第18話「やまい」

「――っんで、皆……一体何があったの!?」


 両手を口元に当てワナワナと震えながらシャルロットは誰に問うでもなく叫んだ。その叫びに近くにいたシャルロットによく似たエルフの青年が、ミナセ達の存在に気づき持っていた薬草らしきものが入った籠を落とした。


「シャルロット! シャルロットだろ? よく戻ってきた、お前の力が必要なん……ん? 後ろの奴らは一体誰だ?」


 その青年は泣きそうな笑顔から、ミナセ達の存在に気づき訝しげな表情になった。その問にシャルロットは真っ白になった頭を何とか回転させ答えた。


「……この人達は私をここまで護衛してくれた信頼できる仲間よ。それよりもキース兄さん一体何があったのか教えて」


 シャルロットによく似た青年はどうやら兄のようだ。その言葉を聞きミナセ達にも聞かれていいのか逡巡していた。それもそうだろう、身内が信頼できるとは言っているが、内1人は二足歩行の猫だ。

 しばらく黙ったままの兄に「早くっ」と急かすと、キースは後ろにいたミナセ達に村に入るように促した。


 いきなりの展開にミナセ達もわけが分からず、とりあえずシャルロットと一緒に事情を聞く為ついていった。早くドワーフの村に行きたかったが、短いなりにも一緒に旅をしてきたシャルロットを見捨てる程、ミナセは冷たい男ではなかった。


「俺もよく分からないんだ。流行り病の様なのだが原因も、治療法も不明で……爺さんが倒れたと思ったらそこから次々と。倒れると次第に体の力が失われて生命力が徐々に小さくなっていくんだ。回復魔法をかけても治らなくて……村で1番のお前の回復魔法ならもしかしたらと思って呼び戻したんだ」


 キースの話しによると流行り病と言っても人伝に感染している様子はなく、体力の少ない年寄りや子供から倒れていったらしい。まだ死者は出ていないが消耗の激しさからそれも時間の問題だろうと言っていた。


「分かったわ、急いで皆に回復魔法をかける! 兄さん1番消耗の激しい人は誰なの?」


 キースはその言葉に顔を曇らせ、歯を食いしばりながら最初に倒れたというお爺さんの元へ向かった。木と藁で作られた村の中でも大きめな作りの家だ。中に入りシャルロットがそのお爺さんの顔を見るとハッと息を飲むのが分かった。

 最初に倒れたお爺さんとは、キースとシャルロットを育ててくれた祖父でもあり、この村の村長だったのだ。エルフ族の特徴でもあるスラリとした体は、病のせいでさらに細くなり顔色も白を通り越して青くなっていた。寝ているのか意識がないのかミナセ達が来ても動く様子はなく、キースから話しを聞いてなければ死人と間違えていたかもしれない程だった。


「――っ。お祖父様……そんな……。今、回復魔法をかけますからねっ」


 泣きそうになるのを堪えながらシャルロットは詠唱を開始した。お爺さんを包むように魔法陣が展開し温かな癒やしの光を放っていた。長い詠唱に大きな魔法陣、シャルロットが使える中でも最上級の回復魔法なのだろう。

 穏やかな光の粒が村長の周りに降り注ぎ、役目を終えた魔法陣が弾ける様に消えると、シャルロットとキースはお爺さんの状態を確認した。2人の呼びかけに村長は答える事はなく、ミナセから見てもよくなっている様には見えなかった。


「クソッ! やっぱり回復魔法では治らないのか!!」


「お祖父様、シャルロットが戻りましたよ。お願いです目を覚ましていつもの様に頭をなでてください」


 薄々は分かってはいたが効果がなかった事が確認できると、シャルロットは大粒の涙をながしながら自分の祖父である村長に抱きついた。その光景が一瞬サチと自分に重なったミナセは見ているのも辛い気持ちになった。考え過ぎかもしれないがもしかしたらサチも怪我や病気で動けなくなっているかもしれない。自分達が見つけた時には今、目の前で起きているような事になっているかもしれない。そう考えるとミナセはギースに他に何か方法はないのか尋ねた。


「何か薬か腕のいい医者などはいないのですか? 会って間もないとはいえシャルロットが悲しむ姿をただ見ているのは……」


「倒れた原因がわからない以上なんとも……唯一、救いがあるのであれば村の伝承にある【命の神水】ぐらいしか。でも、あるかどうかも分からないし、記されている場所もとても危険で取りに行くなんて……何で、こんな事になったんだ……うっうぅ……」


 キースは嗚咽を堪えながら涙を流した。だがミナセはそれよりも【命の神水】という言葉が気になった。落ち着かせる様に穏やかにキースにその話しを聞いてみた。


『大森林の守り人エルフ族。守り人は幾千年の時が経とうとも祠を守る。祠は大精霊様との約束の証。守り人に厄災が降り注げば祠が光の道を指し示す。約束を守る者が絶えぬ限り指し示す。それは守り人と大精霊様の約束の証。勇敢なる守り人よ輝く道を切り開け』


 1文字1文字、思い出すようにエルフの村に伝承されている言葉を教えてくれた。


「これが昔から伝えられてきた話しです。私達はその祠を守るためにここに住み続けています。先祖が交わした約束とは何なのか分かりませんが、私達が祠を守り続ける限り助かる道を示してくれる言われてきました。長い年月の中で災害や凶作などの危機があった時には、泉の水が消えその先に道がでてきました……。でも、その道に入った者は誰1人帰って来ませんでした……きっと助かる方法がその先にあるんでしょうけど、大精霊様は【命の神水】にも辿りつけない人間を助ける気はないんだと思います。もしかしたらその伝承事体嘘なのかもしれない……。それにこんな状況で動ける者が減るのは……情けない話しです」


 皆を助けたい。でも、ただでさえ動ける人がいない今、それを置いて帰って来れないかもしれない場所へ向かう事ができなかった。


 約束が何なのか分からないが素直に助けてくれない大精霊とやらにミナセは少し苛立った。どれだけの年月エルフ達がその祠とやらを守ってきたかは知れないが、キースの話しじゃ今まで帰ってきた者はいない。という事は村に問題が起きても今まで助けてもらった事がないということだ。それはあんまりじゃなかろうか。


「情けなくなんかないですよ。こんな状況だ、村長の孫であるキースさんが抜けるわけにはいかないでしょう。指針を失うという事は思った以上にダメージが大きいですからね」


 うなだれるキースの肩に手をやり、ミナセは猫達に向き直った。今から言う言葉は猫達からしたら信じられないかもしれない。家族よりも他人をとるのかと思われてしまうかもしれない。だが、ミナセは目の前で助けを求める人を見捨てることができなかった。それにその大精霊とやらにも一言文句を言ってやりたかった。


「ごめん。俺、サチの事もあるのに馬鹿な考えだとは思うんだけど……やっぱりこの状況見捨てる事なんて……」


「僕達ならそんなとこすぐに行ってー、パパッと帰ってこれるんじゃなーい?」


 ミナセが全てを言う前にチュータローがおつかいにでも行く様な軽さで発言した。


「まぁシャルロットにはおいしーご飯作ってもらったし、行ってその【命の神水】っての探すだけでしょ? 簡単じゃん」


「それにこんな状況のままではシャルロットさんもドワーフの村まで案内なんてできませんしね」


「……ご主人、早く行こう……」


 ミナセが何を言おうとしたのか猫達には全てが伝わっていた。猫達は揃ってその祠に行こうと提案をしてきた。これはミナセにお願いされたからではなく、自分達が行きたいからワガママを言っただけなんだ、と主張するように。どこまでも自慢な家族である。


「ありがとう……本当にお前達は最高の家族だな」


 何のことだかととぼける猫達にミナセは世界一の幸せ者の世界一の笑顔を見せた。


 全員の意見が一致したためキースに自分達が祠に行く旨を伝えた。初めは村のことでそんな危険な真似はさせれないと断っていたのだが、皆が回復したらおいしいご飯を作って欲しいとボタンが伝えると、泣きながら何度も頭を下げてお礼を言ってくれた。


 村人の容態もある為すぐにでも出発したかったが、原因不明の病気が蔓延している状況である。一応、念には念をとミナセが荷物入れから食料を取り出した。


「感染はしないとの事ですが何が原因で病気になるか分かりません。俺達が祠に行っている間、食事はこれを使って食べて下さい。それと水も今コアが全員が十分に飲める分を作り出していますのでそれを飲んで下さい。できれば倒れた方々も1箇所に集めて、最低限中には入らないように。使った食器や汚れた衣服は沸騰したお湯に入れて洗ってください」


 医療の知識などないミナセだがかろうじて記憶にある知識をキースに話した。接触感染や経口感染でさらなる病人を出さない様にする為である。正直、こんな事で被害を最小限にできるとは思わないが、やらないよりはマシだと思ったのだ。


「……ご主人、お医者さんみたい……」


「ははっ、これぐらいは感染症の基本知識のうちだよ。もっと色々知ってれば違う手も打てたかもしれないんだけど……。俺、勉強苦手だったからなぁ」


 ボタンは食器や水を入れる瓶を土魔法で大量に作り、そこにコアが水を貯めていく。チュータローはお湯を沸かしたり、病人の体液や排泄物で汚れた衣服を燃やしていた。クータローは重力を操り倒れた村人を家の中に運んでいた。ミナセもできる限りの指示を出していると、目を真っ赤に腫らせたシャルロットがやってきた。


「すみません、こんな時に泣くだけなんてダメですよね。もう大丈夫ですっ。私に何かできることはありませんか?」


 100歳を超えているとはいえエルフ族としてはまだ若いシャルロットは、幼い見た目からは想像もできなかった程しっかりとした顔つきでミナセを見ていた。


「うん、じゃあ皆の食事の用意や定期的に回復魔法をかけたりしてくれるかな? 看病している人にもできれば魔法をかけてくれると助かる。疲れて免疫力が低下したら病気になる確率があがっちゃうしね。あ、でもシャルロットが倒れることが無いようにそこは気をつけてね。それと一応の対策方法はキースさんに話してあるから、詳しいことはキースさんに指示をだしてもらってね」


「はいっ」


 泣きじゃくっていた少女は大切な家族を守るため、いつも笑顔でいた村人を守るため力いっぱい返事をし病人がいる家へと走っていった。




 あらかた用意も終わりミナセたちはキースに案内されながら祠へと向かった。木々が生い茂り道なき道を進むと、ぽっかりと空間が空いた場所についた。真ん中には小さな祠が建っていて、その周りには円を描くように凹んでいた。鬱蒼とした木々がなくなったその空間は空からの光を受け、凹みに水が張っていたならば神秘的な雰囲気を出していたのだろうと思える場所だった。


 祠に近づくとその後ろに下へ続く階段があり、中からうっすらと光が差していた。


「この下が伝承にあった指し示す場所です。この先は何があるか分かりません。もし、危険が生じたらすぐに戻って来てください。俺達の事は気にせず自分達の命を大切にしてください……本当は俺が行くべきなのに、皆さんには申し訳ないことを……」


 ここまで来る途中にも何度もキースには頭を下げられた。


「キースさん、人にはそれぞれ役目の様なものがあると私は思います。キースさんにはキースさんの役目が。それに私達はこう見えてとっても強いんですよ? ご主人が言った通り皆さんが元気になるまで頼れる指針でいてください」


 コアが優しげに微笑むとそっとキースの頬に触れた。キースは顔を真っ赤にしたが、その表情はこの場に相応しくないと思い、ミナセ達に見えないように横を向いた。


「……よろしくお願いします。それと、どうかご無事で」


 チュータローが元気に「いってきまーす」と言いうと、ミナセ達は静かに階段を降りていった。こんな場所には似つかわない立派な石造りの階段だった。雰囲気としては遺跡の中に似ているかもしれない。そんな事を思いながら前を歩くコアに声をかけた。


「リリィの時もそうだったけど、やっぱりコアは優しいんだな」


 先程のキースとのやり取りを見てミナセはコアにそう話しかけた。こっちに来てからというもの猫達はあまり他人には興味が無いように見えたが、それでも時折見せる優しさにミナセは喜んでいた。


「優しいですか? 私はご主人が困ったり悲しんだりするのを見たくないだけです」


 あれ? 俺が思ってたのとちょっと違う答えが……でも俺が悲しまないという事は必然的に周りの人達が悲しい状況にならないという事で……ん? 結果オーライだよな……いや、何か違う様な……。


 コアの発言により思考の迷路に迷い込んだミナセをよそに、猫達は意気揚々と先に進むのであった。

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