第22話「うたげ」
エルフの村は【命の神水】によって、病は綺麗になくなった。今まで床に臥していた人達には笑顔が戻り、ようやくこの村の元の活気が戻ってきたのだった。
「皆さん、本当にありがとうございましたっ。もうダメかと思ったけど、皆さんのお陰で助かることができました。私、この恩にどのように報いればいいですか……」
シャルロットが目に涙を浮かべながら、何度も頭を下げている。祠に行く前とは違いその涙は嬉し涙だ。
「……おいしいご飯食べれればいい……」
クータローの言葉を聞き笑いながら、また何度も深く頭を下げるシャルロットの側に、老齢のエルフがやってきた。
ある程度、若い見た目のままのエルフ達の中では目立つ存在だ。見た目の年齢に似つかわしくないハリのある声でミナセ達に話しかけた。
「まずは村を代表してこの度の感謝を申し上げます。小さな村ゆえ大したお礼はできませんが、このペンダントをお受け取り下さい。これは代々、エルフを束ねる者が身につけてきたものです。この中には森の加護が入っておりますので、小さき傷や病などを癒してくれる力があります」
血色がよくなっていた為、一瞬誰なのか分からなかったが、よく見てみるとそれはキースとシャルロットの祖父でもある村長だった。1口しか飲んでいないはずなのに【命の神水】の効果は絶大だ。
孫と同じ様に深く頭を下げると、ミナセに受け取って欲しいとペンダントを渡してきた。
エメラルド色の小さな石に美しい銀細工を施したペンダントからは、言い表し様のない不思議な力が漲っていた。
「そ、そんなっ! ダメですよ、そんな大切なもの受け取れません」
いくら村を救ったとはいえ、いきなり村長が身につける宝を渡され素直に受け取れる程、ミナセの心は大胆にできていない。急いで返そうとすると、その手をコアがそっと掴みミナセの胸元に持っていった。
「ご主人、これは村人の感謝の証です。ここで返すのは村人の気持ちを無下にしてしまいます。どうかその気持を汲み取ってください」
そう言われ、村長の顔を見ると穏やかに微笑み小さく頷いていた。その後ろでは大忙しで走っていた村人達が足を止め、ミナセ達に向かって頭を下げていた。村人全員の気持ちだ。
「わかりました。これは受け取ります……ありがとうございます、大切にしますね」
受け取ったペンダントを首にかけ、ぎゅっと掴むとミナセは温かな気持ちに包まれていったのだった。
その後はミナセ達の労いと、病人の回復を祝って宴が開催された。【命の神水】の効果かそれとも宴というイベントが醸し出す熱の効果か、村人達は顔を上気させながら広場に集まってきた。
その周りには森で採れた果実や山菜、獣の肉など素朴だがそれでも一生懸命、豪華に飾り立てた食事が並んだ。村人全員が広場に集まると村長からの話しが始まった。
「皆の者、この度は今まで無い災難に見舞われ、誠にご苦労であった。誰もが諦めず病と戦い抜いたお陰で、誰一人死者を出さなかった事は誠に……誠に喜ばしいことである。儂自身、もう駄目だと諦めていた……だがミナセ殿一行の優しきお心と、見事なお力のお陰で弱き心という、もう1つの病をも打ち砕くことができた。今宵は村の英雄を称え大いに盛り上がってくれ。……では、エルフの英雄に乾杯っ」
乾杯と続けて響き渡ると、村人達は飲めや歌えやと大賑わいが始まった。そこには先程まで病に侵され、うちし枯れていた村人の姿はなかった。
危惧していたもしかしたら水や食料が病気の原因かもしれないとう話しには、しばらくは神水を撒きながら調べていくと村長は言っていた。神水の力があれば、仮に食料が原因でも病気にはならないとの話しだ。
結局、今回の病気の原因が分からず一抹の不安は残っている。いくら神水の力があっても原因不明の病なんて物騒極まりない。エルフ達もそこの所は口に出さないが同じ思いだろう。だが、今回の事で自分達の力の無さを痛感したらしい。これからはより精進していくのだと村人達は口々に語っていた。
こんな光景が見れて皆助かって本当によかったなと思いながら、ミナセは赤真っ赤な液体が入った木のコップに口をつけた。
--ブッハァ!!!!
せっかくエルフの村人がついでくれた飲み物を、ミナセは盛大に吹き出した。もちろん毒が入っていたわけでもなく、劇的にまずかったわけでもない。
うおっ、何も考えずに飲んだけどこれお酒じゃないか! 甘い香りがするからてっきりジュースか何かだと思ってたよっ。うわぁ俺、お酒飲めないんだよなぁ……。
木のコップをそっと横に置くと近くを通ったエルフにお酒以外の飲み物を頼んだ。お酒の弱いミナセはすぐにほてった頬を撫でながら、自分の毛並みを堪能しているとボタンが擦り寄ってきた。いつもの元気いっぱいの少女はそこにはなく、若いながらも艶っぽさを纏った女性がいたのだった。
「ジュン……今日はお疲れ様。地下室であたし達を助けたいって怒った姿、かっこよかったよ。あんな状況なのにあたし……体が熱くなっちゃった……」
熱っぽい体をミナセにくっつけ、頭をミナセの肩に預けた。匂い立つ様な甘い色気を惜しげもなく出したボタンに、ミナセは飼い猫という事も忘れ大いに焦っていた。女性経験が少ない上にこんな美女に言い寄られるなんて、ご褒美どころか拷問に近かった。
えっと、こんな時はハンケチーフを座る所に敷いて……じゃなくて……君の瞳に乾杯! ってバカか俺はっ。
「ちょっとボタンわかったからっ。そんなにくっつかないの! ど、どうしたんだよいきなりっ。何か本当に甘い香りもしてきたし、いつからそんな特技身につけたんだっ! お父さん、許しませんよ……ん? 本当に甘い香りがするような……」
あまりのフェロモンにそう感じただけと思っていたが、クンクンと匂いを嗅いでみると本当にボタンから甘い香りが漂ってきた。先程、ミナセが吹き出したお酒の様な匂いが……。
「あっ、お前お酒飲んだな!?」
ボタンはにへらぁと笑うとさらにミナセに抱きついてきた。どうやらただの酔っ払いの様だ。するとそれを邪魔するかの様に2人の間にコアが乱入してきた。
「ちょっろ、ご主人。なんれボタンばっかりかわいがるのれすか! コアだっれ、こんなにご主人のこと愛してるろにぃ」
こいつも酔っ払いか。
今度はいつも凛々しい女性が少女の様に幼くなっていた。コアにグスンと泣きながら擦り寄られ、ミナセは美女2人に挟まれながらもみくちゃにされていた。甘え上戸に泣き上戸……飼い猫の酒癖の悪さに辟易しつつされるがままになっていた。
容姿端麗なエルフですら息を飲む美女に、求愛されるミナセを見て「英雄ってすげぇんだな……」と呟き、先程とは違った尊敬の眼差しを向けていた。
残りの男2人に助けを求めたが、チュータローは酒をあおりながらエルフの人達に盆踊りを教え、クータローは端っこの方でちびりちびりと酒を舐めながら、食事に舌鼓をしていたのだった。
チュータロー……もうお前には何もつっこまん。どうせ俺の見てた映画の影響だろ……。だがクータロー何でお前は渋いおっさんみたい酒飲んでんだ! ……ってさっきからお酒って……。
「あぁぁぁ! こらっ、お前ら! 未成年がお酒なんて飲むんじゃありませんっ」
ツッコミどころ満載で忘れていたがコアとサチ以外、猫達の人間年齢は皆、20歳以下である。クータローなんて15歳になったばっかりだった。保護者を自負するミナセは未成年の飲酒に物申すが、頼まれた飲み物を持ってきたエルフによって口をつむぐ事になった。
「あれ、皆さん人間族ですよね? 人間族なら15歳からお酒は飲めますよ」
この世界では15歳から成人と認められ、お酒も喫煙もできる。こうしてこの世界の法にも認められ、何も言えなくなったミナセをよそに猫達は盛大に宴を楽しむのであった。
ようやくコアとボタンに解放されたミナセは、宴の和から離れると遠くからその光景を眺めていた。宴会や祭りの中心に入って一緒にガヤガヤするもの楽しいが、どちらかと言うとミナセは少し和からはずれて遠くからその喧騒を眺めているのが好きだった。こういう所が何となく友人が減っていく原因だろう。
すると村長がやってきてミナセの横に座った。
「この様な光景が見られるのもミナセ殿のお陰です。危険な祠にも赴いて頂き感謝してもしたりない……」
まだ感謝の言葉が足りないと言わんばかりに、村長は畏まってミナセに頭を下げた。慌てたミナセは話しを変えるついでに気になっていた事を質問した。
「い、いえ、皆さんの必死の願いのお陰ですよ。ところで村長、1つお伺いしたいのですがエルフ族の皆さんは祠に住む大精霊をどこまでご存知なのですか?」
村長は大精霊という言葉に目を細めると、懐から1枚の紙を取り出した。
「儂はこの村で最年長なのですが、大精霊様も約束の事もこの紙に記された事以外知らないのです。なぜあの祠ができ【命の神水】があるのかも……ミナセ殿は地下に行き、何かを知ったのですか?」
詳しくは分からないが、過去にエルフ族が酷い事をした話しは聞いた。本当か嘘かも分からないが、作り話にしてはリアルだった。それに本当だとして憶測だが大精霊にとってエルフ族を嫌いになる程の悲しい出来事があり、祠もそれに関係しているのだろうと。だがそれをエルフ族に話していいものか悩んでいた。
「いえ……自分は詳しい事はなにも。ただ、エルフ族の皆さんは祠に行き大精霊と話すべきだと思います」
迷った結果、その話はエルフ自身で聞くべきと判断した。
「話すべき……ですか。そうですか、英雄様がそうおっしゃるなら話すべきなのでしょう。落ち着いたら皆で祠に行きたいと思います。なぁに、そんな顔をせずとも何を聞かされようと我々は受け止められますぞ」
ミナセを気遣う様に村長は微笑んだ。村長自身、祖先がした事に何となく感づいていた。きっとミナセもその事実を知りながら助けてくれた事も。だからこそ、その気持に報いる為にも村長はエルフ族全員で話しをしに行かなければならないのだと思ったのだ。
「ふぉっふぉ、英雄殿は本当にお優しい方なのですな」
2人は遠くから聞こえる喧騒に静かに耳を傾けるのであった。
朝になり宴の後が残る村を見渡し、ミナセ達は目的のドワーフの村に向けての準備をしていた。村人にもとめられたしシャルロットも疲れているかもしれないが、かといってサチ探しを後回しにはできない。
コアは前日のお酒が残っているのか、気だるそうにしながらもミナセの後ろを歩いていた。ボタン達の準備が終わるまで何となく村を見ておきたかったのだ。
「ミナセさんとコアさん、遅れましたが村を救って頂きありがとうございます」
振り返るとそこにはキースが立っていた。盛大に見送られるのは気恥ずかしいと、ミナセは村人が寝てる間に出発しようと思っていたのだが、どうやらキースは出発まで寝ずに待っていたようだ。目の下にうっすらとクマがあるが、その表情は晴れ晴れとしたものだった。
「もっと早くお礼を言いたかったのですが、バタバタしてしまい申し訳ありません」
ミナセ達が帰ってからというもの、キースは病人に神水を飲ませたり、宴の準備を率先してしたりと大忙しだったのだ。自分が祠に行けなかった分、誰よりも動いていた。
こうして話すのも祠の前以来だ。
「いえいえ、キースさんこそお疲れ様です。わざわざその為に起きていたんですか?」
「どうしてもちゃんとお礼が言いたくて……これからドワーフの村に行くんですよね? ドワーフは大酒飲みで三度の飯よりお酒が好きな種族です。なのでこれをどうぞ」
そう言ってキースは陶器でできた瓶に入ったお酒を渡した。
「これはエルフ族が持っている中でも極上のお酒です。ドワーフに会うならお役に立てると思いますので、どうか貰ってください」
キースの心遣いを素直に受け取りバッグにしまった。
「私は今回の事で自分の力の無さを知りました。本来ならば私が試練を突破し村人を救わなければならなかったのに。エルフ族は今までこれといった天敵もなく、森の加護のお陰で長命です。それにあぐらをかいてきてしまったのかもしれません。お祖父様……村長から簡単に話しを聞きました。大精霊様と私達には何やら問題があるのですね? きっと眉をしかめるような出来事が……ミナセ様はそれを知ってなお私達を助けてくれたのだと」
「キースさん。前にも言いましたけど私達はドワーフ族に会うためにシャルロットの力が必要だったんです。そのために最善を尽くしただけです。ぞ主人も私も自分達のためにやっただけですよ」
「そうそう。それに大精霊の話しだってエルフ族の皆さんが全部悪いとは思いません。だってアイツ性格悪そうでしたもん」
暗い空気を払うように茶化してミナセは言った。
「……ふふ、本当に優しい人達だ」
村長と同じことを言われてしまった。まぁいい人ミナセさんだからな。
そんなやり取りをしていると準備が終わったボタン達とシャルロットがやってきた。
「おまたせーっ。遅くなってごめんねぇ」
シャルロットには最初の約束通りドワーフの村まで案内をしてもらうために一緒に出発する事になったのだ。と言っても途中からは1本道なのでそこまでの案内なのだが。シャルロット1人で大丈夫なのかと思ったが、エルフ村の近辺であれば森の加護もあるし大丈夫だと言われた。
続いて村長もやってきて、シャルロットに声をかけた。
「シャルロットや、しっかりと案内役を務めるんだぞ。道中ミナセ殿の足手まといにはならぬようにな」
村長とキースはミナセ達の手を1人ずつ握り旅の無事を祈ってくれた。ミナセもぎゅっと握り返し最後に村長に1つ頼み事をした。
「もしサチという名前の女性がきたら俺が探している事と、王都で待っていて欲しいと伝えてもらえますか?」
村長は快く承諾すると、ミナセ達はドワーフの村に向けて出発したのだった。昇った朝日が朝露に反射し、森がキラキラと光り始めた。
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