第39話「おもわく」

「おお、ついに発見したか! よくやったぞ。ふむ、こちらでも準備をしておく。計画は帝国の村についた時に実行するとしよう」


 国王は役目を終えたプレートを胸にしまうと、笑いを隠す様に口元に手を置いた。人払いはしてある為、誰も見ていないのだが、表情を隠すのは癖みたいなものだった。


「アルバード! アルバードはいるか!!」


 大きな玉座の間に響き渡る声で、アルバードの名前を呼んだ。


 --ガチャ


「はい、ここに」


 扉を開け入ってきた男は痩せすぎな程に痩せた、白髪の青年だった。その見た目のせいで大分、年上に見られるが実はまだ20代半ばの若い男だ。純粋な力を好む国王だったが、暗躍術に長けたアルバードは国を動かす者としてなくてはならない存在だった。


「お前が言っていたあの小娘は王都に入ったのか?」


「はっ、どうやら到着までもうしばらくかかると思われます。入り次第、隙を見て捕らえる様、すでに手は回しております」


「ふん、まったく自分の立場を分かっていない子供には困ったものだな。だが、そのお陰で余の国は発展するのだから、ありがたいと思うべきか……。くれぐれも余が依頼した事が漏れぬように気をつけよ。それと捕らえた後の準備等も滞りなく進んでおるな?」


「はい。何重にも間に人を介していますので、その心配はないかと。それと地下に外部からの干渉を妨害する結界を張っている最中です。相手の国にも隠密を派遣していつでも動ける様にしております。ですが、魔力を減衰させる術に関しては、もうしばらく時間が必要になると思われます」


 ふむ、小娘の方はいいとして、そちらは仕方がないか……。あれは幾人もの魔導師が膨大な魔力を注ぎ込んで出来上がる術だ。ブレイクが戻るまでしばし時間もある。ゆっくりと確実に進めていこう……。


 アルバードに手で下がるように合図をすると、国王は私室に戻りこれからの計画をもう一度、練る事にした。


 まずは、サチという女の処遇か……。力はまだ不確かという話しだが、弱いという事はあるまい。ブレイクに減衰術が施された魔石を持たせたが、十分な術は込められなかった。あれだけでは大人しくさせるのは難しいな。捕えた後に強力な術で弱らせてから、死なない程度に痛めつければいいだろう。


 国王は悪どい笑みを浮かべると、見えぬ帝国の領土を見つめた。国王はサチを使ってミナセを帝国と争わせ様としていたのだ。サチを傷つけ、それを帝国がやった様に見せる。仲間思いのミナセであれば怒り、手を貸してくれるだろうと思っていた。


 力はあるがあまり知恵の回らない国王の計画が、はたしてうまくいくかは神のみぞ知るところだった。


 それにこのタイミングで王都に来るあの小娘……。何という好機。まだ使い道はないが、もしもの時は十分に活用できるだろう。必要なければ殺せばいいだけだ。ふははははっ、それを知ったらあいつはどんな顔をするのか。まぁ、言うつもりはないのだがな。

 さて、あいつらには少しでかい依頼を受けてもらわねばならんな。たしか辺鄙な村が滅んだあたりに帝国が有するキマイラの群れがいたはずだ。戦争を仕掛けるにしても早い内に始末した方がこちらの被害が少なくてすむ。そうすればあいつらのランクも上げやすくなるし、プラチナクラスになれば余が直々に会っても問題はあるまい。

 まずは、ギルドへの依頼と……。さて、これから忙しくなるぞ。久しぶりに剣の鍛錬でもしようかの。腕が鈍ってしまっては、いざという時に好機を逃しかねん。



 ********************



「チッ! こんな事なら先に読んでおくんだったねっ。これじゃあ、さっき坊主達に言った事が真実になっちまうじゃないか……。下っ端貴族を利用して巧妙に隠していても、このタイミングでキマイラの群れの討伐!? ったく、なめんじゃないよ。フォルが仕組んだ依頼にしか見えないだろっ」


 ミナセ達が出ていってから、すっかり忘れていた貴族からの依頼書を開けたガーベラは、内容を読んで舌打ちをした。


『緊急討伐依頼~帝国が有するキマイラが王国領土内に侵入した。重大な規定違反により討伐を実行すべし。なお、今回の討伐は迅速な対応が出来る能力を有する者、高度な炎魔法の使い手が必要となり、以下の者を討伐に指名する~


 シルバークラス 【全属性魔法】ミナセ・ジュン

 シルバークラス 【水魔法】コア

 シルバークラス 【土魔法】ボタン

 シルバークラス 【炎魔法】チュータロー

 シルバークラス 【闇魔法】クータロー


 以下の者はギルドの指示に従い、早急に王国の外れトティー村跡地に向かうべし』


 ご丁寧にミナセ達を指名した紙を、怒りにまかせながら握りしめると、どうするべきかガーベラは悩んだ。いくら下っ端貴族の依頼とはいえ、貴族直々の依頼なのだ。冒険者ギルド長という地位にいても貴族の命令には従わなくてはならない。


 仮にここでガーベラが断っても、そのままギルド長を降ろされ、新たなギルド長に書状がいくだけだ。しかも国王の息がかかった者がなるに決まっている。今後の事も考えれば、動きやすいギルド長を降りる訳にはいかない。


「クソッ! 領地を守れなかった業突く張りがっ。金でも積まれたんだろうね。しかし……選択できる立場にないって事か……。坊主、すまない私にもっと力があれば」


 自分の不甲斐なさにさらに怒りを感じながら、ガーベラはこれから面倒に巻き込まれるであろうミナセ達に謝罪をした。だが、このまま素直に受け入れるガーベラではない。書状を丸め懐にしまうと、この国を共に発展させてきた信頼できる友人の元へと向かって行ったのだった。




「おや、これは珍しい来客ですね。ついに私にお金を借りに来ましたか?」


 爬虫類の様な顔を笑顔の形に歪ませながら、ガーベラに軽口を叩くこの男こそ、商会ギルド長フォートナー、先代から信用を置いている人物だった。傍から見れば失礼な発言をするフォートナーだが、これも2人の仲の良さからくる挨拶の様なものだった。


「相変わらず嫌味な男だねぇ。そんなんだからずっと独り者なんだよ」


 ガーベラもフォートナーの軽口を、軽口で返した。そのままおもむろにソファーに座ると、フォートナーがいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、真剣な眼差しでガーベラの前に座った。


「はぁ……、どうやら前に話していた懸念が事実になったようだよ。フォルの野郎、小僧達を利用する気満々だ。下っ端貴族を使ってこんなもの寄こしてきやがったよ」


 そういうと懐にしまった先程の書状をフォートナーに見せた。


「――っな。キマイラ討伐ですか……。これはまた大変な事をし始めましたね。どうせ領土侵入もこちらが何か仕掛けた結果でしょう。確かにあそこの懸念がなくなれば、こちらにかなり有利になりますからね。仮に失敗しても頭の悪い貴族と冒険者が悪巧みをしてやったと言えば、あとは簡単に処分して手打ちにするつもりでしょう。……しかし、成功したとしてもどうやってミナセ達を仲間に引き入れるつもりなのでしょうか?」


 フォートナーの言う通り、トティー村跡地は住むとなれば貧しい土地だが、帝国に攻め入るとなれば王国に有利になる地形の場所だった。それだけに帝国が用いる高戦力の1つをそこに配置し、簡単に攻め入れない様にしていた。


 もちろん国境付近にそんなものがいれば王国側も黙ってはいない。なので先の戦争の時に条約が結ばれたのだ。互いに不可侵に徹する、と。それが守られている限り人の出入りは比較的自由に行えるし、争う気がなければ特に脅威になるものでもなかった。


「それなんだがね……。小僧達が仲間を探しているのは知ってるかい? どうやらそれを使って仲間に引き入れようとしている気がするんだ。もちろん私の憶測で、証拠なんかないんだがね」


「……でも、国王と長い付き合いだからこそ分かる、といった感じでしょうか?」


「あぁ。まぁ、確実に分かるのはフォルが小僧達の力を使って、帝国とまた戦を始めようとしている事だけだ。その他はあくまでも私の勘だと思っておくれ」


 そう言いながらガーベラは複雑な表情をした。昔とはいえ一緒に戦った仲間が、私利私欲に走り無関係の冒険者を利用しようとしている。どちらとも関わりが深いわけではないフォートナーでさえ、重い気持ちになるのだ。ガーベラの心情を思うと、なんと声をかけていいのか分からなかった。


「分かりました。その勘の部分も含め私も行動しましょう。ところで、この事はブレイクさんに伝えなくていいんですか?」


 話題を変えようとブレイクの話しを振ったのだが、ガーベラはさらに複雑な表情をしてしまった。


「あいつには……今のところ黙っていようかと思ってね。この件に噛んでるとは思ってはいないんだが、フォルが目をかけているって噂を耳にしてね。どちらにせよ、まだ話さないほうが得策と思ったんだよ」


「なるほど……。剣の腕前といい人望といい、国王からしても重要な人物でしょうしね。様子を見ながら来るべき時がきたら話しましょう。……しかし……これからこの国はどうなってしまうんでしょうね……」


 フォートナーはガーベラの話しを聞き、この活気に満ち溢れた国が、遠くない未来に暗いものになってしまうのではないかと重い気持ちになるのであった。

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