第35話「おわかれ」
ケナトーシに捕らわれて、かれこれ1週間が過ぎようとしていた。もちろんミナセ達は捕らわれている訳ではないのだが、獣人族のおもてなしやミナセのご利益にあやかりたい者が、ひっきりなしに現れ中々、出発できないでいた。
「探し人がいるんで早く王国に向かわないと……」
こう言っても「獣神様にできない事はありません。大丈夫、すぐ見つかります」と言われ、まったく話しを聞いてもらえなかった。
本当の国がようやく出来たからお祝いムードなのは分かるけど……人の話しを聞けええええええ!!!!
ギリギリの所で声に出さないのは、猫達の事があるからだろう。ある意味、同じ獣同士というので仲間意識みたいなのが芽生え始めていた。特に“白き獅子”の人達とは話しが合うらしく、あのチュータローですら親切に魔法などを教えていたのだった。
確かに今までどの村でも比較的仲良くしてきたけど、どれもちょっと違ってたんだよな。でもここでは本当に仲良くしてる気がする。『俺が』とか『打算が』とかが見えないから、何かもうちょいここにいてもいいのかなって思っちゃうんだよな……。
「いいー? こうやってーメラメラって思うと、ほら炎がでてきたよー。やってみてー」
「は……はいっ!!!!」
でもチュータローさん。それは絶対に伝わらないやつだと思うよ。
今日もチュータローの修行? に苦戦している獣人族を見ながら、ミナセは錬金の練習をしていた。ユウコクのお陰で、ミナセの元に来るのは午前中だけと決められて、午後は時間があいたのだ。特にやる事もなかったし、獣人族が持つ武器や道具はお粗末な物が多く、新しく作ってあげる事にした。
「何かこの世界の武器とかって、パッとしないものが多いよなー。鉄を叩いただけとか、よくそんなもので身を守れるよな……」
思わず独り言を呟くと、まさかの返答があった。
「あはは、確かに獣神様がお作りになる武器からしたら、我々のものはただの棒きれですな。長い歴史の中でそれなりの業物はあったらしいのですが、大災害で全てなくなってしまったそうですよ」
ビックリして振り返ると、そこにはユウコクが立っていた。
「大災害……。そういえば初めて寄った村でも同じ事を聞かされました。厄神ってやつが災いを振りまいたとかなんとか。一体、何があったんですか?」
「おや、神様の使いの方でも詳しい話しはご存知なかったのですね?」
自分の立場を忘れ、ついつい素で質問してしまったミナセは、しまったと思った。どう言い訳をしようか悩んでいると、ユウコクはそれ以上つっこまず、遠くで修行する者達を見つめながら話し始めた。
「厄神……大昔の話しで、もうおとぎ話の様な世界ですが、未だにその爪痕は所々に見られますな。エルフの村に行ったそうですが、あそことこの森では木々の成長に違いがあるでしょう? あちらは大災害の折に森の大半を失ったそうですから……。5柱の神がいなければどうなっていた事か。その神々をもってしても厄神の力は抑えられない……魔物が蔓延っているのがその結果です……。おっと、獣神様にこんな事を言っては神罰が下りますな」
ミナセは苦笑いを浮かべると、ユウコクは「それと……」と話しを続けた。
「念のためですが、エルフの村に行った事は“蒼き竜”には話さないでおいてくれますか? 大昔にエルフ族から酷い目にあった様で、未だに苦手意識を持っている者もいるのです。もちろん、明確な敵意がある訳ではありませんがね。では、私はこれで」
そう言うとユウコクは一礼をしてどこかへ歩いていった。
そう言えば、エルフ族は昔、どこかの種族を殺したってシルフィードが言ってたな。それがリザードマン達だったのか。なんだかなー、どっちとも仲良くなったから確執が残ったままなのはちょっと嫌だな。そのうち仲直りに協力できたらいいな。
そう物思いにふけながらミナセは錬金術で作り出した包丁を眺めていた。どうせ消耗品だと思い大量生産した包丁は、回数を重ねるごとにその切れ味を増していたのだった。
『切れ味バツグン! 錆も刃こぼれもしない魔法級の匠包丁!』
そんな見出しでこの包丁が世に出回るのは、しばらく先の事であった。
********************
--ピチョン
あ、またこの夢だ。
--ピチョン
確かこっちに泣いてる女の子がいた様な……。
前に見た夢と同じならと視線を向けると、やはりそこには光の中心に顔を俯けた少女が座っていた。今回もその少女からは何とも言えない悲しさが、ミナセに伝わってきた。
あぁ、やっぱり。何であんなに悲しそうなんだろう……。どうしたの? 俺に何かできる事はある?
前と同じでやっぱり声が出せないミナセは、それでも届くかもしれないと、心の中で少女に話しかけた。だが、少女はただ俯くばかりで何も答えてはくれなかった。
大丈夫だよ。俺が必ず助けてあげるから……
自分でもなぜそんな事を思ったのか分からなかった。だが、ミナセはこの少女を救わなければいけないと、強く思ってしまった。
その少女が何者なのかも分からぬまま。
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ミナセ達はようやくケナトーシから出れる事になった。連日、押し寄せていた獣人達は、これまたユウコクのお陰で来なくなったのだ。辟易としていたミナセを見かねて、ユウコクが皆に話してくれたそうだ。
さすがはまとめ役だな。もう少しで対人恐怖症になるとこだったよ。30過ぎ、彼女なし、出世の見込みなし、に加えて対人恐怖症とか目も当てられないもんな……。
ケナトーシの武器も道具もあらかた作り直し、チュータローの修行も終わった様なので、リオナ達に挨拶に向かう所であった。
ちなみにチュータローの修行は終わったというよりも、誰も理解できず進展がなかった為、強制的にコアに終了にさせられていたのだった。
「じゃあリオナ、俺達もう王国に行くから今までありがとうな」
「えー、やっぱり行っちゃうのかにゃー? もっと、ここにいればいいのに。寂しいにゃ」
円卓の部屋から、王室へと変わった部屋でミナセはリオナに別れの挨拶をしていた。寂しいといいつつも、止められないとわかっていたリオナは、従者に声をかけると他の族長達を呼び寄せた。
「もういかれますか。残念ですが、神の使いとなればお忙しい事でしょう。これ以上、我々がお引き止めする事は、神に背く行為。この国をまとめてくださっただけで、十分です。ありがとうございました」
皆、引き止めたいけど邪魔はできないといった感じで、各々ミナセ達に挨拶をした。ダキッシュはミナセの耳元でお誘いをするが、コアの冷たい視線とボタンの鳴らした拳に、他の族長達が急いで止める場面もあった。若干1名、興奮していた様だが、それは見なかった事にしよう。
「獣神様、我々は獣神様に恥じぬ騎士になりたいと思います。この国を、民を守れる立派な騎士になりますので、どうかまたこの国に来て頂けますか?」
セイリューがミナセの手を取りながら、真っ直ぐな目で話しかけてきた。騎士になってまだ数日だが、纏った雰囲気は騎士そのものになっていた。
「もちろん。それにセイリュー達なら立派な騎士になるって信じてるよ」
猫達も仲良くなった獣人に挨拶をしていた。寂しい、また必ず来るからと言っている猫達を見ていると、ミナセの知らない所で、かなり友情を深めあったのだと分かった。
今度、来る時はサチも連れて来ようかな。きっとサチも仲良くなれると思うし。
最後に全員と握手をし、ミナセはまた必ずここに来ようと思ったのだった。
王城の大木を出ると、ミナセ達に別れの挨拶をしようと多くの獣人族達が並んでいた。ミナセ達はその間を手を振りながら歩いていった。「また来てください」「ありがとうございました」など感謝の言葉を受け、かすかな物悲しさを感じていた。
ケナトーシの端まで続いたその光景が途切れ、ミナセ達は最後にもう一度、後ろを振り返った。リオナを始め各族長達、ずっと手を振る獣人達……奥には変わらぬ美しさの大木。
「皆、また必ず来るから! それまで元気に平和な国を築いてね!」
寂しい気持ちを抑え、ミナセは大きな声で別れを告げると、ウルがこちらに走ってきた。これ以上、別れの挨拶をしたら泣いてしまうかもしれないと思ったミナセは、それを押し込めてウルが何を言うのか待った。
「はぁはぁはぁ……獣神様、神使様……俺、ずっと騎士になるべくがんばってきました。でも、あなた達に会って自分の矮小さに気づきました。俺、俺……本当に感謝しています。これからは気持ちを新たにし、自分らしく生きていきたいと思います。……そこで、最後にこんな事を言うのは恥ずかしいのですが……」
ウルとは色々あったもんなぁ。最初はどうしたもんかと困ったけど、今じゃこんな澄んだ瞳をしてる……。苦手だったけど、やっぱりウルもいい奴だったのかもしれないな。変態とか思ってごめんよ。もっと仲良くしとけばよかったかな……。
「あの! 白髮の君っ……俺を蹴ってもら……ガフゥ!!!!」
ウルが全てを言い終わる前に、コアの華麗な蹴りがウルの体にめり込んだ。そのまま後ろに綺麗なカーブを描きながら飛んで行くと、地面に鈍い音をたてて後頭部から着地した。
「……ゴフッ、いい蹴り……ご、ご馳走様でした!!!!!」
そう言うと手をサムズアップさせながらそのまま倒れ、ピクリとも動かなかった。普段なら心配するミナセだったが最後に見た顔が、満面の笑みだった為、このまま放っておく事にした。
苦笑いの族長達、困惑の獣人達、後ろで爆笑する猫達をゲンコツで黙らせるコア……何とも言えない気まずい雰囲気…………。
「お前は、やっぱり変態だよ!!!!」
これがケナトーシの人々とミナセ達のお別れになったのだった。
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