第5話「まほう」

 --ピチョン


 あれ? 真っ暗だな。それに体がフワフワして変な浮遊感がある……。


 --ピチョン


 前後左右も分からない暗闇の中で唯一、雫が水面に落ちる様な音がする方へ顔を向けると、そこはぼんやり光っていた。光っているのになぜかその明かりはその場所を照らすだけで、周りの暗闇を払拭してはくれなかった。まるで雫の音を中心とし球体状に空間が閉ざされている様な不思議な光景だった。

 その空間には小さく波紋が広がっており、本当に空間が閉ざせれている訳ではないのなら、どうやら自分は水面に立っているのだと感じた。なぜ水面に立てているのか、そんな疑問を浮かべるよりも先にその空間に何かがいる事に気づいた。


 何だろう、何かいる。……子供? かな。


 それは膝を折り俯いている少女らしき姿があった。顔は見えないのに何だかとても悲しげな雰囲気を纏いそれはミナセに伝わってきた。

 近づき声をかけようと動いたが、足が水面に張り付いたように動かないし声も出せないと気づいた。


 何だこれ。それにあの子は誰なんだろう?


 --ピチョン


 もしかして泣いている……のかな。


 雫が落ちる音は少女が零した涙が、水面に落ちる時に出している様に感じた。その音がする度に何だか胸を締め付けられる様な悲しみが、ミナセの中に広がってきた。


 どうしたの? 何でそんなに悲しそうなの?


 声も出せないし少女からも何も聞こえない。ただ雫が落ちる音だけがミナセの心に無性に響き、苦しくなる程の悲しさが溢れてきた……。



 ********************



 --ガバッ!


 勢い良く体を起こすと見慣れない部屋、見慣れないベッドの上にいた。明り取りの小窓から穏やかな光が入り込み、部屋の中は薄暗くても暗い感じはしなかった。自分の状況を確かめる様に何となく手を見ると、そこには愛らしいピンクの肉球が見えた。


 あぁ、そうだった。謎の世界にいきなり飛ばされて、その後いろいろあってリリィの家に泊めてもらったんだ。そうか、起きたら元の世界に……なんて事はなかったか。


 ミナセの視界に入ってきた情報通り、体は変わらず猫のままだった。小さくため息を吐くと扉を勢い良く開けて2つの影が入ってきた。


「じゅんちゃーん、おっはっよー!!」


「……ご主人……泣いてる……」


 寝起きにはキツイ大音量の声と、寝起きには聞き取りづらい静かな声が部屋に響いた。その影は寝起きには眩しいくらいの美少年のチュータローとクータローだった。


 お願い君たち、2人合わせて中間の音量で話して……。


「おはよう。……って俺、泣いてる??」


 何とか聞き取れたクータローの発言で、自分が涙を流している事に気づいた。愛らしい猫手を自分の目元にやるとフカフカの毛皮がしっとりと濡れているのが感じられた。それは自分の目から流れ出たものなんだと思い、その涙の訳をぼんやりする頭で考えた。


 何で泣いてるんだ……。あぁ、そういえば悲しい夢を見た気がする。それで泣いてるのかな……。


「泣っき虫じゅんちゃーんっ。メッソメソじゅんちゃーんっ」


 夢の内容は思い出せない。何となく悲しみが胸に広がり暗い気分になりそうだったが、底抜けに明るいチュータローの声でそれは何とか阻止された。まるで小学生の様にからかうチュータローに先程までの悲しい気分はなくなり、リリィの家にお邪魔している事を思い出すと、騒いでいるのは迷惑だと思い注意の声をあげようとした。


 --ガチャ!!


「チュータロー! 朝からうるさい、迷惑でしょ!!」


「……コアもうるさい……」


「怒られてやんのー。あっはっはっはー!」


 近くにいたのか、それとも騒がしい声が家中に響いていたのかコアがしかめっ面でやってきた。


 できれば後者でない事を祈りたいな……。まったく、さっきまでの悲しい気持ちが吹っ飛んでいったよ。こうやって見ると姿は人になってるけど、猫だった頃のじゃれあいと何も変わらないよな。何か頭がキャパオーバーでパンクしそうだったけど、こうやって今までの日常と変わらない姿を見せてくれるとホッとするな……。こいつらと一緒でよかった。


 寝具を正し部屋を出ていくとリリィと両親に朝の騒がしさと、泊めてもらったお礼をした。ちょうど朝食を準備していた所でそのままご馳走になり、片付けを終えると出発の準備を始めた。といっても持ち物は昨日、お礼にと言われた革袋と地図しかなかったので、それを手に持って別れの挨拶をしようとしたら、リリィの母親にとめられた。そのままでは不便だろうと革袋に長い紐を付けてもらい、それを肩から下げ地図も折りたたんで革袋にしまった。

 いたれりつくせりで3人に何度も頭を下げると「助けてもらったお礼です」と言われてしまった。


 革袋しか昨日の姿と変化はないのだがミナセはさすらいの旅人気分で、肩から下げた革袋の紐をギュッと握り、本人的には凛々しい表情を浮かべた。

 傍からみれば通園中の幼児にしか見えない。とはさすがにチュータローでも言えなかったのだが……。


 マルコやリリィ、リリィの両親、村の人達に挨拶をし貰った地図を見ながらまずは、王国の中心都市にある冒険者ギルドに向かうことにした。道順はマルコにしっかり教えてもらったのでバッチリである。別れ際リリィに「またきてね!」と言われ、もし帰れる目処がたったら、最後にはここにもう一度来ようかなと思った。


 王国の中心都市までの道は荒いながらも車が1台通れるぐらいには開かれていて、細道に入らない限り道に迷うという事はなさそうだった。リリィの両親が言うには森を抜け大きな湖が見えてきたら中心都市まではもうすぐとのことなので、まずは湖目指してミナセ達は歩いていた。慣れた村人で歩いて半日ぐらいと言われていたので、多少気合を入れて歩いていたのだが、お世辞にも体力があるとは言えないミナセにしてはまったく疲れを感じなかった。


「ご主人。疲れたら言ってくださいね。私が抱っこしていきますから」


「ありがとう。でも大丈夫だよ。何かこの体、意外と体力あるみたいなんだよね」


「……そうですか」


 え、何でちょっと不服顔なの。いくら猫姿でも女の子に抱っこされるのは俺のなけなしのプライドが……。いや、むしろご褒美なのか?


 ミナセの数える程しかない女性経験のせいで、謎の思考の海へ陥っていると森の雰囲気が少し変わってきた。確かに今までも木がたくさん生えていたのだが、ここは木のトンネルの様になっており空が見えなくなっていた。その木のトンネルの根元にもバスケットボールサイズの赤や紫のキノコが生えており、新緑散策気分からいきなり樹海の奥に入れられた気がした。


 本当にこんな怪しげな道を村人達は歩いていたのかとビクビクしていたが、ミナセは聞いていなかっただけで普通は徒歩では中心都市には向かわないそうなのだ。基本は馬車で走り抜けるか、徒歩で行ったとしても冒険者など腕のたつ者が一緒に行くのが普通らしい。ココナッツ村など森の中にある村は王国領土の中でも弱いながらも魔物が多い土地にあるため、村人達はこのような手法をとって都市に向かうのだ。

 もちろんマルコはこの事もしっかり話していた。だが、話した相手はチュータローで、それを聞いたチュータローも自分がいれば大丈夫だと判断しミナセの耳には届かなかったのだ。


 そんな事を知らないミナセは何となく嫌な雰囲気を感じ恐る恐る歩いていた。嫌な勘とは当たるもので、しばらく木のトンネルを歩いていると突如大きなざわめきが起こった。


 --ザワザワザワ


「……ご主人、何か危険な気がする……」


 --ガサガサガサガサガサッ


 クータローの言葉を聞いてトンネルだったはずの木が突如、嵐にでも見舞われたかの様に動き出した。それだけならまだ風か何かだと思えたかもしれないが、枝が鞭のようにしなりミナセ達めがけて攻撃してきたのだ。幸い誰も当たることはなかったが、いきなりの事に体が硬直してしまった。すぐに走り出せばその木々のトンネルは抜けれたかもしれないが、硬直した事により逃げるタイミングを失ってしまった。すると木々の根本にあったキノコももぞもぞと動き出し奇声を発しながらミナセ達に向かってきた。


「何だこいつら、魔物の類か!? 何だこの数、逃げるに逃げられない!!」


「ご主人っ。私達が道を開くので、その隙に逃げてください!!」


 枝の鞭を殴りながら破壊し、足元で大きな口を開けて襲い掛かってくるキノコを蹴り飛ばしミナセ以外の3人は、大切な主人に怪我を負わせない様、守る様に戦っていた。

 木の鞭もキノコの動きも目で追えるぐらいの早さでそこまで強い魔物ではないのか、3人共傷を負うことなく何とか戦えていた。だがいかんせん魔物の数が多い。数の暴力は意外に侮れない。時間が経つにつれもしかしたら猫達に被害が及ぶかもしれなかった。


 このままじゃダメだ! 俺1人で逃げるなんてできないし、この数じゃ皆も危ない……っ。何とかしないと……何か、何か手は……。

 そうだ、こいつらはどう見ても植物系の魔物だし火があれば効くんじゃないのか? でも火なんて持ってないし……。火に代わるものは……。ああ、くそっ! このままじゃ皆が怪我してしまう!!


 何か攻撃材料はないかと魔物達から革袋に目を移したのがいけなかった。コア達はミナセに攻撃が行かない様にしてはいたのだが、いかんせん数が多く全て捌ききれなかった。きっとミナセが先に逃げ出せば猫達も隙をぬって脱出できていたであろう。何かを守りながらの戦いは何も守っていない時より断然、難易度があがる。

 だから最初にコアはミナセに逃げる様に進言したのだ。そんな事は分からないミナセは何とか猫達を助けようとその場に留まった。そんな主人の姿を3人は煩わしいとは思わず、むしろこれが自分達が愛する主人なのだと誇らしげな気分になっていた。だが難易度が上がったのは変わらず、3人の間を縫って無数の木の鞭がミナセの小さな体を引き裂こうと伸びていた。


「ご主人!!!!!!! 危ない!!!!!!!」


 その声にハッと顔を上げるともう目の前に鞭が迫ってきていた。


 あ、これはヤバイ。俺、ここで死ぬのかな。さすがにリセットとかはないよなー。あぁ、あのチュータローがあんなに焦った顔してる。俺が死んだらあいつら生きていけるのかな……。元の世界に戻れたとしても俺がいないんじゃ食べていけないよな……。あぁ、ダメな飼い主だな、助けられてばかりで最後まで皆の面倒も見れないなんて……。それにこの魔物達から逃げ切れるかな……。せめて火があれば一気に燃やして助けられるのにな……。


 スローモーションになった様に感じる世界で、ミナセは自分の力の無さに嘆いた。もう鼻先にまで迫った鞭を受け入れ様とした時、右手に妙な熱さを感じた。痛みを伴う様な熱さではないのだが、何か得体の知れないものが手に纏わりついた様に感じとっさに右手を見ると赤い光が宿っていた。初めは穏やかな光だったが、瞬時に太陽の様な広大な光に変化し、そして弾けた。

 弾けた無数の光の粒はそのまま周りに飛び散っていった。よく見ると猫達にはその光は当たらず的確に魔物達にぶつかっていったのだった。


 --ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………


 光が弾け魔物にぶつかった後、少し遅れて魔物の声が響き渡った。いきなりの光量に視界が少しぼやけていたが、周りを見渡せる様になると、さっきまで無数に襲いかかってきていた魔物の姿がどこにもなかった。残るのは呆然とこちらを見ている3人の姿と、焦げ臭い匂い、煙だけだった。


 あれ? 俺、生きてる……魔物は?


「――っ。ご主人、よかった……無事でよかった!!」


「てか、じゅんちゃん凄くないー? 何今のー、手がピカーって光ったら木とかキノコがボォォって燃えてったよー」


 先程起きた出来事が何だったのか。異世界に転移し猫の姿になった自分を見た時に、何となく頭をよぎった単語……


「え、俺まさか……魔法使ったの?? 魔法使い??」


 そう、もしかしたら魔法がある世界なのかもしれないと薄々期待していたが、まさか本当に存在しその力が自分に宿っているとは思わなかった。だが周りから魔物の姿は消え去り、右手からほのかに感じる熱量。信じられなかったがミナセが魔法の様な力を使ったのは確かだった。

 心の中心からむくむくと湧き上がる高揚感に、体を震わせ猫達に視線を向けた。


「……でもご主人、前に魔法使い卒業したって言ってたよ……」


「…………うおぉい! クータローさんっ。それは違うでしょ、それは期待と焦りと安堵が混じった魔法の話で、今のは夢と希望いっぱいの魔法の話ね!」


 何が違うのかさっぱり分からないといった風に小首を傾げると、そのまま無表情でミナセを見つめた。大きくなりつつあった高揚感は、すぐさま萎んでいきその代わり恥ずかしさが広がり始めていた。


 さっきまで死を覚悟していたはずなのに、魔法と言うワードでテンションがあがってしまった。まぁクータローに過去の闇を掘り返されたおかげ? で、少し冷静になってはいたが……。そうかそうか、あの時の俺の事も猫達は見ていたのか。しかも浮かれて部屋で激しい独り言を話していた内容もしっかり覚えているのか。そうかそうか……ご主人泣きそう……。


 顔を隠しいやいやと体をくねらせ、羞恥心を無理矢理心の片隅に追いやると、とりあえず魔法について考えてみた。どうやらこの世界には魔法が存在し、俺はそれを使えるっぽい。しかも詠唱とか面倒な事をしなくてもイメージするだけで使えた。先程はとにかく火が欲しいと強く願った後、手が赤く光った。それがどんな魔法かは分からないが、魔物を倒したいという気持ちに呼応して的確な魔法が出たように感じる。

 もしかするとと思いミナセは試しに3人にもやらせてみた。初めは何を言われているのか分かっていなかった猫達だが、悪戦苦闘した結果、何とみんな使えた。ただ上手くイメージできなかったのか猫達の手に宿った光はポフッという音と共に特に威力を発揮することもなくすぐ消えていってしまった。要鍛錬という所だろう。


 俺は切羽詰まってたからあんな威力がでたのかもしれないな。しかし身体能力高くて魔法も使えて見た目も最高峰とか、俺悲しいわ……。


 ただ皆で使ってみて気づいたのは、どうやら魔法はその人に合った属性があるようだ。コアは青い光を纏いながらちょろちょろと水が出せたので水属性、チュータローは赤い光を纏いさっきミナセが使った炎よりも何段階も落ちたライターの火の様なものだでた。きっと火属性だろう。クータローは禍々しい黒い光を纏った。何か小さなブラックホールの様なものが出せたので闇属性といったところか。小さいとは言えかなり危険な感じがしたのでクータローには他の2人よりも慎重に鍛錬する様に伝えた。それ以外の属性はどんなに頑張っても現れなかった為、やはり適正があるのだろう。


 3人の属性も分かった。まぁミナセのゲーム脳で勝手につけた属性名なので、合っているかどうかは分からないが……。

 ちなみにミナセは何か色々出た。想像しうる属性的なものを試したが、特に苦もなく何でも出せた。ただ先程のような威力はやっぱり出なかったが、猫達よりもいくぶんかイメージし易いミナセは、3人よりもそこそこの大きさの魔法が使えたのだった。3人が使った属性以外にも黄色の光を纏う土属性、緑の光を纏う風属性が使えた。それを見た猫達は「さすがご主人」と尊敬の眼差しを向けてきたのだった。


 全属性とか俺、ようやく主人公的な要素でてきた! 闇があるなら光もあると思ったんだけど違ったのかな? まぁでも、魔法が存在するならこの先多少は楽になるのと同時に、無知はますます危険だな……。もう少し、この世界の事を知らないとまた皆に危険が……。


 現実世界になかった新しい力はミナセを勇気づけると同時に、不安も大きくなってしまった。自分達が使えるという事は、周りだって使えると思ったほうがいい。しかももっと強い力で高い知識を持ち合わせているかもしれない。未だ会えぬ2匹の家族の安否が非常に気になってしまった。


 しかしまだ魔物がいるかもしれない道のど真ん中でこれ以上留まるのは愚断であろう。いきなり襲われ死も覚悟したが、魔法という収穫もあり多少休憩もしたので先に進む事にした。

 すると、さっきほ程の数ではないがちょこちょこと魔物が襲ってきて、魔法の練習がてら倒していると猫達がぐんぐん成長していくのが分かった。やはり敵がいるとイメージしやすいのか、初めは接近戦と合わせて戦っていたのが何回か繰り返すうちに魔法だけで倒せる様になっていった。中でもクータローは器用なのか危険と思われた小さなブラックホールを巧みに操り、瞬く間に魔物を倒していったのだった。


 するとミナセ達より少し奥の道で、木の魔物と戦っている人を発見した。


 魔法は使えないのか肉弾戦で木をなぎ倒していた。細い体には似合わない力強い拳で粉々に粉砕していく姿は感嘆ものだったが、先程ではないにしろそれなりに数が多かったので残る魔物を魔法で焼き払うことにした。


 魔法の練習だしね。決してっ! 戦ってる子が巨乳の女の子だったからではない。そう、俺はそんな不純な動機で人助けなどしません。


 誰に言い訳をしているのか、そんな事を誓いながらミナセは手に力を込めた。目に見えないエネルギーを手に集約するように。感覚的には気功だろうか? ミナセも映画や漫画でしか見たことがなかったが、イメージが大事なので問題はなかった。そして最初に出した炎とりも幾段、威力をセーブし女の子の周りにいた魔物に向けて放った。


 ――火炎弾ファイアー・ボール! なんちって。


 何となく厨二心をくすぐられたミナセは心の中でこっそり魔法に名前をつけていた。必要はないのかもしれないが、何となくこの方がイメージしやすく何も唱えない時よりは早く魔法を繰り出す事ができた。


 さて、先程まで豪腕を奮っていた女の子だったが、いきなり焼き払われた魔物を見てビックリした顔でこちらを見ていた。


 あ、この子も結構かわいい。てか超絶かわいい……しかも巨乳だし、高校生ぐらいの年齢かな? オレンジのポニテがよく似合ってるなぁ。


 コアでだいぶ美人耐性がついていたが、こちらを見つめる女の子はそれでもドキっとさせられる風貌だった。目も髪も鮮やかなオレンジ色で毛先が黒っぽくなっているのが活発そうな見た目によく似合っていた。コアと同じ様な服装に申し訳程度の短い腰巻きを巻いている姿は何とも目のやり場に困る。何よりこれでもかと主張する立派な双丘が、息遣いに合わせて揺れているのがミナセの位置からでも分かった。


「大丈夫ですか?」


「…………クンクン」


 え、何かいきなり匂い嗅いできた。ヤダ興奮……もとい、恐い!


 なるべく胸元に目をやらない様に声をかけたのだが、女の子は何も答えずミナセに向けて可愛らしい鼻を動かしてきた。昨日、コアがチュータロー達を探していた時に見せた姿によく似ている。

 戸惑うミナセをよそに丹念にミナセの匂いを嗅いでいる女の子は何かを確信したのか、強気な瞳を見開きミナセの可愛らしい猫手を握ってきた。身長差があまりにもあるので女の子は両膝をつく形になっている。


「クンクン。……あああああああ! やっぱりジュンだ! それにコアとチュータとクータ……会いたかったよぉぉぉぉ!!!!!」


「やっぱりボタンだったのねっ。何か似た匂いがすると思ったの。ご主人、ボタンですよ!」


 ボタンと呼ばれた女の子はミナセの後ろにいた3人にも視線を向けると、嬉しそうに笑った。コアもいきなりの再会にやや興奮した様にミナセに向かって話しかけた。どうやら4匹目の愛猫と念願の出会いを果たしたようだ。


「え、お前ボタンか! よかった無事で……。そっか……、顔面レベルやっぱり高いのね……」


 まさかの残り2匹のうち1匹を見つける事ができ、一安心と4度目の敗北感に苛まれながらボタンに今までの事情を聞いてみる事にした。

 ミナセ達と同じような状況で唯一違ったのは周りに誰もいなく、なぜか襲ってくる魔物を倒しながら皆を探していたようだ。よく皆がいると分かったな。と聞いてみると「勘っ。それに皆があたしを1人にするはずないもん!」と言われた。

 自信満々に言われると聞いてる側としては嬉しい様な恥ずかしい様な気持ちになる。


 それから今まで知った事やこれからの事をボタンにも話し、ついでに魔法も試してもらった。黄色の光を纏うと小さな土壁のようなものが現れたのでボタンは土属性と言ったところだろうか。

 色々話していると周りが暗くなってきたので、さっそくボタンに練習がてら土で小屋を作ってもらう事にした。といってもまだまだ立派な小屋を作ることは無理なので周りから木を少し切り取り、開けた場所に骨組みを建て草や葉っぱで簡単に覆うという質素なものだ。それでも寝るには十分なものが出来上がっただろう。これだけ開けた場所であれば魔物もそうそう近づいてこないとは思うが、念のため用心しながら明日に向けてゆっくり休む事にした。

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