第12話「こくおう」
--カツン、カツン
白の大理石でできた塵1つない廊下をブレイクは歩いていた。壁には1つで一生は暮らしていけるだろう、絵画や美術品が飾っており、高い天井にまで音が響き渡っていた。たかが通路1つにここまで華美を尽くす、上位者にしか入れない空間に無骨な男には似合わなかった。
ミナセ達と別れてすぐブレイクは衛兵ギルドではなく国王のもとに向かっていた。先程まで見せていた親切で頼りがいのある男の顔とは思えないほど、無表情で無機質なものになっていた。伴も付けずに外部の者が王城を1人歩くなどあってはない事なのだが、ブレイクに文句を言うものは誰一人としていなかった。
煩わしい程長い廊下を歩くと目的の場所についた。3メートルはある真っ白な両扉には太陽をモチーフにした金の装飾が、下品にならない限度で施されていた。扉の左右には、眩しいほど白い鎧を身に着けた兵士達が大槍を携え立っていた。この兵士を含め、扉の装飾ではないかと思えるぐらい違和感がなかった。
「陛下にお目通り願いたい」
ブレイクはその一言だけ言うと白鎧の兵士は小さく頷いた。本来であれば名前も名乗らない無礼な人間を通すことはないのだが、事前に来ることが分かっていたのと、ブレイクはギルド長という有名人である事、そしてブレイクだからこそここで止めるという行為はしなかった。
「王国衛兵ギルド長、ブレイク・ガーディアス様がお見えになりました!」
扉の向こうから返事はなかったがその代わりに、ゆっくりと開かれた。焦れったい程ゆっくりと開く扉は貴族ではないブレイクはいつ来ても面倒だな、と思うが貴族連中に言わせればこういった決まりきった行為が大事なのだと言う。それに上位者がいる部屋の扉を急いで開けるなんて、そんな無礼な事はできるわけないだろう。
扉が完全に開かれると分厚い真っ赤な絨毯がまっすぐ伸び、その先には玉座があった。そこに白髪をオールバックにした歴戦の老兵を思わせる男が肩肘をついて座っていた。玉座よりも前線の馬上にでもいる方が似合っている、そんな男だった。
この白髪の男こそ、この国の国王フォルティス13世である。
見た目の通り若き頃は国王自身も前線に立ち、魔物討伐をし生き残ってきた男だ。そんな異例の経歴を持つ国王は腕っ節の強さを評価する傾向にある。「知略に優れているのも戦いを有利に運ぶ力だとは分かっている。だがその策を実行できる力がなければそんなものただの戯言だ!」と豪語するぐらいだ。その為、やはり腕っ節が最後にものをいう衛兵ギルド長であるブレイクにも一目置いていた。
「よく来たな。お前達は下がってよい」
相手が誰であろうと王の側に誰もいないのはまずいのだが、ブレイクだけは特別だ。その理由を側近達は知らないが、前にしつこく意見をしていた側近が次の日から姿を現さなくなった事から、誰も王の指示に意見することはなくなった。
側近を部屋の外に出し、2人になったことを確認するとフォルティス王は友人に向けるような顔をブレイクに見せた。
「で、ブレイクよ、あの猫達はどうだった?」
「目的の信頼を得るのは出来たと思います。白猫自体はよく言えば純粋、悪く言えば単純という感じです。ただ残りの4人は少し手ごわいかもしれませんね。白猫を主人としている様で忠誠心は高いようですが、主人ほど周りを信用してない感じもします。ただ全員、世情には疎いようでそこにつけいる隙はあるかと」
まずまずの報告にフォルティス王は満足気に頷く。
「ほう、それで肝心の魔力はどうだった?」
「戦ってみた訳ではないので正確な強さは分かりませんが、底しれぬ強さを感じます。現にグランダーレ公爵の護衛を一瞬で倒した様で、冒険者ギルドで測定不能だった件も間違いないかと。ただしこれは自分の勘と本人からの話しですのでまだ調べる必要はあります」
「ふむ……あの鼻つまみ者もたまには役にたったと言う事か。腕輪は渡したのだろう? 魔力に関してはそこから情報を得ていけばよい。今回は信用を得て縁を繋ぐ事を重視したからな。【遠見の水晶】はきちんと機能しているか?」
ブレイクは懐から手のひらサイズの水晶を取り出し、起動キーワードを囁くとそのまま水晶を国王に渡した。起動した水晶はその中にミナセ達の姿を映し出していた。
「うむ、機能しているな。どれどれ……今は買い物に勤しんでいる所か」
ミナセの腕に付いている【監視者】という腕輪と【遠見の水晶】は対になる
この
「しばらくはこれで監視をしていくか……。ふさわしい力を持っていると分かった時には、頼んだぞブレイク」
「はっ! 仰せのままに」
フォルティス王からのさらなる指示を受け、ブレイクは王城を後にした。来た時とは違いその顔に浮かぶのは、冷酷な笑みだけだった。その顔も女中とすれ違う時には、いつもの気さくな男のものになっていたのだった。
********************
「ジュン! これなんか似合うんじゃない?」
「いいえ、ご主人はもっと気品に溢れたこの服のがいいです!」
先程から服屋の店先で美女2人が「私の服を選んで!」と言わんばかりに主張し誰かの服を選んでいる。そんな羨ましい状況にいる男は誰だ! と行き交う男達が嫉妬の目で覗くが、すぐさま温かい目に戻りそのまま歩いていく。それもそのはず、白猫が1匹でオロオロしているだけなのだから。
「なんだペットの服を選んでたのかぁ。微笑ましいなぁ、なあお前どっちが好みだ? 俺は断然右だな」という会話が聞こえてくるのはこれで何度目だろうか。
そんな事には気づかない2人は愛しの主人の服を選ぶのは自分なのだと、言い争いはじめヒートアップするごとにミナセの目の前には山の様な服が置かれていった。
俺を中心に女の子が言い争いを……。この状況に対するマニュアルを持ち合わせておりませんっ。至急、指示をお願いします、隊長っ!!
心でそう叫びながら隊長もといチュータローを見るが、隊長は気に入った服を発見したのかミナセの視線にまったく気づく様子はなかった。むしろ気づいてはいるが意図的にこちらを見ないようにしている気もする。クータローも同情の目は向けているが、関わりたくありませんと後ろを向いてしまった。
「2人共、落ち着いて。ボタン、そんなにキラキラした派手な服は俺にはちょっと……。コアもそんなビシっとした服は旅にむかないからね。気持ちは嬉しいけどお店の人に迷惑になるからその辺でやめようね」
サイズの関係上、子供服なのだがダンスパーティに行くようなドハデ服に、礼服ばりのぴっちりした服ばかり渡されて2人のセンスには期待しないことにした。
「ご主人、何か動きやすくて俺に合った服ってありますか?」
聞き入れてくれない2人はほっといて、ニコニコしている若主人に尋ねることにした。こんな騒がしくしているのにも関わらず、服屋の若主人は笑いながら1着の服を差し出した。
「これはある貴族の息子が魔法使いに憧れて、仮装用に作った服でね。あれこれ注文されながら苦労して作ったのにやっぱり剣士がいいと言って返品されたローブなんだ……。その分の代金は頂いたんだけど、高い生地で仕立ててあるから値段も他よりは張るんで、ずっと売れ残ってたんだ。君にサイズは合ってるしローブなら旅もし易いと思うよ。それにその貴族、猫好きだったもんで頭の所に耳もついてるでしょ? 君に似合ってるんじゃないかな……お金が許すのであればなんだけど……」
そう言いながら若主人は青く縁の部分に金の装飾が施された猫耳ローブを見せてくれた。貴族が遊び用とはいえ頼んだ服なので、確かに生地もしっかりしていて申し分ない。まるでミナセが着るために作られた服のようだ。
ボタンもコアも悲しそうな顔をしただけで特に文句は言ってこなかったので、ミナセはこれを買うことに決めた。と、いうよりも早く決めてこれ以上若主人に迷惑をかけたくなかった。猫達も服に興味があるようだったので、本人達に好きなものを選ばせて更衣室で着替えた。
ボタンは赤が基調で露出度が高く胸や足をさらに強調した服を選んだ。これじゃ元の服と過激度は変わらないんじゃ……と思ったが、本人がこれがいいと言うので買うことにした。コアは白が基調の足に大きくスリットが入った服を選び、ボタン程ではないにしろこちらも男性達の視線を集めるには十分の服だった。チュータローとクータローは黒を基調とした動きやすい服を選んだ。
服選びがこんなに疲れるなんて……。てか皆、センスのいい服選んでるのに何で俺の選ぶ時だけあんなんだったんだよ。
1人愚痴りながら若主人に謝罪をし教えてもらった武器屋に向かった。ここでは乙女心をくすぐられなかったのか女性陣は大人しくし、対する男性陣は賑やかに……なると思われたのだが、全員使えればいいといった感じで特に騒がしくなることもなかった。
基本、全員が魔法を使えるため防具は欲しいが武器などいらないと思っていたようだ。だが武器にも魔法を付与することができるらしく、武器を持つ魔法使いはよくいると店の主人に言われた。
確かにいくら肉弾戦も強い猫とはいえ、不測の事態やいつも距離をとって戦える訳ではないのだから、武器もきちんと選んだ方がいいのだろう。だが、元猫、元サラリーマンに武器の良し悪しが分かる訳もなく、主人の意見を参考にしながら直感で合いそうな武器を各々選んだ。
だって、どれも使ったことないし……。
チュータローは弓、クータローはククリナイフを2本、コアはレイピア、ボタンはナックルを選んだ。皆、身体能力も高いため自分の動きに合った武器を選んだが、ミナセ自身は元の体に毛が生えた程度しか身体能力があがっていなかった為、魔法使いらしくワンドを買った。そんなものはなくても魔法は使えるが自分だけ何もないのは少し寂しかったのだ。
そこまで必要なのかと聞かれたらムダの一言だが「ファンタジー世界で冒険するなら格好はこうじゃなきゃ。それに疲れたら杖代わりになるじゃないか!」とミナセが強く主張したためこうなった。
「だから疲れたら私が抱っこを……」
コアがそんな事を呟いていたが、無視するとしよう。
さて目的の防具は揉めに揉めた。ミナセは防御力が高い鉄のプレートアーマー、もしくはお金に余裕があるのでミスリル製のプレートアーマーを猫達にすすめた。だが、猫達からはそんな重いものをつけていたら動けないと猛反対され、渋々納得したミナセは防御性は薄いが動きやすい革鎧を買うことにした。
正直、気休め程度の防御力しかないがクータローの「……最大の利点、俊敏性……これを阻害する防具なら付けないほうが怪我しない……」と言ったのでミナセは折れたのである。
「何かファンタジーだなっ。ちょっと俺テンション上がってきたわ」
すったもんだはあったがいざ全部装備してみると、実に様になっていた。ミナセの中の少年の心がくすぐられてしまっても仕様がないだろう。
「ふふっ、ご主人よかったですね」
ようやく冒険者らしい格好にもなり、腕輪のお陰で揉め事も少なくなったミナセは今にもスキップでもしそうな勢いだ。そんな主人をコアは微笑ましい気分で眺めていたのだった。
さて、ミナセがこのまま歩くのは恥ずかしいと言ったので買い物を優先させてしまったが、本来なら1番最初に向かわなければならない場所がある。そう朝支払えなかった代金を払うため宿屋に向かった。
誤解とはいえ何だか気まずいと思いながら、ミナセは宿屋のウエスタンドアを開いた。店の主人はカウンターで作業をしていて入った瞬間に目が合った。だが、ミナセが謝罪するよりも早く主人は店内に響き渡る声で謝罪してきたのだった。どうやら衛兵ギルドから連絡がいっていた様で「悪いことをした」と逆に主人は盛大に頭を下げたのだった。
誤解もとけたし装備も揃った! ようやくサチ探しに専念できるなっ。
宿屋で支払いを済ませた足でそのまま冒険者ギルドに向かった。昨日と同じカウンターで人探しの依頼を発注するためだ。昨日とは違う受付嬢は人探しの依頼について詳しく説明してくれた。報奨金は先にギルドに払い、達成すればそのまま冒険者に、失敗すれば発注者に戻る仕組みのようだ。至急探してほしかったミナセは基本の人探しの相場より高めにお金をだした。「高すぎると探す人は増えますが、誤った情報も多くなるので程々にした方がいいですよ」と言われた。
「依頼が達成しますとそのプレートから冒険者様に連絡がいきます。今回は人探しの依頼ですので情報のみの場合は報奨金の2割が冒険者に支払われる形になります。その情報に誤りがあったり、虚偽の報告をした場合は報奨金はなしです。その場合はまた依頼書を掲示板に貼り直し、再度他の冒険者に受けて貰う形になります。依頼書が貼り直されると言っても、探し人の欄には常に載っていますのでご安心下さい。あと虚偽の報告をした冒険者様にはペナルティが課せられます。逆に依頼者様が正しい情報なのに誤りがあったと虚偽の報告をした場合、20ゴールドの罰金を支払ってもらいます」
「冒険者側のペナルティとは何なのですか?」
「ランクの降格または剥奪になります。剥奪された冒険者様は2度と登録ができなくなっています。それに降格の記録は残りますし、そういった信用度の低い冒険者様には依頼が受けづらくなります」
……でも虚偽の報告とか、そんなの誰にもわかんないんじゃ。俺はしっかり調べたのに嘘の情報をつかまされたーとか言えば何とでもなるような。
「情報の正確性については、ギルドにある【審判の秤】で調査しますのでそこは大丈夫です。なので情報が依頼者様にいった時点で正確な情報だと思ってください。罰金に関しては念のため規定してるにすぎません。たまに【審判の秤】の存在を知らずに文句を言ってくる方がいるので、そんな人達に設けられた規定といってもいいですね」
ミナセの心を読んだかのように受付嬢が説明してくれた。【審判の秤】とは紙に書かれた情報が本当か嘘かを見極めてくれるらしい。もちろん全ての真偽を定かにできる程万能ではないらしい。天才的な詐欺師や嘘を真実だと心から信じている場合は、間違った情報でも真実と判断する事もあるようだ。ただ滅多にあることではないので、そこまで心配しなくても大丈夫だと言われた。
「なるほど……わかりました。では依頼の方よろしくお願いします」
無事に依頼の発注も終わり、今度は遺跡に向けて雑貨や食料を調達しにいった。なるべく日持ちするものを探していたら店の主人に「ん? 【商人の懐】の中だったら時間の概念がないから生物でも腐らないよ」と言われ、危惧していた干し肉生活から免れる事ができたのであった。
買った食料はバッグに全部入れ、地図を開いた。これはココナッツ村で貰ったものではなく、冒険者ギルドが発行しているものだ。地域以外にも遺跡や神殿の場所が載っていて、前のより細かく記された地図である。
先程、サチの依頼をする時に遺跡についても話しを聞いていた。遺跡とは地図にも普通に載るぐらい周知の事実のダンジョンで、魔物も多く攻略が難しい。中々奥に進むこともできずそこで若い冒険者は命を落とす事が多いそうだ。その分、最下層まで到達すると1つで一生暮らせていける様なお宝があったりし、冒険者にとっては遺跡の攻略は夢の1つだそうだ。
どんな仕組みか解明されていないが攻略された遺跡はそのまま壊れていくらしく、今から行こうとしている遺跡がなくなっていないか心配だったが、受付嬢に「そこままだ攻略されていませんよ」と言われたので一安心した。
ダンジョン攻略ってゲームのメインだよな。ワクワクしてきたなぁ。
移動するには遅い時間ではあったが、早くサチを探したいという思いもありそのまま出発する事にした。冒険者らしい服装にダンジョンという見た目と言葉の熱に浮かされて、ミナセはウキウキ気分で遺跡へと向かった。
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