイグイ来られると困るけど、ここまで話さないタイプもちょっと苦手だなぁ。せっかく一緒に旅してるんだから、もっと和気あいあいというか……。あーあ、こんな時、簡単な魔物でも出てきてくれれば、それを倒して会話のきっかけに! とかできるんだけどなぁ。こんな時に限ってまったく出てこないもんなぁ。


 そんな事を考えるミナセであったが、実は御者が持っている【魔物払い】の魔法具のお陰で、弱い魔物は近寄ってこないのだ。長旅をする商人にとって貴重な魔法具なのだが、フォートナーはこれを持っていく様にと御者に渡していた。そのお陰で順調な旅ができているのだが、そのせいでミナセがどうでもいい悩みを抱えている事など、フォートナーは知る由もなかった。


 そのまま気まずい馬車は順調に進み、無事、王都へと辿り着く事ができた。冒険者ギルドの前で馬車が止まると、中からガーベラが笑顔で出てきてミナセ達を労った。


「あんたらよくやったよ! 無傷で帰ってくるなんて流石じゃないかっ。討伐じゃなくて生きたまま帰すなんて、あんたらにしかできないね!」


「ありがとうございます。……あれ? 俺達が成功したってどうして知ってるんですか? それに討伐しなかった事も……」


「――っ。そりゃあ、あんた! 私は冒険者ギルド長のガーベラさんだよ? 冒険者の情報なんて誰よりも早く入ってくるのさ! さぁさぁ、早く受付で報告して今日は一緒に飲もうじゃないか! 上手い飯もつけてやる。もちろん私のおごりだよっ」


 その言葉にミナセ達は嬉しそうな顔をし、急いで受付に向かって行くのであった。唯一、コアだけが真剣な表情をしていたが、それを一瞬で消し皆の後をついていった。




「では、ごっゆくりお楽しみ下さい」


 品のあるベストに汚れ1つないソムリエエプロンを着こなしたウェイターは、小さくお辞儀をすると静かな足取りで部屋から出ていった。


 ここは王都で随一の高級店【黄金の犬鷲亭】の、さらに選ばれた者しか入れないVIPルームである。要人御用達という事もあり、公にはできない話しや、人目を気にする関係の貴族などがここの常連だ。


「ガ、ガーベラさんっ……こんな高そうなお店、大丈夫ですか?」


「あっはっは! 小僧が何の心配してんだよ。こんな事で傾くような貧乏暮しはしてないよ」


「いえ……なんというか、俺この姿だし……」


 分厚いカーペットの床に沈み込んだ、重厚な椅子を触りながらミナセは居心地が悪そうにしていた。


「それこそ気にする事はないよ。あんたらは王都じゃ有名人だ。遺跡を短期間で攻略した腕の立つ冒険者だ。それにまだ公にはなってないが、国の窮地を救った英雄でもあるしな。むしろ泊がつくって店も喜ぶだろうよ。まぁ、一応、あんたらが気にならない様に個室にしたんだ。大いに楽しんでおくれ」


 そう言うとグラスを傾け、芳醇な香りを醸し出したお酒をグイッと飲み干した。それを見た猫達も待ってましたと言わんばかりに、食事に手を付けていくのだった。


 いつもの【大樹の林檎亭】の食事もおいしかったが、【黄金の犬鷲亭】の料理は味はもちろんの事、その見た目も美しく大いに満足できるものだった。


 あらかた胃に収め終わると、コアがガーベラを見つめ口を開いた。


「ガーベラさん、1つお伺いしてもよろしいですか?」


 あまりマナーがいいとは言えない飲みっぷりでグラスを空にしていたガーベラは、コアの表情を見ると真剣な表情をした。


「先程、ギルドで報告する前に私達の依頼の結果を知っていましたよね? 確かに、ギルド長という立場であれば、いち早く情報を得る事は容易いのでしょうが、私はそれ以外にも何かあると感じました。先日の話しといい、今回の急な依頼、そして先程のガーベラさんの態度……一体、何が起こっているのですか?」


 コアの急な話しにミナセはもちろん、猫達も驚いた顔をした。だが、話しを振られたガーベラだけは諦めた様な感心した様な表情を見せた。


「まったく、本当に勘がいい子だねぇ……。この話しはあんたらにするか悩んでたんだよ。でも、まぁここまで言われちゃ隠す事なんてできないわな……」


 そう言うとガーベラはミナセ達に黙っていた話しをし始めた。国王が企んでいる事、その足がかりとして今回の依頼があった事、ミナセ達についていった御者がフォートナーの手の内であった事、多分、この後ミナセ達の昇格の話しがあるだろうという事、そしてサチの事……。


「……っ。サチが利用されているって事ですか?」


 途中までの話しはよかった。面倒な事になったとは思うけど、それでもいくらでも回避できる事だったからだ。だが、最後のサチを利用して自分達を帝国と戦わせ様としている事は聞き流す事はできなかった。


 猫達も同じ気持ちの様で、サチの話しが出た途端、色が付いた様な殺気を放ち始めた。


「そのサチって子が本当に利用されるかはまだ分からないよ。ただ、フォルが動き出したって事は多分だが、その子を手中に収めていると考えられるんだ。じゃないと、あんたらを動かす事が出来ないと思うからね……」


「サ、サチは酷い事をされていたりするんでしょうか……?」


 答えによってはミナセは今すぐ国王の元に行き、その力を出し惜しみすることなく振るう自信があった。普段は穏やかなミナセでもあふれる殺意を抑えるのがやっとだったのだ。震える手を握りしめながら、ガーベラの返答を待った。


「それはないと思うね。フォルはあんたらの力を利用したい程、優秀だと思っているんだ。そんな奴をわざわざ怒らせるなんて、さすがにそこまで馬鹿じゃないよ。大方、帝国に捕らわれていてとか言って戦わせるつもりだったんだろう。それに、その子を痛めつけた所で何の得もないしね。だったら蝶よ花よともてなして、ゆっくり居座らせる方がいいってもんだ」


 その言葉にミナセは大きく息をついた。猫達も若干、殺気を緩ませるがそれでもまだ怒りは収まっていない様だった。


 よかった。とりあえず何もされないのなら一安心だ……。一安心? そんなわけないだろっ。今のは全部ガーベラさんの予想だし、それが本当とは限らない……クソッ! 俺は今まで何をやっていたんだっ。どうか無事でいてくれよ……!


「それと……これは私の我儘でもあるんだけどね、できればフォルを……あの馬鹿を救って欲しいんだ……。こんな話しをした後で馬鹿な事を言っているのは分かっているんだが……どんなに馬鹿でも私の戦友なんでね……」


「…………話しは分かりました。ですがその願いは叶えられるか分かりません。もしサチに何かあったら俺は自分を抑える事ができないと思います。ただ、帝国との戦争は回避できる様に努力します。その中で余裕があれば国王の事も考えたいと思います」


「もちろんさ。それで十分だよ……。さっそくで悪いんだが事は急を要する。このままギルドに行って今後の話しをしたいんだが、大丈夫かい?」


 ミナセは小さく頷くと知らぬ間に膨らんだ尻尾をゆっくりと元に戻していった。それでも勝手にパタパタと椅子を叩く尻尾を見て、ミナセは小さく息を吐くのであった。

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