第26話「ブレイク・ガーディアス」

 王国領土の北側に、山と川に囲まれた貧しい村で俺は生まれた。王都までの道は険しく、商人すら中々来ないこの村は王国からも忘れられた様な、そんな寂しい村でもあった。全員が忘れ何にも縛られず、自由に生活が出来ていれば、ここまで貧しい村にはならなかった。だが、ここを治める貴族はご丁寧に覚えてくれていたらしく、これまたご丁寧に毎回税を徴収していた。


 厳しい徴税に豊かとはいえない土地、世界から隔離された様な村に娯楽などもなく、村人はいつも暗い顔をしていた。だが、俺の両親はそんな村で生活していても、笑顔と優しさを忘れないそんな人達だった。


 俺には上に2人の兄がいた。幼い俺に森で採れた貴重な果実を分けてくれる、両親の優しさを十分に受け継いだ兄達だった。相変わらず村人は暗い顔で俺を見ていたが、俺は気にしない事にした。こんなに素晴らしい家族がいる、それでいいじゃないかと。


 両親や兄は気づいていなかったが、俺は子供には似つかわしくない賢さを持っていた。俺が5歳になる年、村は凶作に見舞われた。作物はほとんど実らず、今いる村人達で分けてもギリギリだった。それにも関わらず領主からはいつもと同じ量の徴税がかかった。村人は頭を下げ、今年だけはなんとか出来ないかと掛け合っていた。両親が領主や何度も頭を下げる姿を、幼い俺はずっと見ていた。


 結局、税が免除される事もなく村は窮地に立たされてしまった。この頃から家の中に笑顔が少なくなっていった様に思う。育ち盛りの兄達は出される食事に不満をこぼし、俺を置いて森に食料を採りに出かけていた。


 毎日の様に村人に頭を下げていた両親が、ある日からそれをまったくしなくなった。俺はそれを素直に嬉しく思った。家から笑顔が消えていったのも、それが原因だったからだと思っていたからだ。いや、思う様にしていた。


 久しぶりに見る両親の笑顔は前の様な温かさを感じなかったが、それは俺の勘違いだと思い込む様にしていた。そんな笑顔をむけられながら、数日がたったある日の夕食、テーブルの上には苦しくなる前の様な食事が並んでいた。俺の好物ばかり並んだ食事を、久しぶりにお腹いっぱい食べ、俺は幸せな気分で眠りについた。


 寒さに身を捩り目を覚ますと、周りには何もなかった。そこはいつも寝ている狭いベッドではなく、大きな岩が転がる寂しい場所だった。俺がもっと小さかった頃、両親に連れられ神殿にいった時の風景に似ていた。


 普通であれば不安や困惑で泣き叫ぶのだろう。だが、俺は薄々は分かっていたのだ……。なぜ両親は村人に頭を下げていたのか、なぜ不自然な笑顔を向けられ俺の好きな食事が出たのかを。


 俺は、口減らしのため捨てられたのだ。


 何も思わなかった。供給が需要に追いつかなければ需要側を減らせばいい、それが当たり前だったからだ。俺が両親でも同じ事をしただろう。俺はこのまま寒さと餓えで死んでいく、仕方のない事だと……。


 地面に寝っ転がり短くも俺にとっては長い人生を振り返っていると、岩陰から大きな獣がこちらを睨んでいた。目が5つもある狼の様な獣は、村でも恐れられていた魔物という生き物だった。餌と認識をした魔物は涎を垂らしながらこちらにゆっくりと向かってきた。


 餓えに苦しまずこのまま死ねるなら、ありがたい事だと俺は思った。ゆっくりと近づく死の塊は俺の目の前まで来ると、鋭利に尖った爪を振りかざした。なぜか体がそれを避けてしまい、急所を狙っていた爪は頬に当たってしまった。

 頬をえぐり吹き出す血を目の当たりにした時、俺は初めて死の恐怖を感じた。何を今更と言われても仕方がないのだが、どんなに死を受け入れていたとはいえ、それは幼い子供が想像する範囲での話しで、そこには激痛もこんなにも鮮やかな血の色もなかったのだ。


 痛い痛い痛い痛い怖い怖い痛い怖い怖い痛い………………何でこんな思いをしなければいけないんだ。我儘も言わず両親が望む様に育ってきたじゃないか。勝手に産んで勝手に殺すなんて、そんな奴らのが死ぬべきじゃないのか!? 若く将来もある俺が生きるべきじゃないのか。嫌だっ、俺は死にたくない!!!!


 そこで初めて俺はまだ生きたいのだと分かった。涙が溢れ出し目の前の死の恐怖から何とか逃れようとした。だが、それはもうすでに遅く魔物は俺に向かってトドメを刺そうとしていた。


 ――っ。誰か助けてっ!!!!神様っ!!!!


 そう叫ぶと喉の奥まで見えるぐらいに、口を開けていた魔物は目の前ではじけ飛んだ。真っ赤なしぶきが俺に降り注ぐと、空から声が聞こえた。


 ―童子、そなたの生きたいと願う気持ち妾が聞き届けてやろう。そうよな……そなたには力を授けてやろうぞ。これからはその力で生き抜いて行くとよい……。なに感謝などいらぬ、妾は運命を司るもの宿神やどのかみウリア。生きたいと願うものを無視できなかっただけの事よ……―


 信じられない事に神は俺の願いを聞き入れてくれたのだ。きっと神も全ての人間を助けているわけではない。俺は神に選ばれ認められたから助けてもらったのだ。その証拠に体には今まで感じたことのない力が漲っていた。俺は神に恥じぬ生き方をしなければならないと思った。


 そう、神に選ばれし人間があんな自分勝手な人間から生まれたなんて恥じるべきだ。それならば、今まで俺に関わった全ての人間は消してしまった方がいい、その方がより生まれ変わった感じがする。


『トティー村謎の壊滅 犯人は魔物か!? それとも狂人の仕業か!?』


 そんな見出しの紙が掲示板に貼られたのは、俺が神に出会った数日後の事だった。


 そこから俺は王都へ向かい、腕っ節だけでのし上がれると聞いた衛兵ギルドに向かった。15歳からしか入団できず、行く宛もない俺を、当時のギルド長に目をかけてもらい親代わりになってもらった。見習いの様な事をしながら、俺は人間達を観察をしていた。


 腕だけならギルド長でさえ凌駕していたのだが、俺はそれに頼らなかった。選ばれし人間がそんな下品な行いで上へあがってもダメだと思ったからだ。人望の厚いギルド長の真似をしながら、功績を残していった俺は前ギルド長が亡くなった折に、ついに衛兵ギルド長になった。


 だが、俺はそれで満足をしたわけではなかった。俺はこの世界を統治し神々が住むにふさわしい場所にするのが目標だった。その為に国王の手足となり信頼を得ることなど容易い事だった。


 まずはこの国を支配する為にどうしようか悩んでいた俺に、1つの情報が入った。謎の白猫とこの世のものとは思えないほどの美男美女が現れたと。しかも類を見ない程の魔力を秘めた者達が……。

 すぐさま国王にその情報を持っていくと、思った通り食いついた。何よりも武力を重んじるこの国王がそんな逸材を放って置くわけがないのだ。国王の命令を盾にし、これで俺は自由に接する事に成功した。こいつらは俺自身の計画に使えると思ったからだ。


 予想以上に単純な白猫は簡単に懐柔する事ができた。白猫が連れていた仲間はまだ難しそうだったが、これからゆっくりと仕上げていけばいい。


 馬鹿な国王はさらに俺が動きやすくなる命令をしてきた。ここで俺はさらに白猫との信頼関係を築くべく行動した。俺の命令であれば命さえ惜しまない、忠実な犬を連れて……。




 ブレイクは【遠見の水晶】を見ながら砂漠で偶然を装う為、適当な場所を探していた。すると目の前に半分砂に埋れた洞窟を発見した。

 部下に埋もれた部分を掘らせ、中に入ってみるとそこはまだ発見されてない遺跡だった。水晶を確認するとミナセ達は砂漠に入った様で、橙色の砂の上を歩いている最中だった。【遠見の水晶】はある一定にまで対象者が近づくと反応する仕組みになっている為、すれ違いになる事はない。


 このままこの遺跡を発見するのは難しいか……。だが、しばらくは何もない土地だ。ここで会わない様なら次の作戦に行けばいいだけか。それにここなら……。


 ブレイクは一通り思案すると遺跡の中で待つことにした。ブレイクの腕ならば遺跡攻略など容易いもので、邪魔な魔物を掃討するとミナセの動向を観察した。するとミナセ達は砂嵐に見舞われた様で、水晶の映像は黄一色になってしまった。


 砂埃が晴れ徐々にミナセ達を映し出すと、そこにはブレイクが入った洞窟が見えた。


「おおっ、神よ!!!! 何という奇跡!!!! やはり俺は神に選ばれし者だ。神は俺の計画を後押ししてくださっている……」


 神に聞こえる様に大きな声でそう言うと、胸の前で両手を組みブレイクは神に祈りを捧げた。そして、ここで作戦を遂行する為に、部下を近くに呼び寄せるとその計画を口にした。


「……だからお前にはここで死んでもらう」


 最後にそう伝えると部下は何も言わずに頷いた。是非を問わなかったのは部下が反対をするわけないと、ブレイクは知っているからだ。


 さすがは俺の犬……数ある死線をくぐり抜けたたまも……いや調教の賜か。


 腰から長剣を抜くとそのまま部下の胸に突き刺した。それと同時にミナセ達が中に入った証拠として、またもや魔物達が湧き出て襲ってきた。水場の魔物らしい軟体生物の様な触手を伸ばし攻撃してくるが、それがブレイクに届く前に復活した魔物はまた、ただの血肉になっていったのだった。


 ここからは実に簡単に遂行できた。この世界に疎いあいつらは案の定、ここが遺跡と分からず中に入りそして仲間が死んだ俺を発見する。単純なあいつなら自分のせいと嘆き責任を感じるだろう。前にも思ったがこいつは人の死というものに慣れていない。いや、怖いんだろうな……。


「本当に……すみません……。こんなに親切にしてくれた恩人に、俺なんて事を……」


 こいつはどこまで馬鹿なんだ。これが仮に偶然だったとしても死ぬのは自分の責任だ。そんな死から逃れられるのは俺の様に選ばれた人間だけなんだ! なのにこいつはそんな事も分からないなんて……。


 ミナセの馬鹿さ加減にいらつきを覚えるが、グッとこらえ計画を遂行した。


 お前の為に行動し、お前のせいで人が死んだ。だが俺はそれを咎めず許した。俺に対してさらなる信頼を寄せるだろう。もっと、もっと俺を信頼しろ! 俺が完全なる正義だと思えるぐらいにな。


 ブレイクは自分のしている事を悪いとは思っていない。だって神に選ばれた人間が神の為に行動しているのだから。だが、それをそのまま伝えても馬鹿な奴らはすぐ非難をする。だから誰にも悟られない様に慎重に上手くやる必要があるのだ。


 これがブレイク・ガーディアスという男なのだ。

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