第37話「クータローのさいなん」

「しょうがないなぁ。じゃあ【大樹の林檎亭】にいるから、遅くならないようにね。それと、街では絶対、絶対にもめ事を起こさない事! いいねっ?」


 ミナセに念入りに忠告をされているのは、チュータローだった。なぜ、こんな忠告をしているかというと、冒険者ギルドから出て、食料の買い足しやらサチの情報収集などをしようと話していると、チュータローが「街を探検したい!」と言い出しだのだ。


 取ってつけた様に、情報収集ならば別れて行った方が効率的だと言い始め、しかたなくミナセは了承した。ただし、1人では危ないので(主に街の人々が)クータローを同行させる事が条件だった。「全然おっけー」と言うチュータローと若干、嫌そうなクータローはミナセと別れて散策……もとい情報収集をしに行ったのだった。




 ミナセからお小遣いを貰った2人は、王都の入り口近くの飲食街を歩いていた。


「クーちゃん何か食べようよー」


「……情報収集……」


 1つ1つ屋台を覗きながらクータローに提案するが、中々了承してもらえなかった。ここで不貞腐れるかと思いきや、チュータローは甘辛い香りが食欲を誘う屋台に向かうと、クータローに振り返り満面の笑みをした。


「で・も・さー、クーちゃん。これは食べたいと思わないー?」


「……ゴクリ……」


 一生懸命、無関心を装っていたクータローだったが、十分に嗅覚を刺激する香りに思わず喉が鳴ってしまった。こうしてクータローはチュータローの思惑にまんまと嵌まるのであった。


 サチ捜索という名の買い食い散歩をしていると、クータローの耳が何かを感知した。気配がする方に顔を向けると、チュータローも気づいたらしく同じ方向を見た。


「なーんか、あやしい声がきこえたねー」


 2人の耳には女の子の叫び声が聞こえていた。元猫の聴力だから聞こえた様なもので、現に周りを歩いている人達は何事もない様に普通に歩いていた。


「……もめ事ダメだよ……」


「わかってるよー。でもー、何なのか気になるじゃーん。野次馬しに行こうよー。何もしないからー、見るだけ、見るだけっ」


 行こうよと誘ってはいるものの、クータローの返事を待たずに、チュータローは声がした方へ歩き始めていた。チュータローの性格は分かっていたが、クータローは小さなため息をこぼすと、ミナセになんて言い訳をしようか考えながら後をついていくのであった。




 建物の隙間や細い路地を通りながら、声がした方へ歩いて行った。賑やかだった大通りからだいぶ離れ、人気のない薄暗い路地の一角に辿り着いた。綺麗な王都に似つかわしくない、陰気な雰囲気を醸し出している路地の奥に、数人の人だかりが出来ていた。


「いい加減に大人しくしろやっ。ック、痛ってぇ!! こいつ噛みつきやがったぞ。おい、お前らそっち持て……痛ってぇって言ってんだろっ」


「離しなさいよ! あなた達こんな事していいと思ってるの!? 私が誰だか分かってやっているんでしょうね!?」


「分かってっから、この状況なんだろよ! ったく、このクソガキ……ちょっと痛い目見てもらうぞ」


 逆光で見づらかったが、3人の男が1人の少女に乱暴をする光景。どうみても穏やかな状況じゃなかった。


「おおー、クーちゃんこれは凄い所を目撃しちゃいましたねー。あれが噂に聞く暴漢ってやつですかねー」


 両手を丸め双眼鏡の様にし、その光景を眺めながらチュータローは男達に聞こえる音量でクータローに話しかけた。2人に背中を向けていた男達は、その声に反応し勢いよく振り返ると、鋭い視線と怒声を浴びせてきた。


「何だてめぇら! 殺されてぇのかっ。こっちは今、取り込んでるんだ…………よ……」


「……あっ……」


 最初の勢いはどこへいったのやら、2人を視認すると男の怒声は尻すぼみになっていった。


「あーれれー? これは懐かしい人達ですねー。クーちゃんにやられた傷はもういいんですかー?」


 少女に乱暴をしていた3人の男は、以前ミナセを誘拐しようとしたガラの悪い冒険者だった。あれから多少、月日が流れていたが、男達に刻まれた恐怖は未だ拭いきれておらず、特に最後までミナセ達と同行していた男は、目に見えて狼狽し始めた。


「あ……いや……これはですね……ははっ、何というか。お、お久ぶりです……。いや、俺達も断ったんですがね……とあるお偉いさんの依頼で、このガキを連れてこいって……ってダメですよね、こんな事しちゃ……ははは……」


 少女を掴んでいた手を離すと、男達はゆっくりと後ずさりした。その隙に少女はチュータロー達の方へ走って来ると、体を震わせながらクータローの後ろに隠れた。


「へー。またあの豚に言われたのー? こりないねー、やっぱあの時殺しておけばよかったねー」


「ま、待って下さいっ。今回は公爵様からの依頼ではなくてですね……俺達も正直、誰が依頼したか分かんなくて……。ただ、受ければ前回の事は不問にする事ができるって言われて。だ、だからこれを最後にまっとうな道に進もうと思ってまして……」


 人はこんなに青くなるのか、と思えるほど青ざめた顔をし、男は滝の様な汗が流れていた。チュータローは腰から銃を抜くと、静かに魔力を込めた。


 --バンッバンッバンッ!!!


 そのまま男達の足元に、当たるか当たらないかのギリギリの所に魔弾を撃ち込むと、今度は銃口を先程よりも上に向け、にっこりと笑った。


「次はそのうるさい口に、撃ち込みたいと思いまーす」


「「「いやあああああああああああああああああ…………」」」


 男達の悲惨な叫びが路地に響き渡ると、チュータローは満面の笑みで男達に向かっていったのだった。


 そんな光景を見なかった事にしたクータローは、自分の後ろに隠れる少女に声をかけた。


「……もう、大丈夫。怪我は……?」


 カタカタと震える少女の頭に手を置くと、そのまま優しく撫でた。クータローとしては落ち着いてもらわないと話しが進まないと思ってやった行動だった。

 意図していた通りに少女の震えは止まったが、今度はクータローを見つめると、顔を真っ赤にし俯いてしまった。


「……? 名前は……?」


 少女の行動を訝しげに思いながら、とりあえず身元を確認してさっさと終わりにしたかったクータローは、俯いた顔を覗き込むようにして少女の目を見つめた。ここにミナセがいたら間違いなく「リア充爆発しろっ」と叫んでいただろう。


「――っ。わ、私はアリーと申します。こ、この度は悪漢からお救いいただき、感謝いたしますわ。爺やとはぐれてしまった所、いきなり襲われて……あのまま連れて行かれたら大事になる所でしたわ……あ、貴方様のお名前をお教え頂いてもよろしいですか?」


 アリーと名乗る少女は仕立てのいい黒いドレスの裾を握りしめながら、クータローの名前を尋ねてきた。本来であれば勝ち気な赤眼がよく似合う、大人びた美しい少女なのだろうが、顔を真っ赤にしたその姿は年相応の幼さが現れていた。


「……クータロー……あっちはチュータロー……」


 男達と戯れ終わったチュータローを指差し、アリーに名乗った。


「クー様……」


 なぜだか自分の名前だけ呟くアリーを不思議がりながら、戻ってきたチュータローに先程、聞いた話しを簡単に説明した。


「ふーん……その爺やって、あそこで腰抜かしてるおじーさん?」


 路地の奥を見ると先程の男達が積み重なっている向こうに、お爺さんが目を見開いて地べたに座り込み震えていた。アリー同様、仕立てのいい燕尾服が汚れてしまっているが、そんなものは気にならないぐらい、目の前で起きた光景が怖かった様だ。


「爺や!!!!」


 アリーもそのお爺さんに気づいたらしく、顔を見ると急いで駆け寄っていった。その声とアリーの姿に正気を戻した爺やは、震える足を叱咤し、駆け寄るアリーを抱きしめた。


「お、お嬢様……ご無事で何よりです……」


「グスン……爺やぁぁ、怖かったわぁぁぁ。あの方が助けてくださらなかったら、ヒック……私……今頃どうなっていたか……ウワーン……」


 ひしっと抱き合って互いの無事を確かめ合いながら、安心したのかアリーは泣き出してしまった。それを見た爺やも、目に涙を浮かべながら「うんうん」と頷いていた。


「あ、クーちゃん。ちなみに僕、あの人達殺してないから、この事はじゅんちゃんに黙っててねっ」


「……じゃあ串焼き、もう1本……」


 目の前で繰り広げられる感動の再会を完全に無視し、クータローが所望する串焼き屋さんに行こうとすると、それに気づいたアリーと爺やが呼び止めてきた。


「お待ち下さい! お嬢様を助けて頂いた2人には、何かお礼を……」


「そうですわ。このまま何もしないなんて……クー様、何か欲しいものがあれば何なりと申してください! ク、クー様がお望みとあれば私、こ、この身を差し上げてもよろしいですわっ」


 そう言いながらキャーと顔を隠すアリーと、顎が外れそうなぐらい口を開いた爺や、クータローだけ特別視されてる事に不満顔のチュータロー、3者を眺めながら大きなため息を吐くクータローは、チュータローの手を取り、何も言わずにそのまま立ち去ってしまった。


「お、お待ちくださいませっ」


 後ろからアリーが呼び止める声が聞こえたが、クータローは猫の身体能力を駆使し、あっという間にアリー達の前から消え去ってしまった。




「クーさまー、何であのままにしたのー? 何かおもしろそうだったじゃーん」


 ニヤニヤと笑うチュータローを横目に、クータローは「だから立ち去ったんだよ」と思いながら、目的の串焼き屋に向かうのであった。

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