第32話「わたしはかみか?」

「いざ勝負っ!」


ユウコクの合図と同時にウルがミナセに向かって走ってきた。


んー、そこそこ速いけど猫達には劣るかなぁ。俺でも視認できるぐらいだし……風魔法で速度上げれば簡単に避けれるかな。


風魔法で速度を上げたミナセは、ウルが振り下ろした剣を横に移動して避けた。そのまま剣は地面に向かっていくと思われたが、ウルは体を捻りミナセを追う様に横に薙ぎ払った。それを後方にジャンプしながらさらに避けると、そのままウルの足元に氷を展開し追撃できない様にした。


「クッ、すばしっこい奴め!」


あっぶなー、あの勢いのまま横に剣出せるのかよ。これは早めに身動き取れない様にしないとダメかな。


ウルは足元の氷を剣で砕くと、それをミナセに向かって蹴り飛ばした。細かく砕かれたガラスの様な氷はミナセの顔に向かってきた。ミナセは炎で壁を作ると、それをウルがいた場所に向けてさらに展開しウルを囲んだ。


「えー、目潰しとか騎士道に反しないのか……」


「戦いとは常に生き残る為だけに行動するものだ!!」


思わず愚痴ったミナセに炎の中からウルの声がした。聴覚の鋭さはさすがに獣の血を引いている様だ。ウルは炎をものともせず突っ込んでくると、ミナセの心臓めがけて剣を突き出した。


まさかそのまま炎の中を突っ込んでくると思わなかったミナセは初動が遅れてしまい、急いで土壁を展開、そこからウルを閉じ込める様に水の塊を出した。


今、確実に俺を殺そうとしたよね?? あれ、致命傷禁止じゃなかったの?


息ができない苦しさとと違った、獰猛な顔つきを水の中からミナセに向けていた。殺意というよりは戦いが楽しいといった雰囲気が伝わってきた。

さすがにそのままでは窒息死してしまう為、足元以外水を解除し残った水を凍らせた。動けなくなったウルを今度は土枷で体を拘束した。これで戦いは終わりかとミナセは思ったのだが……。


「何だこれは!? クソッ、こんなものすぐに破壊してやる!!」


足も体も拘束されているのに、無理矢理それを外そうとウルは体に力を込めた。だが、拘束は頑丈で先に壊れ始めたのはウルの体だった。所々に血が滲み始め、このままいくと自分の体をねじり切りそうな勢いだった。


「ヤダ、ちょっと痛い痛い! そのままいくとヤバイって!!」


まさかのウルの行動にミナセは焦ると、急いで拘束を外した。判断が早かった為、ちぎれる事はなかったが、血が滲んだ体がとても痛々しかった。


しかしウルはそんな事は気にも止めず、またミナセに向かって走り出した。


「あははははは! お前は強いなっ、俺の剣がここまで届かないとは……楽しくなってきたぞ!!」


いやー、ごめんなさい。戦闘狂系はちょっと無理です。なんだよこいつ、騎士の雰囲気なんて微塵もないじゃないか! もう、こうなったら意識刈り取るしかないな。


ミナセは走ってくるウルに光魔法で目くらましをした。薄暗い森に突然、まばゆい光が現れウルは目を閉じてしまった。その隙きを狙ってミナセはウルの横に移動すると、こぶし大の石を展開しウルの顎めがけて飛ばした。石玉は的確にウルの顎先を叩き、脳を揺らされたウルはそのままガクッと膝をつき倒れた。


おお、成功した。これぞ“必殺ボクシング漫画で得た知識を実践してみました”だ!!


倒れたまま動かないウルにユウコクが近づき、声をかけていた。だが、完全に意識の飛んだウルからは何も返答がなく、それを確認すると立ち上がりミナセを指して大きな声を出した。


「ウルが気絶している為、この勝負獣神様の勝ちだ! ダキッシュ、あれだけの数々の魔法を見て信用できないとは言わせないぞ!」


羽扇子をパチンと閉じダキッシュは不機嫌そうな顔をした。だが、それだけで何も言わないのは暗にミナセの力を認めたという事だろう。


「さっすがジュン、圧勝だったね!」


猫達はミナセに走り寄って来ると労をねぎらった。始まる前はあんな事を言っていたボタンだったが、終わってみればミナセは無傷の完全勝利だったのだ。




元の円卓の部屋に戻ってきたミナセ達は、族長達に頭を下げられていた。というより土下座をされていた。特にあの後、すぐに意識を取り戻したウルはそれこそスライディング土下座をする勢いだったのだ。


「誠に、誠に申し訳ありません。獣人様を疑う発言の数々……それに勝負の最中に我を見失い、過剰に攻撃しようとした事……命を絶てと言われても受け入れる所存です」


ユウコクに説明されたのだが、どうやら獣人族は戦闘を好む種族らしく、戦いになると我を忘れるものが多いそうだ。族長ともなればそういった事もないのだが、ウルは若くして長につきまだ精神が未熟だと言われた。


「いや、俺も特に怪我とかしたわけじゃないんで気にしないで下さい。皆さんも頭を上げて……それにこれから即位の儀? とかで忙しくなるんでしょう?」


ミナセからの許しも出て族長達は頭を上げた。


「でもー、またこんな風にじゅんちゃんの事悪く言ったらー、今度は僕達が相手になるからねー。その時はこの森がなくなると思ってねっ」


相変わらずチュータローの笑顔の脅しは効果がバツグンで、族長達は青い顔をしてまた頭を下げてしまった。何度かこのやり取りを繰り返すと、ようやく本題に入る事ができた。


「それでは獣神様、そのお姿という事は私の“白き獅子”が選ばれたって事でいいのかにゃ? それに騎士は“蒼き竜”で問題にゃいと?」


ここまでくればミナセも本物じゃないのに、と悩む事はなかった。むしろ勝負までして吹っ切れたので自分が獣神だと思う事にした。決して面倒くさいとかヤケクソとかそんな気持ちではないのである。


「はい、それで問題ないです。これからはケナトーシの繁栄の為に精進して下さい。それと争いはなるべく控えて、皆さん仲良くしてくださいね!」


「もちろんにゃー! じゃあ、皆もそういう事でっ。これから即位の儀の準備するにゃー!」


元気というか能天気というか、リオナが王になる事に一抹の不安を覚えたが、こんな明るい王様なら国も明るくなっていくかもしれないとミナセは思った。


リオナとセイリューは準備があると言って、先に部屋から出ていった。ユウコクも色々、整理や引き継ぎがあるらしく、ミナセ達に頭を下げると「すぐに戻ります」と言い“豪傑の黒熊”に戻っていった。部屋に残ったのは初めに問題になった2人と、特にする事がなくてババを引いた状態のルナーニだけだった。


さすがのさっきの今だし、猫達もいるし何もないとは思うけど気まずいな……。あ、うさ耳が下がった。うわっ、犬騎士と狐姉さんがめっちゃ見てくる。早くユウコクさん戻ってきて……。


「獣神様、先程の無礼の数々お許しくおれやすな。わてらの種族は用心深いゆえ、ついついあの様な事を。堪忍して頂けはるならわてのこの体、いつでも差し出しますえ。獣神様がお望みとあれば、どすけど……」


そう言いながらダキッシュは露出の激しい服をさらにずらし、肩口をチラリと見せてきた。いくら猫の姿とはいえミナセも健全な男である。失礼だと思いながらも目が離せないでいると、後ろから目を隠された。


「あらあら、発情期にはまだ早いんじゃないですか? それとも狐の世界では万年発情期なのでしょうか? だとしてもご主人にそのような汚らわしいもの見せないで頂けますか。目が腐ってしまいます」


目隠しされててもミナセには分かっていた。体中に感じるこの悪寒はコアが発しているものだと。勢い余って魔法でも展開しているんじゃないかと思うぐらい、コアからは極寒の空気が醸し出していた。


「ほほほほほ、怖い神使様どすなぁ。そないに恐い顔せんでもなんもしまへん」


服を戻しながらさらりとコアを躱すダキッシュに、コアは静かに怒気をおさめた。ようやく目隠しを解放されたミナセは猫達のビシっとした姿勢と、笑顔のまま固まるルナーニの姿が目に入った。ウルは……なぜだかコアを見ながら顔を赤くし、潤んだ目で見つめていたのだった。


おいおい、何であの状況でその顔なんだよ。まさかのMっ子か? そのうち女王様とか言わないよな。


ミナセの考えは嫌な方によく的中する。だが今回はミナセがその予感を的中させるのは、まだ先の事であった。


先程よりも悪い意味で変わった空気は、ユウコクが戻った事により何とか緩和されるのであった。戻ったユウコクが顔を引きつらせたあたり、彼がこの国のまとめ役としてとても優秀だったのだと思わせるのであった。

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