第34話「ざんねんウルさん」
俺は代々“紅き狼”を束ねてきた家系の生まれだ。混血が多くいるこの種族で、唯一、狼の直系でもある。俺はこの群れを統率するリーダーだと、生まれながらにして決められているのだ。
幼い頃から父に剣の修業をさせられてきた。気高い父は「いつかくる獣神様は、必ず我らを騎士として認めてくださる」と言い、ずっと鍛錬をしてきた。何で必ずかって? 父の言う事に間違いはないのだ。
父の剣は力強く、美しかった。俺はその父の背中を追いかけ、常に尊敬をしていた。世の中には親に引かれたレールの上で生きていくのは嫌だと言う奴もいるらしいが、俺は騎士になる事になんの迷いもなかった。騎士としての強さ、父の様な気高さを己のものにしようと、俺は努力をしてきた。
今日も剣の鍛錬をしていると、“蒼き竜”の使者がやってきた。なんと獣神様が現れたと言うではないか!
「ついに俺が騎士として認められる時が来たか……ん? 待て、なぜお前がその情報を知っている?」
息も絶え絶えのリザードマンは、それでも紅潮し潤んだ瞳でありえない事を言った。
「わ、我らの集落に、き、来たんです……獣神様は我らを騎士に選んだのです!!!!」
「はぁ????」
おっと、いけないいけない……受け入れがたい言葉についつい間抜けな声が出てしまった。気高い騎士はそんな事で精神を乱してはいけないのだ。リザードマンが騎士? そんなわけがない。きっとそこらの獣を獣神様と間違えたんだろう。まったく、これだから戦闘馬鹿の種族は困るな……。
「はははははっ、何かの間違いだろう。誉れ高い騎士になりたい気持ちは分かるが、勘違いは恥ずかしいぞ? まぁ、こちらに来るって言うならそこで俺が確認してあげよう。ははははっ、まったく早とちりさんには困ったものだな」
「は、い……」
ははっ、頭も間抜けならその顔も間抜けだな。こんな奴らが騎士だなんて……はははははっ、まったくおかしな奴らだ。
次の日、その獣神様とやらがやってきた。清廉な真っ白な毛皮を纏った、美しい猫だった。上等な作りの真っ青なローブがその神々しさを引き立てている様だった。その後ろにはこれまた美しい4人の神使様を連れていた。
「皆、ここは俺の桃源郷だぞ! ついに発見してしまったか……」
ほう、確かにしゃべっている。しかもこの身なりでは、獣神様と勘違いしてしまっても、おかしくはないな……。だが、あんな大きな声で訳の分からぬ事を話す姿は品がないな。
「獣神様、ようこそケナトーシに。長旅でお疲れでしょうが、あちらの部屋でお話ししたい事がありますので、どうぞこちらへ」
おいおい、ユウコクともあろう者がこれを獣神様と勘違いしてるのか? いや、まさかな。きっと心優しいあいつの事だ、リザードマンに恥をかかせない様に、皆の前では取り繕っているだけだな。
円卓につくとユウコクが挨拶をした。
おかしいぞ、もう取り繕う必要はないのでは? ん? 何だ、何で皆、この獣を獣神様だと決めつける? 本物のわけないだろ、だってこいつが本物だったら騎士は“蒼き竜”になってしまう。そんなはずはない。待て、なぜリオナは即位の儀の話しをするんだ……。騎士の座は“紅き狼”のものだろう? 父だってそう言っていたんだ……。
「待て待て、まずはそこのお方が本当に獣神様なんか、確かめねばならへんと違いますの?」
そうだ! ダキッシュの言う通りじゃないか。皆が気づかないのなら俺が偽物だと証明してみせよう。獣神様ならすごい力を秘めているという話だ。こんな白毛玉にそんな力あるはずない!
「そうだっ、本物か確かめる必要があるぞ。それまでは俺は獣神とは認めんっ。騎士の座に蒼き竜が選ばれるなんておかしいとは思わないか? その役目は我ら紅き狼が……なのにっ! まずはどれほどの力があるのか俺と勝負をしろっ」
見ろ、あの顔を! やっぱり偽物だからあんな絶望的な顔をするんだ。はははっ、皆怒るのも今のうちだぞ。勝負がついた頃には感謝の言葉しかでないのだからな!
「ウルはんや、よう言わはった。皆、簡単に信じすぎや……。王がリオナはんやなんて、おかしいと思いまへんか? 王も騎士も器ではおまへん。それに比べてウルはんは、ほんまもんの騎士なだけあって、懸命な判断をしてはる。あれが偽物と分かれば、皆うちらの事を認めるしかないでっしゃろ……」
「もちろんだ!」
さすが最年長のダキッシュだ! 皆も初めての事に戸惑っているだけだ。世話が焼ける奴らだな。まったく俺がいないとこの国はどうなってしまうんだ……。
戦う為に森の広場にやってきた。魔法を使うなど、まったくこの毛玉はどこまで我らを欺けば気が済むんだ。
しかし、困ったものだな。騎士になるべく頑張ってきた俺だが、このままいくと英雄にまでなってしまうんじゃないだろうか? 称えられるのは嬉しいが、俺は騎士として当然の事をしているだけなのだがな……。
ユウコクが何やら説明をしているが、そんなもの聞かなくともすぐ終わる。多少は手加減してやるが、それでも俺の鍛え抜かれた剣を前に、為す術もなく倒れるだろうな。
「いざ勝負っ!」
大人げないかもしれないが、これでも手加減しているんだ。恨むんじゃないぞ!
俺が毎日鍛錬してきた袈裟斬りだ! 峰打ちにしてやるから安心しろよ!
………………なっ!!!!
こいつ避けやがった! なるほど、魔法は嘘じゃなく速度を上げる魔法は使えるのか!! だが、これはどうだ!?
だが、俺の剣は毛玉に届くことはなかった。あんなに鍛錬をしてきたこの俺をあざ笑うかのように、毛玉は全て避けていったのだ。しかも魔法で地面を凍らし、俺の移動の邪魔までしてきた。その魔法があれば、俺に1撃を入れれるタイミングはあったはずなのに……
馬鹿にしてるのか? それとも戦い方を知らないのか……どっちにしろそんな奴は獣神様などとは程遠い!! やはり偽物だな……だが、チョコマカと逃げられては面倒だ。偽物なら殺してしまっても問題ないだろう。あぁ、ゴチャゴチャうるさいな……
「戦いとは常に生き残る為だけに行動するものだ!!」
しかし風に氷に炎か……魔法が使えないと思った事は謝ろう。だが、それだけの魔法が使えるのに、この俺に手加減をするなど侮辱にも程がある。俺の全力の剣だ。これは避けられまい!
--ガボガボボボッ
何だこれは!? 水だと?? はっ、ようやく戦う気になったのか。いいだろう、勝負とはそうでなくてはいけないんだ。何だ、もう終わりか!? あのままいけば俺は窒息死していただろう。何か考えているのか? ほほぉ拘束か、中々おもしろい手を考えるな。さぁ、次は何だ。どうした、何で何もしてこない? まさか拘束すれば俺が折れると思ったのか? おもしろいっ!!!! 俺をここまで侮辱するか!!!!
次に目が覚めた時には、俺は地面に寝っ転がっていた。
ん? 何だ、体が痛い……。あれ、俺さっきまで毛玉と戦ってたんじゃ……
「あ、目が覚めた。ウルさん大丈夫ですか? よかったね、ルナがお願いしたから獣神様はウルさんの事、殺さなかったんですよ。あれだけの力見せられたら、もう偽物とか思わないですよね?」
殺さなかった……? あれだけの力……? 俺、負けた?? 確か最後に神々しい光が毛玉を包んだと思ったら、そこからの記憶がない。え、うそうそ。ヤダヤダ。俺、負けたの……。あれだけ騎士がとか言ってたのに俺、負けるかー。うっわ、毛玉……じゃなかった獣神様も神使様もめっちゃ見てるしっ。え、仲間だと思っていたダキッシュの冷たい視線が痛いっ。てか、これって俺かなりヤバイ状況じゃ…………。
そう思った瞬間、俺の体は考えるよりも早く適切な動きをした。鍛錬を重ねた身のこなしで瞬時に獣神様の元に向かい、羞恥心に溢れた顔を誰にも見られない様に隠した。
そう俺は土下座をしたのだった。
円卓の部屋に戻ってから、俺は何も言葉がでなかった。優しい獣神様のお陰で、俺の無礼は許されたが、さすがにここで言葉を発せるほど、俺の神経は太くなかった。しかもずっと神使様達が睨んできて気まずい……。あ、また白髪の神使様が冷たい目を……。あの目で睨まれる度、俺の心臓は早鐘を打つ。あんな可憐な美女の視線にすら反応するなんて、俺の体はよほど恐怖に包まれていると分かる。
気まずい、恐い。もう偽物と叫ぶ気は毛頭ないが、騎士になるべく育てられた俺が、こんな事になっているなんて、集落の奴らには知られたくないっ。
そんな事を考えていると、いつの間にか獣神様達と俺とルナーニ、ダキッシュだけになっていた。
ダキッシュは先程の無礼を詫びると、むせ返りそうな色気を醸し出していた。こんな状況なのにダキッシュの色気は俺をもドキドキさせる……。
だが、白髮の神使様がそれを吹き飛ばす程の、冷たい怒気を放ちだした。虫けらを見る様な見下す目……。
あぁ、あの目を俺にも向けてほしい……。
…………ん?
俺、今ナニ考エテタ? あの目を向けて欲しいだ……と……。そんな、まさか、気高き騎士になるべく育てられた俺がそんな変態的思考をするはず…………。
--チラ
なんだなんだ、この心臓の暴れ方は!? そ、そうだこれは、あまりの恐怖に心臓が耐えれないだけだ。断じてダキッシュが羨ましいとか、そんな事はない! ほら、見てみろ。神使様が怒りで足を鳴らしているではないか! あの怒りに俺は恐怖しているんだ。
……あぁ、あの美しい御御足で踏まれたい……。
違う、違うぞっ。これは許されざる俺に罰を与えて欲しいという意味だっ。断じて快楽を求めての考えではない! どうしたんだ俺は……きっと騎士になれず、傷心のあまり思考が変になっているだけだ。
ふぅ、そうだ俺は変態になった訳ではないんだ。動揺して少ーし頭が変になっているんだ。よし、帰ったら剣の鍛錬を倍に増やそう! そうしよう!
顔を引きつらせたユウコクが入ってくると、俺は倍に増やす鍛錬のメニューを考えるのであった。
…………頼んだら踏んでくれるかな……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます