第24話「あたらしいぶき」

「おい坊主、この真ん中の魔石に力を込めてみろっ。そうだそうだ、ほら光ってきただろう? これは探知の力が込められた魔石なんだが、何もしないと無機質なものしか探せん。だが、坊主の錬金術でこの魔石は完全なものになって生命体にも反応するってわけよ。どうだ、満足いったか?」


 工房に連れ込まれてから休憩することなく、丸1日作業に付き合わされていたミナセは、カレブの嬉々とした説明がまったく頭に入ってこなかった。「錬金術の使い方など知らんっ、だが鍛冶の基礎が分かりゃあ使えるだろ」の言葉から、ずぅーっと魔法具の手伝いをさせられていた。


 お陰で店が出せそうなぐらいにまで腕は上がったけど、もう限界だ……。なんでこの人こんなに元気なんだろう。誰か俺に翼を授けて下さい……。


 初めは猫達も工房にいて危険はないか見張っていたのだが、ドワーフ達の変態鍛冶を見ていたら害はないと判断し、半日も立たずにどこかへ行ってしまったのだ。大好きな主人がおっさんと密着しながら汗だくで作業してる姿を見たくないって所が本音だったのだが。


「この羅針盤はオリハルコンで出来てるから、ちょっとやそっとじゃ壊れねぇし、見ろここの細工。俺の腕が光ってるだろ? 蓋を開けた状態で探し人の姿を思い浮かべりゃ、針がそいつがいる方角に向くからそれに従っていけば会えるって寸法よ。ちゃんと思い浮かべねぇと針は正しい方向を向いてくれねぇから気をつけろよ。よし、これで坊主達の頼み事は終わったよな? じゃあ次はおいらが作ってるもんなんだけどよぉ……」


 体が限界にきていたミナセはカレブの次という絶望の呪文と魔法具が出来上がった安心感に、ついに意識が飛んでしまった。そのせいでカレブが話していた説明をほとんど聞けていなかったのだが、その失態に気づくのはもう少し後の事であった。




--ガヤガヤガヤ……


 心地よい喧騒が聞こえてきてミナセは眠りから覚めた。長いこと寝ていたのか体は少し硬くなっていて、だるさの残る頭で今の状況を整理していた。


 たしかデスマーチよろしくの仕事をドワーフと一緒にやってて……あぁ、それで俺意識飛んだんだったなぁ。この世界に労基ってないのかな……。今なら3000万ぐらいぶんどれそうな気がする。


「あー、じゅんちゃん起きたー? 今ねー、ちっさいおっさん達がね凄いの作ってるんだよー。早く来て来てー、じゅんちゃん待ちだったんだからー」


「おい、チュー! ちっさいおっさんはねぇだろ。おいら達は匠な鍛冶職人ドワーフだぞ!」


 肩を組みながらガハハと笑う美少年と見知らぬおっさんの絵面に、まだ夢かもしれないとほっぺをつねるが、痛みと共に現実という衝撃事実が襲ってきた。


「え、チュータローめっちゃ仲良くなってない?」


「だってーこのカイゼル髭のおっさん面白いんだもーん。しかもねーカッコイイ武器作ってくれたんだよー。じゅんちゃんも見てよー」


 どこでその単語を覚えたんだ、と思いながらテンションの高いチュータローに引きずられ、ドワーフの和の中に入っていくとそこには他の猫達がいた。満面の笑顔を見て他の人に興味がない猫達がこんなに仲良くなっているなんて信じられなかったが、裏表のない笑顔で接してくるドワーフ達は、ミナセから見ても親近感が持てたし、何より楽しそうな猫達の笑顔が見れて一安心した。


 1つの事(ミナセと鍛冶)に夢中になれるあたり、気が合うのかな。ま、仲良くなれたなら何でもいっか。飼い主としてはちょっとジェラシーだけどなっ。


 何がそんなに楽しいのかよく見てみると、猫達の手にはミナセでも分かるぐらい質のいい武器が握られていた。細やかな細工だけでなく空気でも切れそうな透き通った刃、どれも王都の武器屋では見かけなかったものだった。


「皆、それどうしたんだ? 俺が寝てる間にグレードアップし過ぎじゃない?」


 ミナセの知らない内に次々変わる事態に、若干の置いてけぼり感を味わっていると、奥からカレブがやってきた。


「おう、坊主起きたか。なぁに、あまりにもしょっぱい武器使ってるもんだからよぉ、ドワーフとしちゃあ見過ごせなかったんだよ。まだ完成じゃねぇんだが、お前の武器も手直しさせてもらったぞ。見てみろいい出来だろう」


 そう言うとカレブは1本のワンドを見せてくれた。てっぺんには大きな水晶の様な石が付いており、持ち手の部分には美しい銀細工が施されていた。細工の中にも様々な色の石がはめ込まれ、とても筋肉ダルマのおっさんが作ったものに見えなかった。


「おぉ……すっごい綺麗ですね。この色んな石は魔石かなにかですか?」


「いや、これは頑丈なだけでただの宝石なんだが、ここに坊主の錬金術で魔石を入れるんだ。適正属性の魔石を通して魔法を使うと威力が段違いなんだが、宝石と組み合わせる事で耐久力も上がるんだよ。坊主は全属性使えるって嬢ちゃん達が言うもんだから、色んな石が入ってるってわけよ。ほれ、嬢ちゃん達のにも宝石がはめ込んであるだろ? 寝て元気になったんなら、早いこと魔石も融合してくれっ」


 言われるがままに各属性の魔石を猫達の武器に付けていくと、チュータローの武器だけ無いことに気づいた。正確には新しく作ってもらった弓を持っていたのだが、そこには石がはめ込んでなかったのだ。


「あれ? チュータローは魔石つけたりしないの?」


 ミナセが聞くとチュータローは不貞腐れ顔で弓が嫌なのだと訴えてきた。どうやら遠距離武器は楽しいのだが、矢の数に限りがあるのとそれを持ち運ばなければいけないのがめんどくさいらしい。それに遺跡での戦いで即座に撃てなくて、他の猫に獲物を取られたのが悔しかった様だ。


 ドワーフ達も色んな遠距離武器を提案してみたが、どれもチュータローは気に入らなかった様で却下されてしまったらしい。クータローに諭されて渋々、弓を持ってはいるが納得はいっていない様子だった。


「僕、これじゃなくてバンッバンッて撃てるやつがいいんだもーん。じゅんちゃんなら分かるよねー?」


「さっきからこう言って聞かなくてよ。おいら達も色んな武器作ってきたが、この小僧が言ってる武器が何なのかさっぱり分からねぇ。坊主なら分かるって言うんで、とりあえず保留にしてたんだよ」


 チュータローはまた武器の説明をしていたが、擬音がふんだんに使われた説明では誰も理解する事ができなかった。唯一ミナセだけは何の武器なのか検討がついていた。


 どこぞのミスターかよ……。多分、銃の事だよな? なんでカイゼル髭を知ってて銃がわかんないんだよ……知識偏り過ぎだろ。まぁ、確かにこの世界じゃ銃はまだ見かけなかったから、ドワーフに言っても分かんないのは当たり前だな。しかもバーンとかカチャとかじゃ通じるわけないわ。


「チュータローは銃が欲しいんだろ? 詳しい構造までは分からないけど、大体だったら説明できるから、カレブさん手伝ってもらっていいですか? 多分この世界にない武器なんで大変だとは思うんですけど」


 聞きなれない単語にカレブは首を傾げるが、未知の武器作りという言葉に、好奇心を存分にくすぐられ快諾してくれた。他のドワーフも自分達もその武器作りに参加したいと言って、また大勢で工房に向かって行った。猫達はまた汗だくのおっさんとの共演を見たくなかったので、そのまま完成した自分の武器を眺めるのであった。


 ドワーフ達はミナセの大雑把な説明でも理解をしてくれ、ミナセはたまに口を出すだけでほとんどドワーフ達が作ってしまった。一般的な銃とは違い弾を装填せず、魔法込め魔弾が出るようにした。その為、トリガー部分に魔石を入れることになり、どうやって細工するかドワーフ達はかなり迷っていた様だった。


 だが、匠達が頭を抱え作られた銃はとても素晴らし出来になった。雰囲気を出したかったミナセはマガジン部分も作ってもらったのだが、ドワーフ達にここは何に使うのか? と質問攻めにあい、今度はミナセが頭を抱えるのであった。


「いやぁ、これはすげぇ武器だな。坊主が言った通りに使えるなら国が1個滅ぶかもしれねぇな」


「いや! 作って欲しいと言ったのは俺ですけど、そんな風に使わないで下さいねっ。俺が考えたわけじゃないけど……でも俺が教えた武器で人が死ぬとかごめんですからねっ」


 国が滅ぶ発言にミナセは大慌てで窘めるが、カレブはそれを聞いて大笑いした。


「ガハハハハ! 使わねぇし、頼まれたってもう作らねぇよ。おいら達だってこれが出回れば世界がどうなるかぐらい分かってるよ。それに魔法を使って攻撃するんじゃ使える奴も限られるし、坊主が言ってた弾丸も火薬や雷管ってやつを1つずつに使うんだろ? そんな高ぇもん誰も使えねぇよ」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろし、出来上がった銃をチュータローに見せてあげた。チュータローはようやく自分の欲しかった武器が手に入り、おもちゃを買ってもらった子供の様にはしゃいでいた。


 その後、他の猫達に自慢をしたらしく何でチュータローばっかり! と責められたミナセは、何か違うものを作ってあげるから落ち着いて下さい、と頭を下げるのであった。


 これでお目当ての魔法具も完成し、武器までグレードアップしたミナセ達はお礼にとお金を渡そうとした。だが、どのドワーフもそのお金は受け取ってくれずミナセは困ってしまった。


「前に言っただろう? 金はいらねぇって。おいら達はもう目にすることも出来ないと思っていた錬金術が見れただけで十分なんだよ。武器だって坊主がおいら達の手伝いしてくれたから作っただけだ。それにおいら達の作ったもんも錬金術で完璧なもんに仕上がったんだ。むしろこっちが金を渡したいぐらいだぜ」


 まぁ、そんな金はないんだけどな。と大笑いするカレブに、ミナセはせめてもとバッグから取り出したお酒を渡した。


「じゃあ、せめてこのお酒受け取って下さい。ここに来る前にドワーフの人達にどうぞとエルフの村でもらったお酒です。これなら受け取ってくれますよね?」


「おぉ! これはエルフにしか作れねぇ酒じゃねぇか。ドワーフにとって酒は宝だ! これはありがたく受け取っておくぜ。ガハハ! お前らいい酒が手に入ったぞっ。酒盛りの準備をしろぉ!」


 酒盛りの単語を聞いた瞬間、あっという間に仕事を片付け、ドワーフ達はテーブルにつくと勝手に酒を飲み始めた。カレブもそれが当たり前だと言わんばかりに、近くの椅子に座るとエルフのお酒を皆に注ぎ始めるのであった。


 あまりの切り替えの早さに呆気にとられていたが、またもやドワーフに酷使されたミナセは睡魔に抗えず、近くのテーブルに突っ伏すとそのままスヤスヤと眠ってしまった。


 それを見た猫達は、眠っているミナセに頭を下げ「ごめんなさい」と言うと、そのままドワーフの和の中に消えていくのであった。

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