第25話「さばくはつらいよ」

「砂……砂、すな、スナ、砂…………あああああぁぁぁぁああああ!! どこまで行けば砂以外があるんだよっ。ダメだ干からびる。俺もう干からびる! このままじゃ新たなスフィンクス発見! 歴史が変わる、とか言われちゃうよぉぉぉ……俺、そんな形で歴史に名を刻みたくないよ……」


 冒頭からミナセが乱心しているのには訳があった。ドワーフの村で魔法具の羅針盤も手に入り、ようやくサチ探しに専念できると喜んでいた。だが、羅針盤が指した場所はこの世界で唯一の大砂漠、アレーブル砂漠だったのだ。


 ドワーフの村がある山を越えた先にあるこの砂漠は、オアシスどころか草木も1本も生えてない死んだ土地と言われていた。突き刺す太陽、全ての水分が奪われそうな気温、それに見渡す限り橙色の砂丘しかなく、目的があっても羅針盤が指す方角にただただ歩くと言うのは、かなりキツイものがあった。


 初めは見渡す限りの砂に「鳥取砂丘も真っ青だぜ!」とテンションが高かったミナセだったが、気温の上昇と共にぐんぐん下がる気力は、ついに底につこうとしていたのだった。


 あぁ……こんなに砂漠にいたらスナネコになっちゃうよ。スナネコかぁ……スナネコ……あっ、めっちゃかわいいじゃん! よし、俺スナネコになろうっ。これで俺のモテ期がやってくる事、間違い無しだなっ。


 暑さで変な方向にミナセの思考が走っていくが、それも数分後には消え去り、“砂”の一文字だけが頭を占めるのであった。


「ご主人、やはり私が魔法で熱を遮断します。このままではその美しい毛並みがボサボサになってしまいますよ」


 先程から何度もコアにこの提案をされているのだが、ミナセは頑なにそれを断っていた。


「ダメだよ。コアには飲水を出してもらってるし、あんまり魔法を使うといくら魔力レベルが高くても、いざという時に戦えなくなっちゃうだろ」


 コアには定期的に飲水を出してもらってる為、本当に干からびることはなかったのだが、さすがに何でもかんでもコアの魔法に頼るわけにはいかなかった。ならミナセが魔法を使えばいいだけの話しなのだが、主人にそんな事はさせれないと、今度は猫達が頑なに断っていたのだ。そんな猫達を置いて自分だけ涼しくなるわけにもいかず、なんとも言えない悪循環がミナセ達を襲っていた。


 まぁ、いざとなったら無理矢理にでも使えばいいだけだ。もうすぐ日が暮れてくるし暑さも和らいでくるだろうけど、何よりもこの砂地獄がキツイな……。先が見えないってのは結構、精神力持ってかれるんだな……勉強になりました。


 このまま一生、砂の中にいなくてはいけないのかと思っていると、遠くの空が黄色くなっている事に気づいた。足を止め様子を見てみると、どうやらこっちに迫ってきている様な感じがした。

 ぼんやりと黄色かった空は次第に視認できる距離まで近づいてくると、その全貌を現した。


「砂嵐だ!! 皆、避難しろっ!」


 空を覆い尽くす程の砂嵐は大きな波の様にうねりミナセ達を飲み込もうとしていた。避難しろとは言ったものの隠れるような場所はどこにもなく、ボタンが急いで土壁を展開した。

 かなりの強度を誇る土壁でも、自然の力は強敵だった様でガタガタと揺れ始めた。所々、亀裂が発生しあと少しで壊れてしまうと思った瞬間、揺れが収まりなんとか耐え切った様だった。


「ジュン、大丈夫? ごめんね、あたしの作った土壁弱かったみたい……」


「何言ってるんだよ。ボタンが誰よりも早く壁を作ってくれたお陰で、俺達は助かったんだから。ありがとうなっ。さすが俺達の家族だよ」


 しょんぼりするボタンに目いっぱいの感謝を表していると、ミナセの目の端に何かが飛び込んできた。砂嵐が来る前には確かになかったその物体は、偶然目に入らなければ決して見つけることは出来ないぐらい、ひっそりと佇んでいた。


「あれ何だろう……?」


 ミナセが指差す方を猫達も振り向いて確認すると、そこには人1人が屈んで入れるぐらいの洞窟があった。砂で埋もれていたものが、驚異的な砂嵐の力で姿を現した様だった。


「奥に続いていますね……。ん? ご主人、奥から何やら声がします」


「え、魔物かなにかか?」


「んー、内容までは聞き取れないけど何か揉めてる? 怒鳴ってる感じがするよー。まぁ、言葉を話す魔物かもしれないけどねー」


 チュータローの言葉にドキッとしたが、入り口が塞がっていた事で中に人が閉じ込められているかもしれないと思ったミナセは中に入って見ることにした。


 人だったらさすがに見てみぬ振りは出来ないよな。まぁ、魔物だったら倒せばいいだけだし。それに砂ばっかりはもう飽きたっ。


 洞窟の中はゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていて、自然にできたものかと思ったのだが、所々に魔法灯が掛けられており、人の手が入った形跡を残していた。10メートルぐらい進むとようやく猫達も立って進めるぐらいの大きさになっていた。所々、左右に別れており迷路の様になっていたが、そこは猫達の勘に任せ進んでみる事にした。


「……血の匂い……」


 クータローの不穏な言葉にミナセは足を止め浅く息を吐いた。こんな場所で声がするなど、あまり穏やかな状況ではないとは薄々思っていた。この先に待っているのが魔物の血の海なら何でもないが、人の血だった場合を考えて、覚悟を決める為の行為であった。


「皆、戦う準備はしといてね……」


 猫達が頷くのを確認すると、ミナセは先に進んでいった。しばらく歩いていくと天井から無数のつらら状のものが垂れ下がった、鍾乳洞の様な場所に着いた。地面には所々に小さな池の様なものがあり、元は透明であったろう水は真っ赤に染まっていた。周りには池を赤くした原因であろう、肉塊が飛び散っており、ここで戦いがあったのは明らかだった。


 なるべく肉塊を見ないように奥に顔を向けると、鍾乳洞の真ん中には2人の男の人が座っていて、何かを叫んでいた。いや、正確には1人の男が寝ているもう1人に叫んでいいる様だった。2人の男の周りには一際濃い赤色の水たまりが広がっており、穏やかではない状況にミナセは声をかけあぐねていた。


「そこにいるのは誰だ!!!!」


 どうしたらいいのか迷っていると先に男の方がミナセ達に気づいた。こちらを睨みながら、警戒心を隠そうともしないその顔は、ミナセがよく知る人物だった。


「……ブレイクさん……!? 何でこんな所に……」


 そこにいたのは王国衛兵ギルド長のブレイクだった。ブレイクはミナセ達だと分かると、警戒心をとき笑顔になった。だが、すぐさま今の状況を思い出したのか、その顔は悲痛なものに変わっていったのだった。


「ミナセ達だったか……。まさかこんな所で会うとはな」


「一体何があったんですか? そこの倒れている人はどうしたんですか?」


 ひとまず、状況を整理したくブレイクに尋ねると、言いにくそうに小さな声で話し始めた。


「俺とこいつは国王の命を受けて、この砂漠の果てにある神殿に用があったんだが、途中でこの洞窟を発見したんだ。入ってみると遺跡だという事が分かってな……それで…………もしかしらたお前が探してる奴がいるかもしれないと思って奥に進んでみたんだ。俺もこいつも腕に自信はあったし、2人だけでもある程度は潜れるはずだった……。この1階層も難なくクリアして、次に行こうかと思ったんだが……」


 ブレイクが言いにくそうに言葉をつまらせるが、ミナセにはその先が分かってしまった。


「……っ。また魔物が湧いたんですね……。すみません! 俺達が入ってきたからリセットされてしまったんですよね!? そのせいでそこの人はそんな事に……」


「いや、お前達のせいじゃないんだ。敵を甘く見て油断したこいつが悪い。気を張っていれば不意打ちになんてやられる奴じゃないんだからな。まったく……俺の言う事なんか1つも聞きやしない困った部下だよ。いや……部下だったよか……」


 訂正された言葉にミナセは胸が締め付けられるような思いをした。薄々は分かっていたが、倒れた男の命は尽きていた事、律儀にサチ探しをする為にここに入って、それを頼んだ奴のせいでこんな状況になってしまった事。一体どれほど謝れば許してもらえるのかミナセには想像もできなかった。


「本当に……すみません……。こんなに親切にしてくれた恩人に、俺なんて事を……」


 堪えきれずに涙をこぼしながら、ミナセは膝をつき土下座する様に謝った。他人に興味がない猫達も、サチの為に行動してくれた事に感謝と謝罪を表す様に小さく頭を下げた。


 いつまでも頭を上げないミナセにブレイクは近づくと、そっと肩に手をやり優しく声をかけた。


「おいおい、そんな真似やめろって。俺達は仕事柄こういった事は珍しくないんだ。それに遺跡と分かった時に入り口に何の対処もしなかったのも、敵がまだいるかもしれないのに油断した事も、全部自分達の責任なんだ。俺達は全ての言動に責任を持ってやってる……それが俺達の誇りでもあるんだ。だから、お前がそんなに謝ってたら、こいつはお前の責任で死んだ事になっちまうだろ? それは俺にもこいつにも失礼ってものだろ」


 言っている内容は厳しさが混じっていたが、ミナセにはブレイクの温かな気遣いしか流れてこなかった。その思いを汲み取り、涙を拭うと真っ直ぐブレイクの顔を見た。


「よし……それでいいんだ。じゃあこいつの弔いに付き合ってもらっていいか?」


「……はい!」


 そう言うとブレイクは倒れた男を隅の窪みに寝かせ、手を取ると胸の上で組ませた。血で汚れた顔をミナセが拭き取り、その横に折れた2本の剣をそっと置いた。

 ブレイクとミナセが静かに目を瞑ると、猫達も真似をして同じように目を瞑った。黙祷にしては長い時間そうしていると、ブレイクが小さく息を吐き、ミナセに声をかけた。


「あいつが逝った先でも馬鹿やらねぇ様に説教してやったよ。お前達もありがとうな……さて、俺はもう少し潜ってサチって奴を探すけど、お前達はどうする?」


 こんな状況になってもまだ探そうとしてくれるブレイクに、ミナセは胸が熱くなると、ドワーフの村で作った羅針盤の話しをした。


「なるほど。それはすげぇな……しっかしどうやってそいつを作ったんだ? それは魔法具の域に達してるぞ」


 ごもっともな疑問にミナセは素直に錬金術の話しをした。ブレイクならこの事を聞いても大丈夫だと思ったし、この親切な男に黙っているのが申し訳なかったからだ。


 錬金術の話しは流石に驚いた様で「すげぇな!」と言いながらミナセの肩をバンバン叩いていた。ミナセがその先を何も言わなくても察してくれた様で、ブレイクはこの事は他言無用にしておくと約束してくれた。


 羅針盤の針は砂漠の奥を指していた事もあり、どこまでか分からないがこのままブレイクと一緒に旅をする事にしたのだった。

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