第19話「しれん」

 長い階段を降りるとそこは地獄だった。正確に言うのであれば地獄の様な光景だった。別に鬼や悪魔がいて罪人を大釜で煮ているわけではない。バスケットコート一面分ぐらいの広さに、床一面マグマのプールが広がっていて、至る所から爆発とともに噴火していたのだ。空間が狭い分、目の前で爆発する迫力は壮絶だった。


 暑い……うわぁ肉球からめっちゃ汗出てる。こういうとこだけ猫仕様なんだもんなぁ……これ靴とか履いたら水虫になりそうだな……何かそこは人間仕様になってそうだもんなぁ。そういうのって回復魔法で治ったりするのかなぁ。


 燃えるような熱気を浴びて頭の回路がショートでもしたのか、ミナセはどうでもいい事で悩んでいた。


 猫達もかなり参っている様で、それを見たミナセはこれではダメだと我に返り、ショートした頭を振りながらここからどうすればいいのか考えた。奥に先に進めそうな道は見えるのだが、どこを見てもマグマプールには足場になる所もなく、岩壁を伝っていこうにも噴火の度に大きな振動がおき足を滑らせるのは目に見えていた。


「あ、そういえばクータロー重力操って人を浮かせられたよね? あれで向こうまで皆を運べる?」


「……無理……」


 まさかのクータローの拒否にミナセは暑さのあまり幻聴でも聞いたのかと思った。耳の穴をかっぽじってみたが、どうやら幻聴ではなく間違いなくクータローが発した言葉だったようだ。


「……ここ魔法使えない……」


 続けざまにまさかの発言をされ、ミナセも猫達も驚いた。そんな馬鹿なと思いながら各々、何かしら魔法を出そうとするが何も起きず、静かに固まるミナセ達を笑うように噴火の音だけが鳴り響いていた。


「困りましたね。戦いだけなら魔法がなくても大丈夫ですが……さすがにあそこまでひとっ飛びでは行けませんし。ご主人、どうしますか?」


 何かないかと考えたが沸騰した頭では何もいい案が出ず、出鼻を挫かれたミナセはがっくりと肩を落とした。かといってこのままここにいる訳にはいかない。つい数分前にキースの思いを託されたばかりで、また地上に戻るもの忍びない。


 あぁー、てっきり戦闘メインかと思ったらまさかの地形ダメージ系かぁ。このまま戻ったら絶対白い目で見られるよな。先人のエルフ達もこんな思いで帰って来られなかったのかなぁ……暑い。指の間がじっとりしてきたな。これはやっぱり水虫コースまっしぐらか。


「あ、ジュン見て見て。ここに何か書いてあるよ」


 ミナセがまた水虫について考えそうになっていると、ボタンが何かを発見した。言われた場所に行ってみると壁に掛けられた石板に何かが書かれていた。


「えぇと、なになに……『愚かな人間は絶望を直視し騙される、賢い人間は希望を感じ真理に気づく。人間とは些細な情報だけで全てを悟る愚鈍な生き物である。勇敢と無謀を錯誤し己に眠る力を知ろうともしない』何だこれ? ここで絶望した人は愚かってな人間って事か? いやいや、誰だってこんな場所に来たら、普通に見た瞬間ダメだこれって思うでしょうがっ。どこに希望を感じられるんだよ、誰だこんな嫌味な落書きした奴は!」


 解決策があるのかと思って読んでみたが、ただの嫌味な文章にミナセの頭が噴火しそうになっていた。普段のミナセであればもう少し落ち着いていられるのだが、この暑さと慣れない毛皮のコンボに導火線が短くなっていたのだ。


「じゅんちゃーん、これ落書きじゃなくて先に進む為のヒントなんじゃないのー? だって一応、大精霊ってやつは勇敢な守り人なら助ける気あるわけでしょー?」


 そう言われれば……あぁ、俺バカだな冷静になれっ。エルフの村を助けるためにここに来たんだろ。


 ヒントかもしれないと言われミナセは自分を叱咤し、もう一度石板の文章を読んでみた。


「愚かな人間か……関係ないことは書いてないだろうし、何だろ? ここで諦めて先に進めない人の事かな? 諦めた人は通れない……いや、そりゃそうか。んー、絶望を直視する、希望を感じる……俺が今、絶望してるのはこの状況……希望はそうだな、先に進む事。でもマグマだらけで先に進めない。些細な情報か。マグマがあって進めない、これが今分かる情報……。自分に眠る力? 何だろ、魔力とかかな。いや、魔法は使えないんだからそれ以外だよな。勇敢と無謀は考えなしに行動するのはダメってことだろ。絶望を直視……些細な情報を直視するから通れない? ん? 待て待て、何か掴めそうだぞっ――!!」


 石板の前をグルグル回りながらミナセは小さな取っ掛かりを見つけた気がした。もう少し、もう少し考えればこの石板の意味を解ける気がした。


「あー、見た情報だけで決めつけるから先に進めないってことー? 先に進みたいなら見るな、感じろ! 的なやつー? じゃあ見なければいいって事だよねー」


 ミナセはもう少しで閃きそうだったのだが、それよりも先にチュータローが答えてしまった。“今の俺、最高に冴えてる顔”をゆっくりと元に戻しミナセは真顔になった。チュータロー以外の3人はそれは考えるな、感じろじゃ……と思ったのだが、ミナセの雰囲気に何も言えずただ静かな空気が流れた。


 真顔のままチュータローと目が合ったミナセは、猫手を器用にサムズアップし元気いっぱいの笑顔で「お前すっげぇな!」と叫んだのであった。


 目の前の情報だけで諦めるのは論外。魔法が使えないなら元からある能力だけでここは通れる。けど眠る力だから普段使っている能力ではない。そしてだからといって考えなしに突破する事はできない。うん、何か分かった気がする。きっと目の前の状況は虚像なんじゃないかな。


 チュータローの言葉でミナセの中に1つの答えがでた。これが虚像であれば今使っている力、五感に頼らず第六感を働かせればいいのではないだろうか? これが正解かどうかは分からないしどうやって第六感を出せばいいのか分からないが、とりあえず目を瞑るだけなら特に被害も受けないのでやってみる事にした。


 全員でゆっくりと目を閉じると肌に焼け付く暑さと噴火の音をより感じた。だがこれではまだ五感を使っている。心を落ち着かせ音も暑さもなるべく気にしないように無に徹した。これでどうやって先に進むのか分からず、しばらくその状態でいると突然変化は訪れた。


 さっきまで頭が沸騰しそうな暑さだったのが、外にいた時と変わらない気温になっていたのだ。目を瞑っているので何が起きたか分からず思わず耳をこらしてみると、猫達の息遣い以外何も聞こえなかった。


 ん? 息遣いが聞こえるだと。おかしいぞ、噴火の爆発音でそんな小さな音なんて聞こえなかったのに。


 壁が振動する程の爆音だったのに、暑さと共にそれも消えていた。一体、何が起きているのかミナセ達にはさっぱり分からず目を開けようか迷っていると、コアの声が響いた。


「ご主人、道が見えます。方向的に奥に続く道だと思います。全神経を心に集中して下さい、そうしたら見えてきます」


 コアの言う通りに心に体中の血液を集めるように全神経を集中させてみた。そうすると瞼で閉ざされた真っ暗な空間に、ぼんやりと光る真っ直ぐな道が浮かび上がってきた。


「見えた! 確かに奥に行けるみたいだけど……でも、この道マグマの中を通ってる様な……」


「先程から暑さも音も消えていますので、もしかしたら……きっと、多分ですが進んでも問題ないかと……」


 ミナセも虚像という考えが正解だったとは思ってはいるのだが、頼れるコアのかなり不安が残る発言とマグマプールの光景が頭から離れずなかなか足を動かすことができなかった。


 でも、こうしてても時間がなくなるだけだ……。エルフの村の人だって急がないと最悪の結果になっちゃうし……でもここでそれは勇敢とは言いません、無謀ですとか言われて全身が焼け付くのはごめんだ。いや、むしろここで足を踏み出せない人間は勇敢ではないって事なのか? あぁっ、くそ! 覚悟を決めろ、男だろ俺!!


「分かった。でも俺が最初に行くから、何もなかったらお前達もついてきて! 誰が何と言おうと俺が先だからね、分かった?」


 絶対、ミナセを先に行かせるなんて反対されるだろうと思ったので先に釘を打った。それでも猫達は許容できないと声をあげようとしたが、それよりも先にミナセは動いた。


 ――っ。南無三っ!!


 ミナセは意を決し思いっきりマグマがあったであろう方向に飛び出し、そのまま瞼の裏に浮かび上がる道の上を走り出した。するとミナセの体は足元から溶け出し、ブスブスと音をたてながら炎に包まれた……という事はなかった。どこも痛くも痒くもなく、念のためにとさらに進むが特に何も起きず、いつも通り体は動いていた。どうやら石板の問題に正解したらしい。


「皆、大丈夫だ! ついてきてっ」


 そのまま真っ直ぐ浮かび上がった道を進み、全員無事に奥まで辿り着いた。ようやくそこで目を開けて歩いてきた道を確認すると、そこは目を瞑る前と同じマグマのプールが広がり、燃えるような暑さも戻っていた。


「あれ? 俺達どうやってここまで辿り着いたんだ……。まさかあの中を進んできたわけじゃないよな?」


 奥の道に辿り着いたのは確かなのだが、目を瞑っている間に一体何が起きたのかまったく分からなかった。


 ―おぉ、やるねー。こんな短時間でここを通れるなんて! やっぱあのヒント分かりやすかったかなぁ―


 突如、謎の声が響き渡った。その声は未だ呆けるミナセ達をからかう様な声音だった。猫達は驚きながらも警戒を強め、各々武器を構えた。猫達に守られるように囲まれたミナセは謎の声に向かって叫んだ。


「誰だっ!!」


 ―おっとおっと、そんな殺気立たないでよ。僕は、そうだなぁ……ここを作った大精霊シルフィードの思念体ってやつかな―


「シルフィード……シルフの事か? その大精霊様の思念体が一体、何の用だ?」


 ―あぁ、シルフと呼ぶ人もいるね。何の用って言われてもここ僕が作った場所だし。まぁ、あれかな。入って来た人を見極める監査役って感じかなぁ。本体はちょっと色々あって眠っているから思念だけをここに置いたんだ―


 大精霊ってシフルの事だったのか。でも何で思念体なんかここに置いてるんだ?


「んー? よく分かんないけどー、何かエルフの人達ピンチなんだってー。だからそれ助ける水欲しいんだけど、そこまで案内してよー」


 ここを作ったと聞いて、チュータローはそれなら話しは早いと【命の神水】までの道案内と頼んだ。声はいつも通り気軽な感じではいるが、体からは静かな殺気が醸し出ていた。

 たしかに思念体とはいえ、本人に場所を聞くのが1番早いし、これなら村人が助かる可能性もグッと高まる。エルフがピンチだと直接言われればきっと協力してくれるだろう。


 だが、シルフィードからの返事はその期待を裏切るものだった。


 ―だめだめー。言ったでしょ? 僕は見極める為にここにいるってさぁ。【命の神水】はこれから先の試練を潜り抜けて、最後に僕が認めないとあげれないの―


「何でですか? あなたはエルフ族の方々と何かあったら助けると約束したのでしょう? ご主人はエルフ族の方々の為にここに来ています。それにエルフ族の方々は重い病に侵され、今は一刻を争っています。それならば試練などせず、案内をしてくれてもいいのでは? それを拒否するなど約束を違えているのではないですか?」


 ―エルフ族はさ、傲慢な奴らなんだよ―


 さっきまで調子がいい明るい声が一変し、感情がない平坦なものになった。感情が乗っていない平坦な声なのにミナセには、怒りを抑える為にあえてそうしている様に感じた。どう考えても先程までの声音のほうが感情豊かだったのだが、不思議と平坦になった声音の方がシルフィードの本音が感じられる気がした。


「傲慢とはどういう意味ですか? 私は約束をしたのであれば助けるのが普通ではないかと――」


 ―と・に・か・く! 試練を受けなきゃあげませんっ。ってか試練乗り越えて僕が認めなきゃあげませんっ。別にー文句があるならここから追い出してもいいんだけどー、それは困るんでしょ? そんな長いものじゃないしー、すぐに終わるよぉ……死ななければねっ。分かった? わかったね。はいっ、じゃあ次に行ってみよう―


 追い出すと言われミナセ達は何も言えなくなった。とにかく試練とやらを攻略しなければ【命の神水】に辿り着く事もできないらしい。シルフィードのふざけた話し方に、猫達は不機嫌な顔を露わにしたが黙って先に進む事にした。ミナセだけは初めに抱いていたシルフィードに対する苛立ちは薄れていた。傲慢と言い放ったあの声がふざけて約束を違えているだけではないように感じたからだ。


 死ななければ、か……さっきのマグマの道もそうだけど、そう簡単には進ませてくれないって事か。それに、さっきのエルフに対する感情も穏やかなものじゃなかったしなぁ。あぁ、俺頭脳戦苦手なのに大丈夫かな……。


 これから先、何が起こるのか分からない不安と、自分の頭の不出来さが相まって、ミナセは胃が痛くなる思いで猫達の後を歩くのだった。

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