第13話「はじめてのいせき」

「ここが遺跡かぁ。思ってたより何かしょぼいなぁ」


 王都から歩くこと3日、魔物を倒しながら旅をしてきたミナセ一行は、ようやく遺跡の入り口にたどり着いた。遺跡と言うからには世界遺産みたいな荘厳なものを想像していたのだが、そこは山にぽっかりとあいた洞窟しかなかった。何がどう遺跡なのかさっぱり分からない場所である。

 普通であれば地図を見ていたって見落としそうなものだが、洞窟の入り口の横にはなぜか小屋が建っており、そこの看板に【遺跡に入る方はこちらへどうぞ】とご丁寧に書かれていたからだ。


「罠ってわけでもないんだよね……?」


 ボタンがそう思うのも仕様がないぐらい違和感が満載だった。


 人里離れた魔物が多く住む山に、古びた小屋が1件……看板に騙されて訪ねると、中から鷲鼻に真っ黒なフードをかぶった魔女が大鍋をかき混ぜながらニタリと笑う。魔女を見たものは二度と帰ってこない……ってじゃあ誰が魔女がいるって言ったんだよ!


 架空の話しに1人でつっこみ気持ちを落ち着かせると全員、警戒心を最大にしてとりあえずその小屋に入ってみることにした。

 扉をノックすると「どうぞー」と男の人の声がした。どうやら中にいるのは魔女ではなさそうだ。覗き込むように開けると部屋の真ん中に置かれたテーブルに若い男が座っていた。男は人当たりの良い笑顔でミナセ達を出迎えてくれたが、魔女がいるよりも違和感が増してしまったのは言うまでもない。やっぱり罠なのかもしれないとミナセは思った。


「遺跡にはいる冒険者様……でよろしいでしょうか? あ、そんな不審な顔しないで下さい。僕は冒険者ギルドから派遣されているサルベルと申します。まぁまぁ、そんな所に立ってないでまずは座って下さい」


 言っている事はまともだと思いながら、促されるまま席に座るとサルベルと名乗る青年はよどみなく軽快に話し始めた。


「その様子だと遺跡は初めてですね? プレートは……ビギナーですか。では、説明から入ったほうがよさそうですね。僕は遺跡に入る冒険者様の記録を取るために、ここで受付をやっています。発見されて未攻略の遺跡には僕のような受付が必ずつくようになっているんです。初めての方は必ず皆さんの様に不信感たっぷりの顔をして入ってくるんです。それもそうですよね。こんな場所に不自然な家があったら呪いの魔女でもいるのかと思ってしまいますよね。あははっ。おっと話しが逸れました。遺跡の最下層にはたくさんの財宝や魔法具マグナが眠っているのですが、いかんせん中は強い魔物がひしめいていてとても危険です。ここで命を落とすことなんて日常茶飯事です。その為、誰が遺跡に入ったか記録し一定期間出てこなかった場合は、僕が死亡届を冒険者ギルドに提出してるんです。ここまでは大丈夫ですか?」


「……はい」


「中に入って1週間出てこなかった場合は亡くなっているとみなしますが、たまぁーに戻って来る方もいるのでその時はまたまた僕が届けを出して死亡届は破棄します。できれば1週間で出てきてもらえると僕の仕事が減って助かります! あはっ、冗談ですよ。まぁ、行方不明になって探し人の依頼が増えると大変ですからね、そこはしっかりと働きますのでご安心下さい。そして遺跡ですが約10階層に別れています。遺跡によって階数は変わりますが、今まで攻略された遺跡の平均値ってとこですね。ここはまだ6階層までしか報告が上がっていませんので、どこまであるかは不明です。あ、6階層まであるのを何で知っているのかって顔ですね! それはですね、途中で自分達の実力に限界を感じた人達が戻ってきたからなんです。最下層にしか財宝は眠っていないのですが、命あっての冒険! 途中で引き返すのもりっぱな英断です!」


 よく回る口だな。ここまで息継ぎなしで一気に話しているのだからある意味感心する。サルベルが一旦、何か質問はないかと促すようにようやく口を止めた。


「あの、攻略すると遺跡って壊れるんですよね? それってどの段階で壊れるものなんですか。宝を見つけても生き埋めとかになったら嫌だし……」


 なるべく話しが長くならないように聞きたい事だけを質問した。


「あははっ、僕としたことがそこの話しをしないなんてうっかりです。大丈夫ですよ、遺跡が壊れるのは最下層の宝物庫にある宝を外に持ち出した時なんで。理由はまだちゃんと解明されていないんですが、宝を守るために遺跡があり、その役目を果たせなかったから壊れる、ってのが有力な説です。ちなみに中の魔法具マグナは何があるかは不明です。鑑定してからのお楽しみって何か夢がありますよね! 中の魔物も6階層だとゴールドランクがやや苦戦するレベルですかね。ビギナーの皆さんでしたら3階層あたりが限界かと思いますよ。その時は無理せず帰ってきて下さいね! 魔法具マグナも魔物も何が出るか神のみぞ知る。って言っても神殿で神様に聞いたら知らないって言われたらしいですけどねっ。おっと、失礼しました。他に何かありますか?」


「えっと……遺跡が壊れたら中の魔物が出てきたりしませんか?」


「それはないですよ。だって次の階層に行くにはその階層の魔物を全滅させないと行けないんですもん。全滅すると階下にいける階段が発生するそうですよ。最後に最下層の魔物を全部倒したら、遺跡の中はからっぽになりますからそこは大丈夫です。でも、新たに人が入ったり、中の人が1人でも外に出ると魔物がリセットされて湧きますのでそこは注意して下さい。これもまた謎の仕組みなんですが、有力な説もありませんっ、あははっ。リセットされてしまうとせっかく発生した階段もなくなって、上に戻れなくなるなんて事もありえます。まぁ、新たに人が入らないようにする為にも僕がいるんですけどね。ここは最後に冒険者が入ったのは……1ヶ月前なのでいつでも挑戦可能ですよ」


 聞くだけで何だかどっと疲れてしまった。あらかた説明してもらったが、真面目さにやや欠けるサルベルに説明してもらったせいか、いささか不安が残った。それでも気になっていた疑問も解決したのでミナセ達は入場記録に名前を記入し小屋を後にした。


「ご武運を」


 先程までの男の声とは思えないほど、それは真剣味が帯びた声だった。




 洞窟に入ると真っ暗かと思いきや壁には王都にもあった魔法灯が灯っており、それなりに奥まで見渡せる状態だった。しばらく真っ直ぐな道が続き、奥に開けた場所があるように見えた。これなら不意打ちを食らうこともなさそうだ。壁や床も岩が飛び出しているかと思ったが、なぜか平らで所々柱も建っておりそれなりに整備されていた。中に入った瞬間、違う場所にでも飛ばされてしまったのではないかと疑ってしまうぐらいだ。


「何か中はちゃんと遺跡ってかんじだねー」


「……でも柱や壁の影が多いから、気をつけないと……」


 確かにチュータローの言う通り中は白っぽい石でできた遺跡そのものだった。魔法灯はてっきり中に入った人が取り付けたのかと思ったが、壁にしっかり固定されており、元から存在してる様に感じた。奥に見えた広場もやはり遺跡然とした雰囲気だ。ただ1つミナセの知っている遺跡と違うのは柱や壁の影から、ゲームでよく見たゴブリンやトロールがわんさか出てきた事だ。


「うわぁ……引くぐらいでてきたな」


 醜く歪んだ顔をさらに歪ませ、ゴブリン達は目配せをすると散開しミナセ達を囲んだ。多少の知恵はあるようで一斉にはかかってこず、先頭にいたトロールを一蹴りすると走らせて隙を伺っていた。トロールはゴブリン程知恵がないのか、ただ一直線に走ってくるのみで作戦もへったくれもない。トロールに目を向けると視線から外れたゴブリン達は投石をしてきた。威力はなく手で払いのけれるものだったが、狙いを定めさせない為なのだろう、各方向から投げられてきて少し鬱陶しい。


 ミナセが苛立たしげな表情を浮かべると、ゴブリン達が「ゲギャギャ!」と笑った様に鳴いた。


「虫はさぁー何も考えないで飛んでるから、じゃれるのおもしろいんだよねー。下手に知恵を持った虫なんて……うざいだけだよね」


 いつもの明るい笑顔から冷笑に変わったチュータローは、街で買った弓を引きもう目前にまで走ってきたトロールの頭を撃ち抜いた。意図的なのか無意識なのか矢には炎が纏っており、魔法の力を付与した弓はそのまま後ろを走っていたトロールの頭も撃ち抜いた。


 まさか一撃で自分達のもつ最大の攻撃力を倒されるとは思ってなかったゴブリンは、目を見開くと奇声を上げて襲ってきた。こんな事で先程までの拙い連携が崩れるあたり、やはり知能は低いのだろう。


 --ギィィィィィィィィ!!!!


「そんなに怒るなら最初からトロールを1列で突進させなければいいのに……」


「知恵といってもしょせんこんなものです。想定外の事が起きればすぐに感情的になる。醜い虫ですね」


 ミナセの言葉にコアが冷静に答えると、コアの後ろから無数の氷の針が浮き上がり、一斉にゴブリン達を突き刺した。さしずめ―氷結尖針アイス・ニードル―といった所だろうか。


 立つ剣山の様になったゴブリンは氷の針が消え去ると、そのまま静かに倒れた。


 コアの攻撃で一気に周りの襲いかかってきたゴブリンは掃討されたが、それでも次から次へと柱の影から湧いて出てきて、どのゴブリンも怒りで目を真っ赤にし走ってきた。


 ここからが本番だと猫達は各々散らばりクータローが闇魔法で視界を奪うと、その隙に魔物を次々なぎ倒していった。ミナセも今回こそはと魔法を展開し、着実にゴブリンの数を減らしていった。


 --ドッガァァァァン!!!


 後ろで爆発でも起きたかの様な音が炸裂した。ビックリし後ろを振り返り、音の正体を探してみるとボタンがナックルを付けた拳で地面を叩いていた。その拳が地面に触れると同時に爆発が起きていた。余波でゴブリンが消し飛ぶぐらいの威力だ。


「ボ、ボタンさん。遺跡が壊れない程度でお願いします……」


 ボタンの拳よりも遺跡が先に壊れるのではないかと心配になってしまう。


「ざんねーん。床ごと破壊すれば早く下に行けると思ったのにぃ。何かに邪魔されてこれ以上は壊せなかったよ」


 ボタンがここを破壊する前に、ゴブリンを倒さないと本当に生き埋めになっちゃうな……。


 このまま猫達に任せるととんでもない事になりそうだったので、ミナセは手に力を込めイメージを膨らませた。


 ここを破壊しない様に無数の魔物を倒す魔法……。吹き抜ける風に攻撃をのせる感じがいいかな。威力はそんなに強くなくても相手は弱いし大丈夫そうだ……。


貫通爆風エアリアル・ブロークン!!」


 ミナセを中心に風が巻き起こるとその風は1階層全体に吹き抜けた。風がゴブリンやトロールの体に当たると小さな渦が起き、体が爆発した様にはじけ飛んでいった。ミナセの魔法は1階層全体に吹き抜けた為、1階層にいたゴブリンとトロールは全滅していた。


 残ったのは白味ががった石の床や壁にへばりつく、ゴブリンの内容物や血だけである。


 テンション上がって技名とか叫んじゃったよっ。恥ずかしい!! しかも思ってたよりグロい結果になったな。


 何度も言うが特に詠唱をしなくても魔法は出せるのである。ただイメージがしやすいので魔法の発動が早いだけだ。あとはミナセの厨二心を満たすぐらいだろう。その点では満足したが、思いもよらない凄惨な光景とむせかいりそうな血の匂いに顔をしかめてしまった。


 するとクータローが小さな翡翠のような石を持ってきた。


「……落ちてた……」


 そう言われ周りをよく見てみると血や臓物に埋もれて、クータローが持っていたような石がたくさん落ちていた。血のせいなのか元々の石の作りのお陰なのか、それは魔法灯の灯りに反射しキラキラと輝いていた。


「なんだこれ? 宝石ってわけではないよな」


「ご主人、ギルドでの説明の時、魔物を倒すと魔石がランダムで落ちるって言ってましたよ?」


 冒険者ギルドの受付嬢はミナセに魔石の件もしっかり話していたのだが、どうやらミナセは聞き逃していたらしい。受付嬢から聞いた説明を反芻してる時に聞き逃していた様だ。だらしない主人とは違いしっかり者の飼い猫コアがきちんと聞いていたので、ギルドで説明された事をもう一度ミナセに聞かせた。


「この魔石は冒険者ギルドで買い取ってくれるといってました。魔物のレア度によって魔石の価値や大きさも変わるらしく、今回は……小物だったのでこの大きさなのでしょう。あ、ほらこのバッグに魔力を込めた時ついていた魔石も魔物からとったものらしいですよ」


 あら、コアさん。そんなとこまでしっかりと……。あざまーすっ!!!!


 換金できたり装備に付けれるという事なので落ちている魔石を拾いながら先に進むと、下にいく階段があった。ちなみに臓物に埋もれた魔石を漁る事はミナセにはできずスルーした。チュータローが取ると言ったが、見るのも無理だったのでそれは諦めてもらった。それでも数え切れない程のゴブリンがいた為、魔石もかなり集まったのだ。


 階段を下りると2階層はなぜか階層中に植物がひしめいていて、歩くのもやっとの状態だ。1階層にあった遺跡然とした雰囲気はどこにもなかったが、大きく綺麗な朝顔のような花が咲いておりある意味、幻想的な雰囲気だった。いきなり森の中にきてしまったと勘違いしそうだ。


 危険な場所なはずなのにその光景に見とれていると、朝顔の花弁がいきなり開き中からサメの様な歯をはやした口が、よだれを垂らしながらミナセに食いつこうとした。それを皮切りに朝顔の花という花が獰猛な口を露わにし、幻想的な森が一気に食虫植物の館へようこそ状態になってしまった。


「うわっ!!」


 驚き硬直したミナセの前にクータローが飛び出し、ククリナイフで朝顔を突き刺すと花はそのまま枯れてしまった。仲間? が枯れてしまったのにも関わらず、他の花達は美味しそうな獲物が入ってきたと喜ぶように花粉を散らした。


「よーし! ここは僕の炎で焼き散らすぞー」


「ちょ、ちょっと待ってチュータロー。こんな狭い部屋で炎なんか使ったら俺達も大惨事だよ!」


 危うく丸焼きになる所だった。普通の炎とは違い魔法の炎なので、もしかしたらミナセ達に影響はないのかもしれないが、こんな所で実験するほどミナセも酔狂ではない。急いで止めるとふてくされた顔でチュータローが魔法を消した。すると横にいたボタンが「あっ、そうだ」と言い、何かを思いついたのかミナセの方を見た。


「ねージュン、ちょっとおもしろい事思いついたからやっていい? 皆が傷つく様な事は絶対しないから」


 傷つけないの部分を強調したので信じて任せてみると、ボタンは植物の蔓に手を延ばしそっと触れた。すると温かい光がほとばしり、その光はボタン全体を包みこんだ。ボタンの見た目の美しさもあり森の精霊のようだった。光が消えるとボタンはニコっとミナセに笑いかけた。


「一体、何をしたんだボタン?」


「へっへー、こいつら植物だし生命力とか吸い取ってみたっ。あたしの属性ならそんな事もできるんじゃないかなぁって」


 周りを見るとつやつやな肌のボタンとは正反対にさっきまでよだれを垂らし、どこから食べようか吟味していた朝顔達は全て萎れて枯れていた。


これはまさかの生命吸収ドレイン……。


 2階層はボタンの力によりあっけなく全滅していった。あまりにも一瞬で終わってしまった戦いにミナセは呆け、他の猫達は残念そうに枯れた朝顔を見ていた。

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