第27話「めぐみのかみ」

「ところでミナセの錬金術ってのは武器も作れるのか?」


 羅針盤が指すままに砂漠を歩いていると、ブレイクからそんな質問をされた。どうやら部下の元に置いてきた剣のうち1本はブレイクのものだった様で、先の戦いで今まで剣にかかっていた負担が一気に爆発したらしく壊れてしまったのだ。なので今は丸腰のまま歩いている事になる。


「はい、ドワーフ族の人に言われましたけど、武器や防具、適正の魔石があれば魔法具まで作れるみたいです。まだ、本職みたいに綺麗な武器は作れませんが、錬金術師が作った武器は他のものと一線を画す様ですよ。このままだとこの先危ないですし、作りますか?」


 是非ともお願いしたいと言われ、ブレイクの要望を聞きつつ長剣を作る事になった。魔法同様、想像が具現化するとドワーフの村で学んだミナセは、切れ味と耐久性を重視し、ついでに魔法抵抗も付けてみた。

 さすがに目を奪われるような美しさにはならなかったが、ゲームで出てきた剣を想像しながら作った為、中々の出来になった。ブレイクも満足した様で、ミナセの頭をわしゃわしゃ撫でながら受け取った剣を腰に下げた。


「ジュンに気安く触んないでよね……」


 そんな猫達の嫉妬を受けたブレイクは「愛されてるねぇ」とミナセを茶化すと、羅針盤の指す方角を見ていた。


「この先、何かあるって言ったら神殿ぐらいしかねぇけど、もしかしてサチって奴は神殿にいるのかもしれないな」


「神殿とは危険な場所ではないのですか? この世界に……いえ、はぐれてからかなり時間も経ってしまいましたし不安が……」


 そう言いながらコアは視線を落とすと、ブレイクはニカッと笑って今度はコアの頭を撫で始めた。愛する主人の前で他の男に触れられた恥ずかしさと怒りで、腰に下げたレイピアに手を伸ばすと、ブレイクはおどけた様に手を前に出した。


「おっと、そんなに怒るとは思わなくてな。すまんすまん。なぁに、神殿ってのは神様が住む場所だ。安全すぎるぐらい安全だろうよ。それに神様は慈悲深く高貴な方々だ、神殿にいるなら心配はねぇだろ」


 へぇ、ブレイクさんって意外に信心深いんだなぁ。何か「神様ぁ? そんなもん、どうでもいいわっ。あいつらがもっと仕事すれば俺の仕事も減るのによ」とか言って一蹴しそうな感じなのに……。やっぱ神様が実在すると信仰心も変わってくるのかな。

 あ、コアさんコアさん。そんなあからさまに水魔法で頭洗わないでね。水も滴るなんちゃらだけど、それ相手が俺だったら確実に心折れる光景だから、少し自重してね。


 さすがに渋いおっさんブレイクでも、コアの行動には多少なりとも傷ついたらしく、誰にも聞こえない様に小さな声でミナセに「俺、臭うか?」と聞いていた。だが、猫達の聴覚は鋭くその言葉もしっかり耳に届いていたのだった。


「……臭い……」


 わぉ! クータローさん無慈悲っ!! 加齢臭は男のフェロモン、パフュームよっ。許してあげて!




 ブレイクが加わった事を理由に、ミナセが魔法で暑さを遮断しながらの旅だった為、かなり快適に砂漠を歩く事ができた。途中、この砂漠特有のワームと呼ばれる10メートルはありそうな魔物や、サンドニードルと呼ばれる針に毒をもったサソリの魔物が現れた。


 新しい武器の感触をつかみたいとブレイクが全ての魔物を請け負った。ミナセ達はこの世界の人々の力をよく知らない為、正直ブレイク1人ではキツイのではと思っていたのだが、それは杞憂に終わった。


 ブレイクの戦いは見事としか言いようがなかった。身体能力だけなら猫達のが上に見えたが、剣さばきや立ち回りなどが段違いだった。こうして比べてみると猫達の剣さばきは、子供がただ棒きれを振り回しているだけに見えるぐらいだ。


 猫達もそれを感じたのだろう。特に剣を使うコアやナイフを使うクータローは、嫉妬と尊敬が入り交じった顔でブレイクの戦いを見ていた。ボタンとチュータローは「おもしろくない」と言うと、そのままそっぽを向いてしまった。


 すっげぇ……。この世界の人って弱いかと思ってたけど、ちゃんと強い人もいたんだなぁ。ってか、ブレイクさん見た目に似合わずなんて言うか綺麗な戦いするんだな。そういうのってロン毛のイケメンがやるもんだと思ってた。


 確かにブレイクはもっと力技のゴリ押しが似合いそうな感じなのだが、流れるように立ち回る姿は剣舞を見ている様だった。


 そんなブレイクの意外な一面を発見しつつ、砂漠に入って5日目の朝、ついにブレイクが目的としていた神殿に到着した。ミナセは羅針盤を確認するが、どうやら示す場所はこちらも神殿のようで、一緒に向かうことにした。


「すごーい! コン・オンボ神殿みたいだねー。やっぱ砂漠にあるからエジプト仕様なのかなー?」


 だ・か・らっ、なんでチュータローはそんな知識があるんだよっ! まじで偏り過ぎだろ……だったら銃分かれよ。てかコン・オンボってなんだよ! 俺でも知らないっつーの。主人の知識を上回らないでね、情けなさだけ磨きがかかってくるから。


 飼い猫の新たな知識を発見しつつ、石でできた大きな門から中に入ることにした。大きく荘厳な建物を見上げながら、ゾロゾロとミナセ達が入っていく後ろで、ブレイクが胸に手を当て深くお辞儀をしている事にミナセ達は気づかなかった。


 中に入ると予想以上に綺麗だった。


 それもそうか。神様が実在してここにいるって事は家みたいなもんだもんな。あれ? 不法侵入とか言われないよね? ブレイクさんも入ってるなら問題ないんだよね? ってか綺麗なのは綺麗だけど生活感ってのが全くないな……サチ大丈夫かな?


 不安になりながら羅針盤に目を落とすと、予想外の事が起きていた。神殿に入るまで真っ直ぐ同じ方向を指していた針が、今はグルグルと回転してどこを指しているのか分からなくなっていたのだ。


「ええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」


 思わず大声をあげてしまうミナセに、何事かと猫達は急いで駆け寄ると、その原因を目にした。


「ご主人、落ち着いて下さい。これは目的の場所、サチに辿り着いた知らせなのではないですか?」


 コアの言葉にミナセもハッとなり、もう一度羅針盤を眺めた。確かにコアの言う通りなら合点がいく、1人で慌てて馬鹿だなぁと安心していると、それを打ち砕く声が聞こえた。


「ここにはその探してる人いないよーん。ってゆーかそれちゃんと機能してなくなーい? 人探しの魔法具はー、その探す人をちゃーんと思い浮かべてから使うんだよーん。そーしないとテキトーな場所示しちゃうからねーん、白猫ちゃんったらあ・わ・て・ん・坊。親切なめぐちゃんに会わなかったら大変だったねーん」


 荘厳な場所には似つかわしくない、甘ったるく小馬鹿にした様な声はミナセを落ち着かせたが、今度は別の困惑が襲ってきた。さっきまで誰もいなかった筈なのに目の前にはピンクのふわふわの髪を床まで伸ばした、愛らしい少女が立っていた。真っ白なドレスを着たその少女は、声を出さなければ天使が舞い降りたのかと勘違いしてしまいそうな出立ちだった。


 漫画だったらぽかーんと書かれてしまいそうな程、呆けているミナセ達を尻目にブレイクはザッと片膝をつき頭を下げると最大限の敬意を表した。


「ミナセ! 恵神めぐみのかみウィディ様の前だぞっ。早く頭を下げろ、失礼だ!」


 何とっ、これが神様かよっ! もっと名前と雰囲気に会った感じの人……神かと思ったよっ。これじゃどこぞのエロゲのキャラだぞ……いや、俺はエロゲはやらないけどね! 例えよ、例え! お祖父ちゃんの地図とか知らないからねっ!


 渋る猫達をなだめて、言われるがままにブレイクと同じ格好をすると、ウィディとやらは話し始めた。


「うんうんっ。神様にはちゃーんと敬意を払わないとだよーん。で、何の用でここに来たのかなーん? めぐちゃん意外と忙しいんだよーん」


「お手間を取らせて申し訳ございません。私はリッヒカルタ王国31代目国王フォルティス13世の命により、ここまで参りましたブレイク・ガーディアスと申します。この者達は仲間を探している最中でして、羅針盤が神殿を指していた為ここまで一緒に参った次第であります」


 神様という存在にミナセはどう対応していいか分からなかったので、ブレイクが一緒に説明してくれてホッと胸を撫で下ろした。だが、落ち着いた事によりさらっと聞き流してしまった事実と、新たに出た情報によりミナセの頭の中は混乱していた。


 羅針盤使い方ちがう……ここサチいない……。まじかよっ、カレブさんちゃんと説明してよ! ん? いや、してた様な気がするな……なんだよ、俺のミスかっ。ばっきゃろー!!!! ってかあの王国ちゃんと名前あったのかよっ。いや、あるだろうなっ。リッヒカルタとか初耳だわ!


 人生初の神様とのご対面より、羅針盤の使い方とあれだけ色々あった王国の名前を今知った事の方が、ミナセにとっては重大な事だった。


「あーん、それで羅針盤かー。でもざんねーん、ここにはめぐちゃん以外誰もいないよーん。やだー、そんな顔しないでよーん。そうだなー、めぐちゃん人がどこにいるかとか分かんないけどーん、白猫ちゃん達は王国に戻ると出会える様な気がするよーん。あ、気がするだけねーん。でもー、神様の言う事だからあながち的外れでもないと思うのーん。使いの人はー……あらーん、あなたは内密に話したそうねーん。いいわー、じゃああなたはこっちに来て話しましょうかー。答えるかどうかは気分次第だけどねーん」


 王国に行けばいいと思いがけない情報を貰い、ここまで来た意味はなんとかあったようだ。ブレイクはウィディに連れられ奥に行ってしまったので、その間猫達と相談する事にした。


「まずはごめん! まさか使い方が違うなんて……俺ドワーフの村でちゃんと説明聞いてなかったみたいだ……ごめん」


「でもー、王国に行けば会えるかもって言ってたしー、無駄じゃなかったと思うよー。じゅんちゃん気にしすぎだよー。それよりもー、あの神様って何かイラってくるー」


 ブレイクが聞いたら斬り殺されそうな爆弾発言を、さらっと言うチュータローの口を慌ててコアが塞ぐと、ミナセは先を続けた。


「ブレイクさんと揉めるのは勘弁だから、その言葉はしまっておいてね。でも、ありがとう……。詳しい事は分からなかったけど、王国にいけば何か分かるよな! じゃあ、大変だけどまた王国に行ってみるか」


 ようやくサチに会えると喜んだ分、落胆は大きかったが明確な目標ができてミナセは一安心したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る