番外編「たなばた」

「そういえば、元の世界はそろそろ七夕シーズンだな」


 笹の様な葉っぱが川を流れていくのを見て、ミナセはふと元の世界のイベントを思い出した。もちろんこの異世界にはそんなものはないし、元の世界にいても七夕なんて小学校でやったぐらいで、特に親しみ深いイベントではなかったのだが、何となく懐かしくなって口に出したのだ。


「じゅんちゃーん。たなばたってなーにー? 食べ物ー?」


「あっはっは、違うよ。七夕っていうのは短冊に願い事を書いて、笹の葉に吊るすんだよ」


「ふーん、なんでー?」


「え、いや……何でだろう……ね」


 元からそこまで七夕に興味があるわけでもないのに、何でと聞かれてもミナセは答えられなかった。大人として何となく気まずい感じになりながら、助けを求めようと視線を巡らすとコアと目が合った。


「諸説ありますが、中国からきた乞巧奠きこうでんという風習が大きいですかね。元は縫製の上達を願って織姫に祈っていたのが、年月が経つにつれて芸事や書道も祈るようになり、今の何でも願うという風習になりました。短冊も寺子屋から始まり、願い事は神聖な竹に吊るすという今の形になったと言われています」


「ふーん、なんだかよく分かんないねー」


 いやいや、ちょっとコアさん! 何でそんなに詳しいんですか!? え、まさかウィキペディアスキルとか持ってたりするの? やだ、なにそれ欲しい。てかうちの中で顔面レベル低いの俺だけ? とか思ってたけど、まさかの知識レベルも低かったってオチ? ないわー、うわー、ないわー……。


 ちょっと助けてもらおうと思ったら、まさかの大ダメージを受けるミナセは、しょんぼりしながら川のほとりで自分の頭の悪さを嘆いていた。その姿を見てコアはしまった、と思い急いでミナセに取り繕った。


「ご、ご主人! 私、七夕ってやった事ないんですよ。知識として知っててもやった事ないなんて、何いってんだって感じですよねっ。ご主人は七夕をやった事があるんですよね? やっぱりご主人は凄いですっ。で、ですから、私達にも七夕をどうやるか教えてくれませんか!?」


 そう言いながらコアは残りの3人に目配せをした。


「あ、たしかにー! あたしもテレビとかでしか見た事ないんだよねー。や、やってみたいなー」


「わー、何か楽しそうだなー。僕もたなばたってやってみたいかもー」


 明らかに演技と分かる言い方に、コアは2人を見て頭を抱えた。ミナセも猫耳がピクピクと動いてはいたが、背中を向けたままだった。これは失敗か、とコアはさらに焦ったが、残るクータローがナイスアシストをした。


「……サチが見つかる様に願い事書く……」


「それだっ!! あ、いや……えっと……私もサチが早く見つかる様に願い事書きたいです。どうですか、ご主人? 皆で七夕しませんか?」


 するとミナセは猫達の方を振り返り、皆の顔を見た。猫達は一様に「サチ見つかる様にお願い事したいなー。でもご主人が教えてくれないと出来ないなー」という雰囲気をだし、ミナセの返事を待っていた。


「そうだな。もしかしたら俺達の願い事、聞いてくれるかもしれないし、いっちょやってみますか!」


「「「「わーい!」」」」


「そうと決まったら、街で短冊用の紙と笹の葉代わりの木を見つけないとだな! よし、じゃあ皆で手分けして集めてこようっ」


 こうしてミナセとボタン、チュー、クー、コアの2組に別れて七夕の準備が始まった。


「クータロー、ナイスですよ」


「……屋台の串焼きでいいよ……」


 ちゃっかりコアにご褒美をねだると、なぜかチュータローも便乗してきたのだった。




「ふっふーん。ジュンとデート、デート!」


 ミナセとボタンは短冊用の紙を買いに商店街に来ていた。初めての2人っきりのお出かけに、ボタンはずっとこの調子だった。目的の文房具屋に行く途中のお店で、髪飾りや洋服を自分にあてて「これ似合うかなー?」とやっていた。


「ほら、ボタン。そんな事やってると七夕終わっちゃうよ」


「そーですか!」


 ボタンはその言葉にほっぺを膨らませると、持っていた服を元の場所に返し、そのまま先に歩きだしてしまった。先に進んでくれて安心したミナセだったが、ボタンがなぜ怒りのオーラを出しているのか分からなかった。これがミナセが女性達に“いい人”で終わってしまう理由だと、本人は知るよしもなかった。


 ここでボタンが見ていた服屋や小物をこっそり買って、プレゼントすれば真逆の人生が歩めたかもしれないが、それをしない(気づかない)のがミナセジュンなのであった。




 必要なものを買い最初にいた川のほとりに行くと、すでにコア達が待っていた。手元には手頃な竹に似た木を持っており、ミナセの帰りをまだかまだかと待っていた。


「じゅんちゃん、おそーい」


「ジュンはニブチンだからしょうがないの! ほら、紙と羽ペン買ってきたから皆で願い事、書こうっ」


 え、ニブチンって俺の事? それって鈍いって意味なのか? なんで俺、ディスられてるし! 何かさっきからボタンが怒ってる様に感じるけど……気のせいじゃなかったのかな。


 首を傾げながら皆の元に行くと、猫達はさっそく何を書こうか悩んでいた。


「おいおい、そこはサチが見つかります様にじゃないのか?」


「それはもう決まってるけどー、他に何をお願いしようかなーって思ってー」


 あれが欲しい、これが食べたいと猫達はキャッキャ騒ぎながら短冊に願い事を書いていた。ミナセはそれを微笑ましいと思いながら、自分も短冊を手に取り願い事を書いた。


 皆が書き終わる頃にはあたりは薄暗くなってきて、空には微かに星が輝き始めていた。1枚1枚短冊を木に結んでいると、チュータローの願い事が書かれた短冊が目に入った。


「ん、何だこれ。鼠のおもちゃが欲しいって……まったく、ちゃんと家に帰れたら買ってあげるよ」


「ほんとにー! じゃあ、後はねーカリカリ少なめ、パウチ多めでしょー。爪とぎに毎日、マタタビ撒いて欲しいでしょー。それとね、それとねー……」


「分かった分かった。よぉく吟味して考えとくよ」


 欲張りなんだから。でも、こうして見ると猫達が何を欲しがって、何を考えていたのかよく分かるな。ちゃんと覚えて、帰ったらできる限りプレゼントしてあげよかな。


 4人と1匹の願い事が書かれた短冊は、予想以上に多かった。と言ってもほとんどチュータローの願いなのだが。竹に似た木は色とりどりの紙が吊るされた事により、七夕の雰囲気を十分に出していた。


「私は皆が健康に過ごせます様にと願いました。後は……甘いものがたくさん食べれます様に……」


「……ハンモック付きキャットタワー……」


「あたしは、ジュンのニブチンが治ります様にと、ジュンがあたしの気持ちに気づきます様に。ジュンは何を書いたの?」


 そう振られてミナセは恥ずかしそうに、自分が書いた願いを口にした。


「俺は……家族が幸せであります様に……かな。うわ、何か恥ずかしいな……」


「ジュン……やっぱり大好き!!!!」


 先程までの不機嫌はどこへ行ったやら状態で、ボタンはミナセを抱きかかえると、真っ白な毛皮に頬をグリグリと擦りつけた。


「おっと、ははっ、くすぐったいってっ。後はやっぱりこれかな……」


「「「「「サチが見つかります様に」」」」」


 ミナセがもう1枚の願い事を口にしようとすると、猫達もまったく同じ事を言った。


「はははっ!!!!」


 やはり皆の1番の願いは同じ様で、ミナセは意図せず口を揃えた事が、おかしかったし嬉しかった。どんなにふざけていても家族を思う気持ちは同じなのだと。


 大笑いしてるとすっかり暗くなった空に、無数の星が輝いていた。元の世界とはほんの少し違う様な星空を眺めながら、ミナセは心の中で呟いた。


 この世界に織姫と彦星がいるか分からないけど……2人が出会えた様に、俺達もサチと会えます様に……。

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