第17話「エルフのしょうじょ」

 冒険者ギルドから出てすっかり日が落ちた街を歩きながら、まさかの昇格の話しにミナセは心が踊っていた。

 いきなりの事に中々飲み込めなかったが、内容が頭に入ってくると初めは不安に思った。だが、その気持ち以上にミナセの心は嬉しさで満ち溢れていた。


「ふふふっ、今日は【大樹の林檎亭】で豪勢なご飯たべようか。何でも好きなもの頼んでいいからね」


「どうしたんですご主人? ずいぶんとご機嫌ですね」


「ん? あぁ、何かさランクを上げたいわけじゃないんだけど、お前達ががんばった事に対して評価された事が嬉しくてさ。何か俺の自慢の家族はすごいだろ! って気分になったからかな」


 そう、ミナセの心を満たしていたのは家族が褒められたという結果だ。

 前の世界にいた時もミナセは猫達が可愛い寝顔で丸くなっている所や、面白い仕草をしている姿を写真に収めてSNSに投稿していたぐらい親バカだった。いつもなら顔も知らない人にグッドを貰うだけだったのが、今回は面と向かって異例の昇格をすると言われたのだ。


『特別に君達だけだよ、君の家族は素晴らしいからね。いやほんとワンダホー! ビューティホー!』と言われた気がした。もちろんミナセの中で言われた気がしただけなのだが。

 まぁとにかくこれで浮かれないほうがおかしいとミナセは思っていた。


「――っ。ジュン……大好きっ」


 この言葉に目を潤ませながらボタンが自慢の胸にミナセを沈めながら抱きついてきた。何とか顔を出し窒息死を免れると、今度はコアがミナセを挟むようにボタンに抱きついた。美女にサンドイッチされる夢の様な状況だが、いざやられてみると圧死と窒息死どちらにしますか? と聞かれている気分になった。


「ゆ、夢は夢のままの方が……う、美しい……」


 ガクッと力を抜くとボタンとコアが「ご主人が死んじゃう!」と叫び慌てだした。だがクータローに「……早くご飯……」と静かにつっこまれミナセ劇場はあっけなく閉幕したのだった。


 こんなにふざけてしまう程ミナセは浮かれていたし、猫達も主人の愛情に嬉しさでいっぱいになっていたのだった。


 その後【大樹の林檎亭】で人生で1度は言ってみたかったワード「メニューに載っている物全部もってこい」とミナセが言うと、冷静になったコアに窘められて、その日の異常な浮かれ気分はようやく落ち着くのであった。




 翌日、ドワーフ族の村まで行くかどうか猫達と相談をした。すると聞かれた猫達は互いに顔を見ながら不思議そうに「何か問題ですか?」と言ってきたのだ。

 ミナセは強力な道具は世界に混乱を招くかもしれないしそれで争いも起きるかもしれない、それを作った人だって何か問題が起きたら矢面に立たされるかもしれない話しをした。


「ご主人の不安な気持ちは理解しましたが、便利な道具を良い事に使うのか悪い事に使うのかは本人の意志次第だと思います。ご主人はこの世界に混乱を招こうと思ってその術を使うのですか? 違うのであればやはり使った人間に責任があると思います。多少は製作者にも火の粉が飛ぶかもしれませんが、多少の範囲だと私は思います。サチを探すためならばその多少ぐらい私達は何も気にしません」


 コアはそう言うと真っ直ぐミナセの目を見つめてきた。“ご主人もそうでしょう?”と言われている気がした。

 確かに起こるか分からない事に怯えながらサチ探しを疎かにするのは馬鹿げている。自分達の目的はサチを探し元の世界に帰ることだ。多少、この世界を荒らしてしまうかもしれないが、ここは少し我儘になっていこうとミナセは決意した。


 そうと決まるとドワーフ族の詳しい位置と、サチの情報が入ってないかを聞くため再び冒険者ギルドに向かうことにした。朝早い事もあり冒険者ギルドは人がいっぱいで賑わっていた。掲示板の前でどの依頼を受けるか、割のいい依頼の取り合いなどまさに冒険者ギルド! という雰囲気をかもし出していた。


「すごい人だねー。カウンター空くまで少し待ってようかじゅんちゃんー?」


「そうだね、そこまで急いでるわけじゃないしちょっと待ってようか」


 より良い依頼を受けるためにバーゲンセール会場と化したカウンター付近に近寄る度胸はない。ギルドの隅のテーブルに皆で腰掛け、落ち着くのを待っていると後ろから声をかけられた。


「あのぉ、何か依頼を探している感じですか?」


 振り返ってみるとそこには両耳が長く尖っていて、スラリとした美少女が立っていた。まさにエルフといった容姿で、絹のような長い金髪に宝石の様な青い瞳がとてもよく似合っていた。コアとボタンで美女耐性がついたミナセでも息を飲む美しさだった。


「あ、えっと、いや……依頼じゃなくて……あの、ドワーフの村に行きたくて。ば、場所を教えてもらおうかと思ってですね……」


 日本男児ならファンタジー世界に来たとといえばまずエルフに会いたいと思うだろう。偏見? そんなものは関係ない。ファンタジーと言えばエルフなのだ。ご多分に漏れずミナセもエルフには憧れを抱いていた。なので盛大にどもってしまっても仕様がない事なのだ。

 そんなミナセを見て、ボタンが不機嫌な顔を隠そうともせずミナセと少女の間に立った。


「何か御用? ジュンもあたし達も忙しいんだけど」


 背中を向けられたミナセからはボタンの表情は伺えなかったが、ビクリと肩を震わすエルフを見ていたら簡単に想像はつく。きっと大の男が涙目になってしまう様な目つきで睨んでいる事だろう。


 案の定、エルフは顔を青くすると目を逸していた。


「あっ、すみませんでした。もし何か依頼をお探しだったら頼みたかったのですが……ほんとにすみません」


 何度もペコペコと頭を下げ立ち去ろうとするエルフを、ミナセは呼び止め詳しい話しを聞く事にした。エルフはそれでも立ち去ろうとしていたが、必死にミナセが説得するとおずおずと話し始めた。


 あぁ……ボタンの視線が痛い。それにコアさんが不穏なオーラを……でもこんな少女が頭を下げて涙目で頼み事なんて、聞かないわけにはいかないじゃないか! まぁ、涙目は不可抗力だとは思うけど。だとしてもだっ。決して絵に描いた様なエルフだからではないっ。皆の憧れエルフだからではないっ。そう違うのだっ……だからお願いしますボタンさん、そんなに睨まないで下さい……。


「あのっ、私エルフ族の村から出てきたシャルロットといいます。こんな見た目ですが一応、冒険者です。それで依頼というのがですね、エルフの村から招集がかかりまして急いで帰らなきゃいけなくなったんです。それで道中の護衛をしていただきたいなと……。ほんとなら仲間が一緒に行ってくれるはずだったんですが……前に受けた依頼で大怪我をしてしまいまして……行けなくなってしまったんです。回復を待つ時間もないですし……それに先程、ドワーフの村に行きたいと言ってましたよね? ドワーフの村はエルフの村のすぐ先にありますので、案内も兼ねて護衛していただければと……もちろん報酬は払います!」


 ふむ、行き先は同じ様だしそれで報酬も入るならお得な話しだな。これは受けといて損はないかも……。


「ってかさー、冒険者なら1人でいけないのー? ってか何で僕達に頼んだのー?」


 チュータローは他人が一緒になる事が嫌なのか辛辣に返した。ボタンほどではなかったが冷たい言い方にエルフはまたビクリと肩を震わせてしまった。

 確かにこれだけ冒険者がいるのになぜミナセ達に頼んだのか不思議だった。見た目で選ぶにしても護衛というからには、周りにいる屈強な男達の方がいい気がする。


「えっと……私は回復しか出来なくて、とても1人で魔物が出る森を抜けることができません。それに、周りの冒険者さんよりも皆さんの方が、その……見た目が優しそうだし……報酬を出せると言っても高ランクの方々からしたら割に合わないだろうし。それに昨日、白猫のパーティが遺跡を攻略したって話しも聞いたんで腕は確かかなと……」


 どうやらシャルロットというエルフの少女は、ミナセ達が遺跡を攻略した実力者と分かっていたようだ。見たことはなくてもこれだけ特徴的な集団であればすぐ分かるだろう。それに屈強な男達と少女1人では色々不安もあるのだろう。

 ギルドの罰則があるので下手な事はないと思うが、そこは気分の問題なのだろう。報酬も別にお金に困っている訳ではないので、ついでにちょっと収入があるならありがたい。


「理由は分かったよ。俺達も助かるしよろしくお願いね」


「ちょっとジュンいいの?」


 ボタンはまだ不服そうだったが、ミナセは一緒に行くことに決めた。エルフだからという事を抜きにしても悪い話しではない。まぁ、猫達にそれを話しても信じてもらえなそうだが。

 それを聞いてさっきまでオドオドしていたシャルロットはパァと顔を輝かせると、大きな声で挨拶をしてきた。


「あ、ありがとうございますっ。回復魔法には自信があるので怪我をしたらいつでも言ってください! あ、でも怪我をしてほしいとかそういうのじゃなくてですね。回復できるので安心して下さいというか……えっと、お名前は……?」


 自分で言っていてどうしていいのか分からなくなったシャルロットは、少しフリーズするとミナセ達の名前を尋ねてきた。


「こっちの絶世の美人2人がボタンにコア。兄弟に見えるこのイケメン2人はチュータローにクータロー、でも兄弟じゃないからね。で、俺がミナセジュン。よろしくねシャルロット」


 外見を褒められた猫達は先程までの不服そうな空気がなくなり口元が緩んでいた。身内を絶世の美女と紹介するミナセにシャルロットは驚いていたが、猫達の外見をみて納得したようだった。

 そんな話しをしているとカウンターが少し空いてきたので、サチの情報を聞きに行ったがこれといって進展はなかった。


 こうしてシャルロットを含めた6人でまずはエルフの村に向かう事になった。




 エルフの村までは歩いて1週間ほどだと言うので街で食料などを買い込んだ。シャルロットはその費用を出すと言ってきたが、元々はミナセ達がドワーフの元に行くのに案内人が欲しかったので、そこは丁重にお断りしておいた。

 なら自分の食料は自分で支払うといってきたのだが、そこは案内料だと思って欲しいと言った。結構、細かいんだなと思い聞いてみると、こういった事をきちんと決めておかなければ冒険者同士での諍いの元になるらしい。パーティを組んでいればまた話しは変わってくるが、お金というものはとにかく問題の元なのだと熱弁していた。


 何かあったのか? まぁ、でもそうだよな。今はお金に余裕がありすぎるぐらいあるけど、そうじゃなかったら不満が溜まってくかもしれないしな。いやぁ、お金があるって素晴らしい。ありがとう、グランダーレ公爵!


「ミナセさん達は皆、魔法を使うんですか?」


 王都から出て北西に向かってあぜ道を歩いているとシャルロットが質問をしてきた。


「そうだね、でもこの4人は魔法がなくても強いから肉弾戦もバッチリだよ、安心して。シャルロットは回復魔法が使えるって言ってたけど、どんな回復ができるの?」


 先の遺跡の戦いで傷を負ったミナセは回復魔法に興味をもった。属性魔法は想像するだけで簡単にできたが、回復はどのような原理でできるのかが謎だったのでその原理を知りたかったのだ。


「ええと、基本的には光魔法が使えれば回復は可能です。もちろん回復量は魔力レベルによりますけど、私はとりあえず肉体がある程度残っていて、命の灯火が消えていなければ回復ができます。一応、回復魔法が使える人達の中では回復量は高い方だと思います……大体は体に欠損があるとそこは元に戻せない方が多いので」


 ほほぉ、光魔法か……そうか光魔法か……俺ダメじゃん。


「ご主人、大丈夫ですよ。私達は怪我なんてしませんし、ご主人にだって二度と傷がつくような事はしません。回復魔法なんていりませんよ」


 光属性に適応がなく落ち込んだミナセを励まそうとコアがフォローをいれるが、そのフォローの言葉で今度はシャルロットが落ち込むという何とも言い難い状況になってしまった。


「ねぇねぇ、そういえばさーシャルロットって何歳なのー? クーちゃんと同じぐらい?」


 いきなり急激な話題変えをチュータローがしてきた。正直、シャルロットが落ち込む事には何の関心もなかったのだが、ミナセが困らない様に珍しく気を使ったのだ。これは明日は槍でも降るのかもしれない。


「えっとクータローさんが何歳かは分かりませんが、私は115歳になります」


「「「「「えっ」」」」」


 まさかの年齢に思わず5人全員で返してしまった。エルフが長命だとは聞いていたがまさかの100歳超えにゲーム脳のミナセも固まってしまった。猫達も「まさか猫又なんじゃ」と見当違いな事でざわついている。


「えっと、これでもエルフ族の中では若い方なんですが……」


 頬をポリポリとかきながらシャルロットは恥ずかしそうに俯いてしまった。


「金さん銀さんもビックリだよっ」


「「「「「えっ?」」」」」


 今度はミナセ以外の5人が声を揃えた。ミナセのつっこみに異世界にいるシャルロットはもちろん、古いネタということで猫達も不思議そうな顔で「猫又って金さん銀さんって名前なの?」とこれまた見当違いな事でざわついてしまった。


 あ、ヤバイ……なんだろ今すっごい昭和生まれを突きつけられた気がする。


 せっかくチュータローがミナセの為に変えた話題も、ジェネレーションギャップにより自爆で終わるのだった。


 そんなミナセのショック以外はエルフの村までの道のりは順調だった。どんな魔物がでても一瞬で終わってしまいシャルロットが所在無さげにしていたが、その分ご飯の時間になるとシャルロットが気合を入れて作ってくれた。

 前のパーティでも調理担当だったらしくその腕前は見事なものだった。【大樹の林檎亭】とは違った家庭的で素朴なものが多かったが、それでも味は抜群だった。


 前回の遺跡までの旅ではミナセが作っていたのだが、その時はこんな顔はしなかった。おいしいご飯を作ってくれたのもあって最初はギクシャクしていたボタンとコアも、すっかりシャルロットと打ち解けたのであった。


 やっぱ猫はおいしいご飯くれる人には懐くんだな……。


 他の人と仲良くしてる姿を見て、安心する反面何だか寂しい気持ちになるミナセは料理をがんばろうと決意したのだった。


 ミナセの名誉の為に言っておくがミナセの料理もまずいわけではないのだ。一人暮らしが長い為それなりに料理はできる。だが、異世界での調理という不慣れな状況だったのと、シャルロットの腕前がすごかっただけなのだ。


 順調だった1週間の旅もエルフの村の入口が見えた事で終わりを迎えようとしていた。シャルロットは久しぶりの故郷に、嬉しそうに村に向かって走っていったが、入り口まで着くと何かにショックを受けた様にガクッと膝をついてしまった。


「シャルロットどうした!」


 尋常ではない雰囲気に急いで駆け寄ってみると、目の前には村人と思われる大勢のエルフ達が倒れ、それを介抱しようと数人がバタバタと走り回る光景だった。

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