第40話「きんきゅういらい」
「ジュンー、何か冒険者ギルドから朝イチで来いって連絡あったよー」
プラチナ硬貨事件から、王都にいる時はずっと泊まっている【大樹の林檎亭】の1室で、ボタンは先程きた連絡の内容をミナセに伝えた。初日に泊まった部屋よりも広く、豪華な部屋には一般家庭では目にしない風呂が備え付けられていた。
ミナセは朝風呂を堪能し、体を拭きながらボタンの報告を聞いた。
「へ? 昨日、行ったばっかりなのになぁ。何かあったのかな?」
朝イチと言うからには急ぎの用があるのだろう、と思いドライヤー代わりに風魔法を自分に使うと、急いで出かける準備をした。
1階に降り宿屋の店主に朝食はいらない旨を伝えると、ミナセ達は冒険者ギルドへと向かって行った。
「おはようございますー……」
まだ冒険者が来るには早い時間だったので、ミナセは重い木のドアをそっと開けながら、誰にでもなく挨拶をした。いつもであれば受付嬢が営業スマイルで対応してくれるのだが今回は違った。掲示板の前で依頼書を見ている数人の冒険者しか中にはいなく、ドアから1番近い席にガーベラがこちらを向いて座っていたのだ。
「よう、早くからすまないね。ちょっと緊急の依頼が入ってね……。坊主達をご指名なんだよ」
「えっ、指名ですか? 俺達指名されるほど、まだ何もやっていないんですけど」
当然の疑問にガーベラは複雑な笑顔を浮かべた。
「なるほど、昨日の話しが関係している様ですね。ご主人、これはただの依頼ではなさそうですよ」
ガーベラの表情の意味を理解したコアは、自らの主人に警戒するように伝えた。
「まったく、察しがいい子は助かるねぇ。依頼者は貧乏貴族からなんだが、確実に昨日の話しが関わっていると私はふんでる。この討伐対象なら魔法に長けた坊主達を指名するのは、おかしな話しではないんだけど、タイミングがねぇ……」
そう言いながらミナセに依頼書を渡してきた。内容は王国に侵入した帝国有するキマイラの群れの討伐。ガーベラが言うにはゴールドクラスが3チーム、プラチナクラスなら1~2チームで討伐できる内容らしい。その言葉に不安な顔を露わにするが「坊主達はプラチナクラス以上あってもおかしくはないから、そこは安心しな」と言う言葉に胸を撫で下ろした。
「と、まぁ討伐に関しては遺跡をあの期間で攻略した坊主達なら問題ないと思ってる。問題はこの依頼を戦争の足ががりにしようとしている所だよ。もちろん王国領土にいるだけで、別に王国の戦士ではない坊主達には断る権利はあるが、そうすると冒険者としての活動は今後、難しくなるんだ。指名依頼は報酬も破格でいい仕事に見えるが、断るとそういう弊害もでてくる……」
掲示板を見ていた冒険者が、ギルド長と話す白猫達を不思議そうな顔で見ていた。聞こえる距離ではないが、何となく声量を下げてミナセは質問した。
「仮に断ったらキマイラは大人しく帰りますか……?」
「それはないだろうね。帝国が先に回収できれば問題ないが、フォルがそれを阻止すると思うよ。多分だがこのまま近くの村を襲わせて、小僧達が嫌でも討伐に向かう様に仕向けると思うね」
ミナセが抱いた淡い希望は、簡単に打ち砕かれた。国王に利用されると分かっていながら、その策に乗るのはできれば避けたい。だが、そうすると無関係の人がたくさん死ぬかもしれない……。
「別にさー、王様が勝手に自分の国の国民殺すだけでしょー? 僕達、関係ないじゃーん。冒険者ができなくなったって、お金はあるんだしー」
チュータローの言う事はもっともだ。依頼を受けなきゃ困るって事もない……。正直、言えば俺もそう思う。だけど……ここで断ってしまったら、こいつらの飼い主として失格……だよな。
「ガーベラさん、その依頼受けます」
ガーベラは意外そうな顔をした。ここまで話して受けてくれ、と言うのは無理があると思っていたからだ。1人の人間としては断って欲しかった。世情に疎い若者をこんな事に巻き込ませたくなかったからだ。
だが、ミナセなら……大きな力を持ち、損な役割ばかりだが曲がる事のない真っ直ぐな性格のこの
「いいんだね?」
最後にもう一度、確認するとガーベラは優しげな笑みを浮かべた。そしてすぐに真剣な顔つきになると、依頼内容に書かれた事以外の詳しい話しをしてくれた。
キマイラは帝国が保有する戦力であり、勝手に害することは許されない。もちろんきちんと教育もされ、勝手な行動をしない様に躾られている。しかし、ひとたび他の国に侵入すると、その所有権は侵入された国のものになる。だが、キマイラは帝国がつくりあげた人工の魔物であり、それを自分の配下に再教育しようとしても、困難を極める。なので、キマイラが他国に侵入した場合は即討伐が最善策なのだ。
大事になる前に帝国が回収すれば討伐をしなくてすむが、それでも政治的な問題で帝国は痛手を見るだろう。
キマイラは獅子、山羊、竜の頭を持ち、大きな翼と蛇の尻尾が生えている。風の魔法を操るため炎には弱い。だが、群れで匠な攻撃を仕掛けてくるのでとても厄介だそうだ。
姿や性質、弱点を聞き、最後に「受け取ってくれ」というガーベラから治癒の薬を貰うと、用意された馬車で地図に記された渓谷に向かって行くのであった。
「ジュン、本当にいいの? 今からでも断る事できると思うよ?」
道中、何度も言われた言葉をもう一度ボタンはミナセに問いかけた。主人が言うからついてきてはいるが、猫達は今回の討伐に不満がある様だ。
「ははっ、そんな事はしないよ。相手の術中にはまっている様で嫌なのは分かるけど、たくさんの人の命がかかってるんだ。断る事なんてできないよ。それに、お前達には俺以外の命も尊いんだって事を知って欲しい。お前達は俺が命の恩人だって言うけれど、俺だって今まで色んな人に助けてもらってるんだ。そんな人達を助けられる力があるのに、黙って見てるだけなんて、そっちの方が嫌な気持ちにならなかい?」
諭すようにゆっくりと優しくミナセは話しをした。幼い頃に両親を亡くし、施設で育ってきたミナセは今までたくさんの人に助けてもらった。前の世界にいた頃は大した恩返しもできなかったが、この世界では大きな力を手にした。短い期間ながらもお世話になった人達に十分に恩返しできる力を。
自分に不利益が被るかもしれない、というだけでそれらを無視していけるほど、ミナセは打算的な人間ではなかった。誰もが口をそろえて言う程の“いい人”だから。
「むー、難しい話しはわっかんないけどー、それでじゅんちゃんが嫌な気分にならないなら、ついてくよー」
「ふふっ。利用されるのは嫌ですが、私はご主人のそういう所が大好きなんです」
ミナセの言葉は猫達にそこまで響かなかった様だが、その気持を理解しようとする素振りがほんの少しだけ見えて、今はそれだけで十分だ、とミナセは微笑んだ。
長く続いた問答は収束し、ミナセは前に見える御者を眺めていた。
今回は緊急という事もあり、ギルドが保有する馬車が貸し出された。ギルド所属の御者は黙々と馬の手綱を引くだけで、ミナセ達の話しには一切、入ってこなかった。
やっぱり、冒険者ギルドの人達は詮索しない様に教育されてるんだなぁ。
帽子を目深に被り、表情は伺えないが聞き耳を立てている様子もない。必要最低限の言葉以外発しないという徹底ぶりだ。だが、だからこそ公にできない内容を話しあう事ができた。もちろん重要な部分は隠してはいたのだが。
太陽が西に傾きかけた時、御者はミナセ達に声をかけた。
「ここで一旦、休憩を兼ねた食事にしましょう。急ぎなので夜もそのまま走ります。なので、食事が終わったらそのまま幌の中で寝て下さい」
用件だけ伝えた御者は、道の先にある少し開けた場所に馬車を停め、食事の準備をし始めた。手伝おうと近寄ると「これも自分の仕事です」と断られてしまった。
簡単だが塩味の効いたスープと黒パン、ミナセがバッグに入れていた腸詰めの肉を皆で食べると、少しばかり休憩し馬車はまた走り出した。
お腹を満たした猫達はすぐに眠ってしまった。最後まで起きていたミナセは、ガタガタと揺れている馬車に眠れるか不安だったが、その揺れがいい感じに眠気を誘い、そのままゆっくりと睡魔に身を任せた。意識が途切れる直前に、御者が1人でブツブツと何かをしゃべっているのが見えた。
あぁ、やっぱり夜の運転は独り言多くなるよなぁ……。
元の世界にいた頃の記憶を蘇らせながら、ミナセは重くなった瞼をゆっくりと閉じるのであった。
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