第11話「しょうかいギルド」

 ブレイクに連れられて来たのは他のギルドとはまた違い、入り口は門になっておりそこにに馬車や荷車がひっきりなしに出入りしていた。奥には大きな建物があり、荷物を運んだり建物の入口に列をなしたりなど、馬車も人々も実に忙しない様子だった。日本に居た時の卸売市場に大きな建物がくっついた感じが1番近いかもしれない。


そんな荷物の間を縫うように歩きながらミナセも猫達も、周りをキョロキョロと見渡していた。


「すごい賑わいですね」


「そうだな。ここには、この国の食料や物の流通を担ってるからな。商人達も自分の商品や顔を売ったりで大忙しだ」


 商人がこの国でなにか商売を始めようとした時、まずは商会ギルドで認可してもらわなければならない。商品が法に触れるものではないのか、適正な価格で売られるのか調査が終わると、そこから出店場所や資金の援助などをしてもらうのだ。飲食街にあった小さな露天だって、商会ギルドから許可を貰わなければ、商売を始める事はできないのだ。役所と銀行が合わさった機関だとミナセは思った。


 建物に入ると広場の様に開けた場所だった。その中ではこれからの期待に目を輝かせた人達が、カウンターに行列を作っていた。カウンターから戻ってくる人達は喜びに満ち溢れていたり、苦い表情を浮かべたりと様々だ。そんな人混みをかき分け忙しそうに走り回る少年をブレイクは捕まえ、何かを話すとミナセ達にこっちに来るように手を振った。


 少年はミナセ達を一瞥すると、カウンターの横にある扉に案内された。扉の奥は先程の賑わいとはうってかわり、静かで落ち着いた雰囲気であった。複数あるうちの1番奥の扉の前に案内をしてくれた少年は、ブレイクに一礼するとまた喧騒慌ただしい広場へ戻っていった。


ブレイクは小さくノックをすると返事を聞く前に扉を開けた。


部屋に入ると重厚な机に書類の山を置いた、金髪を綺麗に整えた目つきの鋭い男が座っていた。何となく日本にいた頃のミナセの机の上に似ていた。もちろんミナセは量産型のスチールデスクで、こんな立派な机ではなかったのだが。

無遠慮に入ってきた人物を確認すると笑う様に目を細めた表情は、実に様になっていた。だがミナセには爬虫類が笑うふりをしている様に感じ何となく苦手だなと思ったのだった。


「こいつは商会ギルド長のフォートナーだ。まだ若いが商売の腕はたしかでこのギルドをここまで大きくした奴だよ。こいつのお陰でこの国もだいぶ潤ってきたんだ」


「ハハハ、ブレイクさんそれは褒めすぎですよ。私はただがむしゃらに走っていたら周りが支えてくれただけです。優秀な部下に感謝です。しかし相変わらず何も連絡をしないで、この部屋を訪れるのは困りましたね」


ブレイクのこのやり方はいつもの事なのだろう。困るとは言っているものの、そこには多分に諦めの感情が見えていた。


 謙遜はしてるけどそれが本心から言ってるように見えない……。これが商人ってやつなのか? せっかくの男前なのに、何考えてるか分かんない雰囲気で女性関係は損してる感じだな。


「……何か蛇みたい……」


「クータロー失礼ですよっ。申し訳ございません、しっかり言い聞かせますので……」


 クータローの失言にもコアの謝罪にも表情を変えず、フォートナーは薄っすらと微笑んだ。自分がどのような印象を持たれているか理解している感じだ。そのままフォートナーはブレイクに視線を戻すと今回の要件を促した。

まるで笑顔の仮面を被ってるようだとミナセはさらに警戒心を強めた。ブレイクがすすめるぐらいだから確かな人物なのだろうが、何となく苦手な人種なのだ。


 そんなミナセの心情を知ってか知らずか、ブレイクは大金を得た経緯は話さず換金して欲しい旨だけ伝えた。それを聞いたフォートナーも特につっこむ事もなく用件を聞き終わると快く承諾した。


 何も聞かないんだな。信頼されてるってことかな?もちろん、ブレイクギルド長がね!


 何枚かのプラチナ硬貨をカッパーやシルバー、ゴールドに変えてもらい換金はすぐ終わった。全部ではないにしろここまでの大金をあっさり換金できるあたり、この商会の大きさが伺える。

だがここで新たな問題が発生してしまった。全て同じような硬貨なためかなりの量になってしまったのだ。さすがにミナセが持っている革袋には入り切らず、どう運ぼうか猫達と相談しているとブレイクから質問が投げられた。


「おいお前ら、魔法が使えるなら【商人の懐】は持ってないのか?」


「え、【商人の懐】ってなんですか?」


 謎の単語に頭を捻らせているとフォートナーが【商人の懐】について説明をしてくれた。


「簡単に言うと持ち主の魔力レベルによって内容量が変わる荷物入れですね。魔法石が付いていてそこに魔力を注ぐと【商人の懐】といった荷物入れに変わるのです。魔法使いなら必ず持っているもので、討伐などにでる冒険者なんかはパーティに必ず魔力をもっている者を入れて、その荷物入れに食料など入れて持ち歩くのです。大体は荷車に乗る程度にしかならないのですが、荷車を引くよりも身軽になりますし重さも感じないので、ないよりはだいぶマシになりますね。魔力を持たない者からしたら、ただの荷物入れなので安値で売っているのも皆さんが持つ理由の1つですね。ここにも魔力を注ぐ前のものはありますので購入しますか?」


 ○次元ポケットみたいなものか。お金も入り切らないし買って損はないな。


「ぜひお願いします」とミナセが言うとフォートナーは一旦、部屋から出ていき両手で抱えられるぐらいの箱を持って帰ってきた。


 ミナセの革袋を見てフォートナーは箱からポーチサイズの新品の荷物入れを取り出した。その真ん中には小さな宝石のようなものが輝いており、そこに手を当てるだけで大丈夫だと説明された。

さっそく硬貨と引き換えに受け取り手をかざしてみると、魔法石が光はじめ体から何かが吸い取られる感じがした。魔法を使った時とは違った感覚だな、とミナセは思いながら光る魔法石を眺めていた。その感覚がなくなってくると魔法石は輝きを失い、完全に光がなくなると途端に壊れた。


「え! どうしよう壊しちゃいましたっ」


 まさか買ってすぐに壊すと思ってなかったので思わずあせって周りを見てしまった。購入済みなのだから問題はないのだが、用意してくれたフォートナーの前でさっそく壊してしまうのは、何とも心苦しい。それに心なしか猫達が残念な目で見てるように感じたが、きっと気のせいではないだろう。


「ハハハ……おっと失礼。魔力を注ぎ終わると壊れるようになっているのですよ。こうして魔法石が壊れた荷物入れは他人には開けれない仕様になっています。他の方々も魔力をお持ちでしたらお好きな荷物入れに魔力を注いでみてください」


 そう言われ猫達は各々、好みの荷物入れを箱から物色しはじめた。皆、機能性よりも機動性を重視したのかミナセと同じような大きさを選んでいた。そしてミナセと同じ様に魔法石に手をかざし、魔力を注ぎ終わると腕や足腰に装備した。

どれも荷物入れ自体は小さなものなので、大きなものをしまう時はどうすればいいのか聞いてみると、どうやらそれを超えるものを入れようとすると合わせて口が広がるらしい。


 なんて便利なバッグなんだ! ゲームでもインベントリは必需品だしね!


 魔法に続き、ゲーム内で見たようなファンタジー要素に感激し、ミナセは革袋の時と同じように肩掛けにした荷物入れに換金したお金をしまった。猫達にも困らない程度にお金を渡し、無事換金は終わった。


「ありがとうございました。これで街でも問題が起きなくてすみます。……そういえばフォートナーギルド長は私がしゃべっても何もいいませんね?」


ブレイクがいるので流れでここでも声を出していたが、何も言ってこないなら言ってこないでミナセは気になってしまった。


「フォートナーでいいですよ。これでも商人ですから情報は私達にとってとても重要なものなのです。情報の正確さはもちろん早さも大切でして……。美男美女を引き連れた白猫の話しはすでに聞いてましたから」


侮るなかれ異世界の情報網である。こんなに話しが出回っているのなら、もう気にせずしゃべってもいいのではないかと思ってしまった。


「そうでしたか。あ、自分の事もミナセと呼んでくださいフォートナーさん。怪しげな猫に親切にして頂き感謝します」


 親切にしてもらい親しげな呼び名になったが、ミナセはやっぱりフォートナーに対する苦手意識は抜けなかった。ブレイクとは違い何か壁があるように感じてしまうからだろうか? 何というかヤリ手の営業マンを相手にしている感じがするのである。


ミナセが勤めていた会社にも営業部があったので、事務方だったミナセは書類関連について話す機会が多々あった。倫理を通すために嘘ではないが、うまい具合に騙され失敗はミナセの責任になる。そんな事が少なくなかった為、何となくこういった雰囲気の御仁には警戒してしまう。もちろん、ちゃんと確認をせず抜け穴に気づけなかったミナセにも責任はあるのだが、気持ちはそれとは別だ。


「俺からも礼を言うよ、ありがとな」


「いえいえ、このような有名人に恩を売れる機会をくださって、こちらからもお礼を。ミナセさんもまた何かありましたら、商会ギルドを頼ってくださいね。そちらの美男美女も、こんな顔つきでよく怪しまれますが、商売に関する依頼はしっかりこなしますのでご贔屓に」


 クータロー以外は嫌そうな顔をしたがそれも気にせず、にこやかな笑顔を崩さず別れの挨拶をした。元猫からしたら蛇の様な男はそれだけで嫌なのだろうか?


 あぁ、営業マンで思い出した。うちの会社にいたトップの営業マンに雰囲気がそっくりなんだ。あの人にはよくしてやられたからなぁ……。あぁさらに苦手になってきたかも……。


あの手この手で書類を通そうとしてくる営業マンの中でも、その人は別格だった。その回数もさることながら隠すのも上手い。上司の覚えもよく何か起きても必ずミナセのせいにされていたのだ。何度文句を言ってもうまい具合に逃げられてしまい苦手と思いつつも、立ち回りのうまさに舌を巻いたものだ。


苦い思い出を思い出しつつ、フォートナーと別れブレイクと商会ギルドを後にした。




「ブレイクギルド長もありがとうございました」


「困った旅人を助けるのも衛兵の勤めだ、気にするな。おっと、お前らは冒険者だから冒険者ギルドに任せればよかったかな? ハッハッハ! それと俺のこともブレイクでいいぞ。堅苦しいのは苦手だ」


気のいいおじさん風のブレイクは、冗談めかして言ってきた。先程までフォートナーを相手にしていたからか、その笑顔にミナセは心が和んだ。


「了解ですブレイクさん。それと1つ聞きたいのですが、サチという名前の迷い人を知りませんか? たぶんなんですが、見た目はおばあちゃんだと思うのですが……」


 探している人の姿も分からないなど、間抜けもいいところだが分からないものは分からないので正直に話すしかなかった。ブレイクは“たぶん”の部分に疑問を感じたようだが、そこはつっこまずに記憶を探りだした。


「サチ……んー、聞かないな。この辺にいるのか? 王国領土は広いし年寄りならそんな遠くにも行かないだろう……。領土内だったら俺の元にも話しは来るが、領土の外になると俺の元に情報が来るまでちっと時間がかかっちまうなぁ。まぁ、わかったら冒険者ギルドにでも報告しておくよ」


 ここでも情報なしか。後は遺跡にあるって言う魔法具マグナか……。並行して冒険者ギルドにでも依頼してみようかな。


当初の目的であった衛兵ギルドでサチの情報を聞くは叶ったのだが、結果はいいものではなかった。これは本当に遺跡に行くしかないかと考えていると、いつの間にか衛兵キルドに戻ってきていた。


「じゃあ俺は仕事があるからここで。もう捕まるなよミナセ!」


「はい、もう捕まりません」


 何だか悲しい宣言をしブレイクと別れたミナセ達は、衛兵ギルドから少し離れた噴水がある広場のベンチでこれからの事を相談しようと輪になった。取り調べを受けてからずっと立ちっぱなしだった足は、ベンチに座るとどっと疲れがでてきた。


「さて、お金の問題も解決したし、このお金で冒険者ギルドに探し人の依頼をしようと思うんだ。そんなすぐには情報は集まらないかもしれないからその間、遺跡ってやつに行って人を探す魔法具マグナってのを見つけようと思う。もちろん遺跡って場所がどれぐらい危険なのかも分からないから、そこは要確認なんだけど、ただ待っているっていうのも何だかなぁと思ってさ。どうかな?」


「なるほど……。そうですね、待ってるだけでは時間がもったいないですし、いい考えだと思います」


 コアにそう言われると何だか自信がもてるな。


「僕達、強いしーあっという間に魔法具マグナみつけてちょちょいのちょーいだよー」


 チュータローさん、ちょっと何言ってるかわかんないです……。


「そうそう、それにちょっとは運動しないとねぇ。こんな人混みにずっといるなんてあたし無理っ」


ボタンは猫の時からほんと活発だよなぁ。


「……ご主人についてく……」


クータロー! なんてできた子なんでしょう!


「冒険者ギルドでも俺達なら大丈夫って言われたけど、さすがに何の準備もしないで行くのはどうかと思うんだ。だから装備を買いたいんだよね。皆にもなるべく傷つかずにいて欲しいし。コアとボタンもずっとその服装だと、ね。それにね……忘れてるかもだけど、俺服買いたい。……あぁそんな話しもあったなって顔しないでね! 俺ずぅぅっと気にしてたからねっ。それなのにこんなに連れ回されて、とんだ羞恥プレーだよっ」


 顔を真っ赤にし涙ぐむミナセに対し、猫達は笑い出しそうなのをこらえ一生懸命なだめるのであった。

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