第4話「ココナッツむら」

 迷子のリリィに連れられてやってきたのは、森の中にある小さな村だった。ミナセ達がいた森よりも木々もまばらで視界が開けた先に大きくはないが小さくもない広場に木や石で建てられた家々がある、ゲームだったら始まりの村に設定されそうな場所だった。特に目だったものは何もなく、畑や風車、牛に似た家畜の様なものがいるだけだった。


「やっぱ中世チックなのはデフォなのかな……」


 ややゲーム脳のミナセからそんな感想がでるぐらい、何かのゲームで見たような風景だった。ただゲームとは違い人々の生活の匂いがなんとなく漂ってきて、先程まで土の匂いしか嗅いでいなかったミナセは何となく嬉しい気持ちになった。


「ねこちゃん、こっちがあたちのおうちだよー!」


 やっと帰れた安堵からかリリィは元気いっぱいにミナセ達の手を引いた。幼い子供にしては強い力で引っ張られ、やや躓きそうになりながらついていくと目の前に大きな影ができた。


「リリィ! どこに行ってたんだ、アルドが心配してたぞ……ん? ……なんだそいつら……。それにそんなでかい猫なんか拾ってきて。誰だお前ら……ハッ!! まさかお前らがリリィを連れ出したのかっ!!」


 その影はいきなり怒鳴り散らし、ミナセ達にあらぬ疑いをかけ怒りを露わにした。足元しか見えなかったミナセは顔を上げるとそこには明らかに怒りの表情を浮かべた逞しいおっさんがいた。

 おっさんは不審な視線をミナセに向けると、すぐさま後ろにいたコア達を睨みつけた。見る人によっては喧嘩を売られたとおもっても仕様がない目つきだ。


 おいおい……話しも聞かずにそれはないよ……。でもリリィの事を心配してたみたいだしここは穏便にいこう。そう! 決して目の前のおっさんの腕が逞しく顔が鬼の様になっているからではないぞ!


「突然の来訪、失礼しました。私達は森で迷ってしまい仲間を探していた所、リリィちゃんが鼠の怪物に襲われそうになっていたので助け出し、家まで送りにきただけです。決して怪しい者ではない……」


 できるだけ穏やかな声で丁寧に説明をしていると、コア達を睨みつけていたおっさんは風が起きそうな勢いでミナセし視線を戻し目を見開いた。

 先程まであった真っ赤な鬼の形相は、みるみるうちに真っ青になりワナワナと口を震わせていた。何か失礼があったかと急いで謝罪をしようと思ったミナセだったが、それよりも先におっさんの口が開いた。


「猫がしゃべったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


 …………えー。


「おい、リリィ! こいつは魔物の類じゃないのかっ? こんなでかくて二足歩行でしゃべる猫なんて、魔物に違いない!! リリィ!!!! 早く離れろっ!!!!!」


 ミナセだって自分が猫姿なのは忘れていた訳ではないが、こんな愛くるしい見た目だったら驚きはすれども、恐れられるとは思ってもいなかった。しかも、おっさんからは“魔物”という新しいワードがでて、ミナセの姿はぬいぐるみの様な愛らしさよりも、魔物の様な恐ろしさがこの世界の常識なのかもしれないと思い、多少なりともショックを受けたのだった。


「いや……あのですね……。私達は決して怪しい者ではなくてですね……」


「大変だ、しかも知能が高い魔物かっ。……クソッ、さては後ろにいる美女達も、お前が洗脳か何かしたんだろ!」


「……とりあえず落ち着いてですね、話しを聞いて頂けると……」


「おい、皆集まれーっ! 魔物が村に侵入してきたぞっ! きっと俺達の事も洗脳して、食う気なんだ……。可愛い顔して何てえげつない猫なんだっ!」


 それでもおっさんの誤解を解こうと口を開いたミナセだったが、まったく聞き入れてもらえず、しまいには自分達の事も洗脳して食おうとしているといった不名誉な言葉まで投げかけられてしまった。

 いくら温厚派なミナセだって、まったく話しを聞こうとしいない相手には少なからずイラついてしまう。


「だ! か! ら!」


 後ろから苛立ったため息が聞こえた辺りで、思わず大声でおっさんの言葉を遮りダメ押しの説明をしようとすると、かぶせる様に横から抗議の声が上がった。


「まって! ねこちゃんたちは、あたちを助けてくれたのっ。ねこちゃんたちにひどいこというの、メッ! だよ」


 1人で盛り上がって村人を集合させようとしてたおっさんが、ピタっと黙り信じられない様なものを見る目をゆっくりとこちらに向けてきた。と言うかリリィに向けていた。


「でも……リリィ……魔物かもしれないんだぞ? 油断した隙に食われるかもしれないんだぞ?」


「マルコおじちゃん、あたちのいうことしんじられないの!?」


「……あう……」


 両手を腰に当ててプンプンといった擬音が付きそうな体制で厳ついおっさんを怒り、しかもそのマルコと呼ばれるおっさんが汗ダラダラに焦っている姿は何ともシュールである。

 しかし、リリィとマルコのやり取り見てるとリリィは可愛がられてるんだなぁ、とさっきまでイラついてきた少し心がほっこりする。


 リリィの活躍? で何とか場は収まり、ようやく話しを聞いてくれる事になった。それでもまだ信じきれないマルコは何度かミナセ達に不信感たっぷりの視線を向けてきたが、その度にリリィにメッ! っとされてマルコがうなだれる。そんな事を何回かしてうるちに周りにはチラホラと村人が出てきて、ミナセ達を値踏みするような視線を送ってきた。


 さて、スタートを大幅に躓いたミナセだったがここからはなるべく不審がられない様に気をつけなければならない。いきなり転生やら転移やらの話しをした所で、怪しげな猫から頭のおかしい猫にシフトチェンジするだけだろう。ない頭をフル回転させゆっくりとマルコに説明を始めた。


 自分は突然変異の猫でさっきの様に魔物と勘違いされる事も多く、人が寄り付かない僻地に今まで住んでいた事。たまたま出会った人間が自分を討伐しようとした事。自分には人を害す気などないことを一生懸命説明し何とか誤解を解いたが、その人間達も事情があり何となく一緒に暮らす様になった事。しばらく静かに暮らしていたのだが災害が起き住めなくなり旅をしている所に魔物に拐われた仲間を探している事を話した。


 正直、苦しいにも程がある設定だ……。こんな時、嘘がスラスラでてくる人になりたかったなって思うよ……。


 途中途中コアが補足する様に説明をしてくれたがマルコも若干、信じられないといった空気を醸し出した。だがリリィが「ねこちゃんかわいそう。」と涙目になった事で何も言えなくなったようだ。それでも数分思案するとようやくマルコが口を開いた。たった数分でも大ボラを吹いているミナセはその間ずっと冷や汗をかいていたのだが。


「んー、まぁなんだ。話しはよく分からねぇがリリィを助けてくれたみたいだし悪い奴ではないんだろう。その仲間ってのはどこではぐれたんだ?」


「すみません。今まで僻地にいた事もあり、今の場所も世の中の事もさっぱりわからないんです」


「後ろのネェちゃん達も何もわかんねぇのか?」


 ふむ、と頷くとマルコは後ろにいたコア達に顎をしゃくった。ここまで何度かミナセの拙い説明を補ってくれたコアだったが、さすがに元猫にこれ以上の話しはできないのではないかと焦ったが、意外にもコアはスラスラと話し始めたのだった。


「ええ、私達は身よりもなく貧しい村にいた為、ロクに教育もされてきませんでした。それに私達を食べさせる余裕もなかった為、森に捨てられたのです。何とか生き延びようと幼いながらに獣や魔物を狩り何とか生き延びてきました。そんな時そこでこの方と出会ったのです。初めは倒すべき魔物と思ったのですが、この通り知識も高く、しかも自分を殺そうとした私達に慈悲をくださったのです。親にすら見捨てられた私達にとってそれは衝撃的な事でもあり、人間ではないにしろお優しいこの方を主人と決め共に生きてきました。マルコさんの様な方々から見れば私達も異様に映るかもしれませんが、ここまで生きてこれたのはご主人の優しさのおかげなのです。なので、同じく僻地で過ごしてきた私達もお恥ずかしい話、何もわからないのです……」


 ミナセがあんぐりと口を開きコアを見つめていると、コアは儚げな微笑をマルコに向けていた。何とも庇護欲をそそるその表情に、どうやらマルコもやられたらしく目に涙を浮かべていた。


「そうだったのか……。悪かったな……。言い方は悪いが貧しい村じゃ口減らしに子供を捨てるのはよくあることだ。やりきれねぇ話だがな……そうか……。ネェちゃん達はそこからがんばって生きてきたんだな。よし! 袖振り合うもなんちゃらだ! 俺にできることなら何でもやるぜ!」


 コアさん……コミュ力高ぇ。てか猫さんってそんなお話しもできるんですか。演技力とかも猫の必須技術なんですか? 必要な事だったとはいえ涙ぐむマルコには何か悪い事したなぁ。


 村の片隅に村人が休憩する為に作られたものだろうか、粗末ながらもしっかりとしたベンチに移動し、まずはこの世界の基本的な事を話してもらった。リリィは木苺を両親に渡してくると言い、笑顔で家に帰っていった。

 この村はココナッツ村といい王国領土の西の外れにあるらしい。王国領土は大体が森に面している為、この村のように森の中に集落があるのも珍しくないそうだ。

 人間の他にも亜人族や獣人族など多種多様な種族が生活しており、魔物も存在している。さっき倒した鼠も魔物のようだ。人の手が入っていない様な森の奥などに魔物は多く存在し、その種類も多種多様だそうだ。

 どんな魔物に連れ去られたのか聞かれた所、適当に鳥の様な魔物だったと答えるとどうやらそういった魔物も数多くいるそうだ。中には言葉を操るような知識の高い魔物もいるらしくそういった魔物は積極的に人に害をなし、とても危険な存在だと言われた。


「考えたくはねぇが、もしかしたらそのお仲間も……グズッ」


 マルコがそんな風に話し涙を流しそうになったので急いでミナセは話しを戻した。


「でもそんな危険な魔物が住んでいるなら、皆さんはどうやって対処しているのですか?」


 それを聞いたマルコは鼻をすすりながらその答えを話してくれた。どうやら冒険者という職業があり、そういった職業の人々が依頼を受けると討伐してくれるようだ。冒険者と呼ばれる人達は皆ギルドに所属している。王国や帝国など大きな都市をもつ国には必ずあると言われた。討伐以外にも採取や人探し、情報屋的な事もしてくれる為、人を探したりするならまずは冒険者ギルドに行くといいだろうと言われた。


 それとこの世界は5柱の神が存在している。宗教的な意味ではなく本当に存在すると言うのだから驚きだ。存在するからこそこの神の話しは重要なのでちゃんと覚えるようにと言われた。


「実はその他にも6人目の神様がいるんだけど、こいつが厄介でな……。厄神って言うんだが、こいつが世界に厄災を振りまきそれを5柱の神様が、がんばって止めてるんだ。3000年前にその厄神のせいで大災害が起きてな……。酷かったらしい。その大災害がまた起きないように5柱の神様は世界に散らばり、神殿を築きそこで皆を守ってくれてるんだ。ほんと、ありがてぇこったよ」


 厄神だけなぜ数え方が人なのかを何となしに聞いてみた所、厄神は人から神になった存在らしくその行動や出自から人々は神と認めず人として数えていると話された。6人目の厄神は人が何らかの力で神になった存在らしい。神と便宜上つけてはいるが、この世界の人々は神と思った事は一度もないと言われた。


 なんだかぶっそうな世界だな……。厄神って名前がもう悪い事しますよ! って雰囲気バンバンだしてるし。ボタンもサチも無事でいてくれよなぁ……。


 あとはこのまま人探しをするのに大きな都市にいくのならと、流通しているお金の事も教えてくれた。カッパー、シルバー、ゴールド、プラチナがありどうやら日本円に直すと1カッパーが10円、100カッパーで1シルバー。1シルバーは1000円って事になる。1ゴールドは日本円で10万円。1プラチナは1億円となる。

 ゴールドに関しては村では見たことがないと言っていた。プラチナなんか大貴族様の金庫にしか存在しないんじゃないかとマルコは笑っていた。

 稼ぐ方法としては作物を売ったり、魔物を倒した素材や肉をギルドに買い取ってもらったりとゲームさながらのやり方らしい。

 10円玉サイズのシルバーと言われる銀色の硬貨をポケットから出すと、ミナセ達に見せてくれた。形は真円とまではいかないがそれなりに整っており、表面には美しい文様が描かれていた。


「高く買い取ってもらえる魔物はすぐ稼げるがその分強ぇ。まぁ命がいくつあっても足りねぇわな。だから俺達は家畜や作物を王国の中心都市にある商店ギルドにもっていって買い取ってもらってる感じだな」


 そんなマルコの説明を聞いているとずっと静かにしていたチュータローが思いついた様に話しかけてきた。


「ねぇねぇ、じゅんちゃんちょっといい? 魔物ってお金になるんでしょ? お金ないと生きてけないでしょー?」


「ん? まぁそうだな。残りの2人もいつ見つかるかわかんないし、とりあえず生きていける分はないとダメかな?」


「でしょー? でさぁ、さっきのでっか鼠をね食べようと思って持ってきたんだけどー、それって売れるのー?」


 鼠の真似をしているのか両手を頭の上にのせぴょんぴょん跳ねていると、まだ遠巻きにミナセ達を眺めていた村人が不思議そうに首を傾げるのが見えた。そんな動きに何も反応を示さなかったマルコは会話の内容を聞いて、横から口を挟んできた。


「でっか鼠? 大鼠ジャイアン・ラットの事か? なんだニィちゃん大鼠ジャイアン・ラット狩ったのかっ。あれは煮込むとうまいんだっ。金が必要なら売ってくれ、ついでに大鼠ジャイアン・ラットのシチューもつけてやるから!」


 おお、なんてこったい。チュータローまで猫さんらしからぬ発言を。ってか俺さっきから助けてもらってばっかだな……。いかんいかん、飼い主としての威厳が……。


 そんなミナセを横にマルコとチュータローは村の入り口に置いてきた大鼠ジャイアン・ラットの方へいそいそと向かっていった。その間もどの調理法が美味いだの、値段はこんなものでどうかなどそんな話しをしている2人を見て、何だか無性に疎外感を感じるミナセであった。


 大鼠ジャイアン・ラットというらしい魔物3体はマルコや村の人達によって6シルバーで買い取ってもらった。それが相応の値段なのかはミナセにはサッパリ分からなかったが、元々商売の為に狩った訳でもないし仮にぼられていたとしても多くの情報をくれたマルコに嫌な気持ちは抱かなかった。


 てかマルコ、ここの村長だったのね。もっと白ひげ生やした感じの村長イメージしてたのに……。


 村長であるマルコが楽しげに話している姿を見て、村の人達も警戒心を解いてくれた。猫達と一緒に大鼠ジャイアン・ラットを家まで運んだりと、それなりに打ち解けてくれたようだった。


 マルコ達がシチューを煮込んでいる間、リリィが両親を連れてやってきた。マルコが言っていたアルドという人はどうやら、リリィの父親の事だったようだ。優しい顔立ちをした中々、美男美女の両親で何となく顔立ちがリリィに似ていた。それは将来リリィも大成する証でもあり、何となく将来が楽しみだなと思うミナセだった。

 アルドと呼ばれる父親は深く頭を下げるとリリィを助けたお礼にとわずかながらだが茶色の革袋に入った謝礼金と迷っているならと、地図を渡してくれた。


「娘を救ってくれた感謝の気持ちはこんなものでは表せません。ですが、お仲間を助けるために役に立つのであればどうぞ受け取って下さい」


 顔に似合った穏やかな声色と心から感謝していると分かる態度に、ミナセは何となく好印象を持った。あれだけ愛らしいリリィの両親なのだから、見た目も中身も素敵な人達だとは思っていたが、言葉を交わしさらにその考えは合っていたのだと思った。こうして大鼠ジャイアン・ラットの買い取りとリリィの両親からの謝礼により。この世界の物価が分からないけど、とりあえず無一文から解放されて一安心するミナセであった。


 それからリリィにまたモフられながらマルコの話しを聞いていると、村人が出来上がったシチューを持ってきてくれた。正直、元の形を見てしまったミナセは口にするのを躊躇ったが、村人達がニコニコと自分が食べるのを待っていたので、その気持を押し込めた。ついでにお腹が情けない声を上げたのも決意を固めた原因でもあったのだが。

 意を決して口に放り込みゆっくりと咀嚼した。そして静かに飲み込むとそのまま無言で木皿に載っていたシチューを放り込んでいった。そう、大鼠ジャイアン・ラットのシチューは絶品だったのだ。その姿を満足気に眺めながら村人達も自分の木皿に手をつけた。

 シチューの中には玉ねぎらしきものも入っていたので不安だったが、どうやら猫の姿だけど中身は人間と変わらない感じがした。じゃあ猫達は? って思ったが見た目の通りに人間と変わらないらしいとクータローが言っていた。


 さすがは異世界転移! ご都合主義万歳!


 この世界の食事も満足いくものと分かってミナセはそんなくだらない事を心の中で叫んでいた。知らない世界に謎の猫姿で無知の一文無し。これで食事までまずかったらミナセは立ち直れないぐらい落ち込んでいただろう。


 食事も終えこれからどうするか悩んでいると村に泊まればいいとマルコに言ってもらえた。リリィたっての希望でリリィの家に泊めてもらい、ミナセはモッフモフされながら激動の1日を終えるのであった。

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