第33話「わたしがおうだ」

 ミナセと別れた後、ブレイクは服の下に隠したプレートを取り出した。冒険者プレートにも似たそれは、ブレイクが触れると淡く光出した。


 このプレートは国王から渡されたもので、冒険者ギルドで配られるプレートの上位版、対になるプレート同士の会話が可能になる魔法具だった。王国が所持する魔法具の中でも貴重な部類に入るものだ。


「陛下、ブレイクです。サチという人物の居場所が特定できました。これから保護に向かいたいと思います」


「何と! よくやった。それでその者はどこにいるのだ?」


「どうやら帝国領土の遺跡の中にいる様です」


「ほう……してブレイク、その情報どうやって手に入れたのだ? その様な場所では目撃者もおるまい……」


「はい、各国の衛兵ギルドに問い合わせた所、攻略を断念した冒険者から中にサチと名乗るものが閉じ込められていたとの報告が冒険者ギルドにあった様です。名前といい話す内容といい、ミナセが探している人物に間違いないかと」


「ふむ……冒険者がのう……。まぁよい、お前がそう言うなら信じよう。では急いで遺跡に向かえ。必要とあれば援軍もよこす」


「いえ、遺跡程度ならば私1人で十分です。また何かあればご連絡致します。では失礼致します」


 嘘だ。俺は今、国王に嘘をついた。サチという人物の情報はウィディ様に聞いたのだ。だが、脳みそまで筋肉でできている国王に、俺と神様の関係について話しても理解できまい。まぁ、話す気もないのだが……。


 恵神の神殿でブレイクはサチの居場所を聞きに行っていた。恵神はミナセに居場所は分からないと言っていたが、それはブレイクが仕掛けた事だった。


 ウリア様には感謝せねば。あの方の謀らいであの場は上手くいった様なものだ。ウィディ様にもご面倒をおかけしたが、これでミナセは完全に信用しただろう。


 ブレイクはミナセ達に会う前に、宿神ウリアに会いに行っていた。ミナセよりも早くサチを見つけなければならなかった為、ウリアにその所在を聞こうと思ったのだ。




「ふむ、人探しなら妾よりもウィディの方が適役だろう。あれは命を司っておる、命あるものならそれがいる場所も分かるだろう。妾からも伝えておくゆえ、直接お前が聞いてこい。あれは意外とそういう手順を重んじるからな」


 ウリアはそう言うとブレイクが懐にしまっていた【遠見の水晶】を取り出した。そこにはエルフの村で宴をしているミナセ達が見えた。


「お前の話によると、こいつらはこのままドワーフの所に行くのだろう? ……よし、こいつらもウィディの所に行く様に仕向けよう。なに、妾のかわいい子が不利になる様な事はせん。お前が神を信じる限り、奇跡は常にお前の元に降り注ぐよ……」




 いかんいかん、あの時を思い出すと涙が止まらなくなってしまう。全ては俺の意のままに進んでいる……俺がウリア様に認められた人間だからだ。さて、その期待を裏切らない様に急いで遺跡に行かないとな。


 ブレイクは溢れる涙を拭い去ると、酷薄な笑みを浮かべ帝国にある遺跡に向けて走り出した。




「もっしもーし、めぐちゃんだよー、やどちゃんいるー?」


「……その呼び方はやめろ。何の用だ?」


「ひっどーい! やどちゃんのかわいいボーイの為に、めぐちゃん嘘までついたのにー。ふーんだ、じゃあもう知らなーい」


「はぁ……すまん、どうした?」


「んー、大きなため息が聞こえたけど、まぁ許そう! あのねー、言われた通りにやったんだけど、白猫ちゃん達グリフォンに乗って移動したから、予定よりかなり早く王国着いちゃうかも」


「ほう、では足止めは妾の方でするとしようか。また何かあったら連絡を頼む」


「ほいほーい。やっぱあの白猫ちゃんがよろちゃんが言ってた子なのかなー? ま、そのうち分かるか! じゃあ、まったねーん」


 ウィディの声が消えるとウリアは何もない空間を見つめるように上を向いた。


「神である妾達に逆らうとは……まったくあの小娘には腹立たしい事よ……」


 そう誰ともなしに呟くと、苛立ちを払うように踵を返し部屋を後にしたのだった。



 ********************



「それでは僭越ながら私、“豪傑の黒熊”神官リプルが取り仕切らせて頂きます。この度、かねてよりご神託があった獣神様がこの地に降り立ちました。これにより獣神様に選ばれし王は“白き獅子”族長リオナ様、爪牙騎士団は“蒼き竜”、そして団長は族長セイリュー様となりました。新たな王にこの国の繁栄を願い、これより即位の儀を執り行いたいと思います。ではリオナ様……」


 真っ白なローブを羽織った熊耳のお爺さんはそう言うと、後ろの玉座に座ったリオナに向き直った。先程までの元気な少女だったリオナはなく、そこには重厚なマントを着た立派な若き王がいた。手には金の王笏が握られており、王らしさをさらに際立たせていた。


「ケナトーシの国民よ、私が新たに王になったリオナである。ここまで王が不在で皆の者には、不安を感じさせたと思うが、これからは私がこの国を率いていこう。私の願いはただ1つ、皆が豊かで平和な暮らしをする事だ。その為には私は命ある限り、尽力を尽くすと約束しよう!」


 そう言うとリオナは王笏の先で床を叩き、そのまま天に掲げた。


 --おおおおおおおおおおおおお!!!!!


 リオナの挨拶に集まった獣人族の人達は大きな歓声をあげた。族長同士の諍いで、各種族同士いがみ合っているのかと思ったミナセだったが、集まった人々の顔を見るとそういった柵はないのだと思った。


 リオナが王とかどうなのよって思ったけど、いざなってみると結構しっくりきてるんじゃないかな? いつものにゃーにゃー言葉も使わないし、何か貫禄まででてきてるし、すっげぇな。


 ミナセ達は玉座に負けず劣らずの立派な席に座り、静かに儀式を見守っていた。時折、集まった人々から眩しい視線を投げかけられるが、小心者ミナセは見なかった事に徹していた。


「では、このまま叙任式に移りたいと思います」


 すると最前列に立っていたセイリューが前に上がり、リオナの前で跪いた。神官は祭壇から剣を取るとリオナに渡した。リオナは受け取った剣を鞘から抜くと、セイリューの肩にその刃を当てた。


「謙虚さと誠実さの2つの武器を持ち、国を守護する矛となり、民を守護する盾となれ。神に奉仕する全てのものに恥じぬ行いを」


 そう言い終わるとセイリューは向けられた刃に軽く口付けをした。


「これよりここに新たな騎士が誕生した。“蒼き竜”は爪牙騎士団となり、この国の守護者となれ!」


 セイリューと一緒に最前列に並んでいたリザードマン達は、手を胸に当て足を揃えると、深々とお辞儀をした。騎士団に入れなかった女性や子供のリザードマン達も、その後ろで感動の涙と尊敬の眼差しを送るのであった。




「ふにゃーん。やっぱり畏まった場は疲れるにゃー」


「えっと、リオナ女王? いきなりだらけ過ぎだと思うのですが……」


 即位の儀も終わり中心部の大樹に戻ってきたミナセ達は、入っていきなりだらけるリオナにどうしたものかと悩んでいた。さすがに見かねたコアが注意をするが、リオナは芯が抜けたままの状態だった。


「やだにゃー神使様。王になってもリオナって呼んで下さいにゃー。いやー、皆の手前、ちゃんとしてたけど私のキャラじゃにゃいし。あ! でもちゃんとこの国を守っていくから、そんな目で見ないでにゃー」


 そんなだらけるリオナの後ろで、腕を組みながら仁王立ちした猫耳少女が、尻尾をたしたし床に打ち付けながら睨んでいた。


「リオナ! いくら王様になったからといってサボりはだめっ。皆、忙しいんだから獣神様のおもてなしはリオナがしっかりやってよね!」


「うにゃー。相変わらずラッチェはうるさいにゃ。小さい時からグチグチグチグチ……。獣神様、これから宴にパレードに大忙しにゃ。もちろん獣神様達も参加だから、よろしくにゃ」


 どうやらラッチェという少女はリオナの幼馴染らしい。小さい頃からだらしないリオナと一緒にいたのでは、口うるさくなるのも仕方がないのでは、と思うミナセであった。


「……って、え、パレード!? そんなのもするの? まさかまたあの輿に乗るんじゃ……」


「セイリュー達が作った立派な乗り物があるから、それに獣神様は乗るにゃ! その後おいしーご飯も出るから楽しみにゃー」


「いや! まって……」


「わーい、おいしーご飯が出るなら参加するー。じゅんちゃん楽しみだねー」


 おい、チュータロー。お前また確信犯だな。


 ミナセの待ったの声を遮り、なかった事にしたチュータローに思いっきり睨みつけるが、当の本人は他の猫達と「ご飯楽しみだねー」とはしゃいでいた。


 はしゃぐ猫、だらける王様、忙しく走り回る猫耳……誰にも助けを求める事ができず、ミナセはまたあの羞恥心と戦わなくてはいけないのかと落ち込むのであった。

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