第41話「こううんのとり」

 --ガタガタ……ブヒィィン


 馬が一声鳴くと馬車は動きを止めた。どうやら目的の場所についた様だ。


「ここから少し歩きます」


 昨日の夕食からずっと黙っていた御者は久しぶりに声をあげた。ミナセ達は馬車から降りると、自分達が異様な雰囲気の場所にいる事に気づいた。


 小さな川が流れ、山々に囲まれた村らしきものは、家々が朽ち果て廃墟というよりも、ただ木材が積み上げられているといった感じだった。昔、原因不明の事件でここの村人は皆殺しにされたと聞いていたミナセは、背筋に寒いものが走る感覚に襲われた。


 うわー……何かおばけでもでそうな雰囲気だな。山も緑より岩が目立つし、まだ昼なのに心なしか村全体が薄暗くなっている気がするよ。皆殺しって……もう血とか消えてるよね……? 骨とか出てきたら嫌だなぁ。


 トティー村跡地。そこは人々が生活するにはいささか厳しい環境の場所だった。村人が一夜にして全滅し、その原因も分からず、いつしか生きている人達の記憶と地図から完全に消え去った村。


「ご主人……なんだか、薄気味悪いところですね……」


 猫達もミナセと同じ様にこの地に漂う、嫌な空気を感じ取ったようだった。辺りを警戒していると、御者がこちらを伺う様にチラリと見ると、先に歩き出していった。


「ちょっと! 行く時ぐらい声かけなさいよっ」


 ボタンが抗議の声をあげるが、御者は黙々と先に行ってしまった。「なっ!?」とボタンは怒りを露わにしたが、置いてかれては困るとミナセが窘め、後をついていく事にした。


 囲まれている山の中でも比較的低い山に入っていくと、姿は見えないが奥に何かいる気配を感じた。それが単体ではなく複数いるのを感じたあたりで御者は振り返った。


「この先に討伐対象がいます。私は邪魔になりますので、先程の廃村で待たせて頂きます」


 この先にいるのか。合成獣かぁ、聞いた感じすっごい凶悪そうなんだけど、本当に大丈夫かな。


「さて、どんな怪物が現れるやら……」


 そう呟くとミナセは猫達に目配せをし、なるべく気配を消して山を登って行った。するとすぐに目の前が開けた空間に出てきた。どうやらその先は崖になっているらしく、恐る恐る下を覗いてみると、そこには怪物の群れが辺りを警戒しながらウロウロしている姿が見えた。


「どうやら、国王が何かをしたっていうのは本当の様ですね。怪我をしたキマイラを庇う様に見えぬ敵に警戒している感じがします」


 コアの言う通り、辺りを見回すキマイラの群れの真ん中には、羽から血を流したキマイラが寝そべっていた。その姿は討伐対象の怪物というよりは、仲間を庇う人間味に満ちた獣に見えた。ミナセは眺めながらしばらく思案すると、猫達に1つ提案をした。


「皆ちょっと聞いてくれ……」


 その提案に皆、怪訝そうな顔をしたが眼下にいるキマイラをもう一度見ると、「まったく……」と呟くき、手に持っていた武器をしまった。


「じゃあ、僕達が先に行くからじゅんちゃんは後から来てねー」


 そう言うとそのまま猫達は崖を飛び降りた。普通の人なら即死の高さだが、猫の身体能力をもつ身としては朝飯前の事だった。

 猫達が着地し、その音でキマイラ達が一斉に振り返った。怪我をしたキマイラの周りをさらに固め、他のキマイラは猫達に向けて最大の警戒を露わにした。


 ミナセはその様子を上から確認すると、風の魔法を展開し怪我をしたキマイラめがけて飛んでいった。まだ空中戦ができる程、洗練されてはいないがただ前に飛ぶぐらいなら、多少の調整は出来る様になっていた。


「…………あっ、あれれ? やっばい、かも……」


 そう、の調整が出来る様になったのだ。“多少”の部分の誤差がミナセの目標着地地点から、大幅に外れてしまっても練習中の身としては仕方がない事だった。


「ちょっと、ジュン! なにやってるの!?」


 ボタンの焦った声がミナセの耳に届いたと同時に、ミナセは警戒中のキマイラの眼前に着地してしまった。いきなり目の前に現れた猫に、キマイラの獅子の顔が目を見開いたが、反射というべき速度で鋭利に尖った爪をミナセに向けて振りかぶった。


 落下死を防ぐ為に地面に展開した風のクッションがなければ、そのまま小さな体は引き裂かれていただろう。


「――っぶねぇ!!!! うわ、ちょっとタイムタイム!! あ、あ、ヤバイってそれ!!!!」


 かろうじて初撃をかわしたミナセだったが、後を追う様に周りにいたキマイラの攻撃が次々と飛んできた。魔法を駆使しながら何とか避けていると、コアが走って来てミナセを抱えて後ろに飛んだ。


「ご主人っ、何やってるんですか!? さっき話した事は私の聞き間違いですか!?」


「……か、かたじけない……」


 主人の作戦通りに動いたのに、その発案者のまさかの計画外の行動に、コアは思わずミナセに怒ってしまった。ミナセもこれには何も言い返せないと、静かに謝るのみだった。


 ミナセの計画は単純なものだった。猫達が注目を浴びている間に怪我をしたキマイラに近づき、エルフから貰ったペンダントで傷を癒そうと思ったのだ。


『完治はしないかもだけど、怪我を癒やしてくれる人に多少は警戒心を解いてくれるんじゃないかな? ダメだったら魔法でとりあえず離脱するからさ。上手くいけば誰も怪我しないで帰ってくれるかもしれないしっ』


 この言葉に猫達は渋々、従ったのだが、まさか初手からミスるとは思ってもいなかった。結果としてキマイラの警戒心をさらに高めたのは言うまでもない。

 臨戦態勢に入ったキマイラ達は、唸り声をあげながら次の攻撃に羽を広げた。


「じゅんちゃん、もう作戦失敗だからー、さくっと殺しちゃうよー」


 ミナセが止めるよりも早く、チュータローは銃を抜くと先頭にいたキマイラの3つの顔に向けて火弾を撃った。3つともきれいに眉間に被弾し、キマイラは大きな断末魔を上げるとそのまま灰になってしまった。


 チュータローは次々、襲い掛かってくるキマイラの頭を撃ち抜いていった。


「ストップ! チュータロー、待ってくれっ! もう1回俺にやらせてくれ!!!!」


 5頭ほど倒していったチュータローは、ミナセのその言葉に手を止めると怪訝な顔で振り返った。その目は「ほんとにー?」と言っている様に見えて、ミナセは苦笑するとチュータローの横に立った。


「もー、次はしっかりやってよねー。っ」


 チュータローにご主人様を強調されたミナセは、ふんっと一息つくと次は失敗しない様に魔力を調整し始めた。それを素早く察知したキマイラは、何かが起こる前にとブレスを吐いてきた。


「させないよっ」


 ミナセに届く前にボタンは土壁を作りながら、大きな岩の塊をキマイラに牽制する様に投げつけた。風に対してそこまで耐久度がなかった壁は徐々に壊れ始めたが、ミナセが魔力を貯めるのには十分な時間だった。


「よしっ、俺達はお前らの敵じゃないぞ! 動物同士、仲良くしようぜぇぇぇぇ!!」


 そう叫びながら今度は確実に怪我をしたキマイラに向かって飛んでいった。着地目前で周りを囲んでいたキマイラの攻撃が飛んできたが、猫達が協力し上手くかわしてくれた。


 皆、ナイスだ!! これで治ってくれっ!!!


 手に握りしめたペンダントをキマイラの傷に当てるとまばゆい緑の光が広がった。怪我をしたキマイラも周りにいたキマイラと猫達もその光に目が眩んで、一瞬動きを止めた。

 ミナセだけは目をそらさずに傷を見つめていると、徐々に傷口が塞がっていくのが見えた。


「やった! 成功だっ」


 思わず歓喜の声を上げると、目が慣れてきた周りのキマイラがミナセに向かってブレスを吐こうとした。同じ様に目が慣れてきた猫達がそれを阻止しようとするが、距離的にキマイラの攻撃が先に当たるのが早そうだった。


 あ、やばいかも……。


『傷を癒す』ということだけ考えていたミナセは、その後の事をよく考えていなかった。癒やせば必然的に相手も友好的な態度をとると思っていたのだ。


 これはちょっと1撃与えて、離脱するしかないかなぁ……。


 本末転倒な事を考えていると、傷を癒やされたキマイラが突如、羽を広げミナセを攻撃から守った。


 --ゴルルルルルルルァァァァ!!!


 そして一声吠えると臨戦態勢だったキマイラ達を睨んだ。すると、さっきまで殺気に満ちたキマイラ達は一斉に頭を下げる様に伏せた。


「え、あれ? 何事??」


 予期せぬ出来事に固まっていると、傷を癒やされたキマイラはミナセに顔を近づけじっと見つめてきた。まだ完治には遠かったのか、動いた時に小さな唸り声を上げたが、それ以外は静かに見つめるだけだった。


 --グルル……


 何となく気まずい気持ちでいると、キマイラがまた一声鳴いた。今度は先程とは違い小さく威圧のない鳴き声だった。その声を聞くと伏せていたキマイラ達は一斉に立ち上がり、傷を癒やされたキマイラの後ろに下がった。


 まるで部隊の隊長の命令に従っている様に見えたその光景は、どうやら間違っていなかったらしく、後ろに下がったキマイラ達は攻撃してくる様子はなかった。


「ご主人、これは作戦が成功したのではないでしょうか?」


 いつの間にかミナセの横に来ていたコア達が声をかけてきた。確かに最初よりは落ち着いた気がするが、まだ警戒心は溶けていない様に感じた。

 どれぐらいの時間が経ったか分からないが、しばらくそのまま動けずにいると地面に黒い影が映った。その影の出所を確認しようと空を見上げると、1羽の鳥が目に入った。その鳥はそのままミナセ達に向かってくると、その姿を露わにした。


「あっれー? 砂漠にいた鳥ちゃんじゃないのー?」


 キマイラとミナセの間に降り立ったその鳥は、どうやら砂漠で仲良くなった(?)グリフォンだった。何でこんな所に? と疑問に思っていると、グリフォンはキマイラのリーダーにくちばしを近づけ小さく鳴いた。キマイラもそれに答える様に何度か鳴くと、仲間に振り返り大きく吠えた。


 すると大人しくしていたキマイラは一斉に羽を広げ、帝国領土に向けて飛び立っていったのだ。キマイラのリーダーはそれを見送ると、ミナセに近づき3つの頭を器用に擦りつけてきた。そして仲間を追う様にリーダーも飛び立っていったのだった。


「これは、グリフォンが取りなしてくれたんですかね?」


 何がどうなったのかは分からないが、どうやらグリフォンはキマイラと話しをつけてミナセ達を助けてくれた様だった。


 穴だらけだったミナセの作戦は、グリフォンの仲介によりミナセが望んだ形になったのだった。

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