第38話「サチ」
--コツンコツンコツン
真っ白な大理石でできた床を、軽い足取りでブレイクは歩いていた。ここは帝国領土の端にある遺跡だ。15階層にもなる、遺跡としては珍しい部類の大規模な場所だった。
「はぁ、こんな遺跡も攻略していないとは。ただ広いだけで弱い魔物しかいないじゃないか……帝国の戦力も大したことないのだな」
発見されてから長い間、攻略されていなかった遺跡だったので、ブレイクはもっと歯ごたえがある魔物を期待していたのだが、それは残念な結果に終わった。
帝国の名誉のために付け加えておくが、この遺跡はそんなに簡単に攻略できるものではないのだ。たしかに魔物の強さでいえば王国にある遺跡に劣るが、その広さと同じ様な作りの階層は、入った者の感覚を狂わし、数あるトラップで中々前に進めず、体力と気力をごっそり持っていく作りなのだ。
ブレイクが神から与えられた力で人よりも体力があった事、神から見捨てられる以外ブレイクの心を折るものはない事、それにミナセから作ってもらった武器が実はアーティファクトだった事が簡単に遺跡を攻略できた理由だった。
剣に付いた血を拭いながら、目の前のワープゲートをくぐった。視界が一瞬、波打つと次の瞬間には大理石のフロアから見たこともない部屋へと移っていた。
何かの植物でできた草色の床に、木をそのまま切り出してきた様な背の低い重厚なテーブル、ソファーというにはいささか高さの足りない椅子、さらに奥にはこれまた植物でできた様なカーテンに似た仕切り。よくみるとうっすら見えるその先は寝室になっている様だ。
全体的に木、植物、紙でできたこの空間は、初めて見るがなんとなく落ち着く雰囲気を持っていた。
国王の私室に何度か足を運んだブレイクさえも見た事のない、不思議な家具や調度品に目を奪われていると、寝室の方から音が聞こえた。
「……んん……むー……」
何も知らなければまさかまだ魔物が!? と驚いたかもしれないが、ブレイクはその声の主を連れてくる為にここに来たのだ。殺気を隠し衛兵ギルド長のブレイクさんの顔に戻すと、ゆっくりと寝室へ向かった。
植物のカーテンを開くと中には、この世界には珍しい黒髪の小さな少女が天使の様な寝顔を見せていた。ぐっすりと眠ってはいたが、肩にかかるぐらいの髪がちょうど口元に入り込み、それを無意識になんとかしようとして、小さなうめき声をあげていた。
おかしい。ミナセは老齢の女性と言っていたが……。目の前にいるのは、まだあどけなさが残る少女だ。だが、神様が間違えるわけもないし……。
想像していた人物とは異なり、若干思考の海に入り込むが、とりあえず本人に聞くのが早いと合点し寝ている少女を起こそうとした。
「嬢ちゃん、起きろ。おい、聞こえてるか? 向かえにきたぞ。嬢ちゃん、ミナセの仲間のサチじゃないのか?」
体を揺さぶりながら声をかけるが中々、目を覚まさなかった。だがミナセという言葉が出た瞬間、その少女は飛び起きた。
「ご主人っ!!!!」
いきなりの事にブレイクは思わず目を見開くが、すぐに冷静になるともう一度、その少女に質問した。
「嬢ちゃん、ミナセの仲間のサチで合ってるか?」
「ミナセ……ミナセジュンの事か!? そうじゃ、わしはご主人の家族サチじゃ。……ん? お前は誰だ……?」
寝起きを感じさせない足取りで一段高くなっている寝室から降りると、サチは訝しげにブレイクを眺めた。
「おはよう嬢ちゃん、俺はブレイクってんだ。ミナセがお前さんの事を探しててな、それに協力してるんだよ。まぁ、見つかってよかった。ミナセは王国で待ってるはずだから、一緒に行こうぜ」
そう言いながらブレイクはサチという少女を観察した。白い大きな袖に真っ赤なスカートの様な物を履いた、不思議な格好の少女だった。それに見た目には似つかわしくない、年寄りじみた言葉使い……ミナセの仲間同様、見たこともない端正な顔立ちがさらに不信感を際立たせた。
ここにミナセがいれば「巫女服ロリババアとか誰得だよ!!」とつっこみを入れる所だが、そんな文化がないブレイクは表に出さない様に警戒心を強めた。
「ふむ、やっぱりご主人もこの世界に来ておったか……。よし、小僧! わしをご主人の元まで案内せい」
「小僧って……嬢ちゃんよりは大人なつもりなんだがな」
「カッカッカ! ぬかせっ。わしはこれでも80歳を越えとるわい。ご主人はわしらを大切に育ててくれたからのぉ。このまま猫又になるまでわしは生きるぞっ」
なっ…………。エルフでもないのに80歳を越えてその見た目だと……。あいつら膨大な魔力で秘術でも編み出したのか? だが、中身はねこまたとか訳の分からない発言をするあたり、ボケが始まっているのかもしれないな。
何となく可哀想なものを見る様なめつきでサチを眺めると「なんじゃ! 何か失礼な事を考えている気がするぞ!」と言いながら、ブレイクの事をポカポカと殴ってきた。
それを軽くいなしながらブレイクはサチを連れて再びワープゲートをくぐっていった。もちろん、部屋にあった魔法具をしっかりとバッグに詰めた後に。
「ここから15階層上がっていくぞ。広いからはぐれない様に気をつけろよ」
「なにっ、15階も登るのか……。小僧、老体にはそれはちと厳しいのう。そうじゃわしをおんぶして上がっていけ」
まるで断る訳がないといった感じでサチはブレイクにしがみついた。強引な態度に少しイラッときたが、見た目通りの重さを感じない体に、特に問題はないと切り替えて先を進んで行った。
しばらく歩いていくとブレイクは、疑問に思っていた事を口にした。
「しっかし、何でまたあんな所にいたんだ? しかも見た所、水も食料もなかったし、よく生き延びていたな」
「カッカッカ、起きたらあの布団の上にいたもんで、どうやってあそこに入ったのか分からんでのう。しかも出口が見つからずに困ったわい。じゃが、なぜだか腹も空かず喉も渇かずで特に問題はなかったのう。それがなかったら今頃、干からびておったわい」
遺跡のもつ魔力のおかげか……? そんなもの聞いた事はないが。やっぱり遺跡はまだまだ謎が多いな。
年寄りの特徴なのか、どうでもいい話しを長々と聞かされながらようやく遺跡の出口に辿り着いた。そのまま外に出ると遺跡は役目を終えたように崩れ去り、残ったのは出入り口の横にあった受付の小屋だけだった。
「少し待ってろ」
そう言うとサチを背中からおろし、ブレイクは小屋で遺跡攻略の報告をしていた。帝国の冒険者ギルドから派遣された受付は手早く処理を終えると、いそいそと帝都にある冒険者ギルドに帰っていった。
「小僧、遅いぞ。なんだか外に出た瞬間、わしは腹が減ったぞい。何か食わせろ!」
ブレイクは深いため息を吐くと、【遠見の水晶】をサチに見えない様に取り出した。
あいつらはケナトーシを出たばかりか……。途中、帝国の村で何か食べたとしても俺達のが僅かに先につくな。
ミナセ達の動向を確認すると、サチに向き直り渋々了承した。するとサチは「腹が減って動けん」と言って、またブレイクの背中にしがみつくのであった。
「ったく、図々しい婆さんだな」
そう文句を言いながら歩き出したブレイクは、サチに見えない様に神に選ばれしブレイクの顔を見せた。
よし、計画は順調だな。待ってて下さい神様、このブレイクがあなた達に相応しい国をプレゼントしますから……。
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