第7話「ゆうかいじけん」

 ギルドで冒険者登録が終わったミナセ達は、まずはお腹を満たすべく飲食街の屋台で各々、好きなものを買って食べていた。ギルドでも聞いていた通り食べ物に関しては、非常にリーズナブルになっておりその分雑貨や装備などがやや値が張るようだった。

 そのお陰でミナセも含め他の4人も各々気になったものが買えたのだ。少ない金額でもお腹いっぱい買える事を聞いた猫達は、目を輝かせながら食事を楽しんでいたのだが、その中でも意外だったのがコアだ。


「ご主人っ。あの甘い香りがするものはなんですか、気になります!」


 最初は引率の先生みたいだったコアが、何だかんだで1番はしゃいでいた。しかもどうやら甘いものがえらく気に入ったらしく、店ごと買い占めそうな勢いでミナセにおねだりしていたのだ。キリッとした雰囲気はどこにもなく、スイーツ巡りをするOLの様に大はしゃぎしていた。


「コアさんや、美味しいのは分かるんだけどね、うちそんなにお金がないから……ね?」


「ハッ!! すみません私とした事が……」


 と言葉は申し訳なさそうにしているのだが、顔はこの世の終わりかってぐらい絶望していた。後ろ髪を引かれながらもトボトボと戻ってきたコアを、チュータローとボタンが笑ってからかっていた。


 まぁ、でっかいタンコブが2つできあがった結果に終わったのだが。


「まったく。じゃあ2シルバー上げるからこれ皆で分けて買ってきな。その代わりその後はお金稼ぎするからね!」


 お小遣いを貰った子供達が縁日の屋台に走っていく光景を、まさかこのファンタジー世界で見るとは……。あのクータローですら目を輝かせて一緒に走っていくんだから、食べ物ってすごい。


 ミナセはこんな姿でも皆の飼い主であり保護者なので、父親の様な気持ちで人の邪魔にならない様に、道の端でその光景を眺めていた。その間、行き交う人々がミナセのことを不思議そうに眺めていた。大体はすぐ興味を失った様に前を向くのだが、そのまま会話のネタになったり、中には嫌悪感を抱いた様な視線を向けられることもあった。


 やっぱ珍しいって話しは本当なのか……。


 ギルドの受付嬢に聞いた話しによると、猫という愛玩動物はいるらしい。ただペットを飼うというのは、余裕がある貴族やお金持ちだけで普通は飼えない。なので大体は野良猫をちらっと見た程度にしか、猫と接する機会はないらしい。

 そのフォルムも現代にいる猫と同じで、ミナセの様な80センチぐらいの二足歩行で、ましてやしゃべるなんて事はありえないらしい。

「獣人族や亜人族という種族がいる為、絶対にいないとは言い切れないが珍しい事に変わりはない」と言われてしまった。そんな訳で好奇心をくすぐられる者、動物に興味がない者、得体の知れない猫に恐怖や嫌悪を抱く者と様々だ。特に因縁をつけられている訳でもないので、これはミナセが気にしなければいいだけだった。


 と言われても俺も好きでこの姿じゃないんだけどなぁ。何でこの世界に来たかは知らないけど、もし誰かがやったのならせめて人型にして欲しかったよ……。


 そんな風に誰にでもなく心の中で愚痴ると4人の猫達とは違った、野太い声が聞こえてきた。


「そこの猫ちゃん。ほらマタタビだよー。あげるからこっちおいでー」


 野太い声が無理矢理つくった猫撫で声でいきなり話しかけられた。これがかわいい女の子ならミナセも多少喜んだが、話しかけてきたのがムサイ男だったのでキモい以外の感想が出てこなかった。


 うわ、いきなり何だよ。猫好きなのか? マタタビって言ってたけど中身は人間と変わらないから、何にもそそられないし……。


「ええと……何か御用でしょうか?」


「かわいい猫ちゃんですねー。よしよーしいい子だからこっちにおいでー」


 同じ愛猫家かもしれないのでなるべく気持ち悪さを顔に出さないように丁寧に答えたのだが、ミナセの言葉はまったく声をかけてきた男には届いてなかった。おいでと言いつつにじりにじりと近寄ってくる男に、隠しきれなかった気持ち悪さが顔に出てしまった。


「うわぁ……あの、普通に話せるので猫扱い辞めてもら……うわぁ!!!」


 男が触れられるぐらい近くまで寄ってきたと思ったら、いきなり視界が真っ暗になった。突然の事に何事かと思っていたら、顔に当たる感触からどうやら袋のようなものを頭から被せられたらしい。いくら猫好きでもこんな対応される覚えはないと抗議の声を出そうと口を開くと、話しかけられた男とは別の声が聞こえてきた。


「よし、よくやったぞ! 急いでボスのとこに持っていくぞ!」


「へへへ、これで山のような報酬が貰えるなんて楽な仕事だぜ。」


「ったく、こんな事に3人も必要なかったんじゃねぇのか?」


 視界は塞がれているので正確な事は分からないが、男達の話している内容と声の違いからどうやら3人の男がミナセの周りにいる様だ。しかもボスだの報酬だの明らかにボスと言われる人物にミナセを献上し、金銭を受け取る為に袋を被されたのだと分かった。


 なるほど、俺は今拐われていると思っていいのかな? 相手は3人なのか……? 魔物相手には余裕で勝てたけど、人相手だとちょっと不安だなぁ、もしかしたら今までの魔物よりかなり強いかもしれないし……。それにあんまり大きな魔法使ってさらに目立つの嫌だしなぁ。


 意外な事にミナセは落ち着いて状況を分析していた。普段だったら絶対パニックになるのだが、度重なるありえない状況に麻痺してるのと、ギルドで言われた魔力レベルが尋常じゃないという話で多少の自信があったからだ。

 だが、純粋な力はそこまである訳ではなく袋を被された後、手際よく体の自由を奪われてしまったミナセはどうやって抜け出すか考えた。


 もう少し周りが静かな所に入ったらちょっと攻撃してみるか……。幸い手は前で縛られているし、魔法が暴発って事はないだろ。それまでムサイ男の脇に抱えられる状況は嫌だなぁ。ちょっと臭いし。


 嗅覚は人並みだが、それでも臭ってくる香りにがっくりきていると、男達が走るのを止めた。もう目的地に着いたのかと思っていると、どうやら違うらしい。下品な笑い声を出しながら走っていたのに、何故かすっかり黙ってしまっている。しかもミナセは小脇に抱えられていたのだが、黙った瞬間わずかながらその男の体がこわばるのが分かった。


「止まれ」


 静かでとても冷たい声が響いた。多分、大通りから外れた事もあるのだが、その声が響いた途端に雑音は全て消え去ってしまったかの様な静けさだった。数秒、男達が互いの顔を見合わせる様な雰囲気があった。するとこわばった体からフッと力が抜けるのが感じられた。


「何だてめぇは! 痛い目見たくなかったらそこをどけっ!」


 明らかに格下に言うような言い方に、静かな声の主が怪我でも負ってしまうんじゃないかとミナセは不安を覚えた。そうなる前にここで魔法を繰り出そうか悩んでいると、静かな声の主が口を開いた。


「その人を離してさっさとどこかへ行け」


 先程と同じく静かでとても冷たい声だったが、そこには抑えきれない怒気が含まれている気がした。


「はっ! 何言ってんだこいつ? ……あぁ、お前この珍獣と一緒にいた女か。悪ぃなかわいいお嬢ちゃん、ボスがこいつを欲しがっているんで、置いてく事はできねぇな。まぁ、新しいペットでも飼って諦めてくれ。げへっ、それとも一緒について来てボスの慰みものになるか?」


 下卑た内容にも腹が立ったが、それよりも男が話した「この珍獣と一緒にいた女」という単語にミナセの胸はドクンと脈打った。あまりの冷たい声にその単語を聞くまで分からなかったが、冷静になって聞いてみればそれはボタンの声だった。あの元気で明るいボタンがこんなにも冷たい声を出した事と、3人の男に立ちはだかっているという事実に血の気が引いていった。


「もう一度言う。その人を離してどこかへ行け。痛い思いはしたくないだろう?」


「おいおい。聞いたかよ。こんなお嬢ちゃんが俺らに何ができるんだよ! まぁ威勢のいい女は嫌いじゃねぇし、見た目もバツグンだ。ボスに渡す前にたっぷりかわいがってやるよ。多少傷物になったってこんだけの器量ならボスもそれなりの値段だしてくれるだろうよぉ……なぁ、お前ら」



 ………………。


 男の問いかけに仲間達は何も答えなかった。


「ん? おいお前らシカトかよ…………へ?」


 ミナセを抱えていた男が間抜けな声を上げたと思ったら、ドサッと何か重いものが地面に落ちるような音が2つ響いた。それと同時に静かになった男がヒッ! っと声を上げると、ミナセの体は別の誰かに優しく抱かれていた。柔らかな感触と男達から漂ってきたむさ苦しい臭いではなく、花のような甘い香りが鼻を抜けていった。突然の変化に驚いているとミナセはそのままそっと地面に立たせてもらった。

 甘い香りの人物はミナセの頭に被せられていた袋を取ると、顔を覗き込んできた。そこには優しく微笑むコアの姿と、男の首に屋台で食べた串焼きの串を突きつけたチュータローの姿があった。

 さらに周りを見渡すとその後ろで2人の男が寝ており、その体の上に足を置き静かに倒れた男を睨むクータローがいた。どうやら先程の何かが落ちる様な音は、男達が地面に倒れた音だったようだ。


「ご主人……無事でよかった。もういきなりいなくなるからビックリしたんですよ?」


 ミナセの頬に両手を当て、聖母の様に微笑むコアはこんな状況であっても思わずドキドキしてしまった。


「あ、ああ……ありがとう。ええと……そこに寝てる人はちゃんと生きてる……よね?」


 その胸の鼓動を誤魔化す様に視線をはずすと、ピクリとも動こかない男2人の安否を確かめた。誘拐なんて物騒な事をした連中ではあるが、ついさっきギルドでココナッツ村のマルコに迷惑はかけませんと誓ったのだ、さすがに数時間で破るのは申し訳ない。こちらに否はないにしろ、過剰防衛なんて言われかねないのである。


「……殺してもいいなら、殺る……」


「いや! ダメだよクータローさん落ち着いてね! 俺、無事だし穏便にいこうね? ねっ!」


 いつもクールで表情の変化が乏しいクータローだが、怒り心頭です! って空気がもの凄く伝わってきた。ボタンもコアも男達を見る目には凄まじい怒りが感じ取れた。


「じゃあじゅんちゃーん。こいつも殺しちゃダメなのー? 3人いるし1人ぐらい、いいんじゃないのー?」


 そんな中いつもと変わらず笑顔で楽しげな声をかけられた。唯一、意識のある男の後ろでにこやかに急所に狙いを定める姿は、妙に様になっていた。すんでのところで止められてはいるが、チュータローは今にもそれを首に押し込みそうだった。それに対して周りの猫達も止める気配がない。


「ヒッ! すまねぇ命だけは勘弁してくれっ! 俺達は頼まれただけで、本当はこんな事したくなかったんだ……。頼むから許してくれっ!」


 少し食い込んだ串と周りの反応を見て男は急いで命乞いを始めた。先程までの下衆びた余裕はどこにもなく、膝が震えているのがよく見えた。


 いやいや、さっきまで楽しそうに報酬いっぱいだーって話してたじゃないか……。まぁ、それはいいけど……。


「ダメ、チュータローその人離してあげて。その頼んだって人の事も聞きたいし、無駄に殺生しちゃいけません。」


 依頼人がいるのならばまだまだこの男には話してもらわなければならない事がある。ミナセに言われ渋々、男の首から串を離すと男はヘタリと座り込んでしまった。するとその男の横っ腹におもいっきり蹴りと入れ、苦悶の表情を浮かべながらうずくまる男の髪を掴み顔を上げさせると、満面の笑みをチュータローが見せた。それは同じ笑顔でも先程までとはまったく違う、生存本能が脅かされる程の恐怖を与える笑顔だった。


「じゅんちゃんが言うから殺さないけど、僕は怒ってるからねー? お前達に頼んだって人の情報ちゃんと教えてねー? 変なことしたら本当に殺すからねー?」


「ヒィ、な、何でも話すから! お、俺達は貴族から公にできない依頼を主にやっている冒険者なんだ……。そ、それでしゃべる猫がいるって、王都門を守っていた兵士から貴族に連絡があって……」


 早く言わなければ目の前の少年に殺されてしまうと思ったのか、凄い花さで持っている情報を話し始めた。その目には先程蹴られた痛みと恐怖で充血するほど涙ぐんでおり、言葉を紡ぐ度に涎がこぼれていった。正直、見るに堪えない姿である。


 うわぁ、悲惨だな……ってか、あそこにいた兵士も仲間だったのかよっ。どうりで情報が早いと思ったよ……。いくら目立ってたとはいえ王都に入ってそんなに時間が経ってないのに、依頼なんて変だなと思ったんだ。王都の治安って悪いのか? とにかく要注意だな。そしてチュータローさん恐いよ、どこであんな脅し覚えたんだ?


「で、冒険者ギルドに行くらしいって聞いたからそこで張って隙をみて、誘拐してこい! って。その貴族、変わったもんが好きで今回はかなり珍しいから報酬弾むって言われて。お、俺だっていくら闇の仕事しててもこんな真っ昼間から誘拐はまずいんじゃないかと思ったし、断ろうか悩んだんだ……」


「でもお金に目が眩んだ、と……。つーか昼間じゃなかったらよかったのかよ。まぁ、何もなかった訳だし俺は君達にこれ以上、何かしようとは思わない。それなりに罰は受けたようだしね。でも、その頼んだ貴族様はちょっとお話しした方がよさそうだな。引き渡すってさっき言ってたし、その場所まで連れてってもらうよ? それぐらいはしてね」


 壊れた人形みたいに首を上下させ、半べそをかきながら男は頷いた。大の男が……って思うかもしれないが、綺麗な見た目に反し猫達から放たれてる殺気は、物理的は威力をもってそれだけで人を殺しかねない程だった。あんな殺気を自分に受けられたら誰だって涙目になってしまうだろう。むしろ意識があり正気を保っているだけで凄いのではなかろうか。公にできない仕事を請け負うとも言っていたし、腐っても冒険者という所なのだろうか。


「はいじゃあ、皆もうそんなにピリピリした空気ださないの! 俺は無事なんだしもう怒らない怒らない! それにその罰はもうこれで十分でしょ。闇の仕事してるってあたりは引っかかるけど、俺達がそこまで口をはさむ事ではないと思うしね」


「ジュンがそう言うならしょうがないけど……。ジュンに何かあったらあたし達はそいつを許さないからね! すっごく大事なんだから、それはわかってよね」


 おぉ、どうやら俺は皆からかなり大切にされてるようだ。


 温かい気持ちになったけど、横で大の男が女の子座りでメソメソしてるのを見ると、何か一気に台無しにされた気分だ。そのままチュータローは男を無理矢理立たせると、その貴族様の所まで道案内させた。




 そんな男に案内されてきた場所は大きな倉庫の様な場所だった。木箱や樽が並んでおり多分、食料品などの倉庫なのだろう。扉には大きな紋章が刻まれており、紋章学でも習っていれば見たただけで、この倉庫の持ち主が分かったのだろうが、そんな事を知らないミナセは男に聞いてみた。


「この紋章の貴族様が俺を誘拐しようとしたの? 一体誰?」


「あ、ああ……ループレ・フォン・グランダーレ様という人で公爵にあたるんですが、遠縁とはいえ一応、国王の血筋なもんで……それをいい事にやりたい放題なんです……いわゆる王国の汚点ってとこでしょうか」


 あぁ、じゃなかったらこんなバカみたいな事しないわな。さて、公爵ってたしか偉いんだよなぁ。どうしようかな、逆になんかされたりしないよな? でも、向こうも公に出来ない事してるわけだし……。


「ねぇ、もしその公爵様に何かしたら俺達何かされたりしない?」


「……まぁ、殺したりしなければ大丈夫かと……。グランダーレ公爵は確かに悪さばっかしてるんですが、中々尻尾を出さなくて……。そこを突きたい他の貴族が何とか証拠が欲しい状態で。なんで、今回の事が公に出るのは嫌がると思うんです。だからそれを盾にすれば交渉の余地はあると思います。ただ、曲がりにも王家の血筋なんで殺すのはまずいことになるかと……」


「なるほど。交渉できるって事か。こんな騒ぎこれっきりにして欲しいし、何とかなるといいなぁ」


「てかさ、殺さない程度にじゃれつけばいいんでしょー? かんたんかんたーん!」


 ありがたい事に今回はよっぽど楽しみにしていたのか、公爵自らも来ているらしく直接話しをつけられる。正直、営業マンでもないミナセは交渉なんて苦手分野だ。それでもまたちょっかいでもかけられて猫達に被害が及ぶのは避けたい。気が重くなるが何とか気合を入れた。猫達には過激な事はしないようにと引き渡しに指定されていた倉庫の扉の前で入念に確認し、まずは男から入ってもらう事にした。


 本当に穏便に話しが済むといいなぁ……。

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