第36話「きけんなはなし」
「つ・い・に、戻ったぞおおおおおおお!!!!!」
せっかくグリフォンで時短に成功したのに、結局ケナトーシの国でかなり足止めされたミナセは、元の予定していた日数をかけてようやく、リッヒカルタ王国の王都に戻ってきた。
さすがに王国では噂の白猫だけあって、王都の門はプレートを見せるだけですんなり入れた。
「ご主人、私、自分が冒険者って事をすっかり忘れていました」
「あ、大丈夫。俺もだから」
何せミナセ達はまともにクエストを受けていないのだ。シャルロットの依頼も、冒険者ギルドを通した訳ではないし、遺跡攻略もサチ探しのついででやった様なものだ。なのにランクはシルバークラス。冒険者としての醍醐味を何一つ味わえていなかった。
「ジュン、これからどうするの?」
「そうだなー。とりあえず冒険者ギルドに行って、何か新しい情報がないか調べてみるか」
冒険者ギルドまでの慣れた道を歩いていると、前とは違った視線を感じる様になった。以前はミナセに注目がほとんどいっていたのだが、非足歩行の猫に慣れた国民はその周りにいる美男美女に興味が移っていた。チュータローとクータローを見てキャッキャウフフの女性陣。コアの足やボタンの胸を凝視する男性陣。前者はイケメン格差に落ち込むだけですむが、後者は何とも嫌な気分になっていた。
うちの子達にそんな視線向けるなんて……お父さん許しませんよっ。まったく、君達が見ているそれは両方共凶器ですからねっ。痛い目見たって知らないですよっ。
フンフンと鼻息荒く歩いていると、ゲスな笑いを隠そうともしない2人の男がミナセの前に立った。
「かーのじょっ。そんな色気振りまいて溜まってるのかなぁ? 何なら俺達が手伝ってあげようか?」
ゲスな笑いをする奴は言うこともゲスだった。ニヤニヤとまとわりつく様な笑いを浮かべ、あろうことかボタンの胸に手を伸ばしてきた。さすがにイラッとしたミナセは、手に小さな炎魔法を展開した。
手を伸ばされてきたボタンも、その汚い手が立派な双丘に届く前に、叩き切るつもりで手刀を繰り出そうとした。
--パンパンッ
あと少しで悲惨な光景がくり広がる所だったが、それは2つの軽快な音によって阻まれた。展開していた魔法を消し、その音の発生源を見ると、男達の後ろに茶髪で恰幅のいいおばさんが、手に丸めた書類の束を持って立っていた。
「ほれ、お前達! こんな往来で下手なナンパなんかしてるんじゃないよっ。言っとくけどその子達はお前らなんかが敵うような相手じゃないからね。私が止めなかったらあんたらの腕なくなってたんだから感謝しな。さぁ、行った行った」
男達は怒りを露わに振り返ると、そこにいた人物を見て顔を青くし、走って逃げていった。
「ガーベラさん!!」
「久しぶりだねぇ。しっかしあんたら、こんな街中で魔法なんかぶっ放すんじゃないよ。そこのお嬢ちゃんなんか、あいつらの腕ちょん切るつもりだったろ? まったく冒険者が一般人に手なんか出すんじゃない! 仮にもシルバークラスなんだから……」
ガミガミと怒る冒険者ギルド長ガーベラに、まだ何もやってないミナセは腑に落ちなかったが、あのままであれば確かに傷害事件が勃発していたので、何も言えなかった。
「……お母ちゃん……」
ブハッ!! クータロー、お母ちゃんって。確かに肝っ玉母ちゃんって名前がしっくりくるけど。
「誰がお母ちゃんだっ。こんな若い美女捕まえて、失礼なこと言うんじゃないよ。それで、しばらく見なかったけど一体、どうしたんだい?」
いきなり変わる話題に苦笑いしながらも、ミナセは今までの経緯を話した。途中、新しい遺跡を発見したと聞いたガーベラは「こりゃ、またギルド員派遣しなきゃならないねぇ」と呟いていた。
「しっかしあんたらは、やる事なす事おもしろい事ばっかだねぇ。新しい遺跡にエルフの病の原因調査に、私らギルドも忙しくなりそうだね。猫の手も借りたいよ。ん? あっはっは。別にあんたの手を借りたいって意味じゃないよ。…………それと、神殿でブレイクの坊主と会って、神様に王国に行けって言われたのは本当なんだね?」
ころころ変わる陽気な表情が、一変して真剣なものになった。その変わり様に、何かまずい事だったのか? と思いながらミナセは小さく頷いた。
「ふーん……私の考え過ぎかねぇ? まぁ、いいさ。神様が王国にいれば見つかるって言うんだ、きっとここで会えるだろうよ。私は冒険者ギルドに戻る所だけど、あんたらも一緒に行くかい? もしかしたら探し人の新しい情報が入ってるかもしれないよ」
ギルドにはミナセ達も行こうと思っていた所なので、一緒に付いていく事にした。先程と同様に、男達のいやらしい視線が続いたが、ガーベラを見ると急いで目をそらし股間を押さえるのであった。
わーい。ガーベラさんと一緒だと変な事にまきこまれなくてすむー。でも、皆なんで股間押さえるのかなー? 俺、嫌な予感しかしないよー? ……絶対、この人の前では変な事しないようにしよう。俺はこのにゃんたまとまだ一緒にいたいです。
猫達の前で変な事をするつもりは毛頭ないが、より一層、清く正しい行動に努めようと固く誓ったミナセであった。
冒険者ギルドにつくと、ガーベラが受付にサチの情報が入ってないか確認した。残念ながら新しい情報はなく、恵神にいつ出会えるのかも聞いておけばよかったと、後悔するミナセであった。
肩を落とすミナセにガーベラは「ちょっと来てくれ」と言うと、ギルドの奥にあるガーベラの私室に呼ばれた。先程の件もあり、ミナセはにゃんたまの無事を祈ったが、予想外の話しをされた。
「何もしないから、まぁ座りな。この部屋は盗聴防止の魔法がかかっているから、安心して聞いて欲しいんだけどね……。あんたらフォルには注意しておくんだよ。何か知らないが、えらくあんたらをお気に入りの様だからね」
「フォル……さんですか?」
まったく心当たりのない名前に首を傾げていると、それを見たガーベラが豪快に笑った。
「あっはっは!!! フォルティス13世、この国の国王の事だよ。そうかそうか、名前すら知らなかったか。向こうはご執心だっていうのに、相変わらずモテない男だねぇ」
笑いが止まらないのか、まだクククッと笑うガーベラをミナセ達は不思議そうに眺めていた。その視線に気づいたガーベラは、まだ止まらない笑いを堪えながら続きを話した。
「すまないね。フォルとは昔、帝国と争った時に一緒に戦った仲でね。私はもっといい男と組みたかったんだが、頼りないあいつを守れるのは私しかいなくてねぇ。戦馬鹿であの頃から、まったくモテなかったんだが、いやはや……人間そう簡単に変われるもんじゃないね。おっと、話しがそれたね。そのフォルなんだが力を何よりも重んじる馬鹿でね。まぁ、これは王族の昔っからの性格みたいなもんなんだけど。どうやら、あいつはあんたらに目をつけているフシがあるんだ。急な2クラス昇格だって、フォルが言い出した事なんだよ」
えぇ、まだ会った事もないのに何で……。すっごい猫好きとか?
「私達の力を利用して、何かをしようとしているかもしれない、って事ですか?」
「話しが早いね、お嬢ちゃん。そうだ、あいつが名もない冒険者に、こんなに気にかけるなんて、あんたらの力を欲してる証拠だ。さっきも言った通り、フォルは武力と領地拡大にしか興味がない。これは私の予想だが、あんたらの力でまた帝国と戦争でも起こそうとしてるんじゃないかと思ってね。まったく……それさえなきゃ、素直でおもしろい奴なんだけど……」
きな臭い話にミナセは顔をしかめた。いくら魔法あふれるファンタジー異世界でも、戦争で人を殺すのはかなりの抵抗があった。それもそうだ、ミナセはただの会社員で傭兵でも軍人でもない。化け物の様な魔物は殺せても、さすがに人間を傷つける事はできなかった。
「戦争ですか……。俺は家族と会えれば、それだけでいいんですけど……」
「そんな顔するなって。もちろん、これはあくまで私の予想だから、もしかしたら実際はしゃべる猫が気に入っただけかもしれないけどね。ただ注意はしておくれって話しさ」
「ジュンを利用しようとするとかー、ちょっと痛い目にあえば大人しくなるんじゃない?」
「そーだねー。じゃあボタンと僕とでちょっと王様の所いってこようかー」
「こらこら、仮にも相手は国王で坊主達の前にいるのは冒険者ギルド長だよ。そんな物騒な事言わないでおくれ」
ミナセもボタン達をなだめると、改めてガーベラが言った話しを思い返した。今まで出会った人達の反応を見れば、自分達が規格外の力をもっているのは確かなのだろう。初めはサチを探すのに、強い事はとてもありがたかったが、特別な力を持つという事はその分、面倒にも巻き込まれるという事だ。
「ご忠告ありがとうございました。これからは色々、気をつけて行動していきたいと思います」
ただの面倒事ならば多少は目を瞑れる。でも、もし猫達に何かあったら俺は自分を許せなくなる。ガーベラさんの忠告はしっかり頭に入れておこう。
「歳とると心配性になるんかねぇ。まぁ、まだ私は若いけどねっ!」
「……どっちやねん……」
えっ、クータローさんまさかの関西弁つっこみ!?
せっかく気を引き締め直したのに、謎のクータロー関西人化に心のなかでつっこむと、ミナセ達はガーベラの私室を後にした。
ガーベラはそんなミナセ達が出て行くのを確認すると、あえて話さなかった事をもう一度、考えていた。
「何でブレイクの小僧が神殿に……。最近、王城にも出入りしてるって話だし……。でも、衛兵ギルド長ならおかしな話しではないか……。いや、やっぱりこれは私の妄想の範囲を抜けきれない。フォルだけなら何とかなるが、これにブレイクの小僧が関わっているとなると……。はぁ、ダメだダメだ。何も分からないのに、わざわざ悪い方へ考えてもしょうがないか……」
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