第14話「さらにおくへ」

「クータロー機嫌直してっ。結果、クータローのお陰で5階層突破できたんだし助かったよ」


「そうだよっ、あたしなんか3階層はほーんとダメダメだったでしょ? 特に何もできなかったんだからっ。それに比べればクータローは1人で倒すんだもん、すごいじゃん」


 現在の階層は6階層である。あれからゴーレム、ワイバーン、アンデットの群れを倒し順調にきたのだが、5階層のアンデットの群れが原因でクータローは機嫌を損ねてしまったのである。いつも不機嫌な顔のクータローだが、今回はそれに加え圧力をともなったオーラが、ミナセ達を押しつぶす勢いがあった。ミナセはもちろん、思わずボタンまでフォローの声をかけてしまう程だ。兄貴分のチュータローがクスクス笑っているのも、火に油を注ぐ結果になっていた。


 4階層まではクータローを除く猫達が、いい練習だ! と魔法を主にして新たな技を開発していた。そんな他の猫達の技を見ながらクータローは皆の邪魔にならずかつ効果的な魔法を考えていたらしい。ようやくまとまると「……5階層で試したい……」と言ってきたのだ。もちろん拒否する理由もなく、器用なクータローがどんな魔法を繰り出すか誰も手を出さずに見守る事にしたのだが……。


 技自体は素晴らしいものだった。相手の影を操る魔法で、影が出ているのならば誰にでも効果がある敵だったら厄介なものだ。

 まずは影を縛る事で足止めをし、そのまま影が実体化をすると本体を攻撃する。初見では回避することは不可能な技だったのだ。しかし、どうやらこの世界の攻撃魔法は同属性の魔物には効果がないらしく、影に攻撃されても闇属性のアンデット達は何が起こったんだ? と攻撃された事にも気づかなかったのだ。

 唯一、後方で指揮をとっていた土属性だったのであろうゾンビ騎士ナイト1体だけがうめき声と共に倒れた音がした。


 ――ドサッ。動きを止められたアンデット達からは音もせず、多分に気まずさが含まれた空気が5階層に広がった。もしかしたらアンデット達も気を使って静かにしていたのではないだろううか。そう思えるぐらいその場で音を出すことも動くことも非常に躊躇われた。


 ゆらりと動いたクータローは静かにククリナイフを持つと、目にもとまらぬ速さでアンデット達の頭を吹き飛ばしていった。ミナセの人生の中でもここまで緊張感溢れる現場に遭遇したことはないのではなかろうか。

 5階層は遺跡自体のトラップもあり、いたるところから毒が塗られた矢がクータローめがけ飛んできたのだが、それを見ることもなく全て叩き落としていった。

 ただただアンデットの頭が弾ける音と怨念混じる断末魔だけが響く。もしかしたらアンデット達の声の中には安堵も含まれていたかもしれない。ミナセも猫達も最後までそれを眺めることしかできなかった。




「……ご主人、6階層に行く階段あった……」


 何事もなかった様に見つけた階段を指差しながらクータローは戻ってきた。


「あ、あぁ、それは良かった! ま、魔石回収していかなきゃな」


 未だ物理的な圧力を伴うオーラを前にしてミナセは誤魔化すように魔石を拾いにいったのだ。ここでボタンも慌てて魔石を拾い、チュータローは吹き出した。そんなチュータローをコアが達人さながらの手刀を見舞ったのだった。


 コアさんナイスです。


 そうして現在の6階層に至る。ちなみにボタンも3階層にいたゴーレムに魔法が効かず、ご機嫌ナナメだったのだがクータローの無言の迫力に先程からひたすらご機嫌取りに勤しんでいた。ボタンだって3階層を突破した後は中々手を焼いたのだ。だが、クータローよりも表情が豊かで言葉数も多いボタンだったから、ミナセ達もにこやかにここまでこれたのだ。さすがに緊迫感を感じさせるクータローの怒りには、そのボタンですら冷静になってしまった。


「さーて、6階層はいったいどんな魔物なのかなっ」


 話しを切り替えるべくミナセは6階層を見渡し、努めて明るくそう言った。


 さて今までどの階層もバラエティ豊かな作りだったが、ここはだいぶ趣が違った。6階層は王族でも住んでいるのかと疑問に思うほどきらびやかだったのだ。真っ直ぐ敷かれた真っ赤な絨毯は床の存在を忘れてしまう程柔らかく、その周りには眩しいほど輝く金色の壁や豪華な装飾品の数々……。

 この階層まで確認がされているのだから、何度か人が侵入した筈なのに塵一つない場所だった。


 まさか、6階層が最下層なのか?


 一直線に伸びる絨毯の上を歩いていると、奥から何かが浮いているようなゆっくりとした動きで迫ってきた。姿形が視認できるぐらいになると、それは豪華なローブを纏い重そうな宝石を付けたワンドを持っていた。これで細かろうが太かろうが肉でもついて入れば、立派な魔法使いに見えただろう。だが、そのローブを纏った人物は真っ白な骨だけの骸骨だった。


 先程のアンデットにも似ているが、纏う雰囲気は比にならないほど強者のそれだった。敏感にその雰囲気に気づいた猫達は一斉に武器を構えた。


「リッチ……に似てるような……」


 ミナセが昔やったゲームに非常に似ている敵がいた。思わずそうつぶやくとローブの魔物が答えた。


「ホォ、リッチヲ知ッテイルトハ獣ノクセニ多少ノ知恵ハアルヨウダナ。デハ、我ガ偉大ナ魔法使イトイウコトモ、理解シテソノチンケナ武器ヲ私ニムケテイルノカ?」


 聞き取りづらいがはっきりと話すリッチは、今までの魔物とは違い叡智を感じさせた。


 他の冒険者はこの6階層までしかたどり着いてないという話だ。ミナセのゲーム知識が合っていれば、生前優れた魔力と知識を保有し死してなお力は衰える事もなく行使できる。戦士系は距離を詰めれるまで打つ手は限られるし、魔法使いも純粋な魔法の力がものをいうので、無策に突っ込めば苦戦を強いられる敵、という事だけだろうか。


「骨が偉そうによく言うよー。1人で僕達に敵うと思ってるあたり、ほんとーはおバカなんじゃないのー?」


「フ……フハハハハハハ! 誰ガ1人ナンテ言ッタ。ソノ過信シタ態度ハ少シ教育ガ必要ダナ。デハ特別ニ我々、全員デ相手スルトシヨウ」


 カツンとリッチが骨の指を鳴らすと、その後ろからさらに4体のリッチが登場した。どのリッチも豪華なローブを纏い、使う魔法の違いなのかワンドの形状は様々だった。


「今マデノ人間ノ様ニ、オ前ラモココデ死ネ」


 リッチ1体であればゴールドクラスの冒険者なら難なく倒せるだろう。だが5体ともなると苦戦を強いられる。下手すれば自分より頭がよく魔力も高い敵が5体もいるのだ。苦戦できればいいが下手をしたらそのまま命を散らす結果に終わるだろう。しかもここに着くまでに幾つもの戦いをしてきた冒険者にとっては絶望の状況だろう。


 そうゴールドクラスの冒険者ならだ。


「ご主人、確かに今までの敵とは一味違うようですね。……ようやくまともな練習台が現れたって所でしょうか?」


「気をつけて。魔法を使う相手と戦うのは初めてだから」


 猫達はコクリと頷くとミナセの前に庇う様に並んだ。これまでの戦いでミナセだって強い事ぐらい重々承知だが、それでも主人を守りたい気持ちに変わりはなくそれが表れた行動だった。


「オ手並ミ拝見トイコウカ」


 そう言うとリッチ達は赤や青といった色とりどりの魔法陣を展開していた。そしてぶつぶつと何かを呟くと魔法陣から火の玉や水の刃などが浮かび上がってきた。どうやらその色から察するに光属性以外を各々使えるらしく、5属性の魔法が並ぶ姿は荘厳だった。


「……えっ」


 ミナセの口から出た驚きの声にリッチ達は、己の魔法に驚愕しているものと思った。それもそうだろう、どのリッチも生前名の通った魔法使いであり、中には歴史に名を連ねるものもいるのだから。そしてその魔法陣は通常ならば長い詠唱のもと出せるものなのだ。それを無詠唱で行使するリッチ達はどれだけの力を持っているのか……。


「命乞イナドシテモ、モウ遅イゾ」


 骸骨なので表情は変わらないが、笑うようにリッチは言い放ち魔法をミナセ達に飛ばしてきた。威力よりは手数重視の魔法は、ミナセ達の姿が見えないぐらいの光量を放ち飛んでいった。

 瞬く間に着弾しミナセ達が立っていた床ごと大きく破壊した。1階層でボタンが試した時と同じで遺跡が壊れる事はなかったが、飛び散った石片は周りの調度品を砕いていった。


 誰がどう見ても命どころか、その骨も残っていないだろうと思う程だった。


 破壊による砂煙が消えてくるとリッチ達は、死体が残っているのならそれを見て嘲笑おうと思い近づいてきた。ところがそこには死体はなく、攻撃される前と何も変わらない姿で立っているミナセ達がいたのだ。


「ナニ……!?」


 今度はリッチから驚きの声があがった。


 同属性無効が働かない様に5属性で攻撃したのに無傷なんてありえない。例えなにかしらの防御魔法を施したとしても、上位者である自分達の魔法をくらって傷一つないなんて……。考えられるのは逃げ道を塞ぐように威力よりも質量で攻撃したから。だが、それでも無傷なんて……リッチ達は自尊心を大いに傷つけられた。


「何ヲシタ! 驚イタフリヲシテ油断ヲ誘ウトハ、姑息ナ手ヲ使イオッテ! コレダカラ獣風情ハ嫌ナノダ」


 6階層までは他の冒険者に調査されてしまっている。事前にリッチがいると分かったミナセ達は魔法対策をしていた、と考えた。それなのにわざと驚いてみせたミナセの姿に、馬鹿にされた気分になりリッチは激高した。


 ――我ガ獣風情ニイッパイ食ワサレタダト……。侮辱モイイトコロダッ!!!


 今度は詠唱を唱えると先程よりも大きな魔法陣が新たに展開し、今度は手数重視ではなく威力重視の攻撃をしようとしていた。塵一つも残してなるものかと。




 確かにミナセは驚いていたのだ。その驚きのため声をだしてしまったし、決して油断を誘おうとか馬鹿にするつもりはなかったのだ。ただミナセが驚いた理由はリッチが思っていた理由とは違う。リッチが出した魔法陣と口にしていた詠唱に驚いたのである。


 自分達が魔法を使う時、あんな魔法陣は出ないし詠唱なんて口にした事もない。そもそも詠唱なんて知らないのだから。

 こんな魔法を使いたい、と頭で考えればそれがすぐに形になり意のままに動いてくれる。初めからそうであったし、この世界の魔法はこういうものなのだと思っていた。だからこそ勝手に技名をつける事もできたし問題ないと思っていた。


 えぇぇぇ、あんな魔法っぽい感じで出てくるの? 何だよあっちのが何かカッコイイじゃん。


 無詠唱、魔法陣を展開しないミナセ達の魔法は、魔法使いであれば夢のような境地であり目の前のリッチ達が生前求めてやまないものだった。ミナセの心の声は最後まで完璧な魔法を得ることが出来なかったリッチからすればとても失礼なものなのだが、そんな事を知らないミナセは本気で羨ましがっていた。


 そんな事を考えているとリッチの2回目の攻撃が飛んできた。先程よりも大きな攻撃にリッチ達はほくそ笑む様に骨だけの口を開いた。この威力ならば防御魔法も貫通できると確信して……。


 だがその攻撃がミナセ達を消し去る前に、猫達の前にはさらに大きな黒い渦が飛び出し、攻撃を全て飲み込んでしまった。開いたままの口元には笑いではなく驚愕の色が浮かんだ。


「ブラックホールダト……。アリエナイ、アレハ伝説級ノ闇魔法ノハズ……。アレヲ使エル魔法使イナドイルワケナイノダ。我々デサエ到達デキナカッタ魔法……小僧何ヲシタ!!!!」


「……テレビでやってた。高密度の重力を作ればいいだけだから出すの簡単……闇魔法使えるなら誰でもできる……」


 あらヤダ! クータローさんったらかしこさんっ。あの子はできる子だと思ってたのよ。あとはその知識が皆持ってるものじゃないって事に気づければ100点ね!


 クータローの頭の良さにミナセはついつい場違いな奥様口調になってしまったが、リッチは己の無知さを馬鹿にされたと思い、思い切り怒鳴った。


「フ、フザケルナ! タカガ人間風情ニ出来テ叡智ヲ宿シタ我々ガ出来ヌコトナドナイノダ。ナニカ、カラクリガアルハズ……何度モ我々ヲ愚弄シタ罪ソノ身ヲ持ッテ償エッ!!!!」


 5体のリッチは同時に同じ詠唱を唱えると、虹色に輝く特大の魔法陣が頭上に浮かび上がった。


「我々ガ作リ出セル最大ノ混合魔法……。我々ノ叡智ヲ今ココニ、全テヲ無ニ帰セ『森羅万象オール・オブ・クリエイション』!!」


 5つの声が重なると虹色の魔法が渦を巻きミナセ達に襲いかかった。だが、それよりも早くコアがミナセを抱え猫達は横に飛ぶとそのままリッチめがけて走り出した。ただ走ってくるだけならリッチも魔法を展開しながら距離を取るだけなのだが、無詠唱の魔法を出しながら目にもとまらぬ速さで走ってくる猫達に、リッチ達は為す術もなかった。


 最大の魔法を避けられ、猫達の魔法攻撃を防御するだけで手一杯のリッチ達は一瞬で間合いを詰められた。ミナセが最初に思い出した戦士と魔法使いの戦いのやり方。最高峰の戦士の身体能力で最高峰の魔法使いの力を持てば、策など必要なかったのだ。


「ア……アァ……。ナンナノダオ前達ハ。獣風情ニコノ我ガ負ケルナド……アッテハナラナイノダ……」


 賢いからこそ目の前の冒険者が自分達では敵わない事を悟りリッチは小さく震えた。自分達が滅ぼされる恐怖、そして手の届かなかった領域に踏み込む人物に出会ってしまった絶望で……。


「何度ジュンを馬鹿にすれば気がすむの。お前らなんか犬の餌にもなりゃしない」


 せめて“獣風情”なんて言葉を言わなければ恐怖で最後を迎えることはなかっただろう。せめて目の前の相手を侮らなければ、自分達が死してなお研鑽を積みそれでも届かなかった域に自分達以外が踏み込んでいる事実を知る事はなかっただろう。

 リッチが最後に目にしたのは歯を剥き出しにし、自分を睨む美女の姿だった。そしてその美女は若かった。その若さでそこまでの魔法を極めていた。肉体があれば涙を流し腑抜けた面を晒していた事だろう。プライドの高いリッチにとってそれができる体ではなかった事が唯一の救いだったかもしれない。




 初めての魔法使いとの戦いだったが終わってみれば、こちらは無傷で一瞬のうちに終わった。リッチが特別なのかは知らないが魔法使いは詠唱を唱え、魔法陣が展開するというのが分かったぐらいで特に何かを得ることはなかった。


「実はそんなに強くなかったのかなぁ? でもゴールドクラスの冒険者がここまでしか来れないって事を考えると、あれでもそれなりに手強い敵だったのかな……」


「皆が弱かっただけじゃないのー? あんなのに負けるとかありえないもーん」


「ご主人、魔石が先程までとは違って大きいのでやはりそれなりに強かったのではないですか?」


 あまりにもあっけなく終わってしまって、敵の強さと遺跡の難易度が分からなくなっていたが、コアの言う通り落ちている魔石は今まで小石程度だったのが、リッチは手のひらサイズの魔石だった。


 チート能力はデフォって事でいいのかな。それなら少しは安心してサチ探しができるんだけど……でもゴールドクラスって話しもサルベルから聞いただけだしなぁ。あいつ適当っぽかったし、まだ魔物以外と戦った事がないから油断は禁物だな。


 ここに第三者がいればミナセ達の強さがどれぐらい凄いのか説明してもらえただろう。だが何も知らないミナセはサルベルに対する評価が下がっただけで終わった。


 5つの魔石を拾い7階層に行く階段を探すと、今までとは違い水色のワープゲートらしきものが現れた。他を探しても階段らしきものは見つからず、ミナセ達はこのゲートに飛び込むことにした。


「何があるか分かんないから皆、手を繋いで一緒に飛び込むよ!」


 全員が手を繋いだことを確認するとせーのでゲートへ飛び込んだ。視界が揺れ少し乗り物酔いに似た感覚が襲うが、すぐになくなり目の前には大きな広場が現れた。視界が元に戻ってすぐに猫達を確認するが誰もいなくなっておらずミナセは一安心した。ここまで来て罠だったら目も当てられない。


 広場の手前には石碑があり何やら文章が書かれていた。


【ここまで辿り着いた者よ。最後の試練を乗り越える事が出来たのならば、神の奇跡はその手に宿るであろう】


「最後の試練ってことは、ここが最下層でいい……」


 --ゴアァアァァアアアアァァ!!!!


 ミナセが言い切る前に耳をつんざく様な叫びが響き渡った。どうやらこの遺跡は7階層で構成された遺跡の様で、石碑に書いてあった通りここが最後の戦いになるようだ。


 ラスボスは何が出るのかな……。


 まだ反響している広場の中央に捻れた大きな角を2本生やし、手には大きな斧を持った4メートルはあろう黒い牛が現れた。


「……ミノタウロス?」


 そう、最後の敵はこれまたゲームでもよく見たミノタウロスだった。

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