第10話「えいへいギルド」
--コンコン
扉を誰かがノックする音で、ミナセは目を覚ました。まだ寝ているクータローの腕をどけて、音の正体を探しているともう一度、コンコンと扉が叩かれた。
「ふぁぁ……。はーい、どなたですかー?」
あくびを噛み殺しまだ寝ている猫達を起こさないように、小さな声で返事をした。
「あ、おはようございますぅ。朝食の準備ができてましてぇ皆さんが最後なので、声を掛けさせて頂きましたぁ」
扉の向こうから昨日の店員らしき声が、朝食の知らせを届けてくれた。最後と言うことは自分達はだいぶ寝坊をしてしまったのではないかと思い、一気に目が覚めた。
「えっ。すみません、急いでいきます」
「いえいえ、時間は特に決まってないんですけどぉ、やっぱり温かいうちに食事にしたほうがいいかなぁって。なので気にせずゆっくり準備して下さぁい」
曇ったガラス窓を少し開けると、太陽はまだそこまで高くなっていなかったのだが、この世界の人々は朝が早いようだ。温かいうちにとせっかく呼びに来てくれたのだから、まだ丸まる皆に声をかけ起こした。人の姿なのに猫の時と変わらず丸まって寝る姿は何とも微笑ましい。
ガランとなった1階に降りると寝起きに優しい香りが鼻をくすぐってきた。カウンターに並べられていたのは、まだ湯気が立ち上る温かい色味の薄いのスープに、炒めた卵と野菜が混ぜられたもの、少し硬めの黒パンだった。見た目は質素だが昨日のおいしい夕飯を思い出して期待は膨らんだ。食べながら店の主人と猫達が談話していた。猫好きの主人はチラチラとミナセの事を見ていたが、なるべく声を出したくないので悪いと思いながら期待通りの食事を口に運びながら努めて気づかないふりをしていた。
「ねぇねぇ、おじさーん。サチって名前の人ここら辺で見なかったー?」
雑談しながらしっかりとサチの情報を聞く姿は何とも頼もしい。
「んー……聞いたことない名前だな。探し人か? 見かけたら冒険者ギルドにでも報告しておくよ。兄ちゃん達は冒険者だろ?」
「あたし達が冒険者ってよくわかったねぇ。長年の勘ってやつ?」
「と、言いてぇ所だが首にかかってるプレートが見えたもんでな。まだビギナーか……無茶な依頼を受けて死なねぇように気をつけるこったな」
ガハハと豪快に笑いながら、主人は食べ終わった食器を下げた。初めは少し恐い印象があったが、会話を聞く限り中身は優しい主人の様だ。食事の前に出発の準備は終えてきたので、そのまま勘定し店を出ようとおもったのだが……
「じゃあ料金は昨日言った通り、4シルバーだ」
ミナセは革袋からお金を取り出し主人に渡した。村で貰ったシルバーでは足りなかったし、リリィの両親から貰ったお金にはまだ何となく手を出したくなかったので、何も考えずグランダーレ公爵から貰った1プラチナを出した。だがこれがいけなかった。
そう1プラチナは日本円で1億円。4千円の請求に対し、1億円で払おうとしたのだ。まず、いくら流行っている店とはいえ1プラチナを出されて、お釣りを返そうにもそんな大金はない。それに、ビギナーの冒険者がプラチナ硬貨を持っているのは普通ありえない。村でも聞いた通りこんなものを持っているのは大貴族ぐらいなものだからだ。
低ランクの冒険者がプラチナ硬貨を持っているなんて、どっかの貴族が遊びがてら冒険者をしているパターンか、もしくはどこかで盗んできたかだ。大体は後者を疑われるし、今回もやっぱり後者を疑われた。
「おいおい……兄ちゃん達、何でこんな高価なもんもってんだ? いくら世間知らずだからって盗みがダメってのもわかんねぇのかっ」
常識はずれの行動に、すごい剣幕で怒鳴ってくる主人を見てミナセは自分が犯した過ちに気づいた。
うわっ、俺のバカバカ! そうだよこんな大金持ってたらおかしいじゃんか。普通のコインと変わらない大きさだから、何にも考えなかったよ。しかも盗んだとか言われてるし……公爵の話しもできないし、どうしよう。
「いえ、違うんです。これはとある貴族様がいろいろ迷惑をかけたから、とくれたお金なのです。私達は決して盗みなんてしていませんっ」
コアが一生懸命説明するが、主人は「そんな夢みたいな話しあるか!」とまったく聞き入れてくれず後ろに居た店員に声をかけ衛兵を呼ぶことになった。愛しの殿方がもしかしたら盗人なのかと信じられない表情を浮かべた店員は、青ざめた表情で衛兵を呼びに外に走っていった。
「……僕達、捕まる?……」
「で、どこから持ってきたんだこの金は?」
「何度言えばわかるのこいつー。だーかーらー盗んだんじゃなくて貰ったんだよー。僕こーいう話し通じないやつきらーい」
チュータローはぷりぷりと怒るとぷいっと横を向いてしまった。
--バンッ
「何だとっ、この盗人風情がっ! 手癖が悪いやつは口の利き方も知らないんだなっ。ここじゃラチがあかないギルドに連れていけ」
リーダーらしき衛兵がチュータローの一言に声を荒げ、木の机を思い切り叩いた。あの後、衛兵が呼ばれもう一度説明をしたが信じてもらえず、そのまま宿屋の1階で取り調べの様なものが始まってしまったのだ。
目の前の衛兵は後ろに控えていた衛兵に言うと、ミナセ達を衛兵ギルドに連行しようとした。猫達がにわかに殺気を出したが、ミナセの制する様な視線に渋々、大人しくなった。
あぁ……本当に何一つスムーズに事が進まないなぁ。サチを探したいだけなのになんでこうなるんだよ。ここの世界の人達は基本話しを聞かないって性質でもあるのかな。それにしても怒りながらコアの足やボタンの胸をチラチラ見る姿は、ちょっとイラってくるな。
猫達に熱烈な視線を送っていた衛兵は、店の主人にいろいろ説明をしていた。鉄柵のついた馬車に詰め込まれ、無理矢理腕を縛られた怒り顔の猫達をなだめながら、ミナセ達は望まぬ形で衛兵ギルドに向かうことになったのだった。
冒険者ギルドは木造建築だったのだが、衛兵ギルドは石壁に鉄扉、鉄柵とやや物々しい雰囲気の建物だった。もう見た目だけで逃亡する事はできないといった雰囲気だ。それに冒険者の様に筋肉質で厳つい男が多かったが、違うと言えば皆同じような鉄の鎧を着ている事だろうか。顔つきも冒険者より険しく、皆ミナセ達を冷たい視線で出迎えてくれた。
そんな建物の一室にミナセ達は入れられ、宿屋で繰り広げた押し問答をここでもやっていた。取り調べ室の様に殺風景な部屋で、鉄柵のついた明り取りの窓から太陽がどんどん高くなっていくのが見えた。一向に進まない話にこのまま一生続くんじゃないかと思ったが、それは新しく入ってきた衛兵により終わるのだった。
「どうも、衛兵ギルド長のブレイクだ。お前達は下がっていい、ここからは俺1人で話をする」
他の衛兵とは違った黒い鎧を身に着け、頬にある傷がよく似合った渋い男だった。ブレイクと名乗った男は今まで聞き取りをしていた衛兵に部屋を出るように促すと、ゆっくりと室内に入ってきた。
「はい! …………おいおい、あいつら無事に話しが終わるといいな」
部屋を出ていった衛兵達がヒソヒソと話す内容がミナセの耳に届き、これから何が起きるんだとさらに不安が広がった。ミナセは衛兵が話した内容を聞いてブレイクに警戒心を高めたが、猫達は男から醸し出される雰囲気に警戒心を高めた。
ブレイクはそのまま椅子に座るとまじまじとミナセの顔を見てきた。
「さてと、まずは盗みの件ではなく1つ聞きたいことがある。そこの白猫、お前しゃべれるってのは本当か?」
「え……」
悪いと思いながらも猫達に任せずっと黙ってきたミナセだったが、ブレイクの一言に声を出した。
「本当のようだな。不思議そうな顔をするな、王都門に冒険者ギルド、街でもチラホラしゃべってただろう? そんだけ声をだしてりゃ隠そうってのが無理がある。それにここは衛兵ギルドだ。不審なものが王都に入ってくれば嫌でも耳に届くさ」
「すみません、隠すつもりはなかったのですが……。どうやらここでは猫がしゃべると厄介事に巻き込まれる傾向がありまして。なるべく声は出さないようにしてたんです」
しっかりとバレていた。ミナセは知らなかっただろうが、王都門にいる兵士は何か不審な事があれば衛兵ギルドに報告する。その報告は重要なものと判断されるとギルド長にまで報告がいくのだ。今回は衛兵全員に報告が行き渡っていなかったが、ギルド長であるブレイクの耳にはしっかりと届いていた。
「だろうな。しゃべる獣なんて魔物の類と間違われてもおかしくない。獣人族の国にいけばもしかしたらいるのかもしれないが、俺だって見たことないんだ。……しゃべる獣か。グランダーレの馬鹿あたりが飛びつきそうな話しだしな」
--ギクッ
「ん? ハッハッハッ、何だすでに目を付けられてたのか。それはお気の毒に。なぁに、これは耳に届いたんじゃなくてあいつはそういう人間だって周知の事実なんだよ。側近のやつらが上手く隠しているから、表沙汰にならないだけで滲み出る馬鹿は隠せないからな。で、ここまで俺が知っている上で聞くがその金はどうしたんだ?」
ブレイクは意外に話しが分かる人なのかも。
コアが説明しようと口を開きかけたが、ミナセはそれを制し自分で話すことにした。王都門の兵士から情報が漏れた事、闇の仕事を請け負う冒険者に拐われグランダーレ公爵が黒幕だった事。秘密にすると約束はしたが、このままのさばらせればまた事件は起きるだろう。それにその約束を守って牢屋に入るほど、ミナセはお人好しではない。猫がスラスラしゃべる内容は王都を守る衛兵として頭を抱える様な事ばかりだった。ブレイクは少し目を見開いたが、説明をちゃんと聞き少し考えるように目を伏せた。
「ったく、王都門にも繋がってるやつがいたのかよ。それに裏の仕事をする冒険者か……こりゃあの人とも話さないとダメだな。グランダーレがそういう事をするのに疑問はないが、そこの綺麗な顔のお嬢ちゃんと女みたいな顔をした坊っちゃんが、公爵直属の護衛を倒した? しかも全員、魔法が使えるだと? ハッハッハ、そりゃすげぇな。あいつらは腕っ節だけならかなりのもんだ。特にグランダーレにいっつもくっついてる護衛は中々手強いと聞いているが……そいつらを倒したねぇ」
見た目だけなら猫達は暴力とは無縁そうな美男美女だ。さすがに元猫で身体能力も人とは違うんですとは言えるはずもないのだが。
「グランダーレの件は本来ならそんな取引をせず、衛兵ギルドまで持ってきて欲しいところだったが、終わっちまったもんはしょうがない。それとも今、被害を訴えれば俺達はあの馬鹿を捕らえる理由ができて助かるんだが……どうする?」
「いえ、ブレイクギルド長には悪いのですが……今話した内容に嘘はないと誓います。ですが、自分発信で公爵を捕らえるのは……まだ世間に疎い俺達はこれ以上厄介事に巻き込まれたくないんです。情けない事を言っているのは理解しているのですが……」
何とも自分勝手な言い訳である。それはミナセも理解していた。グランダーレ公爵をかばってまで牢屋には入りたくない。でもその件でグランダーレ公爵を捕らえられると、また自分達に被害が及ぶかもしれない。卑怯な考えに胸が痛むが、ミナセ達の目的は早くサチを探して元の世界に戻る事だ。この世界の厄介事はこの世界の住民達だけで解決してほしいと思ったのである。
「そうか、お前らなら何が来ても倒せそうだが……まぁ、グランダーレの事は俺達の落ち度だ。変な責任負わせ様としちまって悪いな。お前が言ってる事は何も間違ってねぇよ、だから気にすんな。馬鹿は何するか分からんしな」
本当は被害者も目の前にいることだし、このままこの案件でグランダーレ公爵の元に行きたいのだろう。だがブレイクはミナセ達の苦労を考えるとそれはやめておこうと決めた。これは何かしていると知っていながらも今まで手が出せなかった、自分達が悪いのだと判断したからだ。
「じゅんちゃーん。このおっさんはおバカじゃないみたいだよー。よかったねー、ここの人達おバカしかいないのかと思ったよー」
ホッとしたのもつかの間、チュータローの発言に肝を冷やしたが、それを聞いたブレイクは豪快に笑った。
「ハッハッハッ、王国の恥でお前達を困らせたくないしな。で、金の件だが街中でそんな大金だしたら問題になるってのはもう分かったよな? 普通は盗人って思われるのがオチだ。部下を庇うわけじゃないがそんな大金貰いましたなんて信じないもんなんだよ。それで、だ。金を盗んだんじゃないと分かればそれをどう使おうが自由だ。だがそのままだとまた問題が起きるし、お前らだってこんなこと何回もしたくないだろう? 俺が商会ギルドに口を聞いてやるからそこで換金してこい」
何だこの人、話しが分かるどころかいい人じゃん!
一般人が商会ギルドで換金ができるのは少額のみ。大金をいきなり持って行っても今回のような事が起きるだけである。ただし、信用がある人物からの紹介があれば問題がない。なので基本、大口の取引などが起きた場合は支払った側と受け取った側がセットで換金しにいく。今回は支払った側が出てこれない状況なのだが、衛兵ギルド長からの紹介であれば間違いなく換金できると言われた。
公爵はそういう事も知ってて渡したんじゃなかろうか、と疑うミナセだったが何とか犯罪者の称号は貰わずにすんだ。この世界も悪い事ばかりじゃないなとミナセは思った。
「あぁ、それと忘れていたがお前さんがしゃべると問題が起きる。さっきも言ったがしゃべる獣は魔物の類だからな。そこでだ、この世界にはありとあらゆる
そう言いながら金で美しく細工された腕輪を渡してくれた。
「おぉ! ありがとうございます。会って間もないのにこんなに親切にしてくれるなんて。ブレイクギルド長はいい人なんですねっ」
「よせよせ、俺は忙しいからこんな些細な事で仕事を増やされたくないだけだ」
ぶっきらぼうにそう言い放ったが、ミナセにはそれが照れ隠しのように見えた。
得体もしれない冒険者にも親切にしてくれるなんて、この世界の警察機構は案外しっかりしているのかも……。いや、日本の警察がどうこうとは言わないんだけどね。
晴れて釈放されブレイクギルド長に連れられ商会ギルドへと向かった。思ったよりも早く部屋から出てきたミナセ達に外にいた衛兵は「まさか、あいつら処刑でもされるのか……?」とヒソヒソ話していたが、チュータローとボタンが舌を出しベーっとやると顔を真っ赤にした。
ご丁寧にそんな時でもボタンの胸に視線を落とすのを忘れなかった部下を見て、ブレイクが小さなため息をこぼした。
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