第20話「よく」

 ―はーい到着だよ。ここが第2の試練になりまーす。ここでは代表者1人だけ試練を受けてもらいまーす―


 シルフィードの案内で着いた場所は、白い小さな四角の部屋だった。そこには椅子が1脚だけ置いてあり、どうやら代表者がそこに座って試練を受けるようだ。


「ご主人、ここは私が行きます。何があるか分かりませんが、もしもの時は皆を連れて逃げて下さい」


 ―あー、だめだよ。代表者は僕が決めるんだ。それに逃げるって言っても僕が逃さないよ? 代表者はそうだなぁ、そこの白猫さんに受けてもらおうかなぁ―


 コアが代表になると言ったのだが、シルフィードはそれを拒否しミナセを指名した。ミナセ自身も猫達に危険な事はして欲しくなかったので、ありがたい話しだった。だが、猫達からしたらそれは受け入れがたく、ミナセの手を取り椅子に行かせない様にした。


「ジュンにそんな事させれないよっ。あたしが行くからジュンは見ててよ」


 ―だーかーらー。僕が決めるって言ってるでしょ? ちゃんと言う事聞かないと本当に追い出しちゃうよ。困るんでしょー? 大丈夫だよ、ちゃんと乗り越えられたら危険はないし。じゃあ、白猫さんそこの椅子に座ったら始まるから、よろしくねっ―


 ボタンとコアはまだ食い下がろうとしたが、それを手で制しミナセは椅子に向かっていった。シルフィードが言っている事が嘘でなければ、これを失敗したら危険が及ぶという事だ。


 なら、なおさら俺が行かなきゃな。俺にできるかな……でも、これを乗り切ってエルフの村の人達を助けないとだんもな……それに、皆を置いて死ぬわけにもいかない。これでも俺は皆の飼い主なんだから。


 何が起こるか分からない恐怖に震える手足を、猫達にバレない様に隠しミナセは椅子に座った。




「ジュン! ジュン起きてっ」


 覚醒しつつある頭にボタンの声が響いた。目を開け焦点が合うとミナセを心配そうに覗き込むボタンの顔が見えた。ミナセは椅子に座った状態で今の状況を把握しようと、意識が飛ぶ前の事を思い出そうとした。


「あ、あれ……? 俺、どうして……。っそうだ! 試練はどうなったんだっ」


「じゅんちゃんは試練に合格したんだよー。でも中々起きないから困ってたんだけど、声の人がおめでとーってこれくれたんだー」


 そう言いながら近寄ってきたチュータローの手には美しい細工の施された小瓶があった。中には薄紫色の液体が入っており、ミナセはそれが【命の神水】だと理解した。


「俺どうやって合格したんだ? 椅子に座ってから何が起きたのか……。でも、そうかっ、これでエルフの人達も助かるんだ。よかったぁ……あっ、なら急いで戻らないとだよな」


 どうやって試練を受け合格したのかミナセにはさっぱり分からなかったが、シルフィードが【命の神水】をくれたという事は、試練は終わり認められたのだ。これでエルフが助かると思い急いで村に戻ろうとした。


「ご主人、聞いてください。神水を渡される時シルフィードさんが話してくれた事があるんです。この神水は病を治す水なのではなく、願いを叶える水らしいんです。それに目をつけたエルフ達は水を手に入れて、世界を支配しようとしていたらしいのです。ですが危険な場所という事もあって、エルフ以外の種族を騙し幾人もの人間をここに連れてきたそうです。エルフ族は己の欲の為なら簡単に他人を騙す種族なんですっ」


 コアから聞かされた話しはミナセにとってとてもショックなものだった。たしかにエルフの事なんて何も知らなかったが、あんなに必死に看病する人達が欲の為に人を騙すなんて信じられなかったのだ。


「……っ。でも、倒れた人達はあんなにやせ細って……とても嘘に見えなかったよ……」


「はい、今回の病は嘘ではなく本当にかかってしまった様です。シルフィードさんは罰が当たったんだろうと……。ご主人っ、あいつらは今まで直接ではないにしろ何人もの命を奪ってきました。きっと今回も病気が治ったら私利私欲の為にこの水を使うはずです。それに、これがあればサチの居場所も分かるんですよ? 悪事にこれを使われるぐらいなら、サチの為に使いませんか?」


 ミナセの手を取り必死に訴えてくるコアの目にはうっすら涙があった。欲にまみれたエルフに対する嫌悪、それを信じ心を痛め、そして裏切られた主人に対する悲しさ、大切な家族と会える喜び……。他の猫達も同じ気持ちの様で、それぞれミナセの目を見つめ返事を待っていた。


 そんな……これがあればサチと会える……? たしかに私利私欲の為に他人を見殺しにするエルフなんて助けないほうがいいのかもしれない。もし、この水を渡して悪事に使われたら……。それに願いが叶う水なら、もしかしたら元の世界にも帰れるかもしれない。平凡だったけど猫達と過ごしたあの世界に……。


「…………ごめん、やっぱりそれはエルフの人達を治すために使おう」


 断られるとは思っていなかった猫達は驚愕に目を見開いた。


「ありえないっ。ジュンそれはサチを見捨てるってことっ!? もしかしたら大怪我とかしてて大ピンチかもしれないんだよ!? サチよりもそんなエルフの方が大事なのっ。……いつからジュンはそんなに冷たい人になったの……サイテー……」


 何があってもミナセを貶すような事は言ってこなかった猫達だが、ボタンの言葉に誰もが同意しミナセに厳しい視線を送った。それを全面に受けてミナセの心は今までにない程ショックを受けていた。

 今からでも訂正しサチの為に使おうと言えば、きっといつもの優しい目をミナセに向けてくれるだろう。またいつもみたいに元気な笑顔を見れる……だが、ミナセはその選択をしなかった。


「本当にごめん。確かにエルフの人達がやってきた事は、本当に酷い事だと思う……」


「だったら何で!?」


「でもなボタン……俺がサチの為にエルフの人達を見捨てたら、それじゃあその酷い事と同じじゃないのかな? そんな事、お前達の前で出来ないよ……。情けなくて守ってもらってばっかりの俺だけど、それでも俺はお前達の主人なんだ。真っ直ぐに生きるお前達の前でそんな曲がった事はできないっ。……サチの事は本当に心配だし、早く会いたいけど……俺が必ず見つけるから、信じてついてきて欲しい」


 ミナセだって本当はすぐにでもサチに会いたいと思っていた。でも、間違った選択をし進んでいく背中を猫達には見てほしくなかった。本当に正しいのか? と聞かれると、他にもっといい考えがあったかもしれない。実はミナセのその選択こそ間違っているのかもしれない……それでも今のミナセにとって正しいと思い決めた事だ。その背中が恥ずかしいものではないと、自信をもってミナセは言えた。


 もしかしたら、もう自分に愛想を尽かすかもしれない。それを考えると怖くなったが、それでも真摯な眼差しで皆を見つめていると、猫達はミナセに背を向けた。本当に愛想を尽かされてしまったと、ミナセは目に涙を浮かべた。それでも猫達は振り返る事もせず小さな声で呟いた。


「「「「合格」」」」


 えっ……?


 ―おっめでとー。白猫さんは試練に合格だよ―


 シルフィードの声が室内に響き渡ると同時に、ミナセの意識は深い闇に落ちていったのだった。




「……ン! ジュン!!」


 聞き慣れた声が頭に響きミナセはゆっくりと目を開けた。そこには心配そうにミナセを覗き込むボタンの顔があり、横には他の猫達もいて目を開けたミナセを見てホッと胸をなでおろしていた。


「あれ……ついにタイムリープまで身につけたのか俺? 異世界転移のお約束だもんなぁ。でも俺タイムリープ系は上手く使いこなせないタイプなんだけどなぁ」


 ついさっき見たことがあるような光景がまた広がり、ミナセはこれからどうやってタイムリープを駆使しようか考えていた。


 ―あはは、まだ寝ぼけてるのかなぁ? 夢の中でちゃんと最後に合格って言ったでしょ。白猫さんは第2の試練に合格したんだよ―


 シルフィードの声にミナセは闇に落ちる前、そんな事を聞いたなと思い出していた。どうやらタイムリープ機能が装備されたわけではなく、先程の光景はシルフィードが見せたものらしい。頭を振り完全に覚醒させるとどういう事なのか聞いてみた。


 ―白猫さんがさっきまで見てたのは僕が見せた夢なんだよ。白猫さんの意識に入り込んで心が揺らぎそうな提案をしてみただけ。あのままエルフを見捨てればずぅーっと夢の中で過ごしてもらおうと思ったんだけど……あんなに早く決断されるとは思ってなかったなぁ。あ、ちなみに僕が白猫さんの記憶からそれっぽい映像みせただけで、そこの人達に冷たい事言われたわけじゃないから、そんなに落ち込まなくてもいいよ―


 シルフィードが見せた夢と分かっても、猫達が見せた冷たい眼差しはミナセの心に深く残っていた。思わず思い出し凹みをしていると、猫達からシルフィードに抗議の声があがった。


「ちょっとジュンに何言ったのよっ」


「ご主人に冷たい事……? 私達がそんな事するわけないでしょう」


「えー、じゅんちゃん何か傷ついてるじゃーん。何したのー? 場合によっては殺すよ?」


「……チュータロ、僕が殺る……」


 ―あらあら、そんなに怒らないでよ。これも試練なんだからさぁ、大目に見てほしいなぁ。それに合格したし、白猫さんは無傷だしよかったじゃーん―


 視線だけでシルフィードを攻撃しそうな雰囲気だったが、それをさらりと躱すと次の試練の場所に案内をし始めた。猫達は納得がいかなかったが、ミナセが元気を取り戻したことでさらなる暴言を飲み込んだ。


「ところでシルフィード。さっき見せた夢の中で言っていた事は事実なの?」


 夢とわかり猫達の件については納得したが、そこで話されたエルフの話しも嘘なのか気になった。私欲に走るかどうかを見る為の夢だったので、ミナセは事実とは思っていなかったのだが……。


 ―事実だよ。正確にいうと違うけど、私利私欲に走って別種族を殺したのは本当のこと。って言っても君達からしたら遠い遠い昔の事だから、村に住んでいるエルフ達はその事知らないと思うけどね。言ったでしょー? エルフ達は傲慢な奴らだったんだよ……まぁ僕も色々あってさ、こんな試練を用意して簡単にエルフを助けないってわけ―


 夢の内容を知らない猫達も、今の言葉で理解した様で複雑な表情を浮かべた。いくら今のエルフ達は違うとはいえ、他人に優しく思いやりのあるシャルロットの先祖がそんな酷い人達だったとは受け入れがたかったのだ。


 一体、昔何があったんだろう。シルフィードの色々あったって事が伝承の約束に関係するのかな……。無事【命の神水】まで辿り着いたら話してくれるかな。


 シルフィードの話しに様々な思いを馳せ、ミナセは先に進むのであった。

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