第31話「わたしがかみだ3」

 --ザッザッザッ……


 ミナセはフードを深くかぶり、なるべく顔が見えないようにしていた。リザードマン達が森の中で黙々と輿を運んでいるのだが、その上に乗ったミナセはとにかく恥ずかしかったのだ。


 うぅ……誰にも見られないとは思うけど、恥ずかしい……。リザードマンがいなければ今すぐ転げ回ってしまいたい。あ、でもリザードマンがいなかったら、そもそも恥ずかしい事になってないか。あー、猫達楽しそうだなぁ。俺もフェンリル乗ってみたかったなぁ。あーあー!


 途中、休憩をはさみながら進んでいくと森の雰囲気が変わってきた。大森林と同じ様な風景なのだが、周りに生えている木は樹齢何千年といった感じの大きく古い木ばかりになってきた。

 初めて異世界に来た時の様に、屋久島を連想させる風景だった。それもそのはずで、この旅でミナセ達はこの世界の西の端をぐるっと回りながら来ているからだ。


「獣神様、到着しました。こちらが獣神の国ケナトーシの中心部になります」


 来る途中、リザードマンに説明してもらっていたのだが、獣人族はケナトーシの森全域に住む種族で、各種族が集落を作って住んでいるらしい。リザードマンは水辺の近くという事もあり、やや離れているが他の種族は比較的近くに住んでいて、何かあればこの中心部に集まる様だ。


 より深くなった森の中心に大きな木があった。高さは30メートルぐらいあるのだろうか、幹も太くいたる所に窓や扉がついており、どうやら木の中が部屋になっている様だった。

 そしてなによりも目を引くのは紅葉したモミジの様に真っ赤に染まった花だろう。存在感はあるのに主張し過ぎないその木はとても美しかった。


「わぁ……ご主人、綺麗ですね……」


 猫達でさえ見惚れてしまう光景に、ミナセも無言で同意していた。リザードマン達も誇らしげにしていると、その木の中から5人の人が出てきた。


「こ、これは……」


 思わずミナセはゴクリと喉を鳴らしてしまった。なぜなら、その5人の頭には獣の耳があり、もふもふの尻尾が生えていたからだ。熊、兎、狐、犬……そして猫。ミナセが夢にまでみたケモミミがそこにいたのだった。


「皆、ここは俺の桃源郷だぞ! ついに発見してしまったか……」


 猫達が何となく白い目を向けてきた様に感じたが、そんな事はものともせずミナセははしゃいでいた。すると5人の中で1番体の大きい人が怪訝な顔をしながら声をかけてきた。


「獣神様、ようこそケナトーシに。長旅でお疲れでしょうが、あちらの部屋でお話ししたい事がありますので、どうぞこちらへ」


 体の大きい熊耳をつけた厳ついおっさんが、ミナセ達を案内した。どうやらリザードマンを含め、この6人が各族長の様だった。

 木の中に入ると大きな切り株の円卓があり、それを囲む様に6脚の椅子、一番奥にミナセ達が十分に座れる大きなソファーがあった。連れられるままにそのソファーに座ると、6人の族長達も椅子に腰掛けた。それを確認すると熊耳のおっさんは咳払いをし話し始めた。


「先程も申しましたが、獣神様このケナトーシの国においでくださりありがとうございます。では、まず簡単に紹介をしたいと思います。私は“豪傑の黒熊”族長ユウコクと申します。真の王が決まるまでまとめ役の様な事をしてきました。そしてあちらから“新緑の玄兎”族長ルナーニ、“妖艶の金狐”族長ダキッシュ、“紅き狼”族長ウル……こちらはご存知だとは思いますが“蒼き竜”族長セイリュー、そして“白き獅子”族長リオナになります」


 おぉ……堅物おっさん、天然系、美魔女にイケメン騎士、トカゲと元気っ子って所か……どの属性にも対応しますってか。てか……おい、リザードマンだけ見た目に違和感だなっ。


 ユウコクに紹介されながらそれぞれに受けた印象を整理していた。皆、ミナセに敬意を抱いているのは感じ取れたが、なぜかリオナに対してピリピリとした空気が醸し出していた。

 微妙な空気感にミナセはどうしたものかと考えていると、そのリオナが席を立ち話し始めた。


「もー皆、そんな嫌な空気出さないでにゃ。獣神様を自分の目で見てもう分かったでしょ、どう見ても“白き獅子”を表してるにゃ。これでようやくケナトーシを治める種族が決まったにゃ。そうとなれば早いこと即位の儀の準備をするにゃ!」


「待て待て、まずはそこのお方が本当に獣神様なんか、確かめねばならへんと違いますの?」


「そうだっ、本物か確かめる必要があるぞ。それまでは俺は獣神とは認めんっ。騎士の座に蒼き竜が選ばれるなんておかしいとは思わないか? その役目は我ら紅き狼が……なのにっ!」


 そう言うとウルは机を強く叩いた。ダキッシュも羽扇子を口元にあてながら頷いていた。他の族長は頭を抱えたり、怒りの視線を送ったりと、あまりいい感情を抱いていないのが見てとれた。


 撤回、若干2名敵意をもっていました。思ってたよりも簡単に進まない感じがするよ……。これはもしかして、かなりな面倒事に巻き込まれるんじゃ。


「まずはどれほどの力があるのか俺と勝負をしろっ」


 ミナセの考えは嫌な方によく的中する。1番感情を露わにしていたウルがミナセに勝負を申し込んだ。ダキッシュ以外は「なんて失礼なことを!」と止めに入ったのだが、ウルは一向におさまる様子がなかった。

 その姿に猫達から徐々に殺気が放たれ、ミナセはここで受けないともっと大変な事になると思い、ウルの申し出を受けるのであった。もちろん猫達は大反対したが、ケナトーシの森が地図から消えない様にするには受けるしかなかったのだ。


 そんなに反対するなら、その殺気をしまっておいてほしいですよ。まじでこの世界って1種族1問題っていう決まりでもあるのかな。まぁ、さすがに殺される事はないだろうし、ちゃちゃっと終わりにしてここから解放されたいです……。


 ミナセは深い溜め息を吐くと、まだ揉める族長達を眺めていた。どうやらダキッシュは王になる事を強く望んでいた様で、猫の姿のミナセの登場に納得がいっていない様だった。ウルも同様で、揉めている話しを聞くと、どうやら騎士になる事に絶対の自信があったらしく、こちらも獣神は間違いだと思っている様だった。


 まぁ、本当に獣神じゃないから何も言えないんだけどね。でも、もう違いますとか言えないでしょー。これ言ったら猫耳さんに末代まで呪われそうだわ。


「獣神様ごめんね。ルナ一生懸命止めたけど、ウルってば頭固くて言う事聞かないの。ちょっと痛めつければ大人しくなるから……あ、でも殺さないでね?」


「いやいや、そんな物騒な事しないから!」


 うさ耳をぺたんと下げながらルナーニも深い溜め息を吐いた。どうやらルナーニとユウコクは完全中立らしく、止めれないと分かるとミナセに頭を下げてきた。毎回の事なのか、もう悲壮感さえ漂いそうな2人を見て、もっと早い段階で逃げるべきだったと後悔するミナセであった。




「ジュン、もしかすりでもしようものなら、あたしあいつ殺すからね。トカゲちゃんはいい子だったのに、やっぱ犬はダメだねっ。あの狐もムカつくし! あーもう! これだから犬科は嫌いなんだよっ」


 ボタンが怒り心頭といった雰囲気でミナセの横を歩いていた。ミナセが魔法を使うという事だったので、森の中でも比較的開けた場所に移動してきたのだ。


 勝負はミナセとウルの1対1で行い、相手に致命傷を負わせる事は禁止とし、先に参ったと言った方が負けと説明された。ウルは騎士になりたいと言うだけあって、腰にはそれなりに上等な剣が下がっていた。


 戦う事が好きではないミナセだったが、自分の魔法の力ならなんとかなるという自信もあって、比較的落ち着いていた。正直ブレイククラスの剣士だったらそんなに落ち着いてはいられなかったが、ウルからはそんな強さは感じられなかった。


 って言ってもうちの猫達も身体能力は凄いし、もしかしたらあの犬騎士も思った以上にやるかもしれないよな。まぁ、油断は禁物って事でまずは様子見しながらいきますか。


 ワンドを手に取りウルと対峙すると、ユウコクが審判役として2人の間に立った。ウルも剣を抜くと真剣な眼差しでミナセを見つめてきた。


「いいかウル、これはお前の我儘で始まった事だ。戦う事は許容したが獣神様に何かあったら、俺は容赦なくお前を罰するからな。ダキッシュ、お前も同罪だ。その事をしっかりと頭に刻んでおけ。……獣神様、我が種族の無礼をお許し下さい…………では、はじめ!!!」


 ユウコクの重い声が森に響き渡ると、2人の戦いが始まったのだった。

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